第207話
そんなこんなで、あっという間に十二月二十五日になった。
前世的にはクリスマスなんだけど、当然ながらこの世界にキリスト教は無いので、クリスマスもないし赤い服の老人も出没しない。ケーキもシャンパンも七面鳥の丸焼きも食べない。いや、前世でも一回しか食ったことないけどさ、七面鳥。
昨晩も、イブだからといって浮かれたりはしておらず、いつもと変わらない夜を過ごした。鳥の丸焼き香草詰めを作ってもらったくらいだ。何の鳥かは知らないし香草の種類も分からなかったけど、美味しかったのでよし。
今日から一月五日までは全国的に休みのところが多く、開校したばかりの冒険者学校も休講になる。街道整備の基礎工事も予定通りに終わらせている。
つまり、俺たちも年末年始休暇に突入だ。とはいえ、完全に休みになるかというと、そうもいかないのが管理職(貴族)の悲しさよ。
「ふわぁ~っ、まだ眠いみゃぁ~」
「早寝早起きは冒険者の嗜みですわ。最近冒険していないからって、気を緩めすぎですわよ、アーニャさん」
「アーニャが緩いのは、今に始まったことじゃねぇけどな」
「あらあら。そういえば、最近二の腕が揺れてるかもしれないわね。うふふ」
「うみゃっ!? そ、そんなことは無いみゃっ! ちゃんと毎日訓練してるみゃ!」
「それ以上に食っとったら意味ないやん?」
「……脂がのってる」
うちの女性陣は今日も賑やかだ。
日の出からまだそれほど時間が経っていない早朝、荷物を満載した馬車(牽いているのは平面製の偽鎧馬だけど)と共に、俺たちはドルトン南門へと向かっている。荷物の中身は主にお酒や食料品だ。
今日の天気は、この地方の冬らしい曇り空。冬でも枯れない紙の木の葉の上に朝露が降りて、しっとりと濡れている。
この辺りは冬でも氷が張ることはほとんどなく、霜が降りることも稀だ。これから本格的に寒くなっていくはずだけど、この朝露が霜に変わることが何度あることやら。
「おはよう、おっちゃんたち! 今日から四、五日出かけてくるよ!」
「はいはい、おはようございますだ。お気をつけて、坊ちゃん」
「坊ちゃん、明日から年明け三日までこの門は閉めっぱなしになりますんで、帰ってくるときは北門からにしてくだせぇ」
「そうなの? 分かった、お仕事頑張ってね! じゃあ行ってきます!」
南門の初老の門番ふたりに挨拶をして街の外へ出る。毎朝のウーちゃん&タロジロの散歩で顔を合わせてるから、既に知り合いと言ってもいい仲だ。
ふたりとも、最初はデカいウーちゃんにビビってたけど、今では頭を撫でられるくらいには慣れている。でっかいイヌって気質が穏やかで、慣れると可愛いんだよね。
ちなみに、ふたりとも俺のことは『代官の子供』と思っているらしい。
どうも、俺のことは街にはあまり知れ渡っていないみたいだ。確かに、就任の演説なんかはしてないし、住民に顔見せもしてないからな。さもありなん。
冒険者には知られているんだけど……いや、あいつらも俺のことは『代官の子供』と思っているかもしれない。『代官の子供』じゃなくて『子供の代官』が正解なんだけど……まぁ、今のところ困ったことはないし、別にいいだろう。
いつもは日の出と共に門を開いて日没に閉めるんだけど、年末年始は閉め切りにしておくらしい。
たしか、去年は開けていたと思う。なんで今年は閉めておくんだろう? 俺、代官なのに何も知らないな。戻ったら
門の外に出ると、そこには老若男女入り混じった数十人の人が集まっていた。そのほとんどは疲れた雰囲気で、衣装も少し薄汚れている。いかにも長旅をしてきましたって感じだ。
その一部がなにやら言い合っている。揉め事か?
集まっているほぼ全員がネコ族だ。僅かに数人、ヒト族が混じってる。イヌ族は居ない。ネコの集会だ。もう朝だけど。夜中に偶然出くわすと、無数の眼が碧色に光っててビビるんだよな、アレ。
その揉めている集団の中から、ひとりの青年が俺の方へと小走りでやってくる。茶色い短髪のネコ族男性だ。
「ボス、姫様、お待ちしておりました。ご指示通り、
「うん、トビー、ありがとう。何か揉めていたみたいだけど、何か問題?」
「いえ、あの、その、大したことではないのですが……」
トビーはアーニャの一族で、俺の奴隷のひとりだ。大森林の拠点の農地で働いてたんだけど、諸々の仕事のためにドルトンへと連れてきていた。他にも数人、若者を中心に引き抜いてきていて、街で生活してもらっている。その連中も集団の中に混じっている。
その仕事のひとつが、旧シーマ王国の生き残りや子孫を集めて保護することだ。つまり、それがそこにいるネコの集団だ。今日は、彼らを連れて大森林の拠点の村へ行く予定なのだ。
今、エンデ連邦の旧シーマ王国地方では、飢饉からの暴動に端を発する内乱が発生している。蝗害で作物が取れなくなり、多くの餓死者が出て、飢えた民衆は食料の供給や税の免除を政府に対して要請し、十分な回答が得られなかったために暴動へと発展したのだ。
それがいつしか『民を養えない現政府に指導者たる資格なし』という論調から『旧シーマ王国の復興を』という話にすり替わり、内乱へと発展したというわけだ。
現エンデ首脳陣はイヌ族であり、長らくネコ族を王家に戴いていた旧シーマ王国国民とはソリが合わなかったというのも理由のひとつかもしれない。
まぁ、ジャーキンの工作員がそうなるように煽ったんだろうけど。イヌ派かネコ派かは、いつの時代も論争の的になるのだ。
俺? 『圧倒的イヌ派故にそれ以外も容認できる余裕がある派』だな。すなわち『モフリスト』だ。
そして何を隠そう、その旧シーマ王国正統王位継承者こそが、うちの食いしん坊ネコのアーニャだったのだ!
いろいろあって、今はその一族全員が俺の奴隷になっている。かつての王族が丸ごと元農奴の奴隷になっているわけで、世の中はママならないと考えさせられる。パパになる将来はまだ考えられない。子供なので。
ワンコもニャンコも好きな俺としては、エンデの現状はとても看過できるものではない。そこで俺は、俺が旧シーマ王家の生き残りを保護しているという情報をエンデ国内に流したのだ。
昔を懐かしんだり旧王朝に権威を感じる人も多いだろう。そういった人たちがエンデを離れてここドルトンに集まれば、内乱の規模も縮小するだろうという目論見だ。少なくとも、王政復古を掲げる連中は無視できないはずだ。明確な旗頭がそこにいるんだからな。
そうして集まったのがここにいるネコたちというわけだ。少数いるヒト族は、多分、夫とか妻とか、そういったネコたちの関係者だろう。モフリストならぬ、ケモナーというやつだな。
「問題有りに決まっている! 由緒あるシーマ王家の一族が奴隷にされているなど、到底許されるものではない! 即時解放を要求する!」
集団の中からもうひとり、ネコ族の男性が近付いてきた。セミロングの金髪にところどころ黒髪が混じっている。トラ毛か?
顔つきは……まぁ、なんとかイケメンと言っていいくらい? ネコ族って丸顔が多いから、凛々しい美形タイプはあんまり居ないんだよね。トビーもちょっと国〇太一似の緩い感じだし。こいつは櫻〇翔な感じ。ちょっとグループが違う。
「誰?」
「彼はその、旧シーマ王国の貴族で……」
「私はシーマ王国で宰相を輩出したこともある名門ウボー伯爵家が嫡男、キャスパー=デ=ウボーだ!」
「元伯爵家ですけど。敗戦でシーマ王国の貴族家は全て取り潰されましたので」
「ええい、余計なことは言わなくていい! 王族が生き残っているならば、それを支える貴族家もまた滅びてはおらん! 貴様がフェイスとかいう男爵か!? まだ子供ではないか! まあいい、兎も角、姫とその一族を早く解放するのだ! おお、その黒髪、貴女様がアナスタシア姫ですな! 直ぐに私がこの不埒ものから解き放って差し上げますゆえ、今しばらくのご辛抱ですぞ! そして私と共に王国を復興致しましょう!」
なんとまぁ、暑苦しい奴が来たものだ。しかも他国の貴族に一方的に命令してくるとか、礼儀も外交もあったものじゃない。
「アーニャ、ああ言ってるけど?」
「余計なお世話だみゃ。今更王国復興なんて意味ないみゃ」
アーニャに確認をとると、にべもない。
そもそも、自分を買い戻せるだけの貯蓄が、アーニャには既にある。奴隷が嫌ならいつでも辞められるのだ。うちのご飯が美味しいから居ついているだけだ。実にネコらしい。
「だってさ。そういうわけだから、諦めて帰ってくれる?」
「ああ、なんということだ! 可哀そうに、洗脳されておられるのですね! 酷い事をする! 大丈夫です、今すぐ私がこやつを始末して解き放って差し上げます!」
駄目だこいつ、会話が成立しない。たまに居るんだよな、自分の世界だけで完結しちゃってる奴。特に意識高い系とかに多くて、仕事で一緒になると鬱陶しいことこの上ない。こいつも意識高い系かね? 無能の意識高い系は害悪だからなぁ。
意識高い系虎毛が腰の
急に発生した修羅場(?)に、集まっていたネコ族たちが身構える。うん、あっちは普通のネコっぽい。ほっこり。
一方で、俺の仲間たちはジャスミン姉ちゃんを除いて平常運転だ。特に慌てるでもなく、普通に後ろから様子を見ている。
ウーちゃんなんて、時間がかかりそうだと思ったのか、既に地面で丸くなっている。タロジロもそこに身を寄せて同じ格好だ。そこにピーちゃんも加わって、イヌ玉三つにトリ玉ひとつという至宝と化している。癒される。スナップショットを撮っておこう。
「ちょっとビート、何が何なの!? いきなり決闘っぽいことになってるじゃない! これはアタシの出番ね!」
「いや、なんでジャスミン姉ちゃんの出番になるの? 大した事ないから、大人しくそこで見ててよ」
「何よ、つまんないわね、もう! さっさと終わらせなさいよね!」
俺の心配をしているわけじゃなかった。よく分からないけど乱入したかっただけらしい。お前はK〇Fのシ〇ゴか。ジャジャジャーン?
「一応聞いとくけど、うちらが相手しよか?」
「いや、いいよ。僕がやらないと納得しないだろうしね」
「そうですわね。万が一ビート様
「「「はーい」」」
皆が馬車の方へと向かう。俺自身の心配はしないらしい。どうも、俺が戦闘で危機に陥るという想定は無いようだ。ある意味信頼されてるんだけど、いつも通りなんだけど、ちょっと寂しい。
「ふっ!」
虎毛が突っ込んできて片手突きを放つ。一応細剣の使い方は分かってるみたいだ。踏み込みに迷いがないし、攻撃前に声を掛けることも無かった。俺を本気で殺すつもりらしい。こいつ、戦場経験があるな?
見ていたネコたちから短い悲鳴が上がる。でも大丈夫、ちゃんと気配察知で見えてるから。
突きの下をくぐって、虎毛の懐に潜り込む。その勢いのまま、膝と腰のバネを使って、渾身の頭突きを鳩尾へと叩き込む。
まさか、よそ見していた俺が反撃してくるとは思わなかったんだろう、俺を見失った虎毛はモロにそれを食らう。身体が小さいと、こういう時に便利だな。
「ぐふっ!?」
〇クとは違うのだよ?
うめき声をだして虎毛が三メートルほどの高さまで宙を飛ぶ。でも残念ながら、ザ〇にもグ〇にも飛行能力はない。上に上がったら落ちるだけだ。綺麗に半回転して、背中から地面へ落ち、一回大きくバウンドして土ぼこりが上がる。
虎毛はそのまま動かない。気を失ったみたいだ。一撃か、思ったより根性無かったな。
ネコたちは呆然と俺を見ている。一瞬過ぎて、何が起きたか理解できないんだろう。
「さて、他に何か言いたい人はいる? 実力行使でもいいよ?」
無傷の俺が努めてにこやかに話しかけると、ネコたちは一斉に首を横に振った。新たな挑戦者はいないようだ。ちょっとビビらせ過ぎたかな?
でも、この様子ならしばらくの間、俺を害しようとする者は出てこないだろう。あの虎毛、鬱陶しいけど役に立ったな。
城門外の騒ぎに気付いたのか、門番のふたりがこちらへ走ってくる。面倒だけど、虎毛を引き渡して説明しないとな。代官が手続きを無視するわけにはいかないし。仕方がない、出てきたばかりだけどドルトンに戻るか。
ちょっと出発が遅れるけど、別に急ぐわけじゃない。食料品が腐る前に着けばいいだけだ。
「担架がひとつで済んで良かったですわ」
さいですか。
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