第343話
やはり俺は主人公体質ではないらしい。
だって、何事もなく拠点まで到着しちゃったんだもん。
いや、何もないほうがいいんだけどさ、物語とかじゃ、大抵何かのイベントが起きるじゃん?
だから、もしかしたら? とか思ってたのに。
≪皆様、当船は間もなく目的地へと到着いたします。今一度お手回りの品など、お忘れ物の無いようご確認ください≫
少し緊張気味なサマンサのアナウンスが船内に流れる。
いつもは蓮っ葉な口調だけど、やろうと思えば普通の口調でも話せるんだよな。声も聞き取りやすい。
一通りの読み書き計算もできるし、家事全般、不得手はない。戦闘もベテラン冒険者以上の動きができる。
うちのアクの強い女性陣の中では目立たないけど、実は和装の似合うハイスペック美少女なのだ。
……実のところ、外見、内面共に一番俺の好みだったりする。見た目が一番現代日本人っぽいからかもしれない。
アリサとサラサも日本人っぽいんだけど、ちょっと個性が強すぎる。サマンサがだし醤油だとすると、ふたりは八丁味噌って感じ? 味が濃すぎて慣れるのに時間がかかる。
「いやぁ、かしこまった喋りっていうのは、どうも堅苦しくていけねぇな。舌を噛みそうになっちまう」
「サマンサ、お疲れ。上手だったよ」
「そ、そうかい坊っちゃん? なんか照れるな」
うむ、照れる和装美少女というのもいいね。尊い。
信じられるか? これが俺のお嫁さん(の一人)なんだぜ?
あれ、やっぱり俺って主人公なのかも? 女性関係だけ。
「ええ感じやったでぇ。うちがやると、なんか海エルフっぽい喋りになってまうからなぁ」
「わたくしも、どうしても貴族っぽくなってしまうのですわ」
「アタシはシーマ語になってしまうみゃ。これは治らないみゃ」
キッカ、クリステラ、アーニャは、もうその喋り方がクセになってしまっているからな。
というかアーニャ、他のネコ族の皆は普通に喋ってるぞ。その『みゃ』口調なのはお前だけだ。実はそれ、シーマ語じゃないだろう?
むっ? もしかして、アーニャはキャラを作っている?
あり得るな。ああ見えてアーニャは賢いからな。
生きやすさを確保するために、あえて腹ペコお昼寝キャラを演じて……いや、アレは素だな。演技でアレはできない。生物学的に不可能だ。
「……喋るの苦手」
「あらあら、そうなのよね。こうしてみんなと話すのは大丈夫なんだけど……なぜなのかしら?」
「今回はサミィに譲ったけど、次はアタシがやるから!」
デイジーは、普段からあまり喋るタイプじゃないからな。声は可愛いんだけど。
意外にも、ルカは大勢に向かって喋るのは苦手だ。少人数だと平気なんだけど、大勢が相手だと何故か緊張してしまうらしい。
マイクに向かって喋る場合でも、相手が大勢だと考えるだけで駄目みたいだ。なんでだろうね?
そしてジャスミン姉ちゃん、アンタは原稿棒読みをどうにかしよう。声が大きいだけでは駄目なんだよ?
そして、この規模の人数を移送するのは今回だけだ。次の機会は多分ない。
船が速度を落とし、ゆっくりと拠点の外壁を越える。
むっ? なんか、また敷地が広くなってる?
ジョンめ、また拡張の欲求に耐えられなくなったんだな? しょうがないやつだ。
まぁ、ダンジョンにとっての拡張欲求は、人間にとっての性欲みたいなものらしいからな。そういうこともあるだろう。
ゆっくりと高度を下げ、船を着陸させる。
いや、船だったら着底か? 着地?
≪皆様、目的地へ到着いたしました。
ふたたびサマンサのアナウンスが流れ、船内に安堵のため息が満ちる。難民の皆も緊張してたんだな。
そりゃそうか。空を飛ぶのなんて初めてだっただろうしな。生きた心地がしなかったって人もいただろう。
下船は、船倉底部に開けた乗降口から行なってもらう。
エスカレーターは可動部が多くて面倒くさいから、もう作りたくない。可動部が多いと、あちこちの動きを同期させるのが大変なんだよね。エレベーターのほうが遥かに楽だ。
だから飛んでる間に改造した。階段が長くて大変だろうけど、歩いて降りてくれ。
その乗降口の前には、拠点に住んでいるネコ族の皆が待機している。
「はーい、押さないでくださいねー」
「まずは住民登録をしますよー。こっちの列に並んでくださーい」
「登録の済んだ人は配給の引換券を受け取って、あちらのテントへ向かってくださーい」
「割り込みはダメですよー。三列に並んでくださいねー」
この拠点では、全住民に住民登録をしてもらうことにした。というか、王国ではそれが普通だ。住民税で国を回しているからな。
当面、この拠点では税は集めないつもりだけど、統計や地勢調査はしたい。だから登録だけはしてもらう。
食料や日用品の配給も、初回はこの場で行う。ほとんどの人が着の身着のままだからな。
二回目以降の配給は、居住区の近くで行う予定だ。そのほうが楽だから。
登録が終わって配給を受け取った人から、居住区へと案内する。
住居は全員集合住宅だ。大家族向け、核家族向け、男性単身者向け、女性単身者向けを用意した。
一応、全員を受け入れられるだけの戸数を用意したけど、もし足りなかったら相部屋にするしかないかな。
下船の順番待ちをしている難民改め移住民の皆さんを尻目に、女性陣を連れて一足早く船を降りる。飛べるって素晴らしい。船橋から地上まで一直線だ。
空から降りてきた俺たちに驚いている人もいたけど、ほとんどの人は列を気にして気付いていない。
「ん〜〜」
地上に降りて、大きく伸びをする。背中がポキポキと軽い音を立てる。
いやぁ、疲れたな。
いや、魔力も体力もまだまだ潤沢だけど、なんというか、気疲れした感じ?
この人数の命を預かってたんだもんな。知らず知らずのうちにプレッシャーを感じてたのかもしれない。俺も人の子だったってわけだ。
「坊っちゃん、お久しぶりでごぜぇやす」
下船した移住民の中からひとりの男性が近づいてきて、俺に声を掛けてきた。
えーっと? 何処かで会ったような……あっ、あのときの!
「やぁ村長、久しぶりだね!」
ノランへ行った時に、最初に立ち寄った村の村長さんだ。ゾンビに襲われてた村。
成り行きでゾンビを撃退して、その後さらに成り行きで食料支援をしたんだっけ。無事に生き延びたんだな。良かった良かった。
「覚えていてくださいやしたか。その節はお世話になりやした。おかげさんで、無事に王国まで逃げて来られやした」
「そっか、それは良かった。もしかして、村の皆も一緒に?」
「へい、あそこに。まぁ、何人かは途中で力尽きて残念なことになりやしたが……それでも、あのままノランに残っていたら今年の冬は越せなかったでしょう。坊っちゃんと王国には感謝しかありやせん。ほんに、ありがとうごぜぇやす」
村長さんが深々と頭を下げる。
詳しく話を聞くと、俺達が村を発ってからしばらくして、街道や関所の憲兵たちが一斉に引き上げていったそうだ。俺達がいろいろやらかしたから、その余波だろうな。
今なら俺達が支援した食料もあるし、近隣の魔物も狩られて比較的安全になっている。
これは千載一遇の好機、もうゾンビに怯える生活は嫌だということで、この隙に村ごと王国へ逃げようということになったらしい。村民全員一致で賛成だったとか。
そして森を抜け山を越えリュート海沿岸に辿り着いて、しばらくは無人の海岸でテント生活を送っていたそうだ。
その後、沿岸巡視に出ていた王国の船に発見されて、あの難民キャンプへと収容されていた、というのがここまでの流れらしい。
「しかし、坊っちゃんが領地持ちの、しかも王国で今一番勢いのあるお貴族様とは思いやせんでした。ご無礼の数々、お許しくだせぇ」
「いやいや、領地をもらったのはあの後だったからね。あのときはまだ平民に毛が生えた程度のなんちゃって貴族だったし、気にしなくていいよ」
そうなんだよな。あの頃はまだなりたての準男爵だか男爵だかだったんだよな。それが今や上級貴族の辺境伯。あっという間に成り上がってしまった。
あれ? やっぱり俺って主人公?
「いやいや、そういうわけにはいきやせん。ここは是非、アッシの娘を……」
「いや、それは間に合ってるから!」
そうだった! この村長、なにかにつけて俺に娘を押し付けようとしてくる人だった!
「おかげさんで、娘は売らずに済みやした。これも全て坊っちゃんのおかげ、娘の全ては坊っちゃんのものと言っても過言じゃありやせん!」
「いやいや、娘さんの人生は娘さんのものでやす! 僕のものじゃありやせん!」
おっと、口調が感染ってしまった。
村長さんの気持ちは分かる。王国でも有力な貴族の俺に娘を預ければ、娘の将来は安泰だろう。少なくとも、飢えて寒さに震えるような生活をすることはない。
自分も、俺という後ろ盾ができれば、今後の生活が有利になる。一石二鳥ってわけだ。なかなかに計算高い。
「いやいや!」
「いやいや!」
村長さんも必死だ。娘と自身の未来のため、一歩も引かないという決意が見える。
でも、俺ももう女性を受け入れるのは無理だ。腎虚で死んでしまう。ここは引けない!
そんな感じでいやいや合戦を繰り広げていると、俺の耳に聞き捨てならない言葉が飛び込んできた。
「だまれ!
あ? 今なん
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