第009話
森の上を、風を切って走っていく。
走りながら気配を探る。目的の場所には二十程の気配がある。あまり動きは無いようだ。
まだ父ちゃん達は森に入って一キロも進んでいない。周囲を警戒しながら進んでいるなら、そんなもんだろう。
俺から気配の場所までは残り二キロってところか。ちょっと遠回りしたけど、俺のほうがかなり早く着きそうだ。
上からならそろそろ見えそうなんだけど……お、あれか? 目的地と思われる場所を上から見ると、そこだけ森がくり抜かれた様に円形の空き地になっている。直径五百メートルくらいだろうか。
これは……
空き地の手前二百メートルくらいのところで森の中に降りる。上より下のほうが隠れやすいからな。
木に隠れながら慎重に近づいていく。近くに何も居ない事は気配で解ってるけど、念の為。
空き地のすぐそばまで近づき、木の陰から様子を窺う。そして。やや離れた、枯れた木の根元に居るソレを確認する。
かなりの猫背だ。二足歩行で粗末な皮の服を着ている。体躯は二メートル近い。太い胴体に短い手足、突き出た口吻、下あごから突き出た二本の牙。頭の上に木の葉のような耳があり、全身が毛に覆われている。端的に言うと、二足歩行の猪だ。
この森では最下級の魔物の一種ではあるけれど、他の魔境では中級程度の脅威だと村長が言っていた。
この森の猪人が弱いわけではない。むしろ、この森の猪人が他の魔境へ行けば、そこの中ボスになってもおかしくないくらいには強いらしい。それくらい、この大森林以南の魔境は異常だということだ。
ちなみに、この森には、猪人以下の脅威とされるゴブリンは居ない。淘汰されて絶滅したのだろう。その代わりと言ってはなんだけど、上位種であるホブゴブリンがいるらしい。上位種でなければ生き残れなかったということか。
脅威度としては猪人と同じくらいだそうだ。つまり上位種であっても、この森では雑魚でしかないということだ。
……ちょっと異常過ぎないか、この森?
正直、父ちゃん達の手には余る相手だろう。一匹相手なら何とかなると思う。二匹でも、丁寧に戦えば倒せるかもしれない。けど、ここにいる二十匹余となると無理だ。蹂躙されて、美味しく胃袋に納められるのが目に見えてる。父ちゃん達もそれは分かってるだろうから、無理に戦おうとはしないだろう。
だからといって、このまま放置は出来ない。何故水が止まっているのかを確認し、その原因を排除しなければ、村が干上がってしまう。畑の作物が枯れてしまう。
さらに、この猪人のコミュニティが拡大すれば、遠からず食料を求めて村へと略奪にやってくることだろう。なにしろ猪人は悪食で大食漢だ。目に付くものは動植物関係なく、悉く喰ってしまう。飢えれば仲間でも躊躇いなく喰ってしまう程だ。
この円形の空き地も意図して作られたわけではなく、おそらくは単に、木も草も喰い尽した為に自然と出来たものだろう。
たった二十匹程度でこれだ。討伐せずに放置するとどんどん森を侵食し、いずれ全てを喰い尽して村へやってきてしまう。
つまり、討伐せざるを得ないのだけれど、如何せん、村には戦力がない。開拓村故に、近隣の領主に救援を求めることも出来ない。
ここは村の為、回り回って自分と家族の為、俺が一肌脱ぐしかない。
しかしなんでまた、猪人がこの辺に棲みついたんだ? この森では喰われる側に立つ猪人がこの数まで増えてるなんて、何か良くないことが起こってるんじゃないだろうか?
この辺の森は、ここしばらく平和だったはずだ。折をみては、危険そうな魔物を俺が狩ってたからな。凶暴な肉食系の魔物はあらかた駆除して……あれ? まさか、それが原因か?
この森では、猪人はいつも追われる側だ。凶暴な魔物に駆り立てられ、喰われながら産み増えて、全体としては丁度いいバランスになっていたはず。
こいつらもそうやって追われてここへ逃げてきたんだろうけど、このエリアでは自分たちを捕食する魔物はほとんど居なかった。俺が狩っちゃってたからな。
結果、一気に増えてこの数になった……のか?
やっちまったな!
一肌脱ぐとか、どの口で言ってるのやら。自分の撒いた種は自分で刈れよって話だな。
すいません、責任持って
この空き地近辺にいる猪人は全部で二十三匹だ。うち、空き地の外側、つまり森に入っているのは十五匹。単独だったり三匹くらい固まっていたりするけど、あまり多く群れて移動はしていないようだ。これは好都合。
とりあえず一番近い二匹から始めますか。
少し離れた木の上から二匹を見下ろす。二匹とも、腰に何かの皮を巻いて片手に棍棒を持っている。もう片方の手には、皮で作った結構大きめの袋を持っている。時折木の実らしきものをその袋に入れている。採取か狩猟の最中のようだ。
あと、臭い。
気付かれないように風下へ回ったんだけど、奴らの匂いが流れてきて獣臭い。さっさと片づけて次へ行こう。
まず、風下からスカイウォークを使って奴らの真上辺りに移動する。全く気付かれてない。スカイウォークは足音がしないのも利点だな。マジ便利。
次に、平面魔法で鋭く硬く長い錐状のオブジェクトを作る。あとは脳天をサクッと刺して終わりだ。
え? ガチバトルはしないのかって? 五歳児にそんなこと出来るわけないでしょ。
相手はスーパーへヴィ級で、こっちはモスキート級未満だ。パンチなりタックルなりがかすっただけで瀕死になると断言できる。
動きの速さで翻弄すると言っても、まだまだ人類の域を超えてるわけじゃない。
わざわざ危険を冒してまでガチで戦うなんて馬鹿な事はしたくない。
倒した猪人から魔石を切り出したあと、死体は細かく刻んで周囲の土に混ぜ込む。肉は美味しいんだけど、持って帰るわけにいかないからな。せめて森の栄養になってくれ給え。
それじゃ、この調子でサクサク片付けますか。
お、父ちゃん達が猪人の一匹と遭遇したようだ。まぁ、付近に他の猪人は居ないようだし、大丈夫だろ。俺は狩りを続行だ。
◇
父ちゃん達が一匹を相手にしている間に、おれは八匹を狩った。
別に父ちゃん達が弱いわけでも、俺が異常に強いわけでもない。単に持ってる技能と戦闘スタイルが違うだけだ。ひとえに平面魔法のおかげだな。
新たに遭遇した一匹を倒した後、父ちゃん達の動きが止まった。誰か怪我したのか? いや、おそらくは村長が猪人の集落の存在に気付いたんだろう。調査続行か、それとも一旦帰還か。まぁ、選択肢なんてないんだけどな。
お、動き出した。ゆっくり川上に向かって動いてる。渇水の原因確認の為にも調査続行は当然だし、警戒を密にするために行動がゆっくり慎重になるのも当然だ。さすが村長、元冒険者は伊達じゃない。
この調子なら、村長たちが空き地に到着するには一時間くらいかかるだろう。充分時間はある。
空き地に残ってる猪人は八匹。周囲の森には三匹。この空き地にいる奴らを狩ってしまえば、もう増えることは出来ないだろう。
あー、いや、全滅させると不審がられるかもしれないから、何匹かは残しとくか。この規模で周辺を喰い荒らしているのに、あんまり数が居ないってのはおかしいからな。処理する手間もかかるし。
というわけで、父ちゃん達では力不足だと思われる強さのやつらだけ狩っておこう。ぶっちゃけ、この群れのボスとその取り巻きたちのことだな。
空き地の中央付近に、大きめの小屋が一棟とやや小さめの小屋が二棟、さらに小さい小屋が一棟建てられている。どれも丸太を組んだログハウスのような作りだ。
大きい方には何の気配もない。おそらく食料倉庫だろう。やや小さい方には二匹と三匹、小さい小屋には三匹の気配がある。
いいね、お誂え向きだ。気配の強さから察するに、二匹のほうは側近、三匹の方の一つがボス、残りは雑魚だ。
ということで、先ずは側近二匹から片付ける事にする。
仮にもし、多い方に手を出して倒すのに手間取ってしまったら、増援を呼ばれて
小屋の外に出ている個体は居ないけど、念の為スカイウォークで上空を歩いて移動する。二匹の気配がある小屋の上空まで移動し、入口前に降りる。入口には何かの皮がカーテンのように掛かっているので、中から見られる心配は無い。
左右の手それぞれに平面魔法の錐、いや、短槍を作り、皮を捲って素早く突入する。無駄な声を出したりはしない。
どうやら食事中だったようだ。床に無造作に置かれた木の実と、何かは分からないが生肉の塊を手づかみで食べていたらしい。突撃、隣の昼ご飯!
驚いた猪人二匹がこちらを向くけど、それぞれの眉間に短槍を突き入れて即、沈黙させる。
三秒かからずに退治出来たのは上出来だ。下手に騒がれると、無駄に面倒な事になりそうだったからな。
魔石取りは後回しだ。流石にこの近さで解体すると、匂いで警戒されかねない。
ではメインディッシュと行きますか。
音を立てないようにスカイウォークを使い、ボスが居ると思しき小屋へと近づく。気配は三匹。ここも入口は皮のカーテンだ。コソッと少しだけ捲って中を窺う。
なにやらフゴフゴピーピー言ってるな。言い争いか?
部屋の中は何かの毛皮が敷かれており、奥にはバカでかい棍棒が置かれている。
その毛皮の上で、四つん這いのメス(四個ある胸が揺れてるからメスだろう)に覆い被さる様に、一際大きな猪人が乗っかっている。三メートルくらいあるんじゃなかろうか? メスのほうは二メートルくらいだ。どちらも腰を振る行為に夢中で、こちらには全く気付いていない。
繁殖行動中だった様だ。あらやだ、えらいとこ見てしもたやないの!
もう一匹はやはりメスで、既に行為の後なのか、脱力して床に伸びている。三匹とも、何も身に着けていない。
猪人のくせに3P とは、いい御身分ですな! 繁殖は群れのリーダーとしての責務ですかそうですか!
なんか気が削がれたというか、テンションが緩んでしまった。無造作に入口の幕を開けて中に入る。
ボスが驚いてこっちを見る。フゴッ!? だって。
入ってきたのが人族の幼児ということで、更に混乱している様だ。驚いた顔のままで固まってる。いや、猪人の驚いた顔なんて見たことなかったから、多分驚いてるんだろうという推測なんだけど。まだ腰を振り続けてるあたり、実は驚いていないのかもしれない。メスのほうは全く気付いていない。目を閉じて気持ちよさそうにピーピー言ってる。
やることは先程までと変わらない。サクッとボスの眉間に平面魔法の槍を刺してやる。
材質が無色透明で反射も屈折もしない、完全な不可視の槍だ。伸縮自在で、いつでもどこでも出すことが出来るという、究極の暗器でもある。避けるどころか、何をされたかも分からなかっただろう。
一度ビクンと痙攣してから硬直して動かなくなる。メスのほうもビクビクッと痙攣してる。ああ、出されちゃったのね。あらあら。
ボスがメスを下敷きにするように折り重なって崩れ落ちる。
せめてもの情けだ、気持ちいい余韻が残ってる間に始末してあげよう。脱力してるメス二匹も、サクサクっと頭を刺して処分する。
はぁ、やれやれ。
残りは父ちゃん達に任せて、倒した奴らだけ森に運んで処理するか。
いくら身体強化ができると言っても、百キロを超える重量を五歳児が持ち上げるのは不可能だ。しかもそれが五体分。ボスなんて二百キロを超えてるだろう。
しかし、俺のチート、平面魔法はそんな不可能も可能にしてしまう。
床と死体の間に、平面魔法で作った薄いボードを差し込む。なんと、これだけで動かせてしまうのだ。
俺の平面魔法で作ったオブジェクトには重さというものが無い。
たとえば材質を金そっくりに設定したところで、それはそういう風に見えるだけでしかなく、金になったわけではない。魔法で擬似的に生み出された仮想の物体でしかない。
だから宙に浮いた状態で固定できるし、ほんの少しの力で移動させたりもできる。完全に物理法則の外側の存在だ。
念の為に周囲の気配を窺うと、父ちゃん達はもう三十分もすれば空き地に辿り着く位置までやって来ていた。
小屋の中の猪人共に動きは無く、周辺に出ている残りの猪人共も戻ってきてはいない。
丁度いいくらいの時間だな。ここから先は大人達の仕事だ。父ちゃん達だけで殲滅はきついかもしれないけど、それ程数が居ないと分かれば、後日、村から人手を集めての総攻撃でなんとかできるだろう。
怪しまれないためにも、俺の仕事はここまでだ。
働き者の五歳児はお先に失礼します。
お疲れさまでした。
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