第109話
≪三宗家に連なる名門貴族たるこのジョーダン=ゴルゴダス様の睡眠を邪魔するとは、下等な王国民は死んでも礼儀知らずとみえる。度し難い恥知らずよな≫
小太りでやや前髪の生え際が後退している中年男、この地方を治める総督のジョーダンとやらは、傲慢な態度でそう言い放った。
背はそれほど高くない。百七十センチくらいだ。これまで見たノラン人の男は皆大柄だったけど、ノラン人全員の体格が大きいわけではないんだな。
三宗家ってのは、たしかノランを実質支配してる三つの大貴族家だったか。こいつはその姻戚らしいけど、俺の知ったことではない。自国の貴族すらほとんど知らないのに、外国の貴族のことなんか欠片も興味はない。
物言いからは選民思想が迸ってる。俺が想像していたゴミ貴族にかなり近い。無能で傲慢で血筋しか取り柄がなく、平民以下は家畜同然と思っているような、典型的な人間のクズ。物語によく出てくるタイプ。
いや、こいつは魔法が使えるだけマシなのか? いやいや、性格はクズみたいだから一緒か。
≪まったく、辺境の総督職なぞ略奪ぐらいしか旨味がないというのに、その海賊すら満足にこなせん上にアンデッドごときで私を呼びつけるとは、無能にも程があるわ! この役立たず共めが!≫
≪も、申し訳ありガッ!?≫
やっぱりクズだった。総督の足元に
なんとなくこいつらの事情も見えてきたな。
総督っていうくらいだから、中央から派遣されてきた代官なんだろう。つまり、任地の街は自分の領地じゃない。集めた税は中央に送られ、総督の懐にはあまり残らないとみえる。
しかし、それでは総督という地位に何も旨味がなく、なりたがる者が居なくなる。海賊行為はその補てんみたいなもので、中央もそのために軍を動かす事を容認しているんだろう。
もし海賊行為の首謀者が総督だとばれても、そのときは総督の首を切っておしまい。首を切るのにしっぽ切りとはこれ如何に?
ともかく、国は関与していないとしらを切り、総督の貯め込んだ財産を賠償金として僅かながら放出して終わり、というところか。それすらも元々略奪で貯め込んだ財産だから、ノランの懐は痛まない。
概ねこんなところじゃなかろうか。悪知恵の回る事だ。
「ルカ、サマンサ。こいつが海賊の元締めのひとりみたいだけど、どうする?」
海賊行為自体は昔からあるみたいだから、代々の総督に受け継がれる副業なんだろう。つまり、真の元締めはノランの首脳陣、三宗家とかいう連中だ。このジョーダンとかいう小太り男は末端に過ぎない。
しかし、被害を受けたルカとサマンサの
「あらあら、どうしましょう? ねぇ、サミー?」
「見えねぇ見えねぇ聞こえねぇ聞こえねぇっ!」
「あらあら。敵討ちなのでふたりでやりたいところですけど、妹がこの状態なので今回は見送ります。三宗家を相手にするまで保留ですね。ビート様のお好きになさってください」
サマンサはずっと目を閉じ耳をふさいで膝を抱えている。時折チラチラとモニターを見てるみたいだけど。事が終わるまで元には戻りそうにない。ホラー系は良くなかったかもしれないな。
……そんなに怖い?
「ああ、うん、わかった。それじゃサクッと終わらせるね」
小太り総督の魔法で、骸骨の頭は外れて転がっている。それがムービーの逆再生のように元の位置に戻り、赤い光が暗い眼窩の奥に灯る。
はい、演出です。頭は新しいのを作成すればいいし、目の光も点けたり消したりする必要はない。単なるクリエイターとしてのこだわりだ。そもそも、あの程度の攻撃で頭が外れたりしない。
≪ひ、ひぃっ!? まだ生きてる!?≫
≪なにっ!?≫
気付いたアゴヒゲ中年が悲鳴を上げる。いや、アンデッドが生きてるわけないじゃん。まぁ、アンデッドですらないし、やっぱり生きてはいないんだけども。
骸骨を動かして、まずは地面に転がっているそのアゴヒゲ中年の頭を縦半分に割る。
≪げぶっ!?≫
≪私の炎が効いてないだと!? ただのアンデッドではないのか!?≫
いや、だからアンデッドですらないから。骨っぽく見えても平面魔法製だし、ちょっとやそっとの炎じゃダメージにはならない。弱点ですらない。弱点はイワシとイナゴです。
小太り総督は少々鈍重ながらもバックステップし、骸骨との距離をあける。
≪ええい、死にぞこないが未練がましいことよ! これで灰と化すがいい!≫
小太り総督が両手を突き出し、そこから大量の火炎を噴出させる。火炎放射器みたいだ。
ふむ、なかなかやるな。そこそこの火勢があり、頭を割られたアゴヒゲ男の死体まで燃えだしている。
あー、あとで他の海賊共の死体も焼いておかないとな。本物のアンデッドになられたら面倒だ。いや、刻んで海にまいた方が楽かな?
……いかん。どうも最近、思考や行動がサイコっぽくなってるな。もっと子供らしい純真さが必要だ。バッタの足を笑って毟り取るような? ダメじゃん!
≪はぁはぁっ、やったか?≫
息の上がった小太り総督が魔法を止めてつぶやくけど、オッサン、それはフラグだ。
そして俺はオヤクソクを外さない関西人、いや元関西人だ。ふられたらボケずにはいられない。
アゴヒゲ中年の死体から立ち上る炎を突っ切って、骸骨が小太り総督へと高速で駆け寄る。無造作に振られた曲刀が、いまだ体の前へと伸ばされていた小太り総督の両腕を切り飛ばす。
≪ぎ、ぎぃやぁあぁーっ!? うでっ、腕が、私の腕がぁあぁっ!?≫
自分の無くなった両腕を見ながら、絶叫を上げる小太り総督。しかしそれも長くは続かない。
骸骨はあっさりと小太り総督の首を切り飛ばす。オッサンの絶叫は聞いてて楽しいものじゃないからな。
頭は一メートル程離れた場所に落ちて転がる。平面魔法製の骸骨じゃないから、巻き戻って元通りになったりはしない。頭を失った体からは力が抜け、膝をついて前に倒れる。
その際、正面で曲刀を振り切ったまま停止していた骸骨に、首の切り口から噴き出た血が盛大にかかって真っ赤になる。血まみれだ。
「う、流石にこれは、少々キツイですわね」
「うわぁ~、めっちゃアンデッドっぽいけど、これは洒落にならんな。ホンモンやん?」
「しばらくお肉は食べれないみゃぁ」
「はうぅ~……」
「あらあら、サミー?」
とうとうサマンサが気絶してしまった。怖いなら見なきゃいいのに。でも、だからこそ見たい、見ずにはいられないという気持ちもわかる。怖いもの見たさというやつだな。ホラーってそういうものだし。
ちなみに、今回はお漏らししていないことを明言しておこう。彼女の名誉のために。
もう港に人の気配はない。海賊のアジトは壊滅だ。
ルカとサマンサの仇討ちにはならなかったけど、これでもう王国に被害が出る事はない。一件落着、めでたしめでたしだ。
しかし、今回はちょっとばかりやりすぎたかもしれない。演出に凝り、モニター越しに骸骨を操作したせいだと思うけど、途中からゲーム感覚になってしまった。無双系のアクションゲーム。
自分はキャラクターを動かしているだけのつもりでも、モニターの向こうで切り捨てられているのは本物の人間だ。その死体は消去されることなく、今も臓物や血をまき散らして転がっている。アイテムに変わったりしない。
自分の身を危険に晒すことなく、安全な場所でゲームのように人を殺す。やってることはノランの三宗家とやらと変わらない。
むしろ遊び感覚な分、俺の方が
俺はまだ人間でいたい。遠隔操作は余程のことがない限り封印だな。
「うにゃ~、外に出て死体を片付けるの、大変そうだみゃぁ」
……片付けが終わってから、封印だな。
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