第111話

 まずは入口の兵士ふたりを排除する。

 館の警備を任されるだけあって、なかなかに練度は高そうだ。油断なく周囲に目を光らせている。ただし、自分の真上は見えてないみたいだけど。

 人間の視野は、左右が広くて上下にはあまり広くない。特に上方向は見えにくいし、意識も向きにくい。目の構造がそうなってるからだ。「灯台下暗し」というけれど、本当の死角は頭の上だったりする。デザイナーとしての、必須ではないが有用な知識のひとつだ。まさか奇襲に役立てることになるとは思わなかったけど。


 スカイウォークで彼らの真上まで移動した俺とアーニャ。目配せして合図を出し、同時に飛び降りる。

 それぞれ兵士の後ろへ着地、すぐに兵士の口を塞ぎ、俺は剣鉈、アーニャはナイフで兵士の喉を掻き斬る。ここまでほぼ同時だ。

 アーニャも、なかなか暗殺者が板に付いてきたな。手際がいい。……いいんだろうか?


 こいつらが海賊行為や少女虐待に加担していたかは知らないけど、兵士であれば殺されても仕方ない。兵士というのは殺すことと死ぬことが仕事だからな。死ぬ場所は戦場とは限らないのだ。


 そういえば、昭和の時代にはサラリーマンのことを『企業戦士』なんて言ってたな。ちょっとかっこいいかもなんて思ったこともあったけど、あれって実は『会社のために死ぬまで働け』という意味だったんだな。なんてブラックな言葉だ。俺は平成の時代に就職できて良かった。

 いや、結局仕事のし過ぎで死んだんだから、俺も企業戦士だったってことか。もう二度とサラリーマンにはなるまい。


 塀のむこうで控えていた皆を呼び寄せ、館の入り口に集める。

 このまま侵入してもいいのだけど、それには起きているふたりのメイドさんたちが邪魔だ。騒がれたら面倒なことになりかねない。かといって、問答無用で排除するのは少々気が引ける。あのふたりは小太り総督を嫌ってたからな。それだけで親近感が湧く。ここはひとつ、キッカにあれをお願いしよう。


 メイドさんたちがいる控室の周囲を、一か所を残して平面で囲む。その開いた一か所から、キッカの風魔法で空気を抜く。そう、いつぞやの減圧トラップだ。ちょっと苦しいだろうけど、これ以外で死なせずに意識を奪う方法が無い。睡眠薬なんて用意してないし、俺の殺気だとショック死する危険がある。『首トン』で気絶するのなんてお話の中だけだしな。

 平面魔法を駆使すれば、空を飛ぶことや湖の水を飲み干すことだってできるだろう。しかし、残念ながら今はこれが精一杯。花と旗くらいは出せるけど。


 ほどなくして、メイドさんふたりが意識を失った。部屋を囲った平面を解除し、新たに二階から上・・・・・を囲って館から切り離し、庭にそっと降ろす。屋根の無い一階部分だけがあとに残る。何処かの遺跡でこんなの見たことあるな。モニターごしだけど。ポンペイだったっけか? 


「あんな奴の家族に温情をかけるやなんて、ちっと甘いんちゃう?」

「そうです、家長の罪は一族で償うものですわ」


 王国というかこの世界では、家長の罪は係累にまで連座で適用されるのが普通だ。前世の世界でも、洋の東西を問わず近代までそうだった。

 その法に照らし合わせれば、小太り嫁と子供も処分されて当然ということになる。

 とはいえ、子供が海賊行為や虐待に加担してたとは思えない。嫁さんの方は知ってた可能性が高いけど、処分してしまうと子供がひとり取り残されてしまう。それは流石に可哀そうだ。

 子供に罪はないと思ってしまう俺は、やはり甘いのだろうか? この世界に染まってるつもりでも、やっぱり前世の倫理観は残っちゃってるんだな。


「罪の清算を生き死にだけでやってると、すぐに人が居なくなっちゃうよ。どうしようもない外道以外は、生きて罪を償ってもらうほうが生産的だからね」

「けどそれ、恨みは残るんやで?……まぁええか、正体は知られてへんし。ビートはんがそう言うならそういう事にしとこ」

「承知致しましたわ。ビート様の判断に従います」

「残念だみゃ」

「あらあら、しょうがないですね」

「坊ちゃんは甘ぇな」

「……でも、そこがいい」


 それっぽい理由をつけてはぐらかしてみるけど、誰も騙されてくれなかった。

 甘いよなぁ、やっぱり。少なくともこの世界の倫理観、というか価値観からズレてるのは間違いない。このせいで足元を掬われたりしないように気を付けないとな。


 玄関から堂々と館の内部に侵入し、奥にある地下室入口まで迷いなく進む。すでにカメラで確認済みだから、間取りの把握はばっちりだ。邪魔者も居ない。

 階段入口の扉を堅く閉ざしている錠前は、平面で強化された俺の剣鉈の一閃であっさり鉄くずに変わる。斬鉄剣、いや斬鉄剣鉈だな。またつまらぬものを斬ってしまった。


 階段下の扉の錠前も同様に斬り飛ばし、地下牢へ続く廊下へと足を踏み入れる。途端、刺激臭が鼻をつく。


「うっ、こりゃキツイぜ」

「鼻が曲がるみゃあっ!」

「ひどいにおいですわ。早く連れ出して差し上げませんと」


 血と汗と汚物、それにカビが混じって腐ったような、吐き気を催す臭いだ。ゾンビってこういう臭いかもしれない。そんな悪臭だ。

 サマンサは口元を手で押さえ、クリステラもハンカチを出して鼻を覆う。アーニャは涙目だし、他の皆も同様だ。ウーちゃんなど、あまりの刺激の強さに何度もくしゃみをしている。カメラじゃにおいまではわからないからな。こんなにひどいとは思わなかった。


「皆、ちょっと待ってね」


 平面で二本のパイプを作り、その端を館の外まで伸ばす。反対の端は廊下の先へ設置し、その先端にプロペラを取り付ける。

 片方のプロペラを回すと、取り込まれた外気がパイプの先端から勢いよく吹き出してくる。もう片方のプロペラを回すと、こっちは逆にパイプへと吸い込まれていく。つまり、簡易な換気機構を作ってみたわけだ。

 数分で臭気が薄れ、なんとか中に入れるくらいになった。よし、突入だ! 廊下の奥、牢屋の前まで突っ走る。


 突き当りの左右の牢屋には、それぞれふたりずつ囚われていた。計四人。突然侵入してきた俺たちを見て身を堅くし、怯えた視線を向けてくる。全員、かなり衰弱しているけど、まだ意識はあるようだ。


「大丈夫、助けにきたよ」


 太い木材で組まれた牢屋の格子を、剣鉈で端材に変える。更に牢屋の奥に踏み込み、彼女たちをこの劣悪な環境に縛り付けている鎖も斬り飛ばす。今宵の斬鉄剣鉈はひと味違うでござる。普段は魔物しか斬ってないからな。

 自分たちを縛る物が取り除かれたことで安心したのか、女の子のひとりが気を失う。それを庇うようにもうひとりの女の子が……あれ? この子、女の子じゃねぇな。この子だけ男の子だ。しかも……。


「狼系獣人だみゃ。しかも垂れ耳は珍しいみゃ」


 そう、この男の子と気絶した女の子、ふたりにはケモミミが付いていたのだ! ラブラドール系の垂れ耳! 垂れて髪と一体化してたから気付かなかった!

 残りのふたりは普通の耳だ。頭の横に付いてるし、長くもない。


「僕、は、いいです、から、妹、に、ひどい事、しないで、ください」


 獣人の男の子は気絶した妹に覆いかぶさりながら、かすれた声で切れ切れにそう言う。そう言いながらも、プルプルと震えている。怖いのだろう、怖い目に遭ってきたのだろう。無数に残る体の傷とアザからも、それはうかがえる。

 なのに、俺とそう変わらない歳の子供なのに、俺のように力がないのに、それでも妹を守りたいのだ。震える体で妹を守ろうとしているのだ。


 ダメだ、これはダメだ! 鼻の奥がツーンとなる! 犬で子供で悲劇で勇気とか、もう無理だ、我慢できない!!


 俺はふたりをグッと抱きしめた。俺もまだ子供で十分に手が回らないけど、それでも抱きしめずにいられなかった。臭いなんて気にならなかった。抱きしめた瞬間、男の子の体がビクッと震えたけど、構わず力を込めた。


「ぐずっ、大丈夫だがら。助げにきだがら。ずずっ」

「うぐぅ、ぞうでずわ、もう安心でずわよぉ。ふぐぅ!」

「ぞ、ぞうだぜ! ずぐにごごがら連れ出じでやっがらなぁ! うわぁんっ!」


 久しぶりに泣いてしまったけど、皆も同じ様に泣いていた。サマンサなんて号泣だ。鼻水で美人が台無しだけど、今はそれでもいい。ウーちゃんは、俺の涙を舐めて気遣ってくれている。なんていい娘だ! あとで思いっきり遊んであげよう!


 自分の肩に落ちる俺の涙を不思議そうに見た男の子は、抱きしめる俺の力に安心したのか、少し微笑を浮かべて気を失ってしまった。

 よく頑張ったな、あとは俺たちに任せとけ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る