第270話
現状を端的に表現すると、死屍累々だ。いや、誰も死んじゃいないけどさ。
俺は素手、挑戦者たちには模擬戦用の木刀や棍を使ってもらったんだけど、結果は当然俺の圧勝。疲れ果てて動けなくなった男子たちが、荒い息をしながら訓練場に転がっている。
途中、数人で連携しながら攻めてきたところは良かったんだけど、残念ながら地力が違いすぎた。具体的には速さと技術が足りない。多分筋力も足りないんだろうけど、受けたり流したりしてないから正確には分からない。全部避けちゃった。
避ける度に足払いしたり突き飛ばしたりしたから、全員土に塗れてドロドロだ。今日の寮のお風呂は最後に入るんだよ? 他の皆の迷惑になるから。
うーん、やりすぎたかな?
いや、実力差を分からせるなら、このぐらい徹底的にやっておいたほうがいいだろう。下手に加減して一撃喰らっちゃったら、未熟なまま進級させることになる。それは学園としても、そして本人のためにもよろしくない。心を鬼にしないと。だっちゃ。
「それじゃ、模擬戦はここまで。負けた皆さんは罰として、次回から重りを身につけて走ってもらいます。他の人より体力が付きますよ、良かったですね」
「くそっ! なんで、なんで一発も当たらないんだ! オレは北派の初伝を持ってるのに!」
ジャンポール君が空を見上げたまま叫ぶ。うん、叫びたくなるような青空……じゃないな、曇が多めの冬らしい灰色だ。
北派というと、王国の主流剣術の一つだな。北派と西派があって、北派は攻撃、西派は防御を得意にする剣術だったはず。確か王様も北派だったかな?
まぁ、北派の頂点、剣聖である王様の剣も全避けする俺だから、初伝程度なら当たらなくても仕方がないんじゃないかな?
「技術もですが、根本的に基礎体力が足りていませんから当たらなくて当然です。大丈夫、卒業までには、掠らせるくらいはできるようになる……かもしれませんよ?」
「〜〜っ、クソッ!」
随分と悔しそうだ。その負けん気の強さは悪くない。その悔しさを糧に、次から頑張ってくれたまえ。
「走っている皆もそこまでで。今日の講義はここまでとします」
俺が宣言すると、皆、荒く白い息を吐きながらその場にへたり込む。うーん、明日は授業を休む子が出そうだな。ちょっと厳しすぎたか?
けど、ほとんど歩くようなスピードになっても、立ち止まる子はひとりも居なかった。この学年の生徒は、実は結構根性があるのかもしれない。
「うふふ、これで少しは痩せましたかしら?」
「ええ、きっと痩せましたわ。これを続ければ、もっと細くなって……」
「あらあら、ドレスを仕立て直さなくてはいけなくなりますわね。困りましたわ、うふふふ」
一部の女子は、根性じゃなくて痩せたい気持ちで走っていたらしい。
まだ十二歳なんだから体重なんて気にする必要はないと思うんだけど、そういう事を言うと『女心が分かってない』って叩かれるんだよな。だからスルーだ。男には、女心は永遠に分からない。
「はぁ、はぁ、バイデン、お前何周した?」
「僕は二十五周だ、はぁ、はぁ、ヒエロ、君は?」
「オレもだ、はぁ、はぁ、けど少しだけ、オレのほうが前だっただろ?」
「くそぅ、次は僕が勝つ! はぁ、はぁ」
男子は男子で、よく分からない競争をしていたみたいだ。けど切磋琢磨はいいことだ。次回もその気持ちで頑張って欲しい。
「今日は寒いですから、汗をしっかり拭いて風邪を引かないように気をつけてくださいね。では解散!」
はぁ、やっと武術の一回目が終わった。
でも、まだ二年と三年の授業が控えてるんだよな。先が思いやられる。
◇
結局、二年と三年でも模擬戦をする羽目になった。
もちろん、俺は一撃も貰わなかった。
やはり、学年が上がるほど腕前は上がるみたいだ。三年生の相手は結構大変だった。
まぁ、人数が十名と多かったっていうのもあったけど、去年まで教えていたアームストロング教官の指導が適切だったんだろう。
『ぬぐぐ、今に見てなさい! 吠え面かかせてやるんだから!』
カーペンター嬢は最後まで粘ってた。その根性だけは認めよう。
なんか、ジャンポールくんとカーペンター嬢は似ている気がするな。俺を敵視してるところとか、妙に根性があるところとか。このふたり、気が合うかもな。
◇
「で、どうでぇ? 見込みのありそうな奴はいたか?」
「一年生と三年生に治癒魔法使いがひとりずつ、二年生に雷魔法使いがひとりだね。まだ素質があるってだけで、三人とも発現はしてないよ」
「各学年にひとり……多いと見るか少ないと見るか……」
毎月一日は王様への報告をすることになっている。定期報告だ。面倒くさい。
報告なんて書面で提出して終わりにすればいいと思うんだけど、偉い人ほど対面口頭での報告を求めてくる。無駄会議ってやつだ。この会議もそう。
いつものようにいつもの青薔薇の間へ通されて、俺と王様と内務尚書だけの三者会議だ。テーブルが広いだけに、ちょっと寒々しい。もう二月だし、石造りのこの部屋は物理的にも寒々しい。というか冷たい。
けど、俺には平面魔法がある! 便利さではどんな魔法をも凌駕すると自負している!
短時間の会議なら部屋を平面で囲って断熱するんだけど、長時間の会議となると空気が絶たれて窒息する危険がある。なので、今使っているのは『流体空間』という機能だ。
これは高機能な流体シミュレーター、つまり物理演算機能で、主に煙や炎、霧などを再現するのに使う。
それだけだとパーティクルと一緒なんだけど、なんとこの機能、空間内の流体の温度調整ができるのだ!
本来は温度変化による流体の振る舞いの変化をシミュレーションする機能なんだけど、今回は空気の温度を二十二度に設定して暖房代わりにしてみた。真冬なのに、この部屋の中は常春だ。快適快適。
「お
「何でもはできないよ。できることだけ」
「便利ではあります」
「異常にな」
いつものように某委員長式の返答をしておく。
……ナイスバディの白猫か。拠点に居たかな? 居たからって、どうこうするわけじゃないけど。そっち方面はもう十分間に合ってます。いっぱいいっぱいです。
「固有魔法使いはいねぇのか? お前ぇほど異常なのじゃなくていいからよ」
「異常っていうのはひどいな! そもそも、固有魔法を持っている人自体が数十年にひとりでしょ? 僕がいる時点で可能性は低いと思ってよ」
「けど、お前ぇのところには他にもうふたり居るじゃねぇか。発現してねぇだけで、他にも居るんじゃねぇのか?」
「まぁね。実は一年生にひとりいるよ」
「やっぱりいるんじゃねぇか!」
普通、王様に無礼な口をきくと不敬罪で牢屋行きだ。けどここは青薔薇の間だから、こんな漫才みたいなやりとりが許される。この青薔薇の間での会話は全てが秘密。全てが不問。それがこの国のルールだ。
「で、どこのどいつでぇ?」
「コリン=ソウ。ソウ子爵家の長男だよ」
「ソウ子爵家ってぇと……」
「帝国から割譲された領地へ転封した家です」
「ああ、ビフロント周辺に加増移封したところか。あそこは確か……」
「今は治安の問題が上がっています。どうやら帝国の兵士崩れが暴れているようですが、本当に
入学式の日、盗賊出現で旅程を足止めされ、式に参加できなかった新入生がいた。それがコリン=ソウだ。
その彼には固有魔法の素質がある。多くが有用で強力とされる固有魔法の素質が。将来的有望株だ。
けど実は、彼はちょっとした問題を抱えている。いや、ちょっとじゃない。社会的には大きなハンデキャップとなる問題だ。
コリン=ソウ、彼は盲目だった。
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