第092話

「うぅ……十五にもなって……もう嫁に行けねぇよ……」


 衝立の向こうから着替え中のサマンサのボヤキが聞こえて来る。いやホント、申し訳ない。王都に着いたら、何か美味しいモノを奢るから。


 サマンサが着替えてる間に、潜水艦もどきの一部を解除して粗相の跡を消しておく。俺にそういう趣味は無いので、勿体無くなど無い。海におかえり。

 それから気絶していたルカとデイジーを介抱し、ようやく後始末が終わった。ここまで大変な事になってしまうとは、自分でしでかした事ながら呆れるばかりだ。反省。


 長々と人魚たちを待たせてしまったけど、なにやらあちらも慌てているようだ。何事?


≪沈んでしまうと見つけられなくなるわ! 辛いでしょうけど、気が付いた者も直ぐに捜索に回って! 仲間の命にかかわる事よ、急いで!≫


 姫様人魚が周りの人魚たちに指示を出している。命にかかわるとは、穏やかじゃないな。マイク&スピーカー平面で訊いてみるか。


「どうしたの? 何かあった?」

≪っ!……気絶した仲間の救助よ。早くしないと溺れて死んでしまうわ≫

「えっ!? 人魚なのに溺れるの!?」

≪あなたたちがどう思っているかは知らないけど、私たちは魚じゃないわ。そりゃあ、あなたたちに比べれば速く泳げるし長く海に潜っていられるけど、息継ぎをしないと溺れるのはあなたたちと同じよ≫


 これはびっくり、人魚は肺呼吸だったのか!

 まぁ、上半身は人間だしな。エラも無いし、そりゃ普通に考えれば肺呼吸か。


「手伝うよ、直接の原因は僕だしね」

≪いや、でもそれは……ううん、そうね、お願いするわ≫

≪姫様!?≫

≪爺は黙ってて! 今は少しでも時間が惜しいの、お願い!≫


 爺人魚は何か言いたげだったけど、姫様人魚に押し切られて口を噤む。口調が余所行きじゃ無くなってるくらい必死だからな。それだけ余裕がないんだろう。


 別に人魚と敵対する気は無いし、こんな事で恨みを持たれるのも遠慮したい。先に手を出してきた向こうに非があるとはいえ、俺の寝覚めも悪い。さっさと片づけちゃうか。いつものように魔法でチャッチャと解決だ。

 人魚たちに思いっきり魔法を見られる事になるけど、まぁ、今更だしな。潜水艦もどきもばっちり見られてるし。俺の身バレはしてないから、別に問題ないだろう。


 直径十メートルくらいの巨大な網……というかざるを平面で作り、その笊を海に突っ込んで、そこそこの気配を持つ奴を片っ端から掬い上げる。金魚すくいならぬ人魚すくいだ。

 このポイ(金魚すくいの道具・丸い輪に紙が貼られたヤツ)は滅多な事では壊れないから、いくらでも掬い放題。掬った奴はお持ち帰り? いやいや、金魚鉢……じゃない、人魚鉢がないからリリースですよ。

 掬い上げた人魚はロングアイランドの上に水揚げする。いつだったかテレビで見た事あるな、この風景。何処の漁港だったっけ。

 あ、でっかいマグロっぽいのが混じってる。これはお持ち帰りで。


 ◇


≪お陰で大事に至る事無く皆救助できた。礼を言う。それと、先程の無礼を謝罪させて欲しい。申し訳なかった≫


 余所行き口調に戻った姫様人魚がそう言って頭を下げると、後ろに控える爺人魚たちもそれに続く。中には不承不承という感じの者もいるけど、それは仕方あるまい。どうも人種を『ヒレ無し』と呼んで下に見てるみたいだからな。

 しかし、そうは思っていても俺の『殺意の○動』を浴びた後ではそれを表に出す事もできまい。滅殺されちゃうからな。いや、しないよ? 多分。


「あー、こっちもごめんね。ちょっとやりすぎちゃった。それじゃもう行くから。お邪魔しましたー、お大事にーっ!」

≪ま、待たれよ! 元はと言えばこちらの軽率な振る舞いに責がある。詫びの証として其方らを歓待したい。是非我らが里へお越しを!≫


 そろそろ本来の旅程に戻ろうと思ったら、姫様人魚に呼び止められた。ふむ、人魚の里か。ちょっと興味あるかな?


「うーん、有難いお話だけど、いいの?僕ら『ヒレ無し』だよ?」

≪っ! ……おヒトが悪い。我らは義理と道理を尊ぶ生き方をしている。例え種族が違えども、『理』を欠くは一族の恥。是非お越し頂きたい≫


 ふむ、ここで断るのも無礼にあたるかな? 行った方がいいか?

 しかし、騙し討ちされる可能性もないわけではない。俺ひとりならどうとでもなるんだけど……いや、分断されてた方が面倒だな。目の届かないところで人質にされたら困る。皆で一緒の方が守りやすいしな。そうしよう。


「それじゃ、お言葉に甘えて皆で御呼ばれするよ。よろしくね」


 人魚さんちのお宅拝見!



 前を行く姫様人魚は困惑気味、後ろに続く俺たちも同じく困惑気味だ。


「『ネズミ』殿は本当にドワーフではないのだな? その、成人しても小柄な種族というわけではなく?」

「うん、極普通のヒト族だよ。八歳。姫様は何歳なの? あ、女の人に年齢を訊くのって失礼かな?」

「いや、普通て……」

「ふふっ、そうだな。まぁ、我らの一族はそこそこ長寿だ。長生きな者は二百歳くらいまで生きる。私の年齢はそこから考えてくれ。それにしても八歳か……本当にまだ子供なのだな」


 人魚たちは潜水艦もどきからロングアイランドの背に降りてきた俺たちを見て、その見た目というか、俺の小ささに驚いたようだった。若いとは思っていたようだけど、まさか子供だとは思わなかったのだろう。しかもそれが先程の殺気のヌシだと言うのだから、戸惑うのも無理はない。

 あと、キッカは後で耳ギョーザの刑。俺は普通だから! ……少なくとも外見は。

 そういや、ギョーザはまだ作った事無かったな。今度ルカに作り方を教えておこう。


 人魚の寿命は二百歳か。平均だと百五十歳くらいかな?この世界のヒト種の倍以上だ。だとすると、十代後半に見える姫様人魚は三十代後半って事もありえる。思ってた以上にお姉さんだな。爺人魚なんて百五十歳を軽く超えてそうだ。


 『ネズミ』と名乗ったのは念の為だ。本名を伝えても俺の事が王国や帝国にバレるとは思えないけど、リスクは少ない方がいい。理由があって本名を名乗らない事は人魚たちに伝えてあるから問題ない。

 ちなみに、他の仲間は『お嬢』『姉』『妹』『会計』『魚好き』『末っ子』と紹介している。ウーちゃんは紹介していない。


 俺たちは明り取りの小さな窓が開いた幅三メートル程の通路を進んでいる。材質は壁も床も天井も、石灰岩のような白い滑らかな岩だ。継ぎ目はない。その壁に、俺たちの歩くコツコツという音と、人魚たちが這いずるズルズルという音が反響する。かなり堅そうだ。

 人魚の歩くというか、這う速度は遅い。両手も突いてアシカのように移動しているのだけど、やはり海の生き物、水中以外ではかなり辛そうだ。無理せず水中で生活すれば良いモノを。なんで肺呼吸を捨てられないかね? 謎だ。


 俺たちが困惑している理由はその人魚の歩き方ではなく、人魚の里へと続くこの通路、そしてその場所の為だった。実はここ、ロングアイランドの体内なのだ。

 海上に隆起したロングアイランドの背ビレのような突起。ちょっとした丘になっているその後部にぽっかりと開いた洞窟があり、そこからロングアイランドの内部に侵入できるようになっていたのだ。


「まさか、ロングアイランドがダンジョン・・・・・やったとはなぁ……」


 キッカが壁を見回しながらこぼす。そう、回遊式クジラ型移動ダンジョン、それがロングアイランドの正体だった。


ぬし様も産まれた時は普通の魔物だったそうだ。長年生きているうちに、身体が大きくなりすぎて動く事もままならぬ状態になってしまったらしい。どうにか生き延びようと取った手段が、自らをダンジョンと化す事だったとか。海の魔物でありながら土の魔法に適性があった主様だからこそ成し得たのであろう」


 姫様が詳細を説明してくれた。なるほどね。

 確かに、今周囲を満たしているロングアイランドの魔力は黄色、土魔法の魔力だ。まぁ、初めて見た時からおかしいとは思っていたのだけれど。


 クリステラの天秤魔法によると、ロングアイランドの全長は約千五百七十四メートル、重量は約二百万トン。他に比べる物の無い、まさに超巨獣というべきサイズだけど、少々軽すぎる。

 確か、十五メートルくらいのクジラの重さが四十トン~五十トンくらいだったはずで、その百倍の長さということは、重さは百万倍の四千万トン~五千万トンになるはずなのだ。重さは長さの三乗に比例するからな。

 生き物だから単純に計算通りとはいかないだろうけど、それにしても二十分の一以下と言うのは軽すぎる。何かからくりがあるのだろうとは思っていたけど、まさかダンジョンだったとはね。でも……。


「なんでそんな事がわかったの? 記録が残ってるとか?」


 ロングアイランドの回遊は、季節の風物詩になるくらい昔からの事だ。百年や二百年前の話ではない。下手をすると千年以上前からかもしれない。そんな昔の資料があるなら是非見てみたい。

 王国は、その歴史自体は千年以上あるけど、何度か戦禍に見舞われて古い資料はほとんど残っていない。もしそんな昔の資料があるなら大発見だ。スナップショットをテクスチャ化してライブラリに永久保存しなければ。


「今代の巫女様、まぁ、私の母なのだけど、その巫女様が直接主様に聞いた話だそうだ」


 ロングアイランドに直接? ……ああ、なるほど! 俺がジョンとやってる意思疎通か!

 確かに、ダンジョン化してるならコアもあるはず。それに触れて過去の記憶を見たってわけか。納得。


「ふーん。それって、僕も聞けたりする?」

「申し訳ないけど、それは許可できない。主様と話せるのは巫女だけだ」

「そっか、残念」


 ダメ元で交渉してみたけど、即答で不許可だった。

 まぁ、当然だな。里の中枢に余所者が入れるわけがない。ダンジョンコアを奪われたらダンジョン、つまりロングアイランドが死んじゃうわけだし。

 タマラさんにも殺さないように言われてるし、無理を言っちゃいけないよな。


 話しながら何度か左右に折れ曲がりつつ進んでいくと、おそらくマホガニーと思われる木製の扉の前に着いた。そこだけ周囲の白と違っていて何か違和感が。後付け感たっぷりだ。

 その扉を開けると中は十二畳程の部屋になっており、ローテーブルと革張りソファが中央に置かれている。壁には棚があり、陶器製の瓶が並べられている。ローテーブルの中央には花の代わりなのだろう、赤い珊瑚が飾られている。


 これって、応接室? しかも明らかにヒト種向けだよね? なんでこんな部屋が人魚の里にあるの?


「歓待の準備ができ次第お呼びする。ここでしばらくお待ちいただきたい」


 俺の疑問をよそに、そう言って姫様は部屋を出て行った。

 はてさて、一体何が出て来るのやら。

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