第113話

「……知らない天井だ」


 とりあえず、オヤクソクなので言ってみる。

 ってか、生まれた時は言えなかったから、何気に今回が初めてのオヤクソクかもしれない。八年越しのミッションクリアだ。


 心配していたような、目が覚めたら船が沈んでいたというようなこともなく、船室のベッドの上で俺は目を覚ました。

 これもまたオヤクソクのように、俺の左側にクリステラが、反対側にはなぜかデイジーまで寝ているのはスルーだ。狭い、暑い。ウーちゃんはベッドの下だ。賢いなぁ。

 ふたりを起こさないようにベッドから抜け出すと、ウーちゃんも俺の動きに気付いて体を起こす。可愛いのでとりあえず頭を撫でておく。ああ、朝から癒される。今日もがんばれそう。


 船室から出て甲板へ上ると、キッカとサマンサが船べりから釣り糸を垂れていた。


「おっ、起きたんか。おはようさん」

「坊ちゃん、おはよう」

「うん、おはよう。ルカとアーニャは?」

「寝てるわ。あのふたりは明け方まで夜番してくれとったからな。さっきうちらと代わったとこやねん」

「そっか。あとで労ってあげないとね。ふたりも見張りご苦労様。あとは僕に任せて休んでよ」

「ええのん? ほんなら、うちはあの子らの様子でも見てくるわ」

「それじゃあ、アタイは朝飯の用意してくるよ。つっても、お姉ほど美味くは出来ねぇけどな」


 なんて会話をしてから、ふたりと交代する。

 なんだかんだで、キッカは子供たちの面倒を積極的に見てくれる。情が厚い。大阪オカンだからか? 飴ちゃん食べるか? ……今度は飴を作ってみるか。

 謙遜してるけど、サマンサの料理の腕は悪くない。朝食は一日の活力だ。美味しいに越したことはない。それほど食材の種類はないけど、味には期待していいだろう。


 昨夜と同じように船を平面で覆い、錨を上げてゆっくりと走り出させる。

 うん、穏やかないい天気だ。波も低い。



 ギザンまでは何事もなく帰り着いた。海賊船だから入港するときにちょっとした騒ぎになったけど、それくらいだ。


 船を入手した経緯いきさつについては『依頼の調査で海に出たら、潮に流されてノランまで行ってしまった。流れ着いた先に海賊の港があったけど、そこはアンデッドに襲われて大騒ぎになっていた。騒ぎに紛れて、海賊に捕えられていた子供とお宝と海賊船を奪って逃亡してきた』という筋書きで口裏を合わせることにした。

 潮に流されたという部分以外は、ほぼ事実だ。海賊のアジトを襲ったアンデッドを操っていたのが、実は俺だという事を話してないだけ。子供たちもそれは知らないから、ぼろが出ることはないだろう。


「そうか、大変だったな」

「うん。でも、そのおかげであの子たちが助かったんだから、どうってことないよ」

「おぉ、坊主は男気があるな。将来いい男になるぞ!」


 聴取担当の壮年の兵士はそう言って、しわの多い顔をクシャクシャにして微笑んだ。

 骨太の体は如何にも叩き上げという感じだけど、威嚇するような雰囲気はない。近所の子供好きな商店会長さんといった感じだ。いい人っぽい。……隠し事をするのが心苦しいなぁ。


 このあたりの海は流れが複雑だから、余所者の操る船が流されてもおかしくないと思われたのだろう、それ以上は追及されなかった。騎士団にとって重要なのは、海賊のアジトの場所だからな。それ以外はどうでもいいってことじゃないかな。


「それでな、こんなことを坊主みたいな子供に頼むのは心苦しいんだが……あの子たちの面倒をしばらく見てやってくれねぇか? 騎士団が他国の人間を保護するのは、いろいろと不味いんだ」

「うん、いいよ。もともとそのつもりだったし、お宝も手に入ったしね」

「ははっ、本当にいい男だな、坊主は! 大きくなったら騎士団に来いよ、オレが鍛えてやるからな!」

 グリグリと頭を撫でられた。オッチャンもいい人だな!



「それを我らに引き渡せ!」

「お断りします」

「貴族に歯向かうというのか!? 平民の分際で!」

「海賊や盗賊が所持していた金品は、発見した冒険者のものです。これは国が認めた権利ですが、国に逆らうというのですか?」

「子供が生意気な口をきくな! 痛い目に遭いたいのか!?」


 クズ貴族がここにもいたよ。


 翌日、俺たちがお宝満載の船で帰って来たというのを聞いて、騎士団のクズ貴族が押しかけて来た。お宝を掠め取ろうという魂胆だ。


 今ギザンの町に駐留しているのは第三騎士団だ。家を継げない貴族の次男以下が集められた、通称『お荷物騎士団』。

 腕前は素人同然、根性もなく、親の威光を笠に着て威張り散らすだけの無能が集められている。そんなクズ以外は平民上がりが多く練度もそれなりなんだけど、悪い部分というのは目立つから騎士団全体の評価が低い。指揮官クラスにその無能が多いのも悪評に繋がっている。オッチャン、苦労してんだろうなぁ。


 今俺の目の前にいるデブのオカッパ頭も、そんなお荷物のひとつらしい。

 無駄に装飾された革鎧を着たデブ貴族。金属鎧だと重くて動けないんだろう。情けないことだ。どこぞの伯爵の息子とか言ってたけど、聞き流してたから覚えてない。こんなのはデブカッパで十分だ。


「貴様らが海賊から奪ったという証拠はない! 調査のために、私に預けろと言っているのだ!」

「冒険者ギルドの規約では、自己申告以上の証拠の必要性を認めていません。従って調査の必要はなく、そもそもあなたに預ける道理がありません」

「うるさい! これは決定事項だ! 歯向かうなら容赦はせんぞ!!」


 お宝を預けたら、こいつは絶対着服する。預けたこと自体を知らぬ存ぜぬで押し通し、なおも食い下がれば不敬罪で切り捨てるつもりだろう。クズのすることは、いつもどこでも同様だ。

 デブカッパが手を上げると、後ろに控えていた兵士たちがめいめいに武器を構える。

 しかし、その顔には一様に躊躇ためらいの感情が浮かんでいる。女子供に、しかも犯罪者でもない自国の国民に武器を向けるのは気が引けるとみえる。

 兵士さんたちはまともな人ばかりみたいだ。俺も戦うのは気が引けるなぁ。


 俺たちが対峙しているのは港の一角、船を係留している堤防の上だ。まだ前回の海賊襲撃で沈められた船が撤去されていないので、港の外側に船を停めている。

 時刻は昼前。沈没船の撤去のため、少なくない数の作業員が見ている中での刃傷沙汰だ。すぐに話が広がって、結構な数の町民が集まってきている。港が使えないから漁に出る事も出来ず、暇してた人が結構いるんだろう。


 しかし困ったな。こうも見物人が多いと、向こうも引くに引けないだろう。プライドがあるからな。無意味で無駄なプライドが。もちろん俺も引く気はない。引く理由がない。

 そうなるとひと当てするしかないんだけど、こういう時に便利な魔力フラッシュバンが今は使えない。余波で町民にも被害が出てしまうかもしれないからな。おばあちゃんとか、ポックリ逝きかねない。

 正面からやるしかないか? でもなぁ……人のいいオッチャンと知り合っちゃったからな。いくら死ぬのも仕事の兵士とはいえ、オッチャンの仲間だと思うと手を出し辛い。デブカッパは別。


 武器を構えた兵士たちを見て、クリステラたちも戦闘態勢に入る。ウーちゃんも姿勢を低くして身構えている。もはや一触即発、掛け声ひとつで戦闘が始まってしまうだろう。

 俺たちと兵士たちとの距離は約五メートル。互いの体に武器が届くまでには、数歩が必要な距離だ。


 今この場にいるのはクリステラとアーニャ、デイジーとウーちゃんだ。ルカとサマンサ、キッカには、町の宿屋で子供たちの世話をしてもらっている。いつまでも船に乗せてはおけないからな。

 お宝も、さっさと冒険者ギルドに預けちゃえばよかったんだよな。そうすればこんなゴタゴタになる事はなかったのに。不審に思われるのを避けるために移動の報告をしなかったのが、こんなところで影響してくるとは思わなかった。まぁ、あとの祭りだ。次回から気を付けよう。

 今回は仕方ない、全力で手加減しますか。


「かかれっ!」

「動くな!!」


 デブカッパが掛け声と共に手を振り下ろした直後、俺の警告が周囲に響く。

 デブカッパの首筋には、抜き放たれた俺の剣鉈が添えられている。


「な、なに……?」

「動くな」


 まだ状況が理解できていないデブカッパが身じろぎするのを、首の脂肪に浅く剣鉈を食い込ませることで抑え込む。デブカッパの顔が青ざめ、脂汗が吹き出す。うわー、剣鉈が脂まみれだよ! あとで手入れしないとな。


 うちのメンバー以外、俺の動きが見えた者はいなかったようだ。兵士たちも見物人たちも目を丸くしている。

 別に特別な事をしたわけじゃない。身体強化とフィールドを使って最速移動しただけだ。


 俺が子供だから油断してたんだろう、デブカッパは隙だらけだった。五メートル程離れていたせいもあったんだろうけど、俺たちにとっては無いに等しい距離だ。魔物の中には、この距離で攻撃してくる奴もいるからな。心構えが違った。それがこの結果だ。


「武器を捨てて後ろに下がるように命令してください」

「き、貴様、私にこんなことをして……」

「命令してください」


 この状況でまだ抵抗しようとするとは、状況をわかってなさ過ぎる。頭が悪すぎる。理解しやすいように、剣鉈を更に首筋に食い込ませてオネガイ・・・・する。


「くっ、お前たち! 武器を捨てて下がれ!!」


 デブカッパに指示された兵士たちは苦々し気に……ではなく、安堵した様子で武器を捨て、軽い足取りで後ろに下がる。うん、やっぱりいい人たちだった。

 デイジーにデブカッパの腰から剣を外してもらい、アーニャとクリステラには兵士の武器を回収してもらう。これは後で返却しないとな。

 武器の回収を終えたところで、デブカッパを蹴り飛ばして転がす。


「冒険者の権利をご理解いただけたようで何よりです。忘れ物はあとで届けますので、本日はお引き取りください」

「き、貴様ぁ! 覚えていろっ、ただでは済まさんからなっ!! ええい、邪魔だ、どけっ!」


 見物人を押しのけながら、デブカッパが退散していく。

 ごめん、あんたの名前、聞き流してたからもう覚えてないわ。デブカッパでいいかな? いいよね? 答えは聞いてない!


 そのデブカッパの後ろ姿を見送る俺たち。

 でも、このままじゃ終わらないよなぁ。絶対、面倒な事になるよなぁ。どうしよう?

 ねぇ、ウーちゃん。どうしたらいいと思う?

 え? やっちゃえって? YOU やっちゃいなYO?

 じゃあ、そうしますか。

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