第272話
体育祭の概要が決定した。
開催は七月の二十九日で少雨決行。その日の授業は全て休講になる。
全学年全クラス別対抗戦で、各競技の上位入賞者には得点が与えられ、全競技終了時点で総合獲得点の最も多かったクラスが優勝となる。
魔法の使用は禁止。ただし身体強化は認める。
個人競技は男女別、団体競技は男女混合。全てをジェンダーフリーにすると、競技として面白くなくなるからな。
優勝したクラスの生徒は、その年の武術の成績の評価が一段階加算される。
成績は優、良、可、不可の四段階で評価されるから、最低でも可になるということだ。
不可だと年末に補講があって実家に帰省できなくなるから、運動が苦手な生徒には地味にありがたいはずだ。
競技種目は、個人競技が短距離走と長距離走、剣術と槍術の模擬戦、弓の射的。
団体競技は集団模擬戦と
護衛騎士というのはこの国の子どもたちにはポピュラーな、鬼ごっことアメフトを混ぜたような遊びだ。空き地などで遊んでいる姿を偶に見かけることがある。
ルールはそれほど難しくない。
人数を同数でふたつのチームに分け、各チームのメンバーを『騎士役』『貴族役』に割り振る。それぞれの役の人数は、チームで好きに決めていい。貴族か騎士かの区別には、手に布や上着を持っている者を貴族とする事が多いようだ。
そしてサッカーグラウンドのように四角いフィールドの両端にそれぞれ陣取り、試合開始の合図とともに、騎士が貴族を護衛しながら相手陣地へと向かう。
途中、貴族が相手の騎士に触れられるかフィールド外に出てしまうと
手で触る以外の行為、例えば殴る、蹴る、掴むなどの行為は禁止で、違反すると即退場になる。
排除されることなく敵陣地に貴族を連れて行くと得点となり、得点になった貴族は百数えるまで以降のプレーには参加できない。数え終わったら自陣に戻り、またゲームに参加することができる。
これを繰り返し、制限時間内により多くの貴族を敵陣にまで運んだチームの勝ちとなる。
個人的には騎士と貴族じゃなくて護衛冒険者と商人っぽいなぁと思っている。布や上着は商品の代わりだな。けど、この国ではそういう名前で浸透してるんだし、むきになるほどのことじゃない。
この遊び、意外に奥が深くて、制限時間やフィールドの広さ、騎士と貴族の人数、個人の能力によって、戦術や戦略の幅が非常に大きくなる。
例えば、狭いフィールドならメンバーの殆どを騎士にして相手の騎士と貴族をブロック、貴族は単独で敵陣を目指すとか、逆に広いフィールドなら全員を貴族にして一斉攻撃を仕掛け、囮が相手を撹乱している間に他の貴族がゴールする等だ。
将来軍を率いる事になるかもしれない貴族子女にとっては、戦略を練る良い訓練になるかもしれない。
まぁ、武術とは直接関連がないけど、面白そうだから競技に取り入れてみた。
「というわけで、これからの武術の授業は、体育祭に向けて個人競技の代表選抜と団体競技の練習をすることになります。各人一種目は必ず参加しなければいけないという制約を設けましたので、怪我をしたり体調を崩したりしない程度に、皆さん頑張ってください」
説明が終わると、練習場に集まった一年一組の皆から『えーっ?』という声と『おおーっ!』という声が同時に上がった。どっちかって言うと『えーっ?』という声のほうが多かったかな。
ジャンポール君はむすっとして声を出していない。心の壁はまだ厚いな。
「教官、年上の方が体格的に有利だと思いますが、ソレについての救済措置はあるんでしょうか?」
バイデン君が手を挙げて質問してくる。
バイデン君は結構積極的なんだよな。前向きで活発だし、クラスでも主要キャラのひとりになっている。けど中心人物ではない。実家が子爵家の上に末子だから、微妙に発言力が弱いんだよね。
質問の内容は、要するにハンディキャップは付けてもらえるのかってことだよな。
「特に救済措置はありません。対策は各クラスで講じてもらいます」
今度はほぼ全員から『えーっ?』という声が上がる。
いや、ハンディキャップって実は害悪だからさ、やりたくないのよ。
ハンディキャップによる平等っていうのは、つまり最底辺に合わせるって事だ。能力を落とすことは簡単でも、引き上げることは難しいからな。
そして、それは全体のレベルを下げるということであり、優れた能力や才能を埋もれさせるということに他ならない。
そこには平らに砂が敷き詰められた不毛の大地が広がるだけで、草や木、花が咲くことは決してない。悲しみがない代わりに感動も喜びもないディストピアだ。
個人の能力や適性を伸ばす事を考えるなら、学校では決して持ち出してはいけない考え方、それがハンディキャップによる平等だ。
そもそも、本当の平等なんて空想の中にしかないものだ。それを現実世界に持ち込むなんてナンセンスとしか言いようがない。
たしかに、十代前半というのは年令によって大きく体格差が出る時期ではある。一年生と三年生なら、平均身長で十センチ以上の差が出ているかもしれない。筋力や体力も体格に応じた差が出るだろう。
それが同じ土俵で戦うというのは、確かに理不尽だ。
しかし、人生や社会というのは元々そういうものだ。理不尽で不条理で不平等なものだ。
お金持ちや裕福な貴族の家に生まれたら人生イージーモードだし、奴隷の子に生まれたらベリーハードモードだ。イケメンや美人に生まれたら楽に生きられるし、心身に障害を持って生まれたら一生要らぬ苦労を背負うことになる。
だからといって、その理不尽を受け入れ続ける必要もない。必ずとは言わないけど、何処かに現状から脱却できるきっかけがあるはずだ。それを見つけて理不尽を打破すればいいのだ。
この体育祭では、そういう事も学んでほしいと思っている。出来るかどうかは分からないけど、やらなかったら絶対にできない。挑戦することが重要だ。
もしどうにもならなかった場合は、次のチャンスが来るまで理不尽に耐えられる忍耐力を養ってほしい。ストレスに弱いと人生が辛くなるからな。
「確かに、個人競技では上級生に勝つのは難しいかもしれませんね。しかし団体競技は得点を高く設定しますので、戦術と戦略次第では上級生相手でも勝つことができるかもしれませんよ?」
継走は難しいかもしれないけど、集団模擬戦と護衛騎士なら、戦術と戦略でなんとかできるかもしれない。名軍師がいれば、なんとか?
「さて、それではいつもどおり、今日も周回走からです。選抜はまだ先ですけど、各自本気で走ってくださいね」
力のない『はーい』という声が上がる。
だよねー、だるいよねー。
我慢して理不尽に耐えられる強さを身につけてくれたまえ。それが学校というものだ。
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