第110話

 中ボスを倒したらボーナスステージ……ではなく、死体の片付けを終えたら総督の館を捜索だ。

 まるで強盗のようだけど、目的はお宝ではない。いや、お宝は回収させてもらうけども。だって海賊退治の正当な報酬だし?

 捜索の主な目的は生存者、つまり捕虜の確認だ。もし王国軍の兵士が捕えられていたなら救助しなければならないし、その中にクリステラのお兄さん、アリストさんが居ればヒューゴー家からの依頼は達成になる。ファーストミッションクリアだ。

 アリストさんが居なかった場合でも、捕虜になっている人が居たらそこから何か情報を聞き出せるかもしれない。

 最悪、既に亡くなっていることの確認になる可能性もあるけど、それならそれで信ぴょう性のある証言が得られるから問題ない。クリステラには申し訳ないけども。


 港の詰所には誰も居なかった。留置所のような格子のはまった部屋はあったけど、そこはもぬけの殻だった。ここ最近は使われてた様子もない。

 ということは、もし捕虜が捕えられているとしたら総督の館しかない。

 そんなわけで、俺たちは総督の館に向かう事にした。


 海賊共の死体は……まぁ、ちゃんと処置したから問題ないだろう。具体的に何をどうしたかは思い出したくもないけど、今年のリュート海はエビやカニが大漁に違いない。



「館には……二階にひとり、三階に三人、地下室に四人いるね。離れに六人いるのは使用人かな? 入口にふたりいるのは門番で、多分地下室にいるのが捕虜だろうね。カメラで調べてみるよ」


 街から少し離れた丘の上にある総督の館。その周囲を囲む高さ二メートルほどの塀の下まで来た俺たちは、まずは館内部の情報を集める事にした。というか、集めるのは俺だけど。

 カメラを飛ばして、そこの様子を手元の平面に表示させる。生中継でお送りしております。画面左上に「LIVE」の文字を表示することも忘れない。忘れていいけど忘れない。


 隠密行動中なので大画面で表示するわけにはいかない。モニターは十五インチくらいの控えめだ。それを俺の後ろから皆が覗き込んでいる。正確には、覗き込んでいるのはクリステラ、ルカ、キッカ、アーニャの四人だけだけど。

 ウーちゃんは俺の横に座ってあくびしているし、画面じゃなくて俺の方を向いている。だよねー、興味ないよねー。でも可愛いから許す。

 デイジーはそのウーちゃんにしがみついてウトウトしている。モフモフであったかいからな。サマンサはまだ絶賛気絶中で、塀際に寝かせられている。まだ寒いから毛布も掛けてある。身体強化があるから、そうそう風邪になる事はないと思うけど。


「……ルカ、頭に乗ってる」

「あらあら。申し訳ありません、ビート様。楽だったものでつい」

「ぐぬぬぬぅ……」


 乗せるのに丁度いい高さだったってか? 柔らかかったけど、結構重かったな。あんなものを普段からぶら下げてるなんて、ルカは大変だ。サマンサに頼んでブラを作ってもらうか? でも俺はブラの構造に詳しくないからなぁ。

 まぁ、普通の男なら詳しくなくて当たり前だ。ブラに詳しい男なんて、お近づきになりたくない。製作は難航しそうだけど、サマンサに頑張ってもらうしかないかな。

 あとクリステラ、自分の胸じゃなくて画面を見なさい。そして、揉むな。


 まずは屋敷の三階からだ。気配は三つあるけど、ひとつだけが少し離れたところにある。とりあえずそっちから見てみるか。

 暗くて分かりづらいけど、どうやら寝室のようだ。でっかいダブルベッドを占領するように、ひどく恰幅のいい女性が寝ている。体重も年齢も俺の四倍以上ありそうだ。ベッドの沈み具合がひどい。多分、小太り総督の嫁さんだろう。この似たもの夫婦め。

 女性は軽くいびきをかいて熟睡している。旦那は夜中に呼び出されて働いてるっていうのに、暢気なものだ。

 まぁ、旦那も既に永眠してるんだけど。させたんだけど。この似たもの夫婦め?


 ここは放っておいていいだろう。もう一方の、ふたつ気配のあるほう方へカメラを移動させる。

 ここは、先ほどの寝室に隣接する小部屋だ。そこではメイドさんがふたり、テーブルを挟んでお茶を飲んでいた。どうやら使用人の控室のようだ。主人が起きたときのための夜番っぽいな。メイドさんも大変だ。


≪先輩、旦那様遅いですね≫

≪そうね。死んでなきゃいいけど≫

≪あれ、旦那様の心配するなんて珍しいですね? お嫌いだと思ってました≫

≪もちろん嫌いよ。あの下種を好きな人間なんているわけないじゃない。あたしたち平民を家畜同然にしか思ってないような奴なのよ?≫

≪ですよねぇ。でも、それならなんで?≫

≪簡単よ。ここの仕事は、お給料だけはいいから。あんな下種でも、生きててもらわないと失業しちゃうじゃない≫

≪あー、なるほどぉ。確かに≫


 メイドさんたちはクスクスと笑う。……ごめん、君ら失業確定しちゃってるから。だって、その下種とやらを生かしておく選択肢が無かったんだからしょうがないじゃん。新しい就職先が早く見つかるといいね。


「なんていうか、身も蓋もないなぁ」

「あらあら、世の中なんてそういうものですよ? 生きていくには妥協も我慢も必要です」

「わたくしたちはビート様の奴隷で良かったですわ。我慢する事なんてほとんどありませんもの」

「多分、あの娘らより稼がせてもろうとるしな」

「美味しいご飯も食べられるみゃ」


 アーニャは食べ物のことばっかりだな。腹ペコキャラか? 太るなよ?

 皆のげんから察するに、うちの職場環境は概ね良好そうだ。もっとも、これが本音かどうかはわからないけど。現に今も超過勤務させてるしな。割り増し料金を払わないといけないかな? 裁量労働制なら問題ないか? でも冒険者って出来高制だよな。

 うーん、難しい。ドルトンに帰ったらイメルダさんに聞いてみよう。


 カメラを二階に移動させる。ここは子供部屋か。

 聞こえてくる寝息を追いかけると、ベッドにはひとりの女の子が寝ていた。小太り総督の子供だろう。顔つきが似ている。可哀そうに。

 歳は俺と変わらないくらい。しかし、体重は俺の倍くらいありそうだ。顔が似ているだけでも残念なのに、太ってるところまで似ていては救いようがないじゃないか。不憫な娘だ。

 もっとも、肥満は生活環境によるところが大きいからな。太った親と同じ生活をしてたら、子供も太って当たり前だ。将来、俺も子持ちになったら気をつけよう。

 ここも放置で問題ないだろう。むしろ、見なかったことにしてあげたい。というわけで、いよいよ本命の地下室へとカメラを送り込む。


 屋敷の一階の端、地下へ降りる階段の入り口は、鉄で補強された木製のドアで閉じられていた。これまた頑丈そうな鉄の錠前付きだけど、俺のカメラの前ではそんなものに意味はない。何の抵抗もなくドアをすり抜けていく。

 ドアの向こうは真っ暗だったけど、これも問題はない。弱いスポットライトをひとつ点ければ解決だ。

 懐中電灯みたいで雰囲気がある。いかにも何か出て来そうだ。まさかゾンビなんて居ないよな?

 階段を下りた先にもやはり同じようなドアがあり、錠前で閉じられている。見張りは居ないようだけど、その分厳重に閉じられている感じだ。

 ドアの先には石造りの廊下が続いている。その先からは微かに寝息とうめき声のような音が聞こえてくる。あまり状況は良くなさそうだ。地下に閉じ込められてるんだから当然だな。早く救助してあげなければ。

 十メートルほどで廊下は行き止まりになっており、その左右は予想通り格子のはまった牢屋になっている。そしてその中に居たのは……。


「ひっ!?」

「っ!?」

「きゃいんっ!」


 サマンサ、デイジーが飛び起き、ウーちゃんが悲鳴を上げる。俺から漏れ出した殺気で驚かせてしまったようだ。

 しかし、それも仕方ない。許して欲しい。どうにも抑えきれなかったのだ。怒りのあまり。


「なんてこと……」

「こりゃ、洒落にならんで」

「許せません、絶対に許しません」

「ボス、すぐ助けに行くみゃ! 邪魔する奴は皆殺しみゃ!」

「もちろん。すぐに行くよ、準備して!」

「「「はい!」」」


 クリステラ、ルカ、キッカ、アーニャも俺の殺気を浴びたはずだけど、気絶することなくモニターを見つめていた。

 彼女たちも怒っていた。怒りで俺の殺気をはねのけたのだ。それ程の激しい怒りを覚えるくらい、モニターに映ったものは悲惨だった。


 それは、ガリガリに痩せ、骨と皮だけになった少女たちだった。身体中にアザとカサブタを作り、首輪と手かせをチェーンで壁に繋がれた、俺といくつも変わらない年頃の、全裸の少女たちだった。


 あの外道、楽に死なせるべきではなかったな。

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