第342話

「おかあさん、おふね! おっきいおふね! あれにのるの?」

「そうよ……今度は何処へ連れて行かれるのかしらねぇ」


 難民の母子の会話が聞こえてきた。

 子供は大きな船に乗れるということで興奮しているみたいだけど、母親からは不安と諦めの声が漏れている。長引く難民生活で、大分神経がまいってるみたいだな。


「んまぁ、凄いわねぇ。ところで、あそこまでどうやって難民を運ぶのかしらぁ?」

「まぁ、それはこういう感じにしようかと」


 海岸から船の直前までは安全柵付きの桟橋、そしてその桟橋の端から船の縁までは手すり付きの階段を作ってみる。幅は二メートルくらいあるから、それなりの人数が一度に移動しても混雑はしないはず。手すりもあるから、海に落ちることもないだろう。


 いや待てよ? ひとりふたりならともかく、一万人近い人数が渡り始めたら、その振動は結構な衝撃になるかもしれない。しかも持続性。

 万能で強力な俺の【平面魔法】だけど、持続性の攻撃だけは弱点だ。イワシやイナゴの群れには弱い。

 もしかしたら、大勢の人が歩く振動のダメージで破壊されてしまうかもしれない。それは拙い。全員が海に投げ出される大惨事になってしまう。


 よし、動く歩道とエスカレーターにしよう。それなら海岸から甲板まで歩かずに移動できる。衝撃は最小限で済む。

 となれば、こことここを切り離して、ここも分割して……っと。これでいいかな? 動きは……うん、問題無さそうだ。


「あらあらぁ、自動で動く道? 面白そうなものが出てきたわねぇ! アタシも乗っていいかしらぁ?」

「いや、船まで行っちゃうから却下で」

「あらぁ、つまらないわねぇ」


 ノンストップで船の甲板まで行っちゃうからな。連れ帰るのが面倒くさい。

 細く整えた眉をハの字にして残念がるバニィちゃん。見た目はちょっとケバいだけのオネェなんだけど、中身が中年のオッサンだということを知っていると、ちょっと複雑な心境だ。唇を尖らせるな。


 ともあれ、これで移送の準備は問題ない。あとは難民を乗せて出発するだけだ。



 最後のひとりが乗り込み、動く歩道とエスカレーターを消したらいよいよ出港だ。いや、港には停泊していないから出船か?


 海岸を見ると、ちょっと不機嫌そうなバニィちゃんがこちらへ手を振っているのが見える。

 アレは『船にも動く歩道にも乗れなかった』から拗ねているものと思われる。残念ながら、中年のオッサンの拗ね顔に需要はないよ?

 バニィちゃんの領地の騎士団の人たちが、早速難民キャンプの撤収を始めているのも見える。

 元テントだった布や皮、板なんかを、掘った大穴の中へ乱雑に放り込んでいる。再利用せずに焼いちゃうんだろう。もうボロボロだしな。


「さて、それじゃいきますか」


 船橋の一番見晴らしの良い窓際に立ち、そこから見える景色に異常がないことを確かめる。

 天気明朗にして風、波共に穏やか。絶好の船出日和ですな!


 ブオォー……


 出発の合図の汽笛の音が周囲に響く。

 もちろん、本物の船じゃないから汽笛なんて付いてない。わざわざそれっぽい音が出るように平面魔法で再現したものだ。

 いや、そもそもこの世界の船にまだ汽笛は無いんだけど。出発時や霧が濃い時は、船首付近にあるカウベルみたいな鐘を鳴らすんだそうだ。

 そりゃそうだよな。この世界の船は主に帆船で、蒸気も圧縮空気も出さないからな。もちろん電気も使わないから、汽笛を鳴らすための動力がない。無くて当然だ。


 突然の大音響に船内の難民たちがざわついている。驚かせちゃったかな?

 まぁ、これから起きることに比べたら大した問題じゃない。心構えを促す合図だと思って諦めてくれたまえ。


「超巨大客船タイタニック四世号、離水!」

「タイタニック四世号、離水!」

「タイタニック四世号、離水! って、コレなんの意味があるん?」

「なんとなくやってみたかった!」

「あらあら、うふふ」


 俺の号令を、船員席に座ったクリステラとキッカが復唱する。本当、なんとなくやってみたかっただけだ。

 『第三艦橋大破!』もやってみたいけど、その機会は来ないほうがいいんだよなぁ。悩ましい。


 そんな船橋の緩い空気とは関係なく、超巨大客船タイタニック四世号は海面からゆっくりと離れ、雲一つ無い蒼穹へとその巨体を踊らせる。

 悠然と空を泳ぐ巨船。呆然とそれを見上げるバニィちゃんと騎士団の人たち。


 ふふふ。いつから船が海上を走るだけのものだと錯覚していた?

 はははっ! そう、こいつは空を走る船なのだ! 本当に飛行する飛行船なのだ!


 いや単純に、この大きさだと中央運河を通れないんだよね。幅と長さは足りるんだけど、深さがね。底を擦ってしまう。

 少し浮かせたらいけるんだけど、それなら最初から飛ばしちゃったほうが早い。

 それに、海から拠点まで繋がる大きな川がないから、途中から飛ばすことは決まってた。それなら最初から飛ばしちゃえばいいじゃんってわけだ。


「それじゃ、進路南南西、拠点へ向けて、しゅっぱーつ!」

「「「オーキードーキー!」」」

「って、コレどういう意味なん?」

「知らない!」


 いや、マジ知らない。やってみたかっただけ。

 ぽかんと口を開けたバニィちゃんや騎士団のみなさんが、もう米粒より小さくなってる。後片付け、よろしくね。


 船内の難民のみなさんも大騒ぎになってる。まさか飛ぶとは思ってなかったんだろう。さもありなん。

 大きめにとった窓からは絶景が見下ろせるはずだ。滅多にみられないものだから、じっくり堪能してくれたまえ。


「おかあさん、とんでる! ぼく、おふね、とんでる!」

「そ、そうね……本当、何処へ連れて行かれるのかしら……」


 とてもいいところですよ、お母さん。

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