第238話

 死んだ三人の身体を調べると、三人とも見たことのない隷属の契約紋が刻まれていた。

 普通の奴隷契約に使われる契約紋は篆書体てんしょたいの丸い契約紋なんだけど、これは印相体っぽい書体で四角い契約紋だった。会社関連の契約書で偶に見かける奴。

 おそらく、この契約紋が委員会の構成員の証であると同時に、秘密を守るための誓約でもあるんだろう。委員会について話そうとすると、さっきみたいに自死するよう強制されていたと思われる。

 もし構成員全員にこの契約紋が刻まれているとしたら、構成員を捕まえても自白させるのは難しいってことになる。すぐに意識を奪って、寝ている間に神殿へ連れて行って契約を書き換えるしかない。出来るなら、だけど。

 そう、奴隷契約は神殿じゃないとできないはず。けど、神殿で契約できるのは借金奴隷と犯罪奴隷、戦争奴隷の三種類だけだ。こんな秘密結社の非合法な契約はしてくれない。この世界の神官は常に神様に見張られてるからな。汚職や不正には手を出せない。本当に清廉潔白な神職ばかりだ。

 だとしたら、委員会はどうやってこの契約紋を?


 あー、もう分からん!! こうなったら正面から殴り込みだ!

 と思って転移の魔道具のある家に殴り込んだら、そこは既にもぬけの殻だった。ご丁寧にも、転移の魔道具は原型が分からないくらいにまで砕かれていた。

 手際が良すぎる。この魔道具も安いものじゃないだろうに。きっと、こういう事態を想定したマニュアルでもあるんだろう。用心深いったらありゃしない。ちょっと後手に回り過ぎだな。

 残された手がかりは、もう南の遺跡群しかない。

 委員会あちらはこちらが遺跡に目を付けていることをまだ知らないはず。それだけはこちらのアドバンテージだ。なんとかここから突破口を開きたい。


 というわけで、早速遺跡探索にアタックだ。保存食や各種消耗品は、わざわざパーカーまで飛んで行って買ってきた。ラナやボーダーセッツだと委員会の目が光ってそうだったからな。動きはギリギリまで覚られない方がいい。

 遺跡までの移動も、夜中まで待ってコッソリやって来た。宿は置手紙でのチェックアウトだったけど、宿代は先払いしてあるから問題ないだろう。

 この隠密行動が上手く行ってるなら、委員会は俺たちを見失っているはず。気配察知に怪しい気配は引っかからないから、多分上手く行ってると思う。

 これに奴らが焦って何かアクションをしてくれれば、拠点を探す手がかりが見つかるかもしれない。


 ……『はず』とか『かも』とか、憶測ばかりだな。ちょっと運頼み相手頼みの要素が多くて情けない。



「これがラナの遺跡群か……凄いね」

「ええ、崩れていても荘厳さと洗練された美意識を感じますわ」

「……綺麗」


 朝焼けの光を浴びる遺跡群を見た感想は『神秘的』の一言に尽きた。

 分類的には巨石建造物になるんだろうけど、前世も含めて、こんな建造物は見たことが無い。

 おそらくは骨組みだったのであろう角柱状の巨石が縦横に組み合わされたそれは、現代建築に通ずる機能美を感じさせる。まるで美術館のようだ。

 かと思えば、まるで石棺のように継ぎ目も窓もない巨大な石室だったと思われる一角もある。なぜ『思われる』なのかと言えば、その壁の一部が崩れて穴が開いているからだ。

 穴の開き方からみて、自然に崩れたのではなく破壊されたっぽい。おそらく遺跡荒らしの仕業だろう。冒険者かもしれない。

 まだ文化の成熟が進んでいないから仕方ないのかもしれないけど、文化財は大切にして欲しいなぁ。王様が視察に来たら保護と修復を進言しておこう。

 それらの建築物が、湖の中・・・から複数聳え立っている。朝靄に煙る遺跡群は、まるでおとぎ話の一節みたいに現実感が感じられない。正に絶景だ。

 いろいろとストレスの溜まる今回の一件だけど、この風景を見られたのは収穫だったかも。

 あとは、サクッと委員会を潰して一件落着といきたいものだ。


 湖の畔の岩陰から周囲を窺う。この湖、広さはそれほどでもないけど、深さはかなりありそうだ。水際こそ緩やかな斜面だけど、沖に二十メートルほど行くと急に深くなっている。一番深いところは百メートルくらいありそうだ。

 という事は、あの遺跡群は塔なのか。水面から出てる部分だけでも五十メートルくらいあるから、全体では百メートルを超える高さがあるだろう。高層ビル群だな。よく建てたもんだ。流石魔法のある世界。

 その遺跡群を丹念に気配察知で探る。

 あちこちに人の気配がある。カメラを送り込んでみると、武器を持った革鎧の一団が映し出される。どうやら冒険者みたいだ。早朝から遺跡探索……というより、昨晩は遺跡に泊まって、朝になったから活動を再開したって感じだ。

 そして、武器を持っているということは、それが必要な状況だという事だ。つまり、魔物がいる。

 これは……カエルか。毒々しい色をしたでっかいカエル。二メートルくらいある。

 色は個体によって様々だな。基本的にツートンカラーで、赤黒、黄黒、緑黒と、黒を基調にしたまだら模様だ。確かヤドクガエルって奴がこんな感じだったよな。南米だかアフリカだかに住んでる猛毒カエル。

 もしかして、こいつらも毒持ちだったりするんだろうか? 今はモニター越しだからマクガフィン先生が使えないけど、直接対峙したら調べてみないとな。

 他にも、でっかいナメクジや巻貝っぽいのも居る。巻貝やナメクジって寄生虫がいる事が多いんだよなぁ。遺跡群ここに長く留まると感染して病気になるかもしれない。早めに片付けて退散したい。

 あっ、亀も居る。リクガメのちょっと平たいやつ。泳ぐのが得意なタイプのリクガメ。

 甲羅の模様は石亀に似ている。コイツも二メートル以上ある。けど、性質は大人しそうだ。遺跡の一角に数匹が集まって甲羅干ししている。和むなぁ。

 どうやら、この遺跡群は水棲魔物の巣窟みたいだ。それも、おそらくは毒持ちが多い。ここを探索するのは命懸けだな。


 さて、肝心の委員会の本拠は何処かなっと……うーむ、気配察知に引っかかるのは冒険者と魔物ばっかりだ。それっぽい気配は見つからない。

 これは宛てが外れたか? 遺跡群じゃなくて、他の場所だったんだろうか?


れへんなぁ」

「冒険者と魔物ばっかりだみゃ」

「坊ちゃんでも見つけられないのかよ。隠れるの上手すぎだな」

「飽きたわ! 片っ端から突入して探しましょう!」

「いやいや、まだ調べ始めたばかりだからね? もうちょっと待ってよ」

「もう、仕方ないわね! もう少しだけだからね!?」


 ジャスミン姉ちゃんの短気と落ち着きの無さは筋金入りだ。早く見つけないと、本当にやりかねない。そうなれば、委員会に俺たちの居場所がバレて警戒されてしまう。折角のアドバンテージが台無しだ。

 とはいえ、手がかりが見つからなければそうするしかない。本当に最後の手段だ。

 そうなる前に見つけないと……けど、感知できるのは冒険者と魔物だけだ。湖の中にまでカメラを送り込んでいるのに、怪しい気配は感じられない。

 ……もしかして、気配というか、魔力を遮断する技術を持っている?

 あり得るな。転移の魔法なんて技術を持ってる連中だ。魔力を感じられなくする技術くらい持っていてもおかしくない。実際、各地の神殿には神様の魔力を外部に漏らさなくする技術が既にあるわけだし。それを解析すればそのくらいは……。


 っ!!


 いや、そんな? けど、それなら理屈が通る。

 アーニャを欲しがる理由……そうか、そういうことか!

 ならきっと、ここにはアレがあるはず。そして無いところがある・・・・・・・・に違いない。

 気配を探って……そこか!


 見つけたぞ、委員会の拠点!!


「皆、委員会の拠点を見つけたよ」

「えっ! どこですの!?」

「よっしゃ! ほな、殴り込みやな!!」

「ようやく出番ね! どこなの? 行くわよ!」

「うみゃ! 決着つけるみゃ!」

「……頑張る」

「あらあら、みんな張り切っちゃって。うふふ」


 皆が張り切ってる。俺だけじゃなく、皆もここまでストレスを溜めていたんだろう。

 でも、俺が考えてる通りなら、ここから先は連れていけない。危険すぎる。


「一旦ジョンの所へ戻るよ。それで、殴り込みは僕ひとりで行く」


 予想が外れているならよし。当たっていたなら、皆を守り切れる自信が無い。皆が役に立つことも考えられない。それくらい、相手は圧倒的な力を持っているはずだ。


 俺が予想する委員会の首魁……それは神。

 おそらく属神の一柱だ。

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