第166話

 トコトコと無造作に歩いて来る俺たちを、飛竜ワイバーンは最大限の警戒を現す威嚇の声で出迎える。声帯が無いんだろう、ネコやヘビみたいな擦過音だ。毛があったら、ネコみたいに逆立てていたかもしれない。

 まぁ、羽も無い生き物が空中を・・・歩いてきたら、そりゃ警戒するか。『それ以上一歩でも近づいたら攻撃するぞ』って感じだ。空中なのに一歩。スカイウォークの面目躍如かな。

 まだ彼我の距離は百メートルくらいあるけど、このくらい、空を飛ぶ生き物にしてみれば無いも同然だ。飛竜にとっても、俺にとっても。


 飛竜狩りに出てきたのは俺と父ちゃん、ウーちゃんとピーちゃんだ。ピーちゃんは置いてくるつもりだったんだけど、盛大にダダを捏ねられたので仕方なく連れてきてしまった。地面に寝転がってジタバタする子供なんて、漫画以外で初めて見たよ。

 泣きわめいて超音波の金切り声を上げていたそのピーちゃんも、今はニコニコ顔でウーちゃんの背中に座っている。いいなぁ、俺も後で乗せてもらおう。犬に乗るのは犬好きの夢のひとつだからな。


 俺はいつもの冒険者スタイル、父ちゃんも盾と片手棍、革鎧といった昔から使っている対魔物用装備で、ウーちゃんとピーちゃんは普段のままだ。


「だば、オラと飛竜を地べたへ降ろしてくんろ。あとはオラが始末するだで」

「ん、分かった。気を付けてね」


 俺が魔法を使えば、一瞬で狩りは終わる。それが一番安全で効率的な手段だ。

 でも、ここはあえて父ちゃんに任せる。父ちゃんがそう望んだからだ。父親としての矜持というか意地というか、そういうものだろう。俺も中身がオッサンだから、気持ちは分かる。だから反対しない。

 けど、怪我したり毒を喰らったりされるのはイヤだ。こっそり平面を張りつけて防御力を上げるくらいの手助けはしてもいいだろう。

 都合よく足元にバレーコート二面分くらいの拓けた場所があったので、そこに降りる。よく見ると積み上げられた石がそこかしこに見える。昔は猪人の集落でもあったのかもしれない。

 それを見た飛竜が追いかけてきて、そのまま俺たちに襲い掛かって来る。

 ターゲットは……俺か。獲物として丁度いいサイズだと思ったのかもしれない。噛み付いてそのまま空中へ持って行こうという魂胆だろう、口を開けたままスピードを落とさずに迫って来る。


 ガイーンッ!


 目の前に張った不可視の平面に飛竜がぶつかり、弾き返されて地面に落ちる。あっ、上の前歯が二本折れて飛んでる。痛そうだな。


「今だべさ!」


 地面でのたうち回っている飛竜に向かって父ちゃんが駆ける。なかなかの俊足だ。盾を体の前に出した前傾姿勢の不自然なフォームなのに、あっという間に飛竜の元へ辿り着く。

 おっと、俺も見てるだけじゃなくて仕事しないとな。狩場になった広場を覆うように不可視の平面を一枚、上空三メートルほどのところへ設置、固定する。これでもう飛竜は逃げられない。あとは父ちゃんが危なくなったら援護するだけだ。


 父ちゃんの接近に気付いた飛竜が、暴れるのをやめて態勢を整える。翼を前足のように地面へ着いた四つ足だ。なんとなく蝙蝠っぽい。口を開けて威嚇音を上げるけど、その口は既に血まみれだ。内側の赤黒いのが元々なのか出血のせいなのか、よく分からない。


「ウラッ!」


 威嚇音を無視して突っ込んだ父ちゃんが、左手の盾で飛竜の頭を下からかちあげる。無理やり閉じさせられた飛竜の口から、またしても歯が数本飛ぶ。これじゃ、もし逃げ出せたとしても、餌を食べられなくて餓死するのが決定だな。

 頭を弾かれた飛竜は半歩だけよろけたけど、すぐに体勢を整えて父ちゃんへ頭を向ける。

 しかし、その数舜の間に父ちゃんの右手に握られた棍棒は振りかぶられている。

 長さ六十センチほどの紡錘形をした武骨な鉄塊に革帯の握りを巻いただけという、実用性一点張りの棍棒が、振り向いたばかりの飛竜の側頭部へと吸い込まれる。鈍器(盾)から鈍器(棍棒)へ繋ぐ見事なコンビネーションだ。鈍器マニアには堪らないだろう。そんなマニアが居るかどうかは知らないけど。

 側頭部へ打ち下ろしの一撃を喰らった飛竜は踏ん張り切れずに倒れ込み、頭が地面でバウンドする。意識が飛んだかな?


「決めるべ! ウラウラウラウラウラウラアァッ!!」


 倒れ込んだ飛竜の頭を、父ちゃんが棍棒で滅多打ちにする。『君が泣くまで殴るのを止めない!』といった感じだ。やれやれだぜ。

 殴られたことで意識が覚醒したのか、飛竜は素早く身体を起こし、後ろにジャンプして父ちゃんから離れようとする。あちこちの鱗が剥げたその頭からは少なくないダメージが見て取れるのに、その動きはまだ俊敏だ。さすがは魔物、大した耐久力だ。

 ジャンプの勢いそのままに、空中へ逃れようと翼を広げる飛竜。しかし、上へと振り上げた翼が俺の設置した平面に接触し、バランスを崩して落ちる。


「ピーちゃん、いま、飛竜が魔法を使ってたの、分かった?」

「ピーッ? ピョンッてしたとき?」

「そうそう。魔法で自分の体を軽くして、翼を動かして飛ぼうとしてたんだよ」


 ピーちゃんの教育も忘れない。連れてきてしまった以上、なんらかの収穫は欲しいからな。

 巨大トンボと同じく、飛竜も魔法を補助的に使って飛んでいる。目の前で魔力の流れを見たから間違いない。加速度アクセル制御コントロールの魔法だ。自分に上向きの重力を発生させ、翼の力で飛んでいる。

 おそらく、空を飛ぶ巨大な魔物のほとんどがこの方法で飛んでいるんだろう。

 ……そう考えると、風魔法を加速度制御に使っているアーニャは至極真っ当なのか。本能で、実用的な魔法の使い方を理解したんだろう。さすが獣人。翼があったら飛んでたかもな。


 バランスを崩して再び墜落した飛竜の頭へ、またしても父ちゃんの棍棒が迫る。頭を叩かれることを嫌がった飛竜は首を背けて打ち下ろしの一撃を避けるけど、今回の父ちゃんの狙いは頭じゃなかった。

 振り下ろされた棍棒は飛竜の右の肩の付け根、鎖骨がある辺りを強打する。十メートルほど離れた俺のところまで、生木をへし折ったような音が聞こえて来た。これで決まったな。

 右の翼を上げることが出来なくなった飛竜が、後ずさりしながら三度目の威嚇音を鳴らす。それが命乞いに聞こえたのは気のせいじゃないと思う。

 でも、先に襲ってきたのは飛竜のほうだ。それは虫が良すぎるというものだろう。


 鈍器。

 鈍器。

 鈍器。

 更に鈍器。


 最後の一撃で頭骨が陥没し、一瞬大きくその体を跳ねさせた後、飛竜は動かなくなった。

 父ちゃんは全身を汗だくにしているけど、怪我はどこにも負っていない。完封勝利だ。


「ふうっ。いんやー、飛竜は久しぶりだっただども、思ったより楽勝だっただなや!」

「おつかれ、父ちゃん。カッコ良かったよ!」

「ナハハッ、照れるなやぁ! んだば、血抜きさして持って帰るべ!」


 父ちゃんが照れて頭を掻く。半分はお世辞だけど、その動きに目を見張るものがあったのは事実だ。

 素早い踏み込みと相手に何もさせない手数の多さ。十キロを超える鉄塊を片手で振り回す膂力と、それを持続できる体力。父ちゃん、マジで強いわ。


 平面で飛竜を逆さまに釣り上げ、首を切り落として血抜きをする。切り落とされた頭だけ見ると、角も生えてないし、普通のオオトカゲと変わらないな。目がやや前に並んで付いてる感じがするくらいだ。その目がやや飛び出てるのは、父ちゃんが頭を陥没させたからだろう。棍棒、恐るべし。


「そう言えば父ちゃん、なんで棍棒使ってるの? 剣のほうが使いやすくない?」


 実は以前から疑問だったのだ。冒険者でも棍棒を使っている人はあまりいない。ほとんどが剣か槍だ。実は父ちゃんは鈍器マニアだったとか? 撲殺紳士グレンちゃん?


「剣だと皮や鱗が切れて使い物にならなくなるべ? 素材を売るなら傷は少ねぇほうがええだ。刃物は獲物が多すぎるときだけでええだよ」


 意外に現実的な理由だった。

 確かに、冒険者は狩った獲物の素材を売って生計を立ててるんだから、素材の状態は良い方が高く売れてお得だ。切り傷や穴が沢山ある皮なんて価値がない。

 某ハントゲームだと、鈍器は素材を切り取れない不利な武器だった。でも、現実だと鈍器の方が高品質な素材が取れて有利なのか。あのゲームはそこまで詰められてなかったんだな。

 もしくは、そこは不要だと判断されたのか……いや、取った素材で装備を強化してたんだから、素材の重要性は認識してたはずだ。やっぱり詰められてなかっただけだろう。今にして気付く残念な事実。


 解体した飛竜は俺の平面コンテナに格納して持ち帰る。

 内臓は基本的に廃棄だけど、レバーだけはフォアグラのように脂が乗っていて美味しそうだったから持ち帰る。軽く焙って塩をふるだけで絶品だろう……おっと、涎が。

 さぁ、今夜は焼き鳥ならぬ焼き飛竜パーティだ! 食うぞぉ!!

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