第112話

 盗んだバイクで走り出す十五の夜ならぬ、盗んだ海賊船で海に出る八歳の夜。なんて早熟な。いや、普通は十五歳でも海賊船は盗まないか。

 港に唯一残っていた海賊船へ、救助した少女たちやら領主館からせしめたお宝やら、それに風の魔道具とおぼしき箱やら何やらを詰め込み、俺たちは一路ギザンへと向かっている。


 残念ながらアリストさんに関する情報は何ひとつ得られなかったけど、海賊を退治してお宝をゲットできたんだから良しとしよう。まだまだ調査は始まったばかりだ。



 館の三階にあった総督の執務室。そこの隠し扉からしか下りられない階段で一階まで降りたところに宝物庫はあった。石造りで、どこにも窓はない。長時間居たら酸欠になりそうだ。しかし、その心配も既に無用だ。俺が二階から上を切り取っちゃったからな。雲は出てたけど、その隙間から見える星は綺麗だった。


 宝物庫には大金貨や金貨などの貨幣が入った革袋のほか、金ぴかの壺や宝石がちりばめられた短剣など、高価そうな物が所狭しと並べられていた。魔道具らしい気配を発している物もいくつかあった。まさしくお宝だ。うん、海賊っぽい。

 恐ろしく美化された小太り総督の肖像画もあった。なんで宝物庫に自分の肖像画をしまい込んでるんだよ。

 無論、それは要らないので捨てて行くことにした。加筆して。鼻毛とたんこぶを描き込むのはオヤクソクだろう?


 見つけたものはそれだけではなかった。使い方によっては、金銀財宝よりも価値を生みそうな物も見つかった。

 それはノラン中央政府から総督への指令書、つまり情報だった。

 税収予想報告の督促や当期の予算告知など、一見当たり障りのない内容のものが多い。しかし、明らかに符丁と思しき意味不明の短文や、公式文書では有り得ない誤字脱字が見られる指令書も何枚かある。おそらく暗号だ。おおやけに出来ない指令ってことだな。

 解析出来たら外交の切り札になるかもしれない。解き明かして村長へのおみやげにすることにした。謎解きとは、ゲーマーの血が騒ぎますなぁ。


 魔道具の箱は、全部で五つあった。ギザンを襲った三隻の海賊船に積まれていたもの以外にもふたつ、港の工廠らしき場所に置かれていた。やっぱ予備もあったんだな。これは国に売ればいいお金になりそうだ。商人に売ってもいいな。トネリコさん(王都の商人)やハッサンさん(交易都市の商業ギルド支配人)に売り込んでみようか。


 苦労した分、実入りが多いと素直に嬉しい。

 昨日からずっと働きっぱなしだけど、サラリーマンだと残業代くらいしか出ないからな。儲けを丸ごと総取りってのは有り得ない。冒険者って素晴らしい!


 海賊船はメンテナンス前だったのか、船内に積み荷はほとんどなかった。おかげでお宝積み放題だった。その代わり食料なんかも全然積み込まれてなかったから、それを倉庫から運び込む手間は必要だったけど。

 この船も売ればいくらかのお金になるだろう。うむ、儲けた!



 船は夜の海を静かに進んでいる。揺れはほとんどない。甲板に人の姿はなく、舳先にはランプもないのに明かりが灯っている。これはこれで幽霊船みたいだ。甲板に骸骨置いてみようかな?

 この船、今は俺の平面魔法で動かしている。船の周りを平面で囲み、それを水面ぐらいの高さで移動させているのだ。うちのメンバーには船を動かせる人が居ないからな。仕方ない。

 そんな面倒な事をしなくても、実は潜水艦もどきで帰るのが一番手っ取り早かったりするんだけど、今回は俺の仲間じゃない人が居る。子供たちだ。

 他人に魔法がバレるのは避けたい。多少速いくらいなら、魔道具の力ということでとぼけられるだろう。ってか、とぼける。ぼく知らない。


 その救助してきた子供たちだけど、今は船室でルカたちに看病されている。いや、病気じゃないから看護か介護か? とにかくお世話中だ。

 傷だらけの体を濡れた布で丁寧に拭い、俺やデイジーの予備の服を着せてやり、暖かい薄味のパン粥を食べさせて、汚れていない毛布の上で寝かせているはずだ。

 俺は船を動かさないといけないのと、主人が雑事をしてはいけないという理由でお世話から外された。まぁ、女の子が三人いるからな。倫理的に問題になるから、俺に異論はない。

 残念だとも思わない。いくら女の子と言えども、痩せてガリガリだからな。あれで欲情できるような特殊な性癖は持っていない。浮いたあばら骨を見たら、哀れすぎてまた泣いてしまう。


 船に乗せるときにチョロっと聞いた限りだと、彼女たちはギザンではなくエンデのほうから攫われてきたらしい。

 確かに、ギザンじゃ獣人は見てないな。ノランとエンデも山間部で国境を接してるらしいし、とうとう交戦状態に入ったんだろう。

 村がノランの軍隊に襲撃され、ほとんどの大人は殺されたそうだ。若い娘と子供だけが生かされ、ノランへと連れてこられたらしい。

 そして全員が鎖に繋がれて非合法奴隷にされ、それぞれ売られていったそうだ。若い娘さんたちがどうなったか、想像するだけで腹が立つ。

 この四人は二か月ほど前に、ペットとしてあの小太り総督に買われたようだ。ただし愛玩用ではなく、虐待のために。

 連れてこられたその日からあの地下室に監禁され、食事も碌に与えられず、裸にされて殴る蹴るの暴行を加えられていたそうだ。『下等な獣人や劣等国民を躾けてやってるのだから、感謝するように』とかほざいてたらしい。マジで楽に死なせるんじゃなかったな、あのクズ。

 唯一の救い……ではないけど、性的な暴行だけはされなかったそうだ。流石に、自分の娘と同じくらい年頃の少女を性の対象には見れなかったか。あるいは本当に同じ人間として見ていなかったのか。

 まぁ、それ・・が目的なら男の子は買わないよな。特殊な嗜好でない限り。

 ……犬耳少年と小太り中年……うおっ、ちょっと想像しただけで鳥肌が!? これ以上考えるのはやめておこう。そういうのは薄い本の中だけで十分です。読まないけど。


 そんな彼女たちを救出したはいいけど、エンデまで連れて帰るにはいくつか問題がある。


 ひとつは、今が戦争中だということ。

 国境警備は厳重になってるだろうし、余所者がすんなり越境できるとは思えない。秘密裏に侵入することはできるだろうけど、そうなると表立って行動することができない。下手をすると、お尋ね者として追われることにもなりかねない。人助けなのにコソコソとするのは、なんか腑に落ちないしな。連れ帰るなら戦争が終わってからになるだろう。


 もうひとつは、彼女たちの体調が芳しくないこと。

 俺の平面魔法で運べば体への負担は小さいけど、奴隷でもない彼女たちに魔法がバレるのは避けたい。

 そうすると徒歩か普通の馬車での移動ということになるのだけど、今の彼女たちには旅が出来るほどの体力はない。回復するまでひと月以上かかるだろう。それまで長旅は避けたい。


 最後に、これが一番大きな問題なのだけど、彼女たちが帰りたがっていないということだ。

 故郷の村に帰っても、そこには廃墟があるだけだ。家族も知り合いも、誰ひとりいない。帰る意味がないのだ。

 この世界では魔物という身近な危険があるから、旅や移住は命懸けだ。無力な村人が気軽にできるようなことではない。必然、生まれ育った集落で一生を終える者がほとんどで、親類縁者もその集落に集中する。つまり親族も全員殺されるか奴隷にされており、他の集落にも頼れる親族は居ないということだ。なんというか、救いのない話だな。


「……どうしたもんかなぁ」

「何がですの?」


 操舵輪の前でぼやいていたら、クリステラが後ろから声をかけてきた。ちょっと考え事に気を取られてたな。気付かなかった。


「うん、あの子たちのこと。エンデ出身ってことだと、軍に預けるわけにいかないでしょ? 友好国とはいえ、他国の人間を軍が保護する理由はないし」

「そうですわね。正式な大使や交易商人であれば保護してもらえるでしょうけど、ただの平民の子供では難しいでしょう」

「だよね。まぁ、体調が回復するまで俺たちで面倒見て、それから先は彼女たちに決めてもらうしかないかなぁ」

「それで良いと思いますわ。今のままでは、野たれ死ぬか困窮して奴隷になるだけですもの。折角助けたのに、それが無駄になるのは虚しいですわ」


 だよねぇ。将来的にどうなるにせよ、このまま放り出すのは寝覚めが悪い。先のことはその時考えよう。今は疲れてるし、何も考えられない。


「ビート様、大丈夫ですか? 体が揺れてましてよ?」


 なんか、クリステラの声が遠くに聞こえる。

 あ~、これはあれだ。スイッチが切れる寸前だ。もう深夜だし、今日は結構働いたからな。魔法も使いっぱなしだったし。むしろ今までよくったもんだ。

 でも、このまま寝ちゃうのは不味い。船をどこかに停めて錨を下ろさないと……帆も畳んで……。


「ごめん、もう眠い……寝る……あとよろしく……」

「ビート様!? ビート様!!」


 なんとか平面魔法を使って帆を畳み錨を下ろすけど、そこまでが限界だった。意識が眠りの淵に落ちていく。

 優しい眠りの闇の中に沈みながら、『船は停めたのに舟を漕いでいる。なんてねー』とか考えてたのは秘密だ。

 あ、『意識が沈んで船も沈む』とかは無い方向で。

 なんてねー。

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