第042話
再びカメラを作成して上空へ飛ばし、近くに水場が無いか探す。
限界まで上げて出来る限りの広範囲を探索すると、大森林にほど近い小さな森に泉を見つけた。方向的には大体西南西だから、ちょっと寄り道するだけで済みそうだ。
「ここから西南西に泉が湧いてるから、そこで休憩して綺麗にしようか」
「分かりましたわ。でも、よくご存じでしたわね? 西に向かうのは初めてと
「うん、初めてだよ。知ってたんじゃなくて、今見つけたんだ」
「??? 仰っている意味が良くわかりませんわ???」
「あ~、まぁ、道中で説明するよ」
頭の上へ盛大に疑問符を浮かべているクリステラを隣の御者席に乗せ、ついでに倒した猪人も馬車の上に積み上げる。一応平面で密閉してあるから、血の匂いで魔物を呼び寄せる事は無いだろう。
解体は泉に着いてからだ。早く行かないと、クリステラに付いた血が取れなくなってしまう。
◇
道すがらクリステラにカメラの事を説明すると、盛大に驚いた後キラキラした眼差しで俺を見つめて来た。
「素晴らしい、素晴らし過ぎですわ! 固有魔法をふたつも、それも千里眼を使えるだなんて! この国の歴史の上でも、そのような方は聞いた事がありませんわ!」
「いや、ふたつじゃなくて、僕の魔法の能力のひとつなんだけどね。でも千里眼、千里眼か……そう言われるとそんな能力だね。もしかして、その固有魔法を持ってる人が居たの?」
「はい、もう二百年以上昔の方ですけれど。かつて千里眼の固有魔法をお持ちだったその男爵は、帝国との闘いを有利に運んだ褒章として伯爵に叙せられたそうですわ。その方と同じ力を使えるだなんて、ビート様の栄達は約束されたも同然ですわね!」
二百年以上昔の人か。その頃も戦争してたんだな。業の深い事だ。
しかし過去にも例があったというなら、もしバレても想像したほど酷い事にはならないかもしれない。
いや、当時とは状況が違っている可能性もあるな。楽観は出来ない。現実とはいつも最悪の予想の更に下を行くものだ。ここはやはり隠し通すのが正解だろう。
「言うまでもないとは思うけど、この事は誰にも秘密ね」
「ええ、承知しておりますわ。ふたりの秘密ですわね!」
なんか声が弾んでる感じだけど、血まみれで言われるとちょっと怖い。軽いホラーだ。
……なんでいつもこの
◇
泉の水は非常に澄んでいて、そのまま飲用に出来そうなくらいだった。
透明度が高いのでそうは見えないけど、深さもそれなりにあるようだ。
泉から小川となって流れ出た水は、林の中に広がる湿地へと繋がっている。流れはそこで終わっており、何処にも流れ出してはいないようだ。そのまま地面に滲み込んでいるのだろう。
泉の周囲には背の高い木が疎らに生えており、その間を埋めるように下生えと灌木が茂っている。大森林よりも灌木の密度が高い気がする。
飲み水も確保したいので、クリステラには泉ではなく小川で洗ってもらう事にした。
「は、恥ずかしいので、覗くなら隠れて見てくださいましね」
クリステラの戯言は全力でスルーする。いや興味はあるけど、そんな場合ではない。
水場というのは狩場の定番だ。待ち伏せにはお誂え向きの茂みもある。いつ魔物の襲撃があってもおかしくない。
現に、警戒して様子を見ていたらしい魔物の気配が、徐々に近付いて来ている。これを排除しておかないと、おちおち休憩も出来やしない。
「ちょっと周りを見回ってくる。ちゃんと装備に付いた血も拭いて綺麗にしておく事」
「はい、承知しておりますわ。いってらっしゃいませ」
クリステラが装備を外す音を背中で聞きながら、林の中に踏み入って行く。引かれた後ろ髪は少しだけだ。
◇
大森林から少し外れているだけあって、それ程強い魔物は居ないらしい。
三十分程で十二匹の魔物を倒したけど、大森林と同じ魔物は大猿が一匹居ただけだった。他には猪の魔物(猪人ではない)とか北大森林でも見た蛇の魔物、でっかい鼬の魔物等が居たけど、どれも強さは大森林の魔物ほどじゃなかった。
倒した魔物は、平面魔法のコンテナに積み込んで全部運んでいる。この旅での貴重な食料だ。
今回の旅は村長の出征とタイミングが被った為、あまり食料を持ち出せなかった。そのため、必要な分の食料は現地調達しなければならなくなった。肉は狩り、野草は刈る。カリ暮らしだ。
今回の旅は五〜六日の予定だから、これだけあれば十分だろう。ちょっと肉ばかり多すぎな気もしないではないけど。
泉の周りにいる大き目の気配はあとひとつ。今まで会ったことのないタイプの魔物のようだ。
こっちに向かって来ている。俺が狩った魔物の血の匂いでも嗅ぎ付けたのだろうか。下生えをガサガサと掻き分ける音が近づいてくる。
それほどの強さではないようだし、丁度いい。初見の魔物と真っ向から戦う訓練をさせてもらおう。俺は隠れずに迎え撃つ事にした。
ひと目見た瞬間、俺にこの魔物は倒せないと確信した。
ダメだ、相性が悪過ぎる。いや、良過ぎるのか?
俺は足元に落ちている太さ三センチ程の木の枝を拾い、長さ五十センチ程に折った。この枝で何とか出来ればいいんだけど。
「グルルル……」
唸り声を上げて俺を威嚇している。威嚇するという事は、俺の強さを理解しているという事だ。俺の見た目は子供なのに油断しないとは、なかなか賢いな。
俺は枝の先を魔物に向けて構える。ゆっくりと左に動かすと、魔物も視線で枝を追う。同じように右へ動かすと、やはり視線で追ってくる。
少し速度を上げて左右に二往復させると、魔物は視線で枝を追いながら身を低く構えた。いつでも襲い掛かれる体勢だ。
俺は枝を細かく左右に数回振った後、一度ピタリと止める。そして……
「ほら、とってこーい!」
枝を林の奥に向かって放り投げた。魔物は尻尾をブンブン振りながら嬉しそうに追いかけて行った。
魔物は犬……いや、狼型の魔物だった。
◇
それから数度枝を取ってこさせた後、しばらく追いかけっこをして楽しんだ。
◇
俺は犬派か猫派かと聞かれたら、逡巡なく犬派と答えるくらい圧倒的犬派だ。
猫が嫌いなわけじゃない。むしろ、好きか嫌いかで言えば間違いなく好きな方だ。ただ、それ以上に犬が好きなだけで。
前世では家族揃って犬好きだったから、遺伝と言ってもいいだろう。今の身体にその遺伝子は組み込まれていないけど、魂の遺伝子は受け継がれているに違いない。
そんな俺が魔物とは言え、犬型の生き物を攻撃できるわけがない。戦いになったら逃げの一手しかないところだった。
しかし、俺には長年培った(といっても前世の話だが)犬を喜ばすテクニックがある! いや、狼……いやいや、狼型の魔物だけれども。
追いかけっこと取ってこいが嫌いな犬は中々いない。犬は基本的に走る事が大好きなのだ。こいつもその例に漏れず、思う様走り回って満足したようだ。よしよし。
今、その魔物は俺に背中を撫でられながら、解体した大猿の肉を食っている。
大抵の動物は餌を食べているときに触られるのを嫌がるモノなんだけど、よほど腹が減っていたのだろう、こいつはお構いなしだ。まだ子供だという事もあるかもしれない。身体の大きさに対する頭と足の大きさが、明らかに子供の比率だ。警戒心が低いのもそのせいだろう。
通常、犬科の動物は群れを作る。それはおそらくこの世界でも同じはずだ。でなければ、ここまで狼に似た生き物が居るわけがない。
けど、こいつはどうやら一匹だけのようだ。気配察知で探っても、周囲に同種の個体は存在しない。
犬科の幼体が一匹だけと言うのは如何にも不自然だ。何らかのアクシデントがあったに違いない。よく見ると身体のあちこちに傷があるし、何かあったのは間違いない。群れに置いて行かれたか、あるいは置いて
犬科の動物の幼体が、群れに入らず生きていく事は不可能だ。このまま放って置けば、遠からず餌を獲れずに衰弱して死んでしまうだろう。
圧倒的犬派の俺に、それを見過す事など出来ない。出来るはずがない!
「お前、うちの子になる?」
肉を食べ終わって満足したのか、座っている俺の右隣に寄り添うように寝転んで毛繕いを始めたそいつに語り掛ける。そいつはふいっとこちらを向くと、不思議そうな目で俺を見つめてくる。
「一緒に来るなら餌くらいは喰わせてあげるよ。どう?」
右手で耳の後ろを掻いてやると、気持ち良さそうに頭を摺り寄せてくる。ふふふ、マスターモフリストの俺にかかればチョロいもんだぜ……おっと、話題が明後日の方向へ行くところだった。
手を止めて立ち上がると、そいつも一緒に立ち上がって俺の顔を見つめて来る。俺が歩き出すと、俺の後ろを尻尾を振ってついてくる。
どうやら俺は仲間、群れのリーダーとして認められたようだ。
よし、初めてのポケ○ン、ゲットだぜ!
いや、普通に魔物だけどもさ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます