第273話

 一年生にはジャンポール君が、三年生にはサラちゃんという問題児がいる。学校という所は大勢が集まる場所だから、変わった子が混じるのは仕方がない。

 では、二年生に問題児は居ないのかというと実はその通りで、問題児と言えるような子は居ない。

 武術の初回の授業でこそ反発した男子が数名出たけど、以降の授業では文句も言わずに黙々と訓練に取り組んでいるし、魔法の講義を欠席する生徒もいない。どうやら、前年の武術大会で準優勝した俺と手合わせをしたかっただけらしい。

 素直な子ばかりで、この学年の授業をしているときだけが心安まる時間だ。


 ……最近は家でも安らげないからなぁ。夕食後と早朝は女性陣の猛攻を凌がなければならないし。ウーちゃんたちの散歩をしている朝と夕方だけが安らぎの時間だ。

 まさか、女性陣がこんなにも快楽にハマるなんて……くっ、男のプライドなんて捨ててしまえばよかった! 過去の俺のバカ!


 ともあれ、二年生は大きなトラブルがない事もあって、授業の進捗は非常にスムーズだ。


「ああっ! 出た、風が出ました! 出ましたよ、フェイス教官!!」

「おお、素晴らしい! よく頑張りましたね、ヤーマ君」


 今も、魔法の授業で魔力に覚醒した生徒が、その魔力を魔法現象として発現させるまでに至ったところだ。うん、てのひらの上で小さな風が巻いている。ちゃんと制御できているみたいだ。

 まだひと月くらいしか経ってないのに、もう魔法を発現させるなんて優秀だな。

 魔法の属性については、魔力操作を覚えた子たちには既に水見式で教えてある。ヤーマ君は速度加速度制御魔法だった。葉っぱがくるくる回ってた。

 ちなみに、俺は魔法の授業でも教官って呼ばれている。というか、呼ばせている。先生と教官を使い分けるのは面倒だろうしな。俺も、先生よりは教官のほうがいい。

 実のところ、『先生』って呼ばれ方にあんまり良い印象がないんだよね。多分、前世で無能な教師や政治家が先生って呼ばれてたせいじゃないかと思う。誰とは言わないけど。

 それよりは教官って呼ばれるほうがいい。


「ありがとうございます、フェイス教官! これで、これで家を存続させることができそうです!」


 ヤーマ君が目に涙を溜めたまま笑顔を浮かべている。


 まぁ、生徒として問題がなくても、ご家庭に問題を抱える生徒はいるものだ。

 この生徒はエリオット=ヤーマと言って、ヤーマ男爵家の嫡男だ。

 ヤーマ男爵家は、昔は領地を持つ子爵家だったんだけど、上手く運営できなくて領地を召し上げられ、数代前に男爵に降爵されている。

 その後も有能な子孫に恵まれず、官吏にも騎士にもなれた者はいないという、絵に描いたような没落貴族だ。

 そんなだから現在の生活はほぼ年金頼りで、貧乏貴族という言葉がぴったり当てはまるような状況らしい。

 けど、それはうちのマッスルブラザーズも似たような話をしていたから、それほど珍しい話ではないのかもしれない。

 そういう貴族は、やり手の商人から婿や嫁を入れて経済状況を改善するケースが多いんだけど、ヤーマ家の代々当主は潔癖だったらしく、平民による乗っ取りを良しとしなかったらしい。没落しても、貴種の矜持は捨てられなかったってわけだ。乗っ取られて困る身代があるわけでもなかろうに。


 そんなヤーマ家の次期当主が、たった今、魔法使いになった。貴族の間でも『無能』『意固地』と蔑まされていたあの・・ヤーマ家が、だ。

 いや、俺は知らないけど、そうらしい。


 魔法使いであれば貴族他家から伴侶を迎えるにも有利だし、様々な働き先を選べるようにもなる。しかも高給取りで。今より良い状況になることが確約されたようなものだ。


あの・・ヤーマ家の血筋でも魔法使いになれる。なら、オレ(ワタシ)も魔法使いになれるはず!』


 そう考えたのだろう。皆の目の中の真剣さが増したように見える。講義室に熱気のようなものが満ちる。


 よしよし、皆励んでくれたまえ。


 俺も雇われの身だから、学園にいる間はそれなりの結果を残さなければならない。じゃないと、無能のレッテルを貼られてしまう。


 そうなれば俺も困った事に……困った事に……あれ? 困らないな?


 学園から放り出されても領地に帰って普通に領主していればいいだけだし、もし領地を召し上げられても、冒険者として活動すればいいだけだ。


 なんで俺、頑張ってるんだろう?


 あれかな、元日本人の習性かな?

 与えられた役割を百パーセント以上にこなさなきゃいけないっていう脅迫観念があるのかもしれない。村社会だった頃から残る日本人の習性だ。


 昔の日本は閉鎖的な集落が多かったから、村八分にされると生きていけなかった。

 そのせいで、周囲に『自分は有能』って思ってもらえるように振る舞わなきゃならなかった。与えられた役割を十二分にこなさなきゃいけなかった。

 その習慣が習性になって染み付いているんだろう。


 しかし、今の俺はそんな日本には住んでいない。ここは別の世界の別の国だ。そんな習性に縛られる必要はない。


「大丈夫ですよ。皆さんもきっと魔法を使えるようになります。魔法を使える人は、もっと上手く使えるようになります。頑張りすぎない程度に頑張りましょうね」


 とはいえ、そう簡単に染み付いた習性は消せないんだよなぁ。ここで教え子たちを放り出すのは無責任だと感じている俺がいる。魂のDNAに縛られている。

 まぁいいさ。三年経てば俺も卒業なんだし、その頃には今教えている生徒の中から優秀な教え子も出てくるだろう。そうすれば俺も一定の責任を果たしたことになる。……出てきて欲しいなぁ。


 っ! 育てるか!


 そうだ、それがいい! いつまでも王都に縛り付けられていたくないもんな!

 卒業と同時に教師と教官をやめられるように、今から有望そうな生徒を育てよう!

 なに、王国じゃ教師は尊敬される上に高給取りだ。推薦すれば、喜んでなってくれる子も多いはず!

 そうなれば、俺も晴れてお役御免だ。領地に帰って自由に暮らせる! よし、そうしよう!


 そうと決まれば、候補者を探さないとな。

 さて、そうと決まれば先ずは……彼かな。


「うおっ!?」

「ヤーマ君、どうかしましたか?」

「い、いえ、ちょっと悪寒が?」


 勘もいいな。実にいい。

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