第165話
全長十メートルを超える巨体を覆う硬い鱗は剣や矢を受け付けず、鋭い爪は鉄の盾を容易く切り裂くとか。『生きた災害』とも呼ばれ、襲われたらまず命は助からないと言われている。
ただ、その生息数は多くなく、限られた魔境の奥深くでひっそりと暮らしているのが現状だ。
王国の南に横たわる『竜哭山脈』もそんな竜種の生息地のひとつで、晴れた日には空を飛ぶ竜の姿を遠目に見ることができる。いつか捕まえてやろうと思っているのはナイショだ。
希少種なら保護して増やしたいし、あわよくば手懐けて乗り回したい。ドラゴンステーキっていうのも食ってみたいな! 竜牧場……アリかも!
一方
大きさは竜の半分程度で、鱗は竜種ほど硬くはないそうだ。
ゲームなんかだと尾の先に毒の棘があったりするけど、この世界の飛竜には無い。その代わりなのかどうなのか、牙には毒があるらしい。オオトカゲの仲間だとすると、細菌による腐敗毒モドキかもしれない。
飛竜というだけあって、その飛行速度は竜種を上回ると言われている。全力で走る馬よりも速いということだから、時速百キロぐらいは出せるんだろう。
きっと風魔法だな。プロペラもジェットも無しに全長五メートルを超える巨体を高速で飛行させるなんて、それくらいしか手段を思いつかない。
生息域は竜種より広く、その数もそこそこ多いらしい。しかし食性が重なるため、竜種のいる場所には生息していないようだ。つまり、竜哭山脈に近い大森林には本来いないはずの生物だ。
最近、その飛竜が村にほどにも近い大森林上空で目撃されているのだとか。まだ被害は出てないけど、いつその目が村へ向くかと、村人たちの間で不安が広がっているそうだ。
ジンジャーさんは何も言ってなかったけどな。もしかしたら、もう村を出た俺に頼むのは筋違いとか考えてるのかも。あるいは、高位冒険者への高額な依頼料を測りかねてたのか。村長が居ないから、大きな決断をしかねているのかもしれない。俺の故郷のことでもあるんだから、気兼ねなく話してくれてもいいのに。
「だどもよ、空に飛ばれてちゃオラの棍棒は届かねぇべ? 弓の上手ぇピースとセージは旦那様について行っちまったしよ」
そこで俺の出番ってわけだな。俺は空を飛べるし、誰かを空に飛ばすこともできる。空中に足場を作れば、空を飛ぶ魔物とでも互角に戦える戦場を作り出せる。
飛竜の目撃は朝か夕方が多いらしい。朝間詰めと夕間詰めか。飛竜は昼行性らしいな。もう黄昏時だし、出るならもうそろそろか。
確認のために、俺は父ちゃんと連れ立って村の南へ向かい、そこにある物見櫓へと上がる。四本の柱に支えられた高さ八メートルほどの、ちゃんと屋根と転落防止柵も付いた立派な櫓だ。うむ、大森林がよく見える。
以前は俺の気配察知でギリギリ大森林の端っこあたりが感知できたけど、今はそこまで届かない。他でもない、この村を囲う丸太塀を作るために大量の木材を伐採したことで、大森林の端が南へ後退してしまったからだ。
以前は村から約二キロに大森林の端があったけど、今は村から三キロちょっとくらいが境界になっている。気配察知のギリギリ範囲外だ。こうして人類による自然破壊が進んでいくんだなぁ。
まぁ、他でもない俺の仕業なんだけど。だって、調子に乗って壁を作ってたら丸太が足りなくなったもんだから。うむ、なんて酷いやつだ。きっとそのうち大自然からお仕置きされるに違いない。鷹を連れた少女がやってきたら、狼を連れたなんちゃって忍者としてお相手しよう。
「おっ! ほれ、あそこにおるだ。見えるだか?」
「えっ? ん~……あっ、あれか! 遠いな!」
父ちゃんが指さした遠く大森林の上空、地平線スレスレに小さな鳥のような影が見える。距離は約六キロというところか。本当に小さくて、鳥なのか飛竜なのか俺には判別できない。いや、遠いから小さく見えるだけで、実際はそれなりに大きいんだろうけど。
六キロと言ったら新宿から新橋くらいの距離だ。都庁の展望台から駅前のSLを見つけるようなものなのに、よくこんなの気付いたな。転生してから俺の視力はかなり良くなったと思ってたけど、どうやら村の面々はレベルが違うようだ。アフリカの狩猟民族以上かもしれない。
そう考えると、竜哭山脈の上を飛んでる竜はかなりの大きさってことになるな。俺でも竜と分かるんだから、そのサイズは軽く二十メートルを超えてそうだ。
「あ、そうだ」
こういう時こそ平面魔法、おなじみカメラ機能の出番だ。カメラのレンズを二百ミリの望遠に、画素数を映画並みの4Kに設定する。これを俺の操作可能範囲ギリギリの二キロ先まで飛ばして、そこから撮影したものを手元のモニター平面に貼りつける。更にそれを拡大すると……見えた! 体色は薄っすら青みがかった灰白色で、蝙蝠のような翼と長い首。前足は無い。後ろ足にはジャイアントホーンらしき獲物を捕まえている。獲物と大きさが変わらないのによく飛べるな。やっぱり魔法を使っているっぽい。
「間違いないね、飛竜だ。一匹だけってことは、どこからかハグレてきたのかな?」
「おー、すげぇなや! ちっとカクカクしとるだども、でっかく見えるもんだなや!」
一緒に平面を覗き込んでいた父ちゃんが感心した声を上げる。モニターに映っているのがあの遠くに見える飛竜だと、ちゃんと理解できているらしい。田舎暮らしなのに、意外に思考が柔軟だ。
そういえばクリステラたちも、俺がどんな魔法を使ってもそれほど大騒ぎはしない。やっぱり魔法が普通にある世界だからかね?
さて、問題の生物が飛竜であることは確認できた。次は対処だ。
まだ被害は出ていないとはいえ、脅威であることには違いない。今は遥か彼方にいるけど、空を飛べる生き物からすると六キロなんて距離は無いに等しい。時速百キロで飛べるなら五分もかからない。十分に
個人的には、危険があるからという理由だけで生き物を殺すのは好きじゃない。向こうは当たり前の生命活動を行っているだけで、それをこちらの都合だけで生かすだの殺すだのというのは、傲慢以外のナニモノでもないと思う。
この飛竜とも、なんとか共存できる方法を考えたいところだけど……難しいよなぁ。
「昔、旦那様と一緒に飛竜を狩って食ったことがあるんだども、ありゃあ美味かっただ! 鳥と牛のいいとこ取りみてぇな味でな、焼くと脂が染み出てたまらん匂いがすっだよ!」
よし、狩ろう!
危険だからじゃない、食べるために狩るんだ! それは生命活動として何らおかしいことではない!
食い意地が張ってるだけ?
その通り! 俺はいつだって食らいマックスだぜ!!
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