第209話
アーニャパパにジュニア以下の移民希望者たちを『ザ・丸投げ』して、俺たちは岩山の住居区域へと向かう。
普通なら、まとめ役のアーニャパパにいろいろと不在の間の報告してもらうんだろうけど、俺にはその必要はない。荷物の整理を皆にお願いすると、俺はひとりでこの拠点の中枢であるコアルームへと向かう。
「ジョン、何か変わったことはあった? ほうほう、ふむふむ」
ジョンのコアに触れて魔力を与え、同時にジョンから情報を流してもらう。
この開拓村は、ダンジョンであるジョンの一部を地上に露出させたものだ。
なので、この村には至る所にジョンの監視網が張り巡らされており、そこで起こった出来事の一部始終をジョンは記録している。KGBも真っ青な監視体制だ。
その情報を、ダンジョンの中枢であるコアに接触して送り込んでもらう。
口頭や文書による報告は報告者の主観が混じってしまうため、往々にして完全な客観性が失われてしまいがちだ。その点、ジョンは記録をそのまま脳に送ってくれるから、ほぼ完全な客観性が保たれている。確度も精度も高い。
難を言えば、膨大な情報を精査する技術が必要なくらいだ。ネコたちの
最近は慣れてきたのか、最初の頃のように無茶な情報量を送ってこなくなったので、処理しきれなくて頭痛が起きるということもなくなった。激痛の後に鈍痛がジンジン長く続くから、結構きついんだよな、アレ。
その分時間がかかるんだけど、それでも報告書を読むよりは遥かに早い。痛いのは嫌だからといって防御にステータスを極振り出来るわけでもないから、これが最良だ。
情報を貰う代わりというわけじゃないけど、俺からは魔力を分け与えている。ジョンにとっては大事なエネルギー源だ。エサを与えるのは飼い主の最低限の義務です。たーんとお食べー。大きくおなりー。
実は、最近はこうでもしないと魔力を使い切れなくなっている。魔力を使い切らないと最大魔力量を増やせないんだけど、普通に魔法を使っても使い切れない量にまで俺の魔力は増えてしまっている。
こうしてジョンに与えれば、俺は最大魔力量を増やせるし、ジョンは成長に使う魔力を補充できる。共にウィンウィンの関係というわけだ。
もう最大魔力量を増やさなくても十分かなとも思うんだけど、俺はロングアイランドや六大神という規格外な存在を知っている。
今のところ彼ら(彼女ら?)とは敵対してないけど、今後もずっとそうだとは言い切れない。神様なんて気まぐれだからな。いざという時のためにも、増やせるものは増やしておいた方がいい。転ばぬ先の
「ふーん、やっぱ食料が問題かな。春先には芋が収穫できるから主食は問題ないとして、もっと野菜や果物、タンパク質が必要だな」
今、コアのあるこの部屋には俺しか居ない。拠点の岩山の最奥にあるから、外部からの音も聞こえてこない。とても静かだ。そのせいか、考えてることがつい口から出てしまう。
今のところ、この村(町?)に大きな問題は起きていないようだ。ネコたちは真面目に毎日畑の世話をし、暖かで安全な家の中でゆっくり寝ているらしい。全員が俺の奴隷なので、犯罪を犯すこともなく穏やかに暮らしているようだ。
大森林で最も脅威となる魔物については、ジョンが万全のセキュリティを構築しているので、拠点内に侵入してくることはない。空を飛ぶ魔物が心配だったけど、大型で凶悪な魔物は数が少ないので、今のところは大丈夫なようだ。
でも一応、ネコたちには避難訓練とか防衛戦闘訓練とかをさせておいたほうがいいかもしれない。巨人が壁を越えてくることが無いとも言えないし。ネコなら立体機動もお手の物だろう。多分。
極小型の虫系と鳥系の魔物は今もちょくちょく入ってきているらしい。空を飛ばれたらジョンにはどうしようもないもんな。
まぁ、害がないなら別にいい。ミツバチやトンボは益虫だし。果樹を荒らす実バエや鳥、野菜を食い荒らす蝶や蛾の幼虫、猛毒を持つスズメバチなんかの害虫だけ何とかできれば問題ない。これもネコたちに対処してもらうか。田舎育ちばかりだから、対処方法ぐらい知ってるだろう。元王族だけど。
問題なのは、やはり食料だ。
芋でカロリーは足りるとしても、その他の栄養が現状では不足しがちで、人数が増えた今後はさらに不足するだろう。今は俺が運んでくる野菜や干し肉で補っているけど、早期に自給自足を確立する必要がある。
拠点の一部に野生の果樹を残してあるから、野菜についてはそれほど焦らなくてもいいかもしれない。ビタミンやミネラルはそれで摂ればいい。
まぁ、あんまり甘くないパパイヤっぽいのとか、果肉より種の方が多いバナナっぽいのとかだけど。
……種なしバナナってどうやって作るんだろう? 突然変異か薬品? それに、種が無いのにどうやって増やしたんだろう? 分からないことだらけだな。これもネコたちに研究させてみよう。得意技は丸投げです。
それはさておき、問題はタンパク質だ。
鶏っぽい魔物は飼育してるけど、まだ増やしている段階で数が少ない。今は卵も食べずに孵化させている。もう二、三年経たないと食卓へは饗せないだろう。
地下牧場で密かに育てているジャイアントホーンも同様だ。ようやく子牛が数頭生まれた程度だから、まだ食肉としての出荷はできない。せいぜいミルクを絞るくらいか? でもジャイアントホーンは凶暴だから、絞ったミルクより流した血の方が多かったなんてことにもなりかねない。これはネコたちには任せられない。
となると、やはり魚か。淡水魚は一年でそこそこ大きくなるし、天敵がいなければ数もかなり増える。
養殖池を作って育てさせるか。ネコたちは魚好きだし、喜んで育てるだろう。でも、獲り過ぎ食べ過ぎに注意するように言って聞かせる必要はあるかもしれないな。
人口も増えたし、これからも増えていく予定だ。となると、居住区ももっと広げた方がいいだろう。農地も増やしたい。もう少し村全体を拡張させた方がいいな。
ジョンに可能かどうか訊ねてみると、嬉しい感情と共に『可』という返事が送られてきた。どうやら、ずっと拡張したかったけど俺が制限していたから我慢していたようだ。
拡張に使う魔力はあるのかと訊ねたら、今日と同じくらいの魔力をあと三回くらい流してくれたら大丈夫と返ってきた。ということは、年内に拡張できるということか。よし、それで行こう。
ついでに、あの不穏分子共の監視もお願いしておこう。どれほど優秀な工作員でも、まさか土地そのものから監視されているとは思うまい。
まったく、うちの子は皆出来る子ばかりで、俺は鼻が高い。
◇
「なによこの町は! お父さんの村より大きいじゃない、ビートのくせに生意気ね!」
コアルームから戻った途端、ジャイスネ乗りでジャスミン姉ちゃんにディスられた。なんて横暴な。助けてドラ〇もーん。
「大きいだけじゃないよ。石造りだから冬場は少し寒いけど、夏場は涼しくて快適なんだ。冬場は温泉のあるドルトンの屋敷の方が快適だけどね」
「でも、ここにもお風呂はあるのよね? なら問題ないわ!」
ジャイスネかと思ったら、今度はシズ〇ちゃんのような事を言い始めた。随分と大柄でナイスバディなシ〇カちゃんだ。
学園の寮にもお風呂はあるって聞いてるけど、大浴場ではなくて普通のバスタブだそうだ。
生まれ育った開拓村には、当然のように無い。大量の水と薪を使う風呂は贅沢品だからな。
そんなわけで、ジャスミン姉ちゃんは大きな浴槽に入ったことがなかったから、ドルトンの屋敷の温泉で味を占めてハマったらしい。まぁ、気持ちは分かる。足を伸ばして湯に浸かる行為には、得も言われぬ開放感がある。
〇ズカちゃんと言えば『きゃー、〇び太さんのエッチー!」というお風呂乱入イベントだけど、むしろそれ以外の存在価値は極小だけど(偏見)、うちのシズ〇ちゃんの場合は『あらビート。丁度いいわ、背中流してちょうだい』となるのが想像できてイマイチ萌えない。お約束でも恥じらいが欲しいと思うのは贅沢なんだろうか?
ちなみに、この拠点のお風呂はキッカが魔法で入れてくれている。風呂上がりのドライヤー替わりもしてくれているので、この拠点にいる間は大活躍だ。
本人は『うち、生活にしか魔法を
荷物の片づけは終わっているみたいなので、皆をリビングに集めて今後の行動を説明する。
「えー、というわけで、今日から年始まではここで過ごします。年が明けて四日の朝、ダンテスの町で子爵夫妻と合流したのち、王都へと向かいます。王都では王家主催の新春賀詞交歓会が五日に、戦勝記念式典が六日にあって、その両方に僕とジャスミン姉ちゃんは参加します。どちらも王城で行われるので、奴隷と使用人は入れません。その間、皆は自由行動とします。前泊を含めて三泊を予定していますが、多少長くなることも考えられます。七日の朝にダンテスの町に子爵と夫人を送って、そのままドルトンへ帰着となる予定です。以上、何か質問は?」
集まった皆と今後の予定を共有する。といっても、この情報は既に十二月半ばに通達してある。今回は再確認だ。
王家主催の軍事関連以外の公式行事は、貴族家当主とその配偶者のペアでの参加が原則だ。俺は独身だけど、そういう場合は婚約者か姉妹と参加することになる。だから俺はジャスミン姉ちゃんと参加だ。婚約者と姉妹のどちらも居ない場合のみ、ひとりで参加することが許されている。
王族はその例外で、基本的に一家全員が参加することになっている。未だに見たことのない王太子や王妃の顔を拝むチャンスだ。ちょっと楽しみ。
「はいっ! 宿の部屋割りはどうなっておりますのでしょうか?」
「トネリコさんにお願いして、以前泊まったホテルのスウィートを三つ予約してあります。ひとつは子爵夫妻用で、僕らがふたつ。まだ結婚前だから、ジャスミン姉ちゃんの部屋は分けておいたから。何人かはジャスミン姉ちゃんの方に泊まってね」
「アタシは別にあんたと一緒でも構わないわよ?」
「いや、世間体ってやつがあるから。貴族は面倒臭いんだよ」
この世界の貴族は、婚姻に関しては妙に厳格だ。婚前交渉どころか、それが疑われる行為は全て不埒と言われてしまう。同じ部屋に寝るなんて、もってのほかだ。
そのくせ、結婚前に性奴隷を抱えるのは特に問題視されないという、どうにも歪な倫理観が横行している。家の外で種を蒔くと問題になる可能性が高いからだろうというのは分かるんだけど、だから性奴隷と言うのもどうかと思う。
「そう、ですの。となれば……」
クリステラが厳しい表情で視線を周囲へ巡らせる。ルカ、キッカ、サマンサ、デイジーがその視線を同じ表情で受け止める。アーニャはあくびして明後日の方向を向いている。いつも通りだな。子供たちは気まずそうに俯いて……あれ? サラサも参戦するの? そうなの?
「あ、バジルは僕と同室決定ね。ジャスミン姉ちゃんと同じ部屋にするわけにはいかないから」
俺がそういった瞬間、キララとリリーも顔を上げる。うんうん、青春だねぇ。
「これは話し合いが必要ですわね! ビート様、申し訳ありませんが少々中座いたしますわ!」
「せやな、ハッキリさせなアカンわ」
「うふふ、譲りませんよ」
「あー、穏便にね、穏便に」
ガタガタと椅子を鳴らし、鼻息荒く女性陣がリビングを出て行く。向かう先は、おそらく訓練場だろう。流血沙汰にならなきゃいいんだけど。
リビングに残された俺とジャスミン姉ちゃん、アーニャ、バジルの間に気まずい雰囲気が流れる。
「アーニャは行かなくて良かったの? アンタもビートを狙ってるんでしょ?」
「うみゃあ、アタシは別に何番目でも構わないみゃ。将来ボスの仔を産めればそれでいいみゃ。そういうジャスミン様は、ボスを他の女が取り合ってるのは気にならないみゃ?」
うおおお、このふたり、全然オブラートに包まないよ! 真正面からノーガードでぶつけ合いだよ、スーパードッヂだよ!
根っこが似た者同士なのかもしれないけど、当事者の俺がいる前で話をしないで欲しいな!
「ミンでいいわよ。アタシは正直、よくわかんないのよね。でも、学園で貴族のボンボンとか大商会の跡取りとかと話したけど、アレは駄目ね。弱いし、尊敬できないわ。正直言って気持ち悪い、イヤ。ビートは小さい頃からずっと一緒だったし、実は魔法も使えて強かったし。一緒に居て嫌じゃないっていうのは、家族以外ではビートだけだったのよね。だから婚約って話が出た時も、ビートだったらいいかなって。みんながビートを取り合ってるのはちょっとモヤモヤするけど、強くてお金がある男に女が群がるのは当たり前だしね」
「うみゃ。アタシも似たようなものだみゃ。今まで出会ったオスの中で、ボスが一番強くて甲斐性があって毛繕いが上手かったみゃ。これ以上を望むと、ずっと子供を産めないみゃ」
だから、少しはオブラートに包みなさい! バジルが聞いていい話かどうか判断できなくて視線を彷徨わせているいるじゃないか!
「ちょっとビート、毛繕いってなによ!? みんなにそんなことしてるの!?」
「いや、お風呂上がりのブラッシングのことだよ。どういうわけか、皆が僕にしてくれって集まってくるんだよね」
「へー、そんなに上手なの? あんなの、髪を梳くだけじゃないの?」
「うみゃあ、一度してもらったら分かるみゃ。アレは凄いみゃ。一度味わったら病み付きだみゃ。そうだみゃ、バジル?」
「えっ? あっ、はい。旦那様の、毛繕いは、最高です」
「そこまでなの? それは興味あるわね! ビート、今日はアタシにもしなさいよ!」
「うん、まぁ、いいけど。順番があるみたいだから、皆とちゃんと話しておいてね」
なんか、今日からまた日課がひとつ増えそうだ。
◇
「か、勝ち取りましたわ~!」
「くっ、不覚や……」
「うふふ、執念の差ね」
「ちくしょう、次は勝つからな!」
「……譲らない」
「死守」
「あうう、みなさんいつもと全然違いましたですよ~」
「(うるうる)」
女性陣が帰ってきた。どうやら決まったみたいだ。かなり激しい話し合い(?)だったんだろう、皆、髪はぼさぼさで全身汗だくになっている。一体どんな話し合いだったのか、知りたいような知りたくないような……でも、きっとジョンが記録してて、明日それを見せられることになるんだろうなぁ。
……カットで。
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