第210話
「ねぇビート」
「ん?」
「あんなところに石造りの二階建ての長屋なんてあったっけ?」
「村の人が建てたんじゃない?」
「昨日までは無かったのよ」
「……」
「あの池も、来た時はあんなに広くて四角くなかったわよね? もっと小さくて丸かったわよね?」
「村の人が掘ったんじゃない?」
「昨日までは小さくて丸かったのよ」
「……」
「あの壁も、昨日まではあの池から百歩くらいのところにあったのに、今はその倍くらい遠くにあるんですけど?」
「ジャ、ジャスミン姉ちゃんの背が縮んだんじゃないの?」
「そんなわけないでしょ! 答えなさいビート、アンタ何したの!?」
明日はこの世界での大晦日、十二月三十日だ。年越しの準備で皆が忙しそうにしている中、俺とジャスミン姉ちゃん(とウーちゃんとタロジロ)は村の中をブラブラと歩いていた。
何かをしようにも『貴族家の当主とその婚約者にそのような雑事をさせるわけにはいきませんわ!』と、仕事を取り上げられてしまうのだからしょうがない。
そういえば、去年も似たようなことがあったなぁ。あのときは暇すぎて温泉を掘ってしまったんだっけ。
でも、ここで掘ると地下牧場に穴が開いちゃうからなぁ。ジョンに頼んでバイパス作ってもらおうかな。いや、いっそジョンに掘ってもらうか。
することが無いのはジャスミン姉ちゃんも同じだったので、ウーちゃんとタロジロの散歩がてら、一緒に村の様子を見て回っているというわけだ。
というか、ジャスミン姉ちゃんはここに来てからというもの、することが無くて連日村を散策していたようだ。朝の訓練の後は、村に出て子ネコ(ネコ族の子供)たちと戯れるのが日課だったらしい。なんてウラヤマケシカラン!
なので、ジョンが村を拡張したことにも目ざとく気付いたようだ。まぁ、かなりの規模で拡張したから、普通なら気付くわな。
今回は面積比で約三倍ほどの拡張を施した。拠点の岩山を中心として、半径約五キロほどに円状の塀で囲んである。以前は半径約三キロだったから、三分の五の二乗で、ざっくり三倍だ。
人数が当初の倍くらいになってもパンクはしてなかったんだけど、これからも増えることを考えたらこれくらい拡張しておいてもいいだろう。計算上では五万人くらいなら養えるはずだ。……ちょっと広げ過ぎたかもしれない。
住宅は、前世で言うところのアパート形式の建物をいくつか増築してある。同じ区画に似たような外観で作ったから、なんとなく団地に見えなくもない。ここだけ高度成長期っぽい。
間取りはご家族向けの3LDKと独身者用のワンルームだ。余程の大家族でなければ対応できるだろう。
養殖池も整備した。五十×二十五メートルプールくらいのを三面、深さはそれぞれ違っていて一メートル、一・五メートル、三メートルだ。
まだどんな魚を育てるか決めていないしその生態も分かっていないから、とりあえず深さを変えて、一メートルと三メートルの池の底には砂利を敷き詰めてみた。あとは魚を捕まえてくるだけだ。最初は上手くいかないかもしれないけど、追々改修していけばいいだろう。
農地も拡充した。主食の森芋エリアを倍に、その他の豆類や葉野菜のエリアを三倍に増やした。
計算上では、人数が今の倍になっても自給できるはずだ。余った分は交易や備蓄に回そうと思ってるけど、それは翌年以降の話だな。今からすると鬼が笑う。ラ〇ちゃんの笑顔はいろいろな意味で痺れるっちゃ。レ〇の笑顔は命を懸けないと見られないのでパス。
「まぁ、ぶっちゃけると魔法で拡張したんだけどね」
「それはそうでしょうね。でも、アタシが聞きたいのはそうじゃなくて、誰の魔法なのかってことよ! こんな大規模魔法、学園の首席でも出来ないわよ!」
「そうなんだ? この村には僕の配下で、ジョンっていう土魔法の使い手が居るんだよ」
「あら、やけにアッサリ教えてくれるのね。でも、そんなに凄い魔法使いなのにアタシは全然聞いたことないわ」
「ちょっと訳ありでね。僕以外とは会わないし、外を出歩くこともできないんだ。村でも知ってるのは僕とクリステラたちだけだよ」
「ふーん。まさかアンタ、そのジョンって人を監禁してるんじゃないでしょうね?」
「まさか。ジョンは身体にちょっと不便があってね。生活に不自由はしてないけど、ときどき僕が食事を差し入れてるからさ、その代わりに魔法を使ってもらってる感じかな?」
「あらそうなの、それは不憫ね。今度アタシにも会わせてね?」
「うん、そのうちね」
いつものテクニック、『嘘じゃないけど全てを明かしたわけじゃない』話術だ。
ジョンが土魔法使いなのも外を出歩けないのも本当だけど、ダンジョンであることは秘密のまま。身体に不便があるっていうのも、ダンジョンだから身体が無いともいえるし、この村全体が身体とも言えるから嘘じゃない。ちょっとした解釈の違いだ。
いずれは明かすつもりだけど、今はまだ早い。
ジャスミン姉ちゃんなら大丈夫だとは思うんだけど、ダンジョンのテイムは世間に与える影響が大き過ぎる。出来るだけ秘密は秘密のままにしておきたい。
具体的には、結婚するまで。結婚すれば生活共同体だから、秘密も共有する必要があるだろう。まぁ、嫁は旦那の秘密を探るものらしいから、そのうちバレるだろうし。その前に明かしてしまえば被害は少ない。はず?
村の中をブラブラと歩いていると、人だかりが出来ているのを見つけた。あそこはアーニャパパの家かな? 騒ぐでもなく、近くの人と何やら不安げに囁き合っている。どうやら揉め事ではないようだ。
近付いていくと、俺に気付いたアーニャパパが人だかりから抜け出し、こちらへ駆け寄ってくる。……アーニャパパ、少し太ったな。なんか福々しくなってる。タヌキ族に種族進化(?)するのか?
「ボス、丁度いいところへ」
「うん、何かあった?」
アーニャパパも俺をボスと呼ぶ。というか、村のネコ族は皆、俺をそう呼ぶ。どうやらアーニャに倣っているようだ。あんなアーニャでも、この村の人達にとっては女王様(候補)だからな。今度女王様らしい黒革ボンデージ衣装とマスクを着せてみよう……いや、リアルキャットウー〇ンになるだけか。バット〇ンもいないのに。ミヤオゥ。
「いえ、朝起きたら村に建物や池が増えてたものですから、驚いた村の者が詰めかけてきたんですよ」
「はい、僕がやりました!」
「え……」
手を挙げて高らかに宣言する。隠しても意味ないしな。
「人が増えたから、農地や住宅が必要かなと思って。あ、あの池には魚を放して養殖するつもりだから、増えた農地の担当と合わせて決めておいてね」
「えー、あー、そう、ですか。承知致しました。ではこちらで分担を決めておきますので、魚の手配の方はお願いしても?」
「うん、近日中に探してくるよ。じゃ、あとはよろしくね」
うん、普通は不思議に思ったり不安になるよね。事前に周知しておくべきだったかも。
でも、こんな時でも封建制領主なら『ご領主様のすることだから仕方がない』の一言で済んでしまう。便利だな。
アーニャパパはかなり素直になった。『負けたら絶対服従』というルールの戦いで完敗したからというのもあるだろうけど、ここでの穏やかな暮らしで心が解れたというのもあるだろう。良い傾向だ。
「なんだ、ボスの仕業か」
「ボスなら仕方がないな」
「もう、びっくりしたわ。でもボスらしいわね」
集まったネコたちが散っていく。『ボスだから』で全部納得したらしい。
それ、ご領主様に対する畏敬の念じゃなくて、いたずらっ子に対する諦観の念のように思えるのは気のせい? 信頼感がマイナス方向へ振り切れてる気がするんですけど?
「まぁ、そうよね。ビートだし」
「むう、ジャスミン姉ちゃんまで」
納得できないけど、納得されたなら仕方がない。別に、俺もゴネて欲しいわけじゃない。平穏無事が一番だ。
唯一荒れている俺の心は、あとでウーちゃんたちに癒してもらおう。この程度の心のささくれ、モフれば一発で治る。
散っていくネコたちに紛れて、俺に対する鋭い視線が送られている。出所は、例のジュニアの仲間だったヒト族のひとりだ。人混みの中から隠れるように俺を見ている。バレバレだけど。
好意の一片も含まれない視線の意味は、俺に対する敵愾心だろう。
元ジュニアの仲間たちの目的がアーニャであることは既に分かっている。ジョンが村中に張り巡らせた監視網による調査で判明した。ふたりが夜中にコソコソと相談しているのを傍受したのだ。
それによると、その目的は王国復興ではないことが分かった。だってアーニャの事を『黒猫』呼ばわりしてたからな。符丁にしても女王陛下(予定)に対して不敬過ぎるだろう。
では何が目的なのかというと、これはまだ不明だ。
漫画や小説なんかだと『誰に解説しているんだコイツ?』と訊ねたくなるような説明台詞があるものなんだけど、こいつらは普通に今後の行動を相談していただけだった。現実はそんなに甘くない。
俺を殺害してでもアーニャを連れて行くつもりらしいけど、ジュニアとの闘いを見て武力行使は最後の手段にしたようだ。賢明だな。先ずはこの村から外へ出る手段を確保しようという話に纏まったみたいだ。
この村を囲う塀は垂直に十メートル以上の高さがあり表面はツルツルだから、登ることはかなり難しい。ジョンがすぐ修復するから穴も掘れない。
何とかして外へ出たとしても、世界でも有数の魔境である大森林のど真ん中だからな、ここ。魔物をどうにかできる手段がないと、百歩も歩かないうちに魔物のエサだ。
とりあえず、しばらくは何かを仕出かすことはないだろう。もし焦って行動を起こすようなら、その時に改めて対処すればいい。この村に居る限り、ジョンの監視からは逃れられないからな。
「さて、それじゃ魚を探しに行こうか。とりあえずこの近所の川か池かな?」
「いいわね! 大物を仕留めましょ!」
「いや、仕留めたら養殖できないんだけどね」
多分、これが今年最後の仕事になる。キッチリ終わらせて気持ちよく新年を迎えたいものだ。
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