第237話

 さて、この転移の魔道具だけど、どうやら有線ではなく無線式らしい。魔力のラインが扉から中空へと伸びている。あれを辿ると飛んできた先に繋がっているんだろう。あの家の連中の発言からすると、そこが委員会の本拠地かもしれない。

 けど、それももう切れてしまった。全員の転移が終わったから接続を切ったんだろう。

 伸びていた方角は南。


「確か、ここから南に行くと遺跡群があるんだっけ?」

「そうだみゃ。王国が出来る前にあった国の遺跡らしいみゃ」

「へぇー。それって古代文明とは違うん?」

「知らないみゃ! 興味ないから忘れたみゃ!」

「あらあら」

「ビート様、南がどうかなさいましたの?」

「いや、あの魔道具、魔力で南の方と繋がっていたんだよ」

「なら、南に行けばそのナントカのアジトがあるのね!?」

「多分ね」


 現代ほどのセキュリティ意識があれば、ダミーを数か所経由して所在を隠すなんてこともあるだろう。ハッカーやクラッカーの常套手段だ。

 けど、そもそも魔力を感じられる者が少ないこの世界なら、そこまでの強力なセキュリティは必要ない。故に、ダミーは無く直結だと思われる。ピアツーピアだな。


 遺跡に行くのはいいとして、問題はここの見張りだ。

 もうここの重要度は下がったけど、それでも唯一判明している委員会の拠点であることには違いない。放置しておくわけにはいかない。見張りが必要だ。

 もう一度ボブさんたちに頼むか。ラナを拠点にしている冒険者だと、委員会の息がかかっている可能性があるもんな。ボブさんたちならその心配はない。


「皆はここで待っていて。僕はもう一度ボブさんたちに見張りの依頼をしてくるよ」


 そう言って俺はひとりラナの市街へと引き返したんだけど、そこにボブさんたちの姿は無かった。冒険者ギルドで報酬を受け取った後、斥候姉弟共々、その足取りはぷっつりと途絶えてしまっていた。俺の気配察知でも見つからない。

 これは、やられたかもな。厄介だとは思っていたけど、思っていた以上に委員会の手は多く長かったらしい。


 っ! 残してきた皆が危ないかも! 急いで戻らないと!!



「ビート様。お早いお帰りでしたわね」

「こっちは今、片付いたところや」

「楽勝だったわね!」


 杞憂だったか。いや、実際に襲撃があったんだから、的外れじゃなかった。ただ、想定より襲撃者が弱かっただけだ。

 俺が山に戻ると、クリステラたちが三人の男女を縛り上げているところだった。全員気絶している。


「ウーちゃんが煙に混ざった睡眠薬に気付いてよ。さすが、臭いには敏感だぜ」

「……偉い」


 デイジーがお座りしているウーちゃんの背中を撫でる。ウーちゃんの顔は誇らしげだ。


 俺が市街へ向かった十数分後、見張っていた家の隣の家・・・から出てきたこの男たちが、畑で藁を焼き始めたらしい。その煙は山に居るクリステラたちのほうへ流れてきたんだけど、その臭いを嗅いだウーちゃんが警戒の唸り声をあげたそうだ。

 それでクリステラが煙に含まれる睡眠成分に気付き、キッカが風魔法で煙を遮断し、全員で寝たふりをしていたら、騙されたこいつらがやってきたらしい。

 全員を制圧しおわったのがついさっきということだった。頼もしい仲間ばかりで俺は嬉しいよ。特にウーちゃんはいっぱい褒めておこう。ウーちゃんは喜ぶし俺も嬉しい。完璧なウィンウィンだ。


 それにしても、あの家だけじゃなくて隣の家も委員会の拠点だったとはな。もしかして、この地域一帯が委員会の拠点なのか?

 姿を消したボブさんたちのことといい、この見張り小屋の事もバレていたんだろう。ボブさんたちは泳がされていたってことだ。

 ここに留まるのは得策じゃないな。引き上げるしかないか。

 幸い、委員会に繋がる新しい糸口が向こうからやってきた。これを手繰って行けば奴らの首に手が届くかもしれない。やっと反撃のチャンスが巡ってきたな。



「おはよう。といっても、もう夕方だけどね?」


 両手を腰に当て、縛られて床に転がされた三人の男たちを見下ろす。気分は悪の組織の幹部だ。ボスじゃないところが俺の限界。向いてないんだよ、経営者は。クリエイターだから。

 場所はラナ冒険者ギルド支部の一室だ。何も家具が置かれていない、石造りの殺風景な部屋。明り取りの細い窓がひとつと頑丈そうな厚い木製の扉があるだけで、他に出入口は無い。

 壁や床の薄茶色いシミを見れば、ここが何のための部屋なのかはお察しだ。この世界では奴隷契約があるから拷問は必要ないんだけど、ちょっと過激な尋問や説教はある。そういう事だ。ドルトンの冒険者ギルドにもこんな部屋があった。


 四十代の男ひとりと二十代の男女ひとりずつ。これが今回の襲撃者だ。偽装家族とすれば、父親と息子、娘ってところか。本当の家族ってことも有り得るけどな。三人とも顔が似てるし。

 この部屋には、俺とクリステラとこの三人しかいない。何か意図があってというより、単純に狭くて入れなかっただけだ。

 寝ぼけた顔をしていた三人が、俺の声で正気を取り戻した。そして、縛り上げられた自分の身体を見て現状を把握したらしい。


「こ、これは一体なんだ!? どういうつもりだ!?」

「そうよ、アタシたちにこんなことして、一体どういうつもり!?」

「今すぐこの縄を解け! 今なら折檻だけで許してやるぞ!」


 おや、しらばっくれるつもりらしいな。けど、それが通用するほど俺は甘くない。


「『お静かに』」

「「「っ!」」」


 明確な命令を持たせた魔力を三人にぶつける。いやぁ、この運用方法はマジで便利だな。ある種の催眠術っていうか、隷属魔法みたいなものだからな。


 あっ! もしかして奴隷契約ってこれの応用なのか?

 契約紋に『命令順守』『上位者保護』『自己保全』の命令を持たせて、魔力で強制させてるとか。

 魔力の供給源は……本人かな。自分の魔力で自分を縛るなら、効力はほぼ永続だ。うん、あり得そう。

 けど、あんまり追及すると虎の尾を踏むかもしれないな。委員会だけじゃなくて神殿からも狙われたら面倒すぎる。これは心の奥にしまっておこう。

 それはそれとして。


「オジサンたちが委員会の手の者だという事は分かってるんだ。素直に知っていることを話してくれると嬉しいな?」

「委員会? 何のことだ! それよりも早くこの縄をほどけ! さもないと子供のいたずらでは済まさんぞ!」

「そうだ!」

「そうよ!」


 あくまでもしらばっくれるつもりらしい。これは時間が掛かりそうだ。


「オジサンたちは眠りの煙を彼女たちに浴びせ、拘束または殺害しようとした。これは合ってる?」

「そ、それがどうした! 近くの山に不審な連中が屯してるんだ、なんとかしようと思うのは当然だろう!」


 コイツらを縛っている縄は、こいつら自身が持っていたものだ。そして拘束時、こいつらは短剣と鉈、手斧を所持していた。何に使おうとしたのかは言うまでもない。


「そう、それは否定しないんだ。だったら、オジサンたちは死刑か奴隷落ちだね」

「な、なに!?」

「なんで!?」

「彼女たちは男爵である僕の奴隷と婚約者なんだ。貴族の所有物や家族を意図的に害しようとしたんだから、オジサンたちには厳しい罰が与えられるんだよ。当然じゃない?」

「き、貴族だったのか! し、知らなかった、いや、知らなかったんです! お許しください!」


 あくまでも知らぬ存ぜぬを貫き通すつもりらしい。


「だから、知らないふりはいいよ。早く委員会について知ってることを話してくれないかな? そうすれば命だけは助けるよ?」

「本当に知らないのよ! 何なの、委員会って!?」

「『話して』」

「「「っ!!」」」


 再び命令を持たせた魔力を三人にぶつける。魔力の総量が圧倒的に違うから、この命令には背けないはずだ。さぁ、洗いざらい吐いてもらうぜ!


「さて、委員会の本拠地はどこ? 幹部はどこに居るの?」

「ぐっ……あっ……」


 四十代の男は、額に脂汗を掻いて必死に抵抗している。けど、それも限界っぽい。


「うっ……ぇ……」

「え? なに?」

「『叡智の光を遍く御世に』」


 男がニヤリと笑う。

 っ! 不味い!


「『叡智の光を遍く御世に』」

「『叡智の光を遍く御世に』」


 ゴリッという音が三人の口から聞こえて、そのまま白目をむいて痙攣を始めた! 毒かよ!


「クリステラ、キッカを呼んで水を飲ませて! 早く!」

「は、はい!」


 オッサンの口に手を突っ込んで吐かせながら、クリステラに指示を飛ばす!

 水を飲ませて毒を吐かせようとキッカを呼んだけど、残念ながら間に合わなかった。キッカが部屋に入ってきた時には、三人とも既にこと切れていた。

 まさか、奥歯に毒を仕込むなんて古典的な方法を、本当に実行する奴らが居たなんてな。


 また糸口が手から逃げてしまった。うんざりする。

 この事件、ちょっと面倒すぎるな。

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