第344話
見ると、薄汚れた服を着た小太りで壮年の男が声を荒げている。服の仕立ては良さそうだけど、髪も肌も薄汚れた感じがする。
まぁ、移住民全員がそんな感じだから、この男が特別汚れているというわけではない。
「ですから、皆様列に並んでいただいておりますので。こちらの指示に従っていただきませんと」
「うるさい、ワシを誰だと思っている! 小汚い獣風情が指図をするな!」
ただし心を除く!
コイツ、二度だ。二度もネコ耳を
しかも『小汚い』だと?
うちのニャンコたちは頻繁に水浴びしているぞ? 王国最高品質である俺のお手製石鹸を使ってな!
さすがに毎日洗っている綺麗好きは少数だけど、少なくとも垢染みた今のお前よりは清潔だ!
「知らねぇよ」
ゲシッ!
後ろからオッサンのケツに蹴りを入れて倒す。ちっ、両手を突いて顔面を打つのは避けたか。
けど、今の地に這いつくばったお前の姿はまさしく獣だ。ブタだブタ。
いや、ブタは結構キレイ好きで可愛いからな。お前と比べたらブタに失礼だ。可愛くないお前は肉獣とでも呼んでやろう。
「ぐはっ!? な、何をする!?」
「ボス!」
「お前が誰かなんて、知ったことじゃない。このネコ族たちは僕の指示で動いている。それに従わないということは、僕の指示に従わないということだ。領主であるこの僕のね。それがどういう意味か分かって言っているんだよな?」
「りょ、領主!? こんなガキが魔王だと!?」
おいおい、このクズ野郎、領主である俺に向かってガキとか言いやがったぞ? しかも魔王? 頭大丈夫か?
ああ。さてはこいつ、ノランの元貴族だな? 政争に負けて逃げてきたのか。
ノランは、表向き普通のヒト種しか居ないことになっているヒト種至上主義国家だ。
いや、ちょっと違うな。『貴族にあらずんばヒトに非ず』ってくらい選民意識の高い国だから『ヒト種貴族至上主義国家』というのが正しいか。
実際、他国の民は人種や地域を問わず『劣等民』扱い、自国民ですらソレよりも少しマシくらいでしかない。
バジルやサラサたちもエンデから誘拐されて、クズ貴族に監禁虐待をされていた。運良く俺たちが助け出せていなかったら、今頃どうなっていたことか。
そして、俺達が助け出せなかった、今も監禁虐待されている人たちがどれほどいることか。
そんな犯罪行為を当然のように行う厚顔無恥の
そしてこいつはそんなクズのひとり。今は元
「アーニャパパ!」
「はっ、ボス、ここに!」
アーニャのパパは、なんとかっていう立派な名前があったけど、覚えにくいからアーニャパパという名前に改名させた。
嫌がるかと思ってたんだけど、意外にすんなり受け入れている。
そもそも元シーマ王家は女性上位で、今はもう滅んでいるけど、正統後継者はアーニャだ。アーニャパパはその種馬でしかない。
でも女王の父親というのは強い権力を持つから、ソレを名前に反映させるのはそれほど悪くない選択だったらしい。
「このゴミクズを地下牢へ放り込んでおいて。食事は要らない。水だけでいい。十日経っても生きていたら赦免ってことで」
「ははっ! おい、ふたり手を貸せ! コイツを地下牢へ連れて行く!」
「なっ!? 何をする! 放せ無礼者、ワシはノランのキーン家の一門だぞ! 放せ!」
ゴミクズがネコ耳男性ふたりに両脇を固められ連行されていく。行き先は商業区と住宅区の境にある警備隊本部の地下牢だ。
今までは俺の奴隷ばかりだったから犯罪なんて起きなかったんだけど、人口が増えると犯罪も増えるだろうということで、警備隊を立ち上げたのだ。本部棟も作った。
まぁ、警備隊はアーニャパパに、本部棟はジョンに丸投げだったけど。俺、忙しいし。
人は全く飲食しなければ三日、水のみを与えられた場合は七日生きられるという。なので、十日間を水のみで生き延びるのは不可能に近い。事実上の死刑だ。
領主に逆らっただけで死刑というのは、現代人の感覚であれば厳しすぎると感じるかもしれない。
けど、ここは異世界の封建社会だ。領地における領主の権利は絶対で、それに逆らうことは許されない。例外は王家だけだ。
そもそも、こいつはモフモフを否定した! 拒否し、貶めたのだ!
モフリストとして、それは看過できない大罪だ! 万死に値する! 極刑待ったなし!
【平面魔法】でマイクとスピーカーを作り、周囲に向かって声を放つ。
「総員傾注! 領主のビート=フェイスである! 先ほど、愚か者が我が指示を無視し反抗的な態度を示したため、非常に残念ながらこれを捕縛投獄した! 残る賢明なる皆には理性ある行動を心がけてほしいと願うものである! 以上!」
なるべく偉そうな口調でと思って話してみたけど、なんとなく軍隊風になってしまった。まだ声変わりもしてないからゴッコ遊びっぽい感じもするし、領主っぽい振る舞いって難しい。
放送を聞いた移住民の皆は少しの間ポカンとした表情になっていたけど、すぐに元の行列の流れに戻っていった。
いや、少しだけ行列が整ったかな? 多少は理解してもらえたようでなによりだ。
これで、混ざっているスパイたちが少しでも活動を控えてくれると楽なんだけど。
さて、それじゃ村長……元村長との話に戻ろうかな……って、アレ? どこに行った?
あ、行列に並んでるな。なるほど、賢明で理性的に行動してくれたみたいだ。
ふむ。そこそこ有能みたいだし、後でアーニャパパに紹介しておこう。使える人材は活用しないとね。
それはそれとして、さっきのクズ、やっぱり元貴族だったみたいだな。キーン家の一門って言ってたし。ってことは、キーン家は政争に負けたってことかな?
ノランの政情なんて興味はないけど、王国に攻めてくるって話だし、ちょっとは情報を仕入れておいたほうがいいかもしれないな。
それに、ポロッと出てきた魔王って言葉もちょっと気になる。
なんだか、面倒くさそうな空気がヒシヒシと押し寄せてきている感じがする。
こういう時の予感は何故か当たるんだよね。あー、やだやだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます