第208話
「それで、仲間は何人でどこに居るんだ?」
「誰が言うものっ、ぐああぁっ!? 二人、だっ! あの集まりの中にっ、いるっ! くふっ、はぁ、はぁっ」
只今、虎毛の尋問中だ。と言っても、拷問ではない。この世界では、そんな非効率的なことをする必要はない。
犯罪の容疑者は、まず法と商売の神または戦と狩りの神のいずれかの神殿へと連れていかれる。そこで治安を司る騎士の奴隷にされる。平民や貴族を奴隷へと落とせるのは、この二つの神殿の神官だけだからだ。
奴隷には主人に絶対服従する義務があり、これに逆らうと死ぬほどの激痛が全身に走るから、『問われた質問に嘘偽りなく答える事』と命令されれば、虚偽の証言や黙秘もできなくなる。拷問なんてする必要はないのだ。
また、奴隷へと落とされた時点で『主人に危害を加えてはならない』という強制力も働くので、主人の財産となった自分の命を損なう行為、つまり自殺もできなくなる。誰かに殺されることを受け入れることも出来なくなるので、証人抹殺もかなり難しくなる。
そんなわけで、虎毛は一時的に門番のオッチャンの奴隷になっている。オッチャンは騎士じゃないけどドルトン冒険者ギルドの職員なので問題ない。
被害者で代官である俺も、尋問に同席させてもらっている。オッチャンは俺が代官本人と聞いて驚いてた。そうです、私が代官です。
虎毛を尋問して分かった内容をまとめると、虎毛自身は本当に元シーマ貴族の末裔で、目的も姫巫女であるアーニャで間違いないようだ。本気で王国復興を目指しており、俺を殺してでもアーニャを解放するという決意も本物だった。過激な愛国主義者ってやつだな。迷惑な奴。
ただ、それを焚き付けた連中がいるらしく、それが今エンデで内乱を扇動している奴等で『シーマ解放戦線』と名乗っているらしい。ひねりが無いな。ちなみに、全員ネコ族ではなく普通のヒト族で、元シーマ貴族でもないらしい。
奴らがどういう素性で何が目的なのか、虎毛は知らなかった。というか、本当にシーマ王国復興を目指す同志だと本気で信じているようだ。元貴族ならともかく、平民がそこまで王国復興に熱を上げるわけがないだろうに。
一般市民というものは、その時の政治と上手く折り合いをつけて強かに生きていくものだ。反乱なんて、余程の悪政でなければ起こそうとはしない。虎毛はかなりの直情バカなようだ。
少し前ならジャーキンの工作員ということが考えられたんだけど、もう戦争は終わっている。敗戦国であるジャーキンは多額の賠償金と領土割譲で、再び戦争を起こす余力はないはずだ。
工作員も支援を受けられないだろうから、潜伏するか帰還するかを選ぶはずで、内乱騒ぎのような目立つ行動を起こす理由がない。戦時中に仕掛けた工作の残り火だとしても、ちょっと長引き過ぎている気がする。このまま放っておけば、王国にも飛び火しかねない。
というか、既に王国貴族である俺が襲われているしな。いや、俺の場合は自業自得か。
虎毛は、貴族(俺)を殺害して奴隷(アーニャ)を奪おうとした強盗殺人未遂という重犯罪で、終身奴隷もしくは死刑になる。
もしも虎毛が、他国と言えど貴族であったなら、そして俺と同意の上での決闘であったなら、決闘法によってお咎めなしだったかもしれない。しかし今の虎毛は平民で、問答無用で俺に襲い掛かってきている。情状酌量も弁明の余地も無しだ。
この国での裁判は、領主またはその代行者による判決一回のみの一審制、つまり、代官である俺の胸先三寸で決まってしまう。俺が当事者であるかどうかなんて関係なしでだ。まだまだこの国の法制度には穴が多いな。
「お前の名前、今日からジュニアね」
「なっ!? 私にはキャスパー=デ=ウボーという……いだだだっ、わがりまじだぁっ、今日がらわだじはジュニアでずぅっ!」
虎毛は俺の奴隷になった。というか、した。野放しにするわけにはいかないし、目の届かないところで怪しい奴等に利用されるのも問題だからな。
ちょっと引っかかれ……引っかかれてもいないな、威嚇されただけでニャンコを処分するのも寝覚めが悪い。俺の
男をモフる趣味はないけど、周りにモフる対象がこいつしかいなくて、しかも一週間以上誰もモフっていないという状況であれば、やむを得ずモフることが無いとも言えない。飢えていれば好き嫌いはできない。
元名門貴族なんていう余計なプライドは名前ごと捨ててしまえ。
ということで、虎毛はジュニアに改名だ。虎毛のネコはジュニアかアントニオ、白黒ブチはコテツ。これは関西での鉄板ネーミングだ。異論は認める。
しかし、アントニオはワンコに噛み殺されちゃうから縁起が悪い。今のエンデの情勢だと洒落にならない。だからジュニアだ。
早速俺の命令に逆らって痛い目に遭ってるあたり、懲りないドラネコの素質アリと見える。ジュニアの名に相応しい。これからビシビシ躾けてやろう。
ん? ということは、俺がコテツか? そういや、あの猫も
あー、なんかホルモン焼きが食べたくなってきた。
ジュニアの仲間に関しては、まだ何も問題を起こしてないから手を出せない。今はまだ只の流民だ。
ジュニアの血縁なら連座で捕縛できたんだけど、全員が血縁ナシのヒト族らしいからな。トビーに監視させておくくらいしかできない。面倒なことだ。
まぁ。見張らせておけば、そのうち何か尻尾を出すだろう。ここまでついてきたってことは、何か行動を起こすつもりだろうし。アーニャとその近辺は要警戒だな。
「ということで、下僕くん一号の、キャスパー改めジュニア君です。皆仲良くしてあげてね」
「……よろしく」
如何にも不承不承といった様子でジュニアが頭を下げる。
門の外へ戻ると、もう昼前だった。今日は雲が多くて日差しが弱い。皆には待機するようにと言っておいたけど、冬の初めのこの季節に外での待機は、少し配慮が足りなかったかもしれない。ニャンコは寒さに弱いからな。
皆は馬車の周りに集まって火を熾し、軽く軽食を摂っていた。この匂いは……干物の焼き干しで出汁を取ったスープかな? ルカの周りにネコが群がっているから、多分そうだろう。三十人くらいのネコが密集している様は、なかなかに圧巻だ。ネコまみれ。羨ましい。
「予想通りでしたわね!」
「あらあら、本当に奴隷にしてきちゃいましたね」
「うみゃあ、もう増やさなくていいみゃ」
「予想通りって?」
「ビートはんはヒト族の大人以外には甘々やからな。きっとそのチンピラも死刑や鉱山送りにはせんやろうってみんなと話してたんや」
「名前付けたってことは、ウーちゃんたちと同じペット枠ってことだよな?」
「……チチチ、おいでおいで」
「ぬうっ、やめろ! 私はケダモノではない!」
どうやら俺の嗜好は把握されてるようだ。
いや、本当のクズなら例えニャンコでもワンコでも見捨てたよ? 実際、エンデの山賊はそうしたし。
でもジュニアはただのバカだから、ちゃんと躾ければ大丈夫かなと思って。バカが悪いんじゃない、バカを野放しにする世の中が悪いのだ。
「うーん、まぁいいか。それじゃ、最終確認ね」
ルカの周りに群がっているネコたちに向き直り、少しだけ大きめの声で話しかける。
「ここにいる皆はエンデからの難民で、僕が作った旧シーマ王族の暮らす開拓村への移住を希望ってことでいいかな? 村に行くと簡単には村の外に移動できなくなるし、色々と生活に苦労があると思うから、それでもいいって人だけ残ってね。嫌って人はドルトンに残るといいよ。仕事と住むところは自分で探してもらうことになるけど」
トビーに集めてもらった時点で意思確認はしてるけど、土壇場で心変わりする人は何処にでも居るものだ。あとでゴネられても面倒だから、ここで最後の確認をとる。
周囲を見渡す。全員無言で俺を見ている。そうそう、夜中にネコの集会に出くわすとこんな感じだったな。ギョニソで釣ってモフりたい。
意外にも、心変わりした者はここにはいないようだ。ジュニアの仲間も、当然のように付いてくる気らしい。ふーん、見た目は至って普通の一般人だな。特にキナ臭い感じはしない。
潜入工作にしてはあからさまだけど……まぁいいか、トビーに任せておこう。丸投げ? いやいや、信頼して任せてるだけですよ。マジでマジで。
「よし、それじゃ開拓村に向かうよ!」
そうと決まれば善(?)は急げだ。早々に出立しよう。そして夜にはホルモン焼きを食べるのだ!
◇
いつものMe321ギガントを出すとネコたちがびっくりして腰を抜かしたり、それに乗って空を飛ぶとネコたちが恐怖でパニックになったり、到着した開拓村が村ってレベルじゃなくて美しく整備された街だったことにネコたちが目を丸くしたりと、いろいろ騒動はあったけど無事にネコたち全員をジョンのところへ運ぶことができた。あとはアーニャパパにお任せだ。
丸投げ? そうです。
これから年明けまではここで休暇、年が明けたら王都で王家の新年会に参加する予定だ。不穏の種はあるけど、
ああ、今年もよく働いたなぁ。来年は穏やかな年になるといいな。
「……無理」
ちょっとデイジーさん、不吉な予言をしないでいただけます!?
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