第164話
持ってきた荷物を引き渡し、依頼完了のサインをもらって村長宅を辞去する。荷物には、俺が作った塩も付け加えておいた。内陸の開拓村じゃ常に不足している物だから、元手がタダなのが申し訳ないくらい喜んでもらえた。持ってきた甲斐があるというものだ。
村は大分様変わりしてきている。俺が農地拡張してから区画整理を進めたらしく、村長宅を中心に道幅を拡張したり、その道沿いに家を建てなおしたりしている。既に何件かは完成していて、ちょっと大通りっぽくなっている。
今も数軒が建設中で、土台だけが作られていてこれから家が建つんだろうと思われるものも何か所か見える。建築ラッシュだ。
新しく建てられている家は以前からあるような土壁の家じゃなく、ドルトンにもあるログハウス風の家だ。身体強化のおかげで大森林から安定して伐ってこれるようになったから、潤沢に木材を使えるようになったんだろう。
生まれ育った村が変わっていくのは寂しいようであり、感慨深くもある。諸行無常ってこういうことなんだろうなぁ。この国に仏教はないけど。でも、仏はいないけど神様はいるんだよなぁ。
◇
「ピーッ? パパのパパだから『パパパパ』?」
「ハハハッ、それじゃ呼び辛ぇべ。オラんことは『ジイジ』でええだよ」
「やんだぁ! そったらオラは『バアバ』になっちまうべ! 『とっちゃ』と『かっちゃ』にすっぺよ」
「ピーッ! とっちゃ! かっちゃ!」
「おー、ピーちゃんはさがしい(賢い)なや! ほれ、とっちゃの膝の上さ座るべ」
改めて実家へ向かうと、父ちゃんと母ちゃんがピーちゃんをネコ可愛がりしてた。トリだけど。いや、半分トリの魔物だけど。
ピーちゃんを膝の上に乗せた父ちゃんは、その青い髪を少々雑な手つきで撫でている。成人女性なら『セットが乱れるから触らないで!』と鬼のような形相で叫ぶところかもしれないけど、まだ子供のピーちゃんはニコニコしながらキャーキャーと黄色い声を上げている。子供はちょっと乱暴なくらいに扱われたほうが喜ぶからなぁ。
父ちゃんと母ちゃんは、村長が子爵へと昇爵したときに奴隷から解放され、父ちゃんに至っては子爵家の従士長として取り立てられている。自分の農地も貰ってるけど、基本的には兵士として子爵家からの給金で生活している。
もっとも、この開拓村では金銭がほとんど流通していないから、もっぱら現物支給らしいけど。つまり、昔とあまり変わっていない。
従士というのは各貴族のお抱え戦士の事で、規模が大きくなると騎士団を名乗ったりすることもある。領地を魔物や盗賊などの外敵から守ったり、領地内の見回りをして治安維持に努めるのが主な仕事だ。戦争の時には、貴族軍の中核として前線に立ったりもする。
新ワイズマン子爵家(村長の実家も子爵家なので便宜上こう呼ばれている)はまだ昇爵されたばかりで領民も領地も少ないため、今行われているジャーキンとの戦争への派兵は免除されている。
とはいえ、村長は西部方面の最高司令官に任命されているので、形式的に二名だけ連れて前線へ赴いている。
その村長の留守を、軍事と治安の面で預かっているのが父ちゃんだ。そのはずだ。
「いんやぁ、次の子はピーちゃんみてぇなめんこい娘っ子がエエだな。女の子が居ると家が明るくなるような気がすっぺ」
「んだなぁ。だども、そりゃオラたちにはどうしようもねぇべ。
「んだな! その子が元気に育つように、オラた
うん、だからしっかり働いて。何度も言うようだけど、父ちゃんの膝の上に座ってるのは魔物だからね? 警戒心の欠片くらいは持っておいてね? 従士長さん?
俺が帰って来たのに気付いたウーちゃんが、土間から尻尾を振りつつ駆けてくる。俺の肩に両前足を置いて顔を舐めてくるウーちゃんを、首筋を撫でて落ち着かせる。よしよし、寂しかったかー? 困った父ちゃんだねー。
……はっ!? そう言えばウーちゃんも魔物……俺も父ちゃんのこと言えないかも。もしかしてこれは血筋なのか? 遺伝か?
「ピーッ!? パパーッ!」
「うん。ただいま、ピーちゃん。ただいま、父ちゃん母ちゃん」
「おかえり、ビート」
「……おかえり」
ピーちゃんが父ちゃんの膝の上から飛び降り、そのままピョンピョンと跳ねながらやってきて、俺の胸へと飛び込んでくる。ヨシヨシ、確かに可愛いのう。
父ちゃん、そんな恨みがましい目で俺を見るなよ。
実家へのお土産は、塩に加えて石鹸も用意してみた。赤ちゃんが生まれるからな、清潔にしておかないと。
この石鹸、地道に改良を加えて、今ではほぼ中性になっている。赤ちゃんの柔肌にも優しい弱酸性を目指したかったけど、その辺の微妙な調整はまだ研究中だ。原料が天然素材だから、季節や採取場所で成分に差異が出て品質が安定しないんだよな。
大量に作ればその差異を最小化できるんだけど、個人ではそんなに製造できない。その辺は商業ギルドに任せてしまおう。商品バリエーションが増えれば、向こうもありがたいだろうしな。
まぁ、やっぱり母ちゃんも、石鹸より塩のほうを喜んでた。衛生観念を定着させるには、まだまだ時間が掛かりそうだな。
母ちゃんのお腹はかなり大きくなっている。俺にはその辺の知識がないからすぐにでも生まれそうに見えるけど、経験者である母ちゃんによると、あとふた月くらいは生まれないらしい。
ということは、だいたい秋の始め頃か。その頃になったら皆で手伝いに来よう。女手はあったほうがいいだろうしな。俺自身はきっと役に立たない。その自信がある。
犬の出産には何度か立ち会ったことがあるけど、アレは手を出すと母犬が怒るから、基本的に見守るだけだった。生まれた子犬を柔らかい布で拭くくらいしかさせてもらえなかった。
でもあれは可愛かったなぁ。生まれたての子犬はキュンキュンとも鳴けなくて、ムームーって感じで鳴くんだよな。目が開いてないから、臭いを頼りに母イヌのオッパイを探してプルプルモゾモゾと動くのが、なんとも庇護欲をそそるんだ、これが。
犬の子供であれだけ可愛いんだから、俺の弟か妹ならもっと可愛いだろう。生まれてくるのが楽しみだ。
「それでビート、今日はどねぇしただ? なんぞ話があるそうじゃねぇか?」
うっ、そうだった。はぁ……もう決定事項だしな。驚かせるとお腹の子供に影響があるかもだけど、仕方がない。
「んなっ!? お
「いや、それはまだ分かんないよ。これから村長に子供が生まれるかもしれないし、子爵家を継ぐのは僕とジャスミン姉ちゃんの子供かもしれないしね。僕も一応貴族家の当主だから、そっちも残さないといけないからさ」
「はぁ。お前が貴族になった時もビックリしたけんども、お嬢さまの婿になるなんてなぁ」
盛大に驚いたのは父ちゃんで、母ちゃんはビックリとは言ってるけど、それほどでもなさそうだ。単に実感できてないだけかもしれないけど。だって当事者の俺ですら、まだ全然実感がないしな。
前世でも、女性と付き合ったことはあったけど結婚したことは無かったし、ましてや幼馴染みや婚約なんて物語の中だけでのことだった。現実感の無いことこの上ない。まさに『それなんてエロゲ?』って状態だ。エッチなのはいけないと思います。
まぁ、いつもクリステラたちと一緒にお風呂に入ってる俺が言えたセリフじゃないけど。エッチでいけないことだとは思ってます。
「まだまだ村長も元気だし、跡を継ぐ継がないの話はずっと先のことだよ。それより、父ちゃんたちには変わったことはなかった? 何か困ってることはない?」
「何言うとるだ、子供が親の心配するなんざ十年
「んだ。なんぞ
逆に心配されてしまった。十年経っても、俺はまだ二十歳にもなってないけど。そのときはやっぱり『十年早い』って言われるんだろうなぁ。相変わらず情の篤い人たちだ。
ゲームだと火山の火口にお互いを突き落とし合う、薄情どころか非情な親子も居るというのに。ある意味
「だども、情けねぇ話だけんども、実はちょっくら助けてほしいことがあるだ」
あらら、少し見直したばかりだったのに。でも、そこが父ちゃんらしくて安心する。最近は怖い大人ばかり相手してたからなぁ。
けど、今の父ちゃんの雰囲気はふざけてる感じじゃない。マジで困ってる様子だ。何があった?
「実は、ひと月くらい前から、村の近くに
おおっ、飛竜!
久しぶりにファンタジーの定番キタコレ!?
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