第345話

 拠点のことはアーニャパパに任せて、俺たちはいつもの日常に戻った。

 王都では学生兼教師、領地では領主兼冒険者学校の校長、時々商人で冒険者。

 忙しくも慣れ親しんだ日常だ。

 折々で細かな問題は発生するものの概ね平穏な日常、平和な日々ってやつだ。


 けど、昔の人は言いました。『平和とは次の戦いまでの準備期間でしかない』と。

 それが実に迷惑な真実であることを証明するかのように、王様からの急使が学園で授業中だった俺のところへとやってきた。すぐに城へくるように、ということだった。

 時は十一月の初旬、卒業式の準備で教員が最も忙しい時期だった。


「陛下におかれましては、ますますご健勝のこととお喜び……」

「口上は無用だ。席に着くがよい」


 挨拶の口上を述べていたら、それを他ならぬ王様に遮られて席に着くよう促された。

 今回は秘密じゃなくて、公式な会議だ。参加者も多い。だから体裁を整えるために口上を述べていたのにな。


 今回呼ばれた場所は、いつもの青薔薇の間じゃなく、式典儀典が行われる謁見の間でもなくて、王城の執務エリアの奥にある会議室だった。

 広さはそこそこで、定員二十人くらいの飾り気のない実務優先って感じの会議室だ。一番奥の壁面に飾られている王国の国旗が唯一の装飾。テーブルがデカいというか、長い。

 壁は石壁で、結構な厚みがありそうだ。窓もない。青薔薇の間ほどじゃないにせよ、重要な会議を行うための部屋なんだろう。


 部屋の中央にある大きなテーブルの周りには、既に十数人の男たちが席に着いていた。

 ひとりは王様で、入口から一番遠い上座のお誕生日席に座っている。今日は略装だけど、王様らしい服を着ている。

 入口に近い側、王様から見て右側の席には騎士団の制服を着た面々が座っている。

 見覚えのある顔もある。あれは確か、近衛騎士団の団長さんだ。ということは、こちら側は武官席かな?

 あ、王様の隣に座ってるのは王太子殿下だな。武官扱いなんだ?

 反対側に座るのは、レオンさんを含む貴族服を着た人たちだ。これは文官の人たちだろう。

 俺も今日は貴族服を着てきているから、座るなら向こう側だな。末席に座らせてもらおう。


 むっ、テーブルが高い! 肩から上しか出ない! 子供の体はこれだから! 王様、そこで噴き出さない! 殿下も顔を伏せて肩を震わせない!


「それでは揃いましたので、御前会議を始めたいと思います。進行は私が務めさせていただきます」


 王様の左隣に座っていたレオンさんが立ち上がって開会の宣言をする。

 どうやら、俺が最後だったみたいだ。呼ばれてすぐに着替えて来たんだけどな。王城に勤めている人たちより早くは来れなかったか。

 というか、これってなんの会議?


「既に聞き及んでいるかと思いますが、ノランが我が国に宣戦を布告、侵攻を開始致しました」


 むぅ、とうとう動き出したか。もうすぐ冬だっていうのに……いや、本格的な冬が来て身動きが取れなくなる前に動いたってことかな?


「ノラン軍は既に北国街道を南下中で、およそ三日後にツリーバッツ砦へ差し掛かると予想されています」


 北国街道は、リュート海東側を通って王国とノランを南北に結ぶ街道だ。他にも王国とノランを結ぶ道はあるけど、大軍が移動できるほど大きな道はこれしかない。

 この街道の途中には山地があって、その峠付近が現在の国境になっている。そこに建てられた簡易砦がツリーバッツ砦だ。

 木材を組み合わせた柵や逆茂木しかない簡易砦だから、あまり防御力は高くない。大軍に攻められたら耐えきれないだろう。


 ノランとは元々敵対関係にあったのに、なんでその国境の砦が簡易なものしかないのかというと、最近までそこが国境じゃなかったからだ。

 ノランは(俺が荒らしたために起こった)内乱でしばらく政治が麻痺状態だった。それを好機とみた王国は、ノランが統治していたリュート海北部沿岸へ侵攻、実効支配したのだ。現在はリュート海全域が王国の支配地域になっている。

 そういう経緯で新たに引いた国境が山地の稜線だったというわけだ。もちろん、王国が勝手に引いた国境だけど。

 元々の国境線は、旧ミノス領にあるドラの衝立と呼ばれている巨大な断崖絶壁だ。上に登れなくはないんだけど、大軍を展開するのは難しい。天然の防壁ってわけだな。

 というわけで、ノランにとっては領土の奪還戦ということになる。割と真っ当な大義があるわけだ。


「総数は約一万。そのほぼ全軍が歩兵のようで、荷駄と指揮官級のみが馬を使用しているようです。なので、進軍速度はそれほどではありません」


 まぁ、その辺は王国軍も大して変わらない。馬(にそっくりな魔物)って貴重だからな。

 とはいえ、歩兵と騎馬では機動力に大きな差があるから多いに越したことはない。なので、王国では馬の調達に多くの予算を割いている。現状、各騎士団で合計千頭くらいの騎馬を保有しているはずだ。

 俺のドルトン騎士団でも馬の調達にはそれなりの予算を割いている。今は二十頭くらいしかいないけど、最終的には百頭くらいまで増やす計画だ。

 馬、意外と毛並みがサラサラしてて、撫でると気持ちいいんだよな。ジョンの拠点でも育ててみようかな? 暑すぎて難しいか?


「ただ、斥候隊によると、歩兵の約三割が銃を携帯していたとの情報があります」


 ざわっ。


 静かにレオンさんの話を聞いていた出席者の面々が、にわかにざわつく。


「三割というと、三千以上か? 我が国でもまだそこまで量産はできておらんぞ?」

「形を似せただけのハリボテでは?」

「いや、皇国からの支援や横流しがあったとすれば無い話ではない。あの国は国民を酷使するからな。そのくらいは生産できるかもしれん」


 武官からも文官からも意見が出ている。

 確かに三千挺の銃は脅威だ。その真偽如何いかんで戦術も変わってくるだろうから、気になるのは当然か。


「お静かに。会議を進めます。この侵攻に対し、既に国防騎士団とリュート海沿岸の領主騎士団約一千が防衛に向かっております。また、王都近郊に駐留している近衛以外の騎士団も出撃の準備を進めております。これは一両日中に第一陣約三千の準備が完了すると聞いております」


 この発言に、騎士服の数名が軽く頷く。


「この第一陣は船舶にてオーツ経由でリュート海北東部の主要港であるソルツまで向かい、そこからは陸路にてツリーバッツへ向かうという予定になっております。この場合、到着は……五日後になります」

「むぅ」

「十分に早い……が、二日の遅れか」

「ツリーバッツは保つのか? 三千の銃歩兵だぞ?」


 レオンさんの発言で、会議室に重苦しい空気が垂れ込める。

 敵が砦に到着するのが三日後、こちらからの援軍が砦に到着するのが五日後。

 つまり二日間、千の兵で、一万の兵を相手にするってことだ。

 楽観的に考えても、ギリギリ全滅しないかもしれないって感じだな。悲観的にというか、普通に考えると半日で突破されてもおかしくない。銃の一斉射で終わりかもしれない。


 というか、これって軍事会議だよね? なんで俺が呼ばれたの? 俺にも従軍しろってこと?


「現状では、砦の防衛は困難と考えられます。そこで、起死回生の一手を打ちたいと思います」


 あ、嫌な予感。

 レオンさんが王様に向かって頷くと、王様がそれに応えて頷き返し、俺に向かって口を開く。


「フェイス辺境伯、其の方に先発の騎士団第一陣三千を、早急にツリーバッツ砦まで移送することを命じる」


 やっぱり。そんなことだろうと思ったよ。

 出来るか出来ないかで言えば、余裕で出来るよ? 半日で運べる。

 けど、戦争ねぇ? しかも命令。

 命令なら逆らえないよなぁ。宮仕えの悲しさよ。

 まぁ、戦って蹴散らしてこいって言われなかっただけマシか?


「承知致しました。王命、拝しましてございます」


 立ち上がって王様に向かって頭を下げる。座ったままだとテーブルに頭をぶつけそうだったからな。


「うむ。まだ成人しておらぬ其の方を戦地へ送るは余も不本意。されど、此度の戦は其の方も無関係ではない故、多少なりとも功を得ておくが良かろうと思うてな」

「と、おっしゃいますと?」


 無関係じゃない?

 まぁ、確かに難民を住民として引き取ったけど、それか? うちの国民を返せってこと?


「うむ、内務尚書」

「はっ。ノランの使者が寄越した宣誓の文書を一部抜粋して読み上げます。


『我が国は”魔王”ビート=フェイスとそれに与するウエストミッドランド王国によって不当に占拠された国土を回復すると共に、世界を混乱に陥れんとする魔王を討伐せんと兵を挙げるものであり、これは平和を願う大陸全ての民の総意と信ずるものである』


以上です」


 ……はい?

 いや、ちょっと何言ってるか分からない。

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