第008話
「グレンとセージ、ピースは俺と一緒に森へ入る。デントは残りの男から三人ほど選んで村の周囲の警戒を。後の者はいつも通り畑の世話だ。何かあったらジンジャーに報告しろ」
あれから一晩経って、今は早朝だ。流石に、夜中の森へは入らなかった。それは無謀というものだ。
小川の水はもうほとんど残っておらず、川底の砂利が空気に晒されている。水たまりが数か所残っている程度だ。やっぱ、上流で何かあったんだろうな。
村の皆が村長宅前の広場に集められて、村長から指示を受けている。本当なら大人だけ集めるんだろうけど、今は村の子供は俺だけだから、皆集めてしまえということらしい。一人だけ残しておくのが不安っていうのもあるか。
グレンは父ちゃんのことだ。父ちゃんは、村長ほどではないけど、結構腕が立つ。盾と棍棒を扱うのが得意な盾戦士、タンカーといったところらしい。
イケメンの上に腕っ節もあるとか……神様、贔屓が過ぎませんかね? 実は女神さまだとか? チッ、イケメンはいいよな! いいよな!
セージさんとピースさんは弓が得意で、この三人に村長とデントさんを加えた五人が、いつも魔物の相手をしている。デントさんは細身で足が速く、短剣を扱うのが得意だ。魔法を使えるものは居ない。
「では解散、それぞれ行動を開始しろ。ジンジャー、すまんが朝食のあと、弁当を四人分作ってくれ。遅くとも夕方には戻るつもりだが、念の為だ。一食分でいい」
流石の村長でも、大森林で一夜を明かすのは難しいか。
ジンジャーさんは村長の奥さんで、快活な、淡い茶髪の美人さんだ。唇の左下にあるほくろが色っぽい。
村長とは冒険者時代に知り合ったそうで、宿屋の看板娘だったそうだ。背は百六十センチを少し超えるくらいだけど、ボディはダイナマイトだ。もう三十路に入っているだろうに、弛んだ感じはしない。実にケシカラン。
ん? 俺はチッパイが好きなんじゃないのかって? いやいや、昔の人の名言にあるだろう? 『オッパイに貴賤無し』って。全ては等しく尊いのですよ。
「わかったわ。すぐ作るから、ちょっと待ってて」
弁当と言っても、せいぜい干し肉とパン、生で食べられる野菜くらいのものだ。
パンは小麦で出来ているけど、全粒粉の上発酵も弱いので結構硬い。パンというより乾パンだ。塩も使われてないので、味もしない。ぶっちゃけ、美味しくはない。柔らかくて美味しいパンのために、発酵パンの知識を広めるのもアリかもな。
そんなこんなで、朝食を終え準備を整えた父ちゃんと村長他二名は、村の北にある唯一の門から森へ向かって歩いて行った。村の周りはぐるりと高さ二メートルほどの柵で覆われているため、森へ向かうには柵に沿ってほぼ半周しなければならない。
「とうちゃん、きをつけてね。あぶなかったらにげてね」
俺は仕事が無いので、柵の内側から父ちゃんに話しかけつつ、着いて行っている。
「おう、母ちゃんの言うこと聞いて、いい子で待ってっだぞ」
父ちゃんは特に気負ってはいないようだ。笑顔で返してくる。意外に肝が太いな、頼もしい限りだ。
しばらくすると柵の南端まで着いた。次第に離れていく父ちゃんに手を振りつつ、森の気配を探ってみる。
なんか、少し奥のほう、村から四キロくらいのところに固まった気配がある。丁度この小川の源泉辺りだ。こいつらが原因かな。
狼系や猿系、一部の虫系の魔物は群れを作る。こうした魔物は、個々は左程強くはないんだけど(強くないから群れるんだけど)、群れだとかなり厄介だ。単純に数の暴力で蹂躙されてしまう。少しでも隙を見せると、怒涛の如く襲い掛かってくるのだ。一匹二匹はなんとかできても、五匹十匹と来られると非常にヤバい。けど、それでも連携などはしないため、冷静に対処できれば何とかなる分、楽な方だ。
問題は『群れを作り連携する魔物』、つまり『魔族』であった場合だ。
この世界では、知的生命体は人類だけではない。エルフやドワーフといった定番の亜人類のほか、オークやゴブリンといった魔族類も存在するらしい。
亜人と魔族の違いは明確ではなく、人類との共存が可能か否かで分けられているようだ。実際、犬耳や猫耳の獣人は人類と共存しており、魔族類ではなく亜人類とされている。
いるんだよ、ネコミミが!
地球で言えば、家畜と野生動物の区別みたいなものか。人類の勝手な区別と言えなくもない。
ただ、ゴブリンとオークは明確に人類の敵だ。何しろ、ゴブリンは人や亜人の女を攫って繁殖母体にしてしまうし、オークはその生息域一帯の動植物を全て喰い尽してしまうのだから。
この世界のオークは悪食で大食漢なだけで、人類の女を繁殖対象にはしないらしい。食べるだけ。姫騎士やエルフの『くっころ』は無いようだ。残念(?)。その役目はゴブリンが負っているらしい。
森の気配がそういった魔族類なら、ちょっとヤバいかもしれない。人類に比べて知能が低いと言っても、簡単な罠や道具を作ったりするくらいの知恵はある。中には魔法を使う者もいるというから、油断してると返り討ちになりかねない。
というわけで、父ちゃん達が森の中へ入っていくのを見届けた後、俺も行動を開始する。
見回りのデントさんと他三人は二手に分かれたようだ。北の門前に二人が歩哨として残り、柵の外側を北を0時の方向として時計回りに二人で哨戒している。
門と言っても、一部柵が切れていて、開閉は拒馬を移動させるだけという簡単なものだ。
他の村人は皆畑で農作業中だ。俺が居なくてもいつも通りなので、夕方まで探されることは無いだろう。
気配を探るに、哨戒の二人組は東側を通って南側へ差し掛かったところだ。つまり、見回りが終わったばかりの今、東側は意識の空白地帯というわけだ。
俺は東端の柵まで来ると、人が周囲に居ないのを確認の後、平面魔法を発動させる。作るのは一辺十センチほどの立方体で、作る場所は上げた
俺の平面魔法で作ったものは、触れば移動させることができるけど、基本的にその場から動かない。しかしそれだけではなく、触れた方向とは違う向きに移動させたり、触れてもその場から動かなくするということも出来る。つまり、宙に出した物の上に乗る事も出来るのだ。
乗ったまま移動することも可能だけど、まだ思うようには動かせない。修行中の身でござる。
今できるのは、足の裏にオブジェクトを生成することで宙を歩くことくらい。そう、空を歩くことができるのだ。
名付けて『スカイウォーク』! ジェダ○の騎士になれるかも!?
まるで見えない階段を上るように柵を乗り越えると、そのまましばらく東に向かって宙を走る。森と山脈以外はほとんど平地とはいえ多少の起伏はあるので、村から離れれば背の低い俺はまず見つからないだろう。
手慣れているように見えるのは、実はスカイウォークを使っての脱走は初めてじゃないから。
実は四歳になって間もない頃から時折村を抜け出して、森で魔物との戦闘訓練をしていたのだ。
何故そんな事をしているのかと問われれば、将来に向けた訓練の一環と答えるしかない。
もしこの世界がテンプレゲーム風ファンタジー世界だとしたら、成長がレベル制の可能性もあると考えたのだ。俺が知らないだけで、ステータスとかスキルとかもあるかもしれないと。
そうであるなら、レベルを出来るだけ上げておくことで危険が減るし、何らかのスキルが得られるかもしれない。そう考えてのことだった。
幸いにも、平面魔法のおかげで戦闘面の不安は無い。あとは勇気だけだ! ということで、度々村を抜け出しては魔物狩りをしていたのだ。
まあ、レベル制ではなかったようで、レベルアップのファンファーレが聞こえたことはまだない。
初めて魔物を倒したとき、何らかの忌避感や嫌悪感があるかもしれないと思っていたけど、特にそんなことは無かった。解体して素材や魔石を採った時も、臭いとかぬるぬるする嫌悪感しか感じなかった。倫理観って、やっぱり環境で作られるんだな。俺も完全にこの世界の住人になっていたということだろう。
集めた素材や魔石は、村の柵の外側、西に少し行ったところにある大岩の根元を繰り抜いて隠してある。いずれ独り立ちする時の軍資金にするつもりだ。
走る速度は、およそ五歳児のそれとは思えない速さだ。多分百メートルを十一秒台後半くらい。無論、異世界の五歳児が皆この速さで走れるというわけではない。俺が異常なのだ。
この四年間、特にすることもないので魔法の訓練に明け暮れていたわけだけど、これはその副産物だ。所謂、身体強化っていうやつなのかな?
これを発見したのは、まだ俺が乳児だったとき、体内で練った魔力を放出せずにキープする訓練をしていたときの事だった。もし魔力をキープ出来るなら、普段は全身に溜めておいて、使うときに一気に使うという切り札的な事が出来るかも、という考えからだった。
結果としては、体に留めた魔力はゆっくり拡散して、五分ほどすると消えてしまうことが分かった。長時間のキープはできなかった。
『切り札は別に考えなきゃだめかな』とその時は落胆したんだけど『訓練すれば出来るようになるかも』と思い直して、しばらく続けてみた。
すると、拡散するまでの時間はほとんど変わらなかったんだけど、魔力を溜めている間は身体能力が向上していることに気がついた。
何しろ、生後半年程の赤ん坊がベビーベッドの柵を乗り越え、ハイハイもしたことがなかったのに、直立してトテトテと歩くことが出来たのだ。驚異的過ぎて怖いくらいだった。赤ん○う少女タマミちゃんも真っ青だ。
その時は結構な発見に大喜びしたんだけど、良い事ばかりではなかった。ご他聞に漏れず、翌日は盛大な筋肉痛になってしまったのだ。マジ死ぬかと思った。
どうやら魔法的な超常現象ではなく、本来ある機能の強化的なものらしい。増幅ではなくて制限解除。リミッターを外された筋肉が酷使された結果の筋肉痛ということだったのだろう。一日中寝てていい赤ん坊だったことに感謝だ。
その後も折を見て使用し、純粋な身体能力の向上に利用させてもらった。おかげで腕や足などの局所的に使用することや、切れかけてから上書きすることも出来るようになったし、素の状態でも一般的な五歳児を遥かに超えた身体能力を得ることが出来た。
今は平面魔法を併用して走っているので、さらに速い。蹴り足の裏に板状のオブジェクトを生成し、踏み出す時にそれを前へと押し出す。これによって、通常以上に加速することが可能なのだ。また、体の周囲に流線型の透明オブジェクトを生成し、空気抵抗を可能な限り減らしている。
これが、五歳児がオリンピック選手さながらの速度で走れる秘密だ。明日はまた筋肉痛になるんだろうけどな。
しばらく東に走ったところで、南へ方向転換する。そのまま森へ向かい、途中からまたスカイウォークで森の上を走る。森の中は走り辛いし、魔物に会っても面倒だしな。
父ちゃんたちより先回りして、出来れば原因を排除しておきたい。多分、父ちゃんより俺のほうが先に原因へたどり着くだろうしな。危険な目には遭って欲しくない。
相手はおそらく魔族だ。普通の人たちには荷が重いかもしれない。
普通の人たちには、ね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます