第131話
「助けていただき、ありがとうごぜえやす。皆さんのおかげで、今年は数人が怪我をしただけで済みやした」
ゾンビの群れを退治し村を救った俺たちは、歓迎……とまでは行かないまでも、好意的に迎えられた。
辺境の農村であるというこの村の中でも、村長宅というやや大きめの家へ案内された俺たちは、そこで今回のゾンビ襲撃について教えてもらった。
なんでも、この辺りではゾンビが春の風物詩であるらしい。なんて嫌な風物詩だ。しかし、話を聞けばそれも納得だった。
この辺りの冬は厳しい。北氷海から流れ込む冷たく湿った北風は、南の山脈に当たって豪雪へと変わり、この地方一帯を覆う。家の入口が雪に埋もれて出られなくなるくらいだそうだ。
だから、秋にどれだけ蓄えられるかが死活問題なのだとか。
薪は樹海から伐り出して、水は雪を融かして凌げるけど、食料はそうはいかない。
この国は税が重く、収穫した農作物のほとんどを役人に取り上げられてしまうそうだ。豊作でなければ、十分な蓄えを残せない。冬には飢えて死んでしまう。
一方、ゾンビについてだけど、通常、ゾンビは魔素の濃い場所でしか発生しない。なぜなら、ゾンビになる前に腐るか魔物に食べられてしまうからだ。魔素が染み込む前に死体がなくなってしまう。大森林にゾンビがいないのはそのためだ。
しかし、冬場のこの辺りの村であれば話は別だ。死体は寒さで腐らないし、魔物が喰い散らかす事も無い。辺境ゆえに比較的魔素も濃い。
つまり、死体からゾンビになる条件が整いやすい。
春の雪解けと共に、凍っていたゾンビも融けて家の外へと這いずり出し、周囲の家々を襲って仲間を増やす。村の全てを仲間にしたあとは、更なる犠牲者を求めて隣村へと向かう。
なんともまぁ、よくできたゾンビ量産システムだこと。
今回、偶然立ち寄った俺たちが退治したことで、このあたりのゾンビ被害はくい止められた。結構危なかったらしい。壮年の村長からの感謝に、裏は感じられなかった。
村の人たちは、俺たちがノラン人ではない事に気付いてる。それもそのはず。何しろ、見た目が全く違う。俺たちは淡いベージュ色の肌をしているけど、ノランの人は赤く血の色が透けて見える程、肌が白い。気付かない方がおかしい。
だからと言って、嫌ったり危険視したりする様子はない。どうやら選民教育は田舎までは施されていないみたいだ。というか、一般的な教育もされてないだろう。辺境ってことだし。
「この村でも一家四人がゾンビになっちまって。なんとか被害が広がる前に処理しやしたが……いつまでこんな生活をしなきゃならんのでしょうなぁ」
村長さんがため息を吐きながらこぼす。
処理ってことは、顔見知りの首を斬るか、頭を叩きつぶしたわけだ。そりゃ嘆きたくもなる。
こんな子供に言っても仕方ない事は分かってるんだろうけど、村長が村人の前で泣き言を言えるはずもなく、何処にも行き場を失った想いが、ついポロッと出てしまったんだろう。その
「村っていうか、国を捨てて南へ行こうとは思わないの?」
「……樹海から山脈を越える道の入り口には関所がありやす。法外な金額を払わねぇと山脈の南へはいけやせん。そんなお金、とてもとても……それに、逃げたのがバレたら憲兵に殺されやす。わたしらはここで生きるしかねぇんです」
樹海には結構大型の魔物もいたしな。身体が大きくても、ただの農民では楽には倒せないだろう。樹海の道とやらを通るしか、南へ向かう方法が無いわけだ。
この国の農民は過酷だな。逃げ出すことすらできないとは。
俺は奴隷生まれの辺境育ちという、自分では結構過酷な人生のスタートだと思ってたんだけど、この人たちと比べたら遥かに恵まれていたみたいだ。
主人だった村長は人格者だし、重税もなかった。寒さに震える事も飢えに苦しむ事もなかった。
この国の農民たちの方が、奴隷であった俺よりもよっぽど過酷な暮らしをしている。なんという矛盾。
「いや、大森林の開拓村とか、十年以上存在してること自体が奇跡やけどな。普通は五年も持たんと魔物に潰されてるで?」
「そうだみゃ。ドルトンでも毎年、大森林に行ったきり帰ってこない奴がいるみゃ。さすがは旋風様だみゃ」
「坊ちゃんはそこで四歳から魔物狩ってたんだろ? 実はそのおかげで村に魔物が来なかったんじゃねぇの?」
「それはあり得ますわね。丁度いい間引きになってたんでしょう」
なるほど。俺は自分のためにやってたんだけど、知らず知らず村のためにもなってたのかもしれない。
でもだとすると、しばらく帰ってないから村周辺では魔物が増えてるかもしれない。
まぁ、父ちゃんたちがいるから平気か。身体強化を覚えて、かなりの強さになってるからな。魔物が出たら『肉だべさ!』って言って逆に襲い掛かってそうだ。
「坊ちゃんはお強いんですなぁ。ゾンビの群れも軽く蹴散らしてやしたし。……そんなお方に対して、何のお礼も出来ないのが情けねぇ」
「いや、単なる自己満足だから気にしなくていいよ。アンデッドとの戦闘ってのも経験してみたかったしね」
この村、マジで限界っぽい。
お礼をしたくても、まだ春になったばかりで収穫が無く、渡せるものも饗応する食料もないという。『わたしらに出来るのはこれくらいで……』と言って、十二、三才くらいの女の子を差し出されたけど、丁重にお断りした。村長の長女だそうだけど、これ以上扶養家族が増えても困る。
けど、その子は痩せてガリガリだったから、もしかしたら口減らしのつもりだったのかもしれない。俺に預けた方が生き残れると思ったのかも。それすらも親心なのか?
「……この子は成人したら首都の娼館へ売られやす。痩せて見てくれがよくねぇから、安く買い叩かれるでしょう。けど、それでも村にとっちゃあ得がたい収入です。……仕方ねぇんです」
まさかの商品扱いだった! いや、俺に差し出された時点で物扱いだったけど! 村長の娘でそれかよ! 本当に限界だな、この村!
「あーっ、もうっ!」
バンッ!
俺はテーブルを叩いて勢いよく立ち上がる! こうなったら、乗りかかった船だ! 目を丸くして驚いてる村長と娘さんは無視!
「ルカ、サマンサ! お昼に狩った肉を調理して、村の皆に振舞って! 他の皆は樹海に行って追加の獲物を狩るよ! この村全員の一年分の干し肉に出来るくらいね! 行くよ!」
「「「ハイッ!」」」
皆が笑顔で答え、立ち上がる。やめて、生暖かい目で見ないで!
偽善だって言うのは分かってるけど、しょうがないじゃん! ここで見捨てると寝覚めが悪いし、今俺に出来ることなんてこれくらいしかないんだから。今はこれが精一杯。
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