第271話

 コリン君は、同世代に比べてやや小柄で線が細い。

 顔立ちは、幼さが残るものの整っており、薄幸の美少年といった印象を受ける。現代なら『守ってあげたい』というお姉様方に大人気だろう。

 ただ、この世界ではより力強い男が好まれる傾向がある上、盲目というハンデもあるので人気はない。むしろ忌避されている。

 更に、盲目では日常生活に支障があるため、特例として従者の同行が許されていることも不公平感を煽っていると思われ、クラスではかなり孤立気味だ。まぁ、従者のジェイコブ君がいるから、本当に孤立しているとは言えないんだけど。


 ジェイコブ君はコリン君の家の従士家の子供だそうで、本来なら学園に通える身分ではない。入学出来たのはコリン君の世話をするためという特例だ。今年は特例が多いな。主に俺の事だけど。

 彼が甲斐甲斐しくコリン君の世話をしている様は、腐臭を纏ったお姉様方ならとても捗る光景なのではないかと思われる。しかし、残念ながらと言うか幸いにしてと言うか、そのようなお姉様方はこの学園にはいないみたいだ。腐臭は漂っていない。うん、幸いにして、だな。良かった。


 ちなみに、俺もクラスでは孤立している。というか、俺は授業を受けている以外の時間は教員控室に詰めているから、クラスの控室に居る時間がほとんどない。クラスメイトとコミュニケーションをとる時間がないんだから孤立せざるを得ない。友達百人なんて夢のまた夢だ。教え子ならもう百人以上いるんだけどなぁ。

 あれ? 一年生ってなんだろう?


 このクラスで本当に孤立しているのはジャンポール君だ。

 ジャンポール君の取り巻きだった連中は、俺の影響で彼から離れてしまった。今は元取り巻きだけでグループを作り独立(?)している。

 当然だけど、そのグループとジャンポール君の間には気まずい雰囲気が漂っている。

 最近のジャンポール君は、控室ではひとりで窓の外を見ているようだし、教室移動の時もひとりで移動している。完全にボッチだ。


 俺は、生徒間で溝が出来たりするのは仕方がないと思っている。人間なんだから、好き嫌いや利害で対立するなんて当たり前だ。『みんな仲良く』なんて御為ごかしを言うつもりは一切ない。関係を修復または改善したいなら、自分で動けばいいと考えている。いじめられているわけじゃないしな。

 とはいえ、いち教師としては、孤立している生徒を放置出来ない。多感な時期に孤立すると、性格が歪んでしまうかもしれないからな。

 望んでなったわけではないとはいえ、それを見過ごしては教育者失格だ。……教育者に給料以上の責任がつきまとうのは、どんな世界でも共通なのかもしれない。

 前世の日本なんて、あんな安月給で子供の人生の責任を負わされるんだから、全く割りに合わないと思うよ。ほんと、先生になんてなるもんじゃない。


 本来であれば、こういったことは担任であるホットスプリング先生が対応するべきかもしれない。

 けど、この件の原因は俺だ。自分で蒔いた種は刈り取らねばなるまい。いや、この場合は『芽を摘む』かな?


 けど具体的に、何をどうしたらいいものやら。

 うーん。学校なんだから、何かイベントはないのかな?

 そのイベントを通じてクラスの結束が強くなったり、仲の悪かった生徒同士が解り合えたりとか。

 遠足というか、ダンジョン探索とか魔物討伐演習なんかはファンタジーの定番だしな。学園長に訊いてみるか。



「いやいや! 生徒たちは貴族の子女ですよ!? そんな危険な事をさせられるわけないじゃないですか!」


 学園長に全力で否定されてしまった。

 そりゃそうか。親御さんから預かっている大事なお子さんをそんな危険に曝すなんて、普通あり得ないよな。

 ましてや相手は貴族や大商会の子女。現代で言えば皇族や大企業経営者の子供たちだ。それを戦場に連れていくなんて正気の沙汰じゃない。いや、一般市民の子供でも大問題か。むしろ一般市民だからこそ大問題になるかも?


「しかし、貴族には領民を魔物や盗賊から守る責任があるんじゃないんですか? その予行演習としての授業があってもいいような気がしますけど?」

「確かに、領地を持つ貴族であればそうでしょう。しかし、それも各家の責任と裁量で実施されるべきです。学園で行う必要はありませんよ」


 苦笑を浮かべるアンザイレン学園長。

 なるほど、それは道理だな。

 貴族の中には領地を持たない男爵や公爵も居るわけだし、そんな貴族の子供ならあえて危険に挑む必要はない。『高貴なるものの責務ノブレスオブリージュ? なにそれ美味しいの?』って感じだろう。

 そうだよな。そもそも、日本みたいに何でも学校で教えるって考え方がおかしいんだよ。少なくとも、常に命の危険があるこの世界では、いや、この世界だからこそあり得ない。

 創作ファンタジーはあくまでも創作って事か。夢がないなぁ。


 まぁ、それなら仕方がない。別の方法を考えるだけだ。


「それでしたら、学園祭のようなものはないのでしょうか?」

「学園祭?」

「ええ、生徒の日頃の学習成果を親御さんや近隣の住民にご覧いただく機会です」

「ありませんなぁ。そもそも生徒の親御さんは貴族や商家の会頭です。仕事に穴を開けてまでお越しいただくのは心苦しいですし、領地からの旅程の危険もあります。それに外部のものを学園内に入れるというのであれば、警備の手も増やさなければなりません。現実的ではありませんな」


 これもダメかー。

 そりゃそうか。日本と違って平和な世界じゃないんだ。貴族の子供たちが集まる学園を一般に開放したら、不穏分子が大挙して押しかけてきてもおかしくない。他国の工作員とか、今の王政に不満を持つ過激派とかな。飢えた狼の群れの前に子羊を放り投げるようなものだ。

 過去にいた転生者は、それほど強い権力を持ってなかったみたいだな。学園の定番行事が全然根付いてない。単なる生徒だったんだろう。

 でも俺は諦めない! まだ諦める段階じゃない!


「では、体育祭などはどうでしょう?」

「体育祭?」

「はい、生徒たちに運動で競ってもらう催しです」

「それは先ごろ開催された武術大会のような?」

「いえ、もっと平和的に、走る速さや器用さ、力の強さ等を競ってもらいます」

「ふむ。それは面白そうですな。日頃の鍛錬の成果を確認する良い機会かもしれません。しかし、特定個人のみが活躍しそうで盛り上がりに欠ける恐れもあります」

「個人競技だけでなく、集団競技も行えばいいのですよ。協調性や集団の統率といった、貴族として求められる素養を計ることもできます」

「ほうほう、それは良いですな! 幸い、今の武術教官はフェイス先生です。授業の一環であればそのような催しも問題ありません。良いでしょう、開催を許可します。日程は……夏季休暇に入る前の七月末にしましょうか。競技内容については、一先ずフェイス先生の方で叩き台を作ってもらえますか? それを関係者で協議して細部を詰めましょう」


 よし!

 集団競技があれば、クラスの結束を強くする機会が作れる。その中でジャンポール君やコリン君がクラスに溶け込めれば……まぁ、上手くいくかどうかは本人次第なんだけど。


 なんか、一気に昭和の学園ドラマっぽくなってきた気がする。一年一組フェイス先生ってか?

 『貴方たちは腐ったみかんじゃありません! 発酵したみかんです!』なんてな。

 あ、黒柑でお酒作ってみるのもいいな。糖分があれば何でもお酒にできるって聞いたことがあるし。上手く行けば新しい産物になる。


 なんだか、どんどん仕事が増えてる気がするな。いや、自分で増やしてるんだけどさ。

 まだまだデザイナーだった頃の職人気質が抜けてないんだろう。『三つ子の魂百まで』とはよく言ったものだ。

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