第025話

 交易都市ボーダーセッツは、イメージしていたのとは少し違っていた。

 俺は高い塀に囲まれた城塞都市をイメージしていたんだけど、そんな物々しい造りの街ではなかった。

 俺たちが到着した街の南側には簡易な木の柵が設けられており、その内側は結構広めの畑だった。見たところ何も植わっていないけど、おそらく麦畑なんじゃないかな? 今は秋の初めで次の種まきの直前だから、まだ何も植えられていないんだろう。もう少し早く来てたら夏野菜があったかもしれない。

 その畑の向こう、五百メートル程のところからは家が建ち並び街になっている。木と石で造られた、ドイツやスイスの田舎にあるような家だ。行ったことないけど。

 ほとんどは平屋だけど、中心部に行くほど二階建てや三階建ての建物が増えているように見える。遠目からだとなだらかな丘のようだ。


 南側の柵には切れ目が無いそうなので、西側へ回り込むことになった。

 柵沿いには一応の道が敷かれているけど、単に草が生えてないという程度の農道のような道だ。

 その道を西に向かっていると、街の向こうに動くものが見えた。船だ。どうやら街の北側は河か海らしい。まだかなりの距離があるのに見えるという事は、それなりに大きい船のようだ。いや、帆船だから少し大きく見えているのかもしれない。

 なるほど、水運の拠点として発達したから交易都市なのか。ここを中継地点にして各地へ物資が流通しているんだろう。見たことない人や物が色々ありそうだ。

 いいね! ちょっとテンション上がって来た!


 俺とは対照的に、盗賊共は目に見えて消沈している。絶望しかない未来が着々と近付いているんだもんな、無理もない。自業自得だけど。


 街の西側に向かうに連れ、木柵は石垣に、そして石壁へと変わっていった。

 西側の出入り口である門は、城門と言っても差し支えない程頑健な造りだった。こっち側から訪れていたら、イメージ通りの城塞都市だと思っただろう。

 門は大きな馬車が三台並んで通れるほどの大きさで、それとは別に、門の左側には歩行者用の通用口もあるようだ。どちらも頻繁に人や馬車が出入りしている。

 馬車が出入りしている門には両脇に二名ずつ、歩行者用の通用口には両脇に一名ずつで、計六名の兵士と思しき歩哨が立っているけど、入管検査のようなことはしていないようだ。

 その兵士たちのうち二名が、仲間に声を掛けてからこちらへ向かってくる。


「そこの馬車、止まれ!」


 俺たちは大人しくその場に止まる。揃いの革鎧と槍を持っているので、兵士で間違いないだろう。片方は村長と同じくらいの壮年、もう一方は二十代の青年だ。声を掛けてきたのはその壮年の方だ。


「南から来たようだが、どのような用件でこの街に来た? それに後ろの男たちはなんだ? 奴隷か?」

「私共は南の開拓村より農産物を売りに来た者でございます。後ろの男共は道中襲ってきた盗賊を捕らえた次第でございます」


 ビンセントさんが代表で応対してくれた。交渉事は商人に任せるのが一番だ。


「なに、盗賊だと!? 前たちが捕らえたのか!?」


「はい、正確には同行の元冒険者ダンテス様とそのお連れが、ですが」

「ダンテス……まさか、あの『旋風』殿か!?」

「ドルトン防衛戦の!? ほ、本物!?」


 ここでも『旋風』来たよ、どんだけ!? 村長、超有名人じゃん!

 荷台の中の村長をのぞき込むと、困ったような照れてるような、微妙な顔をしていた。


「はい、そのダンテス様で間違いないかと。盗賊はお引渡し致しますので、聴取は詰め所でよろしいでしょうか? 私共としても、日が暮れるまでに宿を取りたいもので」

「あ、ああ、それで問題ない。そうか、ダンテス殿が……」


 全員が門に向かって歩き出したけど、前を行くふたりの兵士は時折後ろを振り返り、チラチラと馬車を伺っている。まるで『田舎の飲食店へ芸能人が来店したときに偶然居合わせた地元民』みたいだ。

 ……ちょっと例えがタイトだったかな?



 その後の聴取は問題なく終わった。終始落ち着いて対応したビンセントさんと、十年以上前に引退したというのに根強い人気がある村長のおかげだ。

 兵士の話によると、ここ二〜三か月で何件か盗賊の被害があり、領軍でも調査していたそうだ。今回捕らえられた盗賊の規模からみて、こいつらが犯人で間違いないだろうとの事だった。後ほど領主から感謝状と褒美が渡されるそうだ。儲かったな!

 引き渡された盗賊共は地下牢にでも連れていかれるのかと思ったら、そのまま町中へ引き立てられて行った。

 なんでも、逃げたり反抗したりしないように、先ずは神殿で奴隷化されるそうだ。なるほど、ファンタジーならではの手法だな。

 それに合理的だ。尋問で嘘も吐けないし、逃走されることもない。こっちの世界の取り調べは楽そうだな。カツ丼の出番も無さそうだ。そもそもカツ丼が無いか。


「ふう、ようやく終わりましたね。では私は馴染みの商家へ荷を降ろしてきますので、ここで失礼致します。この街ではこちらを定宿にしておりますので、何かありましたらおいで下さい。では」


 そういって一枚の紙を村長へ渡し、ビンセントさんは街へ紛れていった。


「あたしらもこれで仕事は終わりだよ。ギルドへ報告して報酬を貰ってくるから、ここでお別れだ。まだ宿は決めてないから、用があったらギルドへ言付けでもしといておくれ。じゃ、また」


 アンナさんたちともここでお別れだ。少し寂しいが仕方がない。この世界はそういう世界だから。

 一期一会という言葉が実感できる、いや、させられてしまう。

 だからこそ、出会った人との繋がりが太く重いとも感じる。それは決して負担でも不快でもない重さだ。前世のネットのような、気楽で手軽な掴みどころのない繋がりではなく、ずっしりと手ごたえのある繋がり。うん、この出会いは大切にしよう。

 俺は手を振って皆を見送った。


「さて、オレたちは商業ギルドに行くとするか。先ずは魔石を金に換えないとな」


 盗賊からの戦利品は証拠品として一定期間領軍に預けさせられるけど、現金は俺たちの自由にしていいそうだ。なので、多少の現金は手元にある。暫くは金銭的に困る事はないだろう。

 しかし今回の主目的である魔石の換金はあまりにも大量なので、おそらく査定には丸一日以上かかるだろうというのがビンセントさんの予想だ。ならば早めに査定を申し込んでおいた方がいい。そんなわけで、詰所を出た俺たちは商業ギルドへ向かう事にした。


 門をくぐってすぐに、道は土から石畳に変わった。馬車が走りやすいようにという事だろう。流石は交易都市だ。

 門からは真っ直ぐに街の中心に向かって道が伸びており、その両脇には露店が並んでいる。

 その種類は、串焼きや青果などの食料品の他、食器や衣類、鍋や包丁といった物から、よくわからない雑貨、武器や防具といった感じで多種多様だ。そこに多くの人が行き交う様は、上野のアメ横を彷彿させる。

 違う点は、それ程に露店が犇めき合っているにも関わらず、ちゃんと馬車の行き交う幅が確保されている点だろうか。どちらかというと銀座のような場所なのかもしれない。

 そして、そこを行き交う人々も多種多様だ。欧米風の顔立ちの人はもちろん(俺と村長もこれに含まれる)、インド系な褐色肌の人やアジア系の黒髪黒目の人なんかもいる。しかし……。


「耳のある人はいないのか……(ぼそ)」

「耳? ……ああ、獣人系か。この国ではあまり多くないからな。ドルトンか、山を越えて東のエンデ連邦に行けばそれなりに居ると思うぞ」


 独り言だったんだけど、聞きつけた村長が答えてくれた。

 ふむ、そうなのか。交易都市というくらいだから居るだろうと思ってたのに、残念。まぁ、いずれドルトンには行くだろうから、そんなに焦る必要も無いか。


 何はともあれ、今は商業ギルド、そして自分の買い取り、奴隷からの解放だ。

 その時はすぐそこに! 多分!

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