第206話

「世話になった、ではまたな。ジャスミン、しっかり修業するんだぞ」

「分かってるって、お父さん。心配しないで」

「気を付けてね」


 子爵そんちょうは自領へ向かう商隊と一緒に帰って行った。

 ジャスミン姉ちゃんのお出迎えに来たのかと思ったら、年末だから納税やら何やらの事務手続きをしに来たのだそうだ。ジャスミン姉ちゃんの出迎えはついでだったみたいだ。

 去年までは開拓村だったから諸々免除されてたんだけど、今年から子爵領になったから、やらなければいけない手続きが色々あったらしい。それで役所に行かなきゃいけなかったんだけど、まだ子爵領に役所は無く、一番最寄りの役所がドルトンの冒険者ギルドだったそうだ。約四百キロも離れてるのに。

 街道が開通したら冒険者ギルドの支所ができるそうだから、それまでの我慢だな。


 俺が送り迎えできれば良かったんだけど、最近は妙に予定が詰まっていてそうもいかないんだよなぁ。いや、自分で仕事を増やした結果なんだけど。来年は予定を開けておこう。


 一方で、ジャスミン姉ちゃんはドルトンに残る。これからしばらくの間うちに住み込んで、クリステラから礼儀作法の教育を受ける予定だ。

 具体的には、俺が十歳になるまで。あと一年とちょっとだな。十歳になったら式を挙げて正式に結婚する予定だ。


 ……結婚ねぇ。前世も含めて初めてのイベントだ。実感わかないなぁ。

 クリステラは、幼い頃から公爵夫人となるべく厳しく躾けられていたから、礼儀作法はバッチリだ。俺もいろいろ教えてもらっている。というわけで、子爵直々に教育を任されたわけだ。


「ビート様の妻となられるなら、何処に出しても恥ずかしくないくらいのお作法を身に着けていただきませんと!」


 これでジャスミン姉ちゃんも少しはお淑やかになるだろう。……なるだろうか? ならないかな? なるといいな。なるようにしかならないか。

 何故か、うちの女性陣全員がそのお作法教室を一緒に受けることになった。将来の為だそうだ。皆がどんな将来を想定しているのかはかないけど、ギラギラした視線を俺に向けるのはやめて欲しい。

 まぁ、一部バジルに向いてる視線もあったけど。ふーん、へぇー、なるほど、そうなのかぁ(にやり)。

 再来年開校する学校の講座に礼儀作法があってもいいかもしれない。護衛依頼とかで貴族と接することもあるだろうし。カリキュラムに組み込んでおこうかな。

 って、こうやって仕事を増やすからダメなのか。反省。当面は仕事を減らす方向で調整しよう。



「というわけで、今後は男女別で入浴することとします」

「あらあら、突然ですね」

「横暴ですわ! 断固反対致しますわ!!」


 子爵を送り出した後、皆をリビングに集めて今後の生活について話をする。まずは、今夜からの入浴ルールについてだ。

 これまでは、なし崩し的に全員で入浴していた。女性陣のパワーに押されてそういう流れになってしまっていたのだけれど、これからはそういうわけにはいかない。

 ジャスミン姉ちゃんは、仮にも子爵令嬢だ。そういう高貴な身分の未婚女性が、婚約者とはいえ、男性と一緒に入浴するのは如何なものかと思うのだ。


「アタシは気にしないわよ? ビートの裸なんて、子供のときから見慣れてるし」

「いや、気にするしないの話じゃなくて、倫理的な話だから。常識的に考えてって話だからね?」

「っ!? ビートはんの口から常識的やて!?」

「にゃはは、面白い冗談だみゃ!」

「そこ、五月蠅いよ!」

「「はーい」」


 余計なチャチャを入れるキッカとアーニャをひと睨みで黙らせるけど、いつものことながら反省の色がない。何か効果的なおしおきはないものだろうか? ミカンの皮を並べてみるか?


 確かに、ジャスミン姉ちゃんとは小さい頃から一緒に川や井戸で遊んだりで、お互いに裸を見せ合った仲だ。

 しかし、それはまだジャスミン姉ちゃんがツルペタだった頃の話であって、ボンッキュッボーンッとなった今は、そうはいかない。

 俺はまだ子供で、子供だからこそ、事案になる可能性もある。ジャスミン姉ちゃんはもうすぐ十五歳で、この国では成人だから。


「それに、ねえ?」


 チラリとバジルへ視線を流す。

 バジルは俺より少し年上で、奴隷ではない普通の平民の使用人だ。

 今までは俺が主人だから、使用人であるバジルと一緒にお風呂に入っても問題なかった。使用人が主人の世話をするのは当たり前だからだ。

 まぁ、世話をしているのは俺のような気もするけど。

 しかし、バジルがジャスミン姉ちゃんと一緒に入るのは問題だ。この国は若干男尊女卑だから、主人が使用人女性とお風呂に入るのは問題なくても、その妻や娘が使用人男性とお風呂に入るのは問題になるのだ。

 何故って? そりゃあ、アレがナニでコレがソレだからですよ。


「でしたら、僕は、ひとりで、入りますので」

「いやいや」


 むしろひとりで入りたいのは俺なわけで。皆で入るとのんびりできないんだよな。

 でも、バジルは物静かだから、一緒に入っても気にならない数少ない相手だ。

 デイジー、サラサ、リリーも口数が少ないんだけど、女の子だからどうしても気を使ってしまって落ち着かない。裸の付き合いができるのはやっぱり同性だけだ。


「それなら、アタシがひとりで入るわよ?」

「いや、それもちょっと。ご令嬢をお預かりしている貴族家としては、やっぱりお世話係のひとりもけないというのは、ねぇ?」


 これも貴族としてのシキタリだ。ぶっちゃけ、シキタリという名の見栄なんだけど。

 俺ひとりならそんなシキタリはガン無視でいいんだけど、他家のご令嬢を預かるとなると、そうはいかない。身の回りの世話をする者を最低ひとりは就けなければならない。

 作法の教育もあるから、これはクリステラが最適だろう。つまり、クリステラとジャスミン姉ちゃんが一緒にお風呂に入ることは確定だ。決定事項だ。


「ぐぬぬぬ、確かに、慣例としてそういう習慣はありますけど……」

「なんや、どこでそないな要らん知識を仕入れてきたんや?」

「いや、他ならぬクリステラからだけどね」

「くっ、何をしているんですの、過去のわたくし! 不覚ですわ、過去に戻って口封じをしたいですわ!」

「いやいや、口止めね。口封じだと死んじゃってるからね?」

「ビート様の口と言わず頬と言わず、四六時中口付けしていれば良かったのですわ! そうすれば、その時も今もこれからも、わたくしは幸せでしたのに!」


 怖いよ!

 久しぶりにクリステラがポンコツモードだ。こうなると手が付けられない。しばらく放置するしかない。


「次は館の部屋割りだね。いつまでもジャスミン姉ちゃんを客間に泊めておくわけにもいかないから部屋を割り当てなきゃいけないんだけど、今は客間以外の部屋に空きがないんだよね」


 今は、俺以外は皆ふたり部屋だ。クリステラとデイジー、キッカとアーニャ、ルカとサマンサ、バジルとリリー、キララとサラサがそれぞれ相部屋で起居している。ウーちゃんとタロジロは俺の部屋で、ピーちゃんはリリーの部屋で寝ている。

 もっとも、クリステラとデイジーはいつの間にか俺のベッドに潜り込んで寝ているから、ふたりの部屋のベッドはただのインテリアになっている。偶にルカも紛れ込んでいたりする。だから、俺の部屋は一番面積が広いのに、寝るときは一番人口密度が高い。冬でも暑いとは言わないけど、寒くはない。

 ちなみに、キッカとアーニャの部屋は元物置だ。そうしないと客間を確保出来なかったからだからなんだけど、


「狭い方が落ち着くみゃ」

「船の部屋も狭いからな。うちら海エルフは狭い方がええねん」


と言うのでそのようになった。ネコは狭いところが好きだけど、どうやら海エルフもそうらしい。


「それでしたら、わたくしとデイジーがビート様と正式に同衾致しますわ! 一部屋空きますし、これで解決ですわね!」

「なので、この際だから増築または改築をしようと思います」

「流されましたわ!?」


 まだポンコツモードのクリステラは全無視で話を進める。

 ぶっちゃけ、かなり人数が増えて、この館も手狭になってきたなぁとは思っていた。

 そもそも、ここは商人が出張してきた際の別邸として建てたものだから、そこそこの広さと間取りしかない。こんな大人数で暮らすことは想定されてなかったとみえる。俺も、この家を買ったときにはこんな大所帯になるとは思ってなかったし。

 現状の打開のためには、引っ越しか増改築が必要だ。ぶっちゃけ、領主公館に引っ越せばいいんだけど、ここに湧いている温泉は捨てがたい。効能や泉質はよく分からないけど、源泉かけ流しのプライベート温泉なんて、なかなか手に入るものではない。また掘るのも面倒だし。


 ということで、増改築以外の選択肢はない。問題は、増築と改築、どちらにするかだ。

 増築であれば、庭の一角に新しく棟を建てることになるだろう。その場合は今の館はそのまま残るから、今の生活を維持することができる。半面、別棟なので往来が面倒になるかもしれないし、建てる棟の大きさにもよるけど庭が狭くなったり日当たりが悪くなったりするかもしれない。

 改築であれば、今の館を建て替えることになる。数部屋増やして三階建てくらいにすればいいだろう。ついでに、今不便だと感じている個所の改修もしてしまえば、今後の生活も快適になるはず。

 ただし、その場合は今の建物を取り壊すから、一時的に引っ越さなくてはならない。その間は不便な思いをするかもしれない。

 と言うようなことを説明して、皆にどちらがいいか意見を求めてみた。


「アタイは増築かなぁ。今でも別に不便だとは思ってねぇし」

「アタシもだみゃ。今でも十分快適だみゃ」

「そうですよ。田舎に住んでた頃に比べたら、ここはとても暮らしやすいですよ」

「同意」


 サマンサ、アーニャ、キララ、サラサは増築派か。まぁ、この国の他の家に比べたら、うちは魔道具や温泉もあって暮らしやすいだろう。現状のまま問題が解決されるなら、その方がいいって考えなんだろうな。


「わたくしは改築をお勧め致しますわ。今の館も立派ですけれど、これからの事を考えると現状は最善とは言えませんわ。将来を見据えて、広く大きくすることが必要だと思いますわ」

「せやな。お貴族様らしい見た目いうんは必要やで。はったりも効くしな」

「あらあら。わたしはもう少し広い台所があると嬉しいですね。人数が増えて、ちょっと手狭なんです」


 クリステラ、キッカ、ルカは改築希望か。将来を見据えて、ねぇ。俺の将来ってどんなだろう?

 当面の目標やりたいことは既にほとんど叶えちゃってるからなぁ。あとはドラゴンにパチキかますくらいしか残ってないけど、別に急ぐ目標ではないんだよなぁ。

 このまま王国貴族として生きて行くなら、それなりの実績とコネが必要になる。

 実績は今の代官職を無難にこなせばいいし、大森林の拠点を開発して領地にするのもいいだろう。そうなると、いずれ子爵になるわけか。なるほど、それなりの格が求められるな。

 コネの方は、子爵とドルトン伯爵には面識があるし、三侯爵家のひとつ、ヒューゴー家にも貸しがある。それに何といっても、国のトップである王様と内務尚書に伝手があるし、隣国エンデの首脳とも知己だ。特に焦る必要はないだろう。


「デイジーはどう? 何か意見はある?」

「……庭が荒らされるのは困る」


 ふむ、改築にしても増築にしても、今ある庭は植え替えやら伐採やらで荒れるだろうな。デイジーはガーデニングと家庭菜園を趣味にしているから、どちらも賛成できないってことか。


「今すぐにってわけじゃないから、菜園は今植えている作物の収穫をして、庭木は一度拠点へ植え替えておいて、工事が終わったらまた植えればいいよ」

「……ならいい。どちらでも問題ない」


 デイジーは、将来的には庭師希望かな? 最強の武道家になれる才能まほうがあるのに勿体ないという気はするけど、貴族の庭師は屋敷の警護役でもあるんだよな。御庭番って言葉もあるくらいだし。案外向いてるかもしれない。


「バジルとリリーは?」

「僕たちも、どちらでも、構いません。でも、走り回れる、庭があれば、嬉しいです」

「(こくこく)」

「ピーッ! ピーちゃんはママとパパといっしょがいい!」

「どっちの場合でも周りの土地を少し買い取るつもりだから、庭が極端に狭くなることはないと思うよ? でも、どっちかって言うと増築の方が狭くなるかなぁ。建物の数が増えるからね」

「でしたら、改築が、いいです!」

「(こくこく!)」

「ピーッ! ピーちゃんはママとパパといっしょがいい!」


 うむ、実にイヌ獣人らしい判断だ。ネコと海エルフは狭いところが好きで、イヌは広いところが好き。そしてピーちゃんは何も考えていない。いや、理解できてないのか。賢いけど、まだ生まれて数か月だもんな。


「ジャスミン姉ちゃんは?」

「アタシ? そうねぇ、アタシは雨の日でも鍛錬できる場所があればそれでいいわ。増築でも改築でも好きにすれば?」


 いかんな、ジャスミン姉ちゃんの脳筋化が進んでいる。何のためにうちに住み込むのか、当初の目的を早くも忘れているようだ。なんとかしなければ。

 頼むぞ、クリステラ(丸投げ)!


「皆の意見をまとめると、若干改築派が多いみたいだね。僕も改築のほうがいいかなと思うから、その方向で進めるよ。今は大工さんが忙しくて取り掛かれないから、設計だけしてもらっておくね。図面が出来たら、皆に意見を出してもらって変更していこう。工事に入るのは春過ぎからかな。一時的に大森林の拠点に引っ越すことになるけど、街までの送り迎えは僕がするから心配しないで。それでいいかな?」

「「「はい!」」」


 皆が息の合った返事をする。いいチームワークだ。

 と思っていたら、ジャスミン姉ちゃんから質問が飛んできた。


「ねえビート、大森林の拠点って何? アンタ何かやってんの?」


 そういえば、まだ連れて行ったことは無かったな。結婚するならいずれ明かさざるを得ないし、いい機会だから一度連れていっておくか。

 ご新規一名様ごアンナーイ! はーい、喜んで?

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