第178話

「お前たちには死んでもらうことになった。悪く思うな」


 随分と勝手な事を言う。そっちの都合で殺す事にしておいて悪く思うなとか、どれだけ我がままなことを言ってるのか理解してるのかね? まぁ、予想通りではあるんだけど。

 この中年男は黒髪だな。ってことは、王家の血族なんだろう。もしかして、こいつが王弟の落とし胤ってやつか?


「理由を聞いても?」

「いいだろう、死出の手向けだ。まず、お前たちはバンドーとウエストミッドランドの者だということ。それだけで万死に値する。次に、この里の存在を知ってしまったこと。我らの存在は、まだ知られるわけにはいかんのだ。よって、お前たちにはここで死んでもらうことになった」

「ふーん。ちなみに、いつなら知られても良かったの?」

「我らが王国を奪還するための行動を開始するときまでだ!」

「だから、それはいつ?」

「そ、それは機が熟したときだ!」


 つまり未定と。やっぱりこの集落は限界だな。計画性ってものがさっぱりだ。


「父ちゃん、馬鹿なことはやめるみゃ」

「父ちゃんではない! 父上と呼びなさい、アナスタシア! 王国の復興は我らが悲願! 達成するまでは止まることなど出来ん!」

「いや、そうじゃなくて、ボスを殺すってところだみゃ」

「その小僧か。お前をここまで連れ戻してくれたことには感謝しよう! だが、我らを裏切ってバンドーに付いたウエストミッドランドの者を許すわけにはいかん! 裏切りの代償は死あるのみだ!」

「いやいや、理由じゃなくて、実際に可能かどうかの話だみゃ」

「確かに、子供に手をかけるのは私も辛い! 戦争当時には生まれてもいなかった子供に罪はないかもしれん。しかし、いま現在ウエストミッドランドの貴族であるというだけで責任の一端があるのだ! これも王国復興という大義のため! そのためならば、私は涙を呑んでこの手を汚そうではないか!」

「うみゃあ~、話が通じないみゃあ」


 うん、面白いほど空回ってる。三谷〇喜監督のコメディ映画みたいだ。

 そういえば、この中年男は役所〇司さんに似てる。俳優ならモテただろうに、残念だなぁ、いろんな意味で。

 そして、この中年男はアーニャの父親らしい。年齢的に考えて、王弟の落とし胤はこいつで確定だろう。シーマ王家は日本人っぽい見た目なんだな。


 シーマ王家は女系国家だから、アーニャパパは国主にはなれない。けど、女王の父親として権勢を振るうことはできる。多分、そうやって今までこの集落をまとめてきたんだろう。それには素直に『お疲れ様です』と頭を下げたいところだけど、命を狙われるとなると下げたくはないなぁ。


「恨むならウエストミッドランドに生まれた己の不運を恨むのだな! 者共、出会え!」


 おおっ、時代劇みたいだ。アーニャパパが号令を出すと、背後に控えていた武器を持った男たちがワラワラと部屋に入ってくる。でも、狭い。十二畳程度の部屋に二十人近い人数が詰め込まれてる。普通、こういうのって庭でやらない? 号令出した本人は出口まで下がってるし。

 ってか、『この手を汚す~』とか言っておいて、部下にやらせるんかい! これだから自称高貴な血筋のお方は!


「ふふふっ、お前は空を飛ぶ魔法を使うようだが、この狭い室内では思うように飛べまい! 我が智謀の前には、魔法使いと言えど只の子供よ!」


 人垣で頭しか見えないアーニャパパが叫んでる。一応は魔法使い対策を考えていたのね。的外れだけど。

 そもそも、この鮨詰状態では剣すらまともに振れないだろう。槍だって、最前列の人しか突き出せない。いったい何を考えてるのか……何も考えてないんだろうなぁ。人数が多ければ押し通せると思ってるくらいか。


「えーっと、それじゃ最後にふたつだけ。僕たちを殺した後、僕たちの荷物はどうするの?」

「ふん、死人には無用なものだろう。我らが有効に使ってやる! 王国復興の一助となるのだ、喜ぶがいい!」


 はい、強盗殺人の意思確認いただきました。これが戦争だと正当な行為なんだけど、残念ながら宣戦布告はされてないから単なる犯罪だ。そもそも、まだ国家じゃねぇし。


「これが最後の質問、これまで僕たち以外でこの里に迷い込んできた人は?」

「この里ができてから三十年余り。出て行ったのはアナスタシアひとり、入ってきた者はお前たちが初めてだ」


 初犯か。道理で変な人員運用だと思った。慣れてないんだな。

 未遂ならまだ救いがあるかな? 他に犠牲者がいたら流石に看過できない。人も訪れない田舎でよかったね。


「もう質問は終わりか? ならば我らの栄光の糧となり安らかに眠るがよい! かかれ!!」

「寝るのはそっちだけどね」

「なにぎっ!?」


 男たちの顎を掠めるように、不可視の平面製球体スフィアを横殴りにぶつける。同じタイミングで一斉に首を傾げた男たち。いかん、ちょっと面白い絵面だ。笑いそう。

 不意に脳を揺さぶられた男たちが、意識を失いバタバタと倒れる。意識がある者も、まともに立つことができずにジタバタと藻掻いている。

 武器は危ないから回収しておこう。ジタバタしてる間に自分を傷つけてしまうかもしれない。

 ヌルを武器に張り付けて引っ張り、無理やり手から引きはがす。そのまま俺の足元に持ってきて積み上げる。古いから二束三文だろうけど、剣や槍は売れるだろう。鎌や鍬はいらないなぁ。一応キープしておくけど。


「さぁ、みなさんお仕事ですわ! 今のうちに縛り上げますわよ!」

「今日もまた仕事なしかと思うとったわ。まぁ、寝てる悪漢を縛るだけの簡単なお仕事やけどな」

「まぁ、いいじゃん。無理に危ない目に遭う必要はねぇんだし」

「僕たちも、手伝い、ます!」

「あらあら、まだ暴れてる人もいるから、それはわたしたちに任せるのよ?」

「「「はい!(こくこく)」」」


 うむ、何も言わずとも自分のできることを率先してやる。うちの娘たちは働き者だなぁ。そう思うだろ、ウーちゃん、ピーちゃん? モフモフ。

 皆がテキパキと動き始める中、ひとり呆然としているマードック爺ちゃん。この顔を見るのもいつものことだ。口は閉じておかないと、ネコの抜け毛が入るよ?



 縛り上げて猿轡を噛ませた男たちを広場に転がし、他の住民を集める。今後の方針というか、彼ら彼女らの処分についての説明だ。


「えー、お集まりいただいた皆さん。まず現状の説明ですが、ここに縛られている男たちは強盗殺人未遂の現行犯として捕縛致しました。エンデ連邦王国の定めた法により、彼らは極刑または無期奴隷となることが確定しています」


 集まった住民から短い悲鳴と嘆き、どよめきが聞こえてくる。ついさっきまでは良い父や夫だっただろうに、今は犯罪者だ。自分や家族の今後を考えれば、悲嘆に暮れるのも無理はない。でも大丈夫、ちゃんと考えてるから。


「さらに、強盗殺人は凶悪犯罪なので連座制が適用され、伴侶を含む三親等内の血族全員が同様の処罰を受けることになります。つまり、この集落に住むほぼ全員が処罰の対象になります」

「そ、そんな!?」

「ひどいわ!」

「なんてこと……」

「ぁあんまりよぉっ!」


 どよめきがざわめきに、そして嗚咽に代わる。でも、それがこの国の法律なんだから仕方ない。

 ちなみに、ウエストミッドランド王国でも処罰内容はほぼ同じになる。極刑と無期刑だけじゃなくて、長期の有期奴隷になる可能性もあるという違いだけだ。ジャーキンとノランは知らない。


 借金奴隷は自分の売値以上の金額を稼げば開放されるけど、犯罪奴隷=期間奴隷はその期間が終わるまでは開放されない。基本的に犯罪奴隷は国の所有なので、所有者やその財産を相続する者が死んで開放されることもない。つまり、この集落の住民は死ぬまでずっと奴隷のままになる。悲惨だな。

 今回、アーニャの父親は犯罪者として処罰されるわけだけど、アーニャが連座で処罰されることはない。なぜなら、既に俺の奴隷だから。

 奴隷は一種の家財、動産扱いだから、犯罪者としての処罰は適用されないのだ。物に罪を問う法律なんてないからな。

 いつでも奴隷から解放してあげられるのに、なぜか皆がそれを嫌がる。俺としては心苦しい限りなんだけど、今回はそのおかげでアーニャが処罰から免れた。世の中、何が奏功するかわからない。


「これは私見ですが、今回が初犯で未遂なので、おそらく極刑はありません。確約はできませんが、全員が奴隷落ちになるでしょう」


 続けて俺の見解を述べると、何人かは安堵し、何人かは落胆を深めたようだ。奴隷は法と商売の神様に保護されてるから、最低限の生活だけは保障される。安堵した人はそれに思い至ったんだろう。まぁ、違法奴隷はその限りじゃないんだけど。

 落胆した人は、単に無罪放免になる目がないと確信しただけだろう。それだけはあり得ないんだよね、ごめんね。


「処罰と量刑確定のために、これから皆さんをミニョーラへ連行します。逃亡や抵抗すれば罪が重くなることも考えられますので、素直に従っていただけることを望みます」


 住民の皆さんはお互い顔を見合わせて、やがてあきらめたように項垂れた。抵抗はしないみたいだ。まぁ、戦える男手は既に縛り上げられてるし、逃げるにしてもこの辺境を生きて脱出するのは至難の業だ。誰もがアーニャほどの豪運を持ってるわけじゃない。


「ボス……その……みゃあぁ~」


 アーニャが珍しく言い淀みながら近づいてきた。言いたいことは分かってる。できれば穏便に済ませて欲しいってことだろう。


「大丈夫、悪いようにはしないよ。できる限りのことはするから」


 アーニャの頭を軽くポフポフと叩き、ついでにネコ耳もモフっておく。

 そう、俺がなんとかする。だって、こんなに大量のネコ耳をモフリストの俺が見捨てるわけないじゃないか!

 合法的に大量のネコ耳をゲットするチャンス! ハズレ無しの十連ガチャキャンペーン、始まります!

 あ、いや、おっさんのネコ耳はハズレかな? 普通のレアくらい? トレード用にしかならないかな?


「ボス?」


 さて、この突発キャンペーン、最後まで完走するよ(汗)!

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