第239話

「聞けませんわ!」

「せやな!」


 クリステラが反対の声を上げ、キッカがそれに同意する。声は出さないけど、他の皆も同意見みたいだ。常にはない強い視線が俺に向けられている。


「でも、皆に危険が及ぶのは避けたいんだよ。もし僕の予想が正しければ、今回の相手は属神か、その力を行使する神官なんだ。僕ひとりなら大抵の状況に対処できると思うけど、さすがに神相手だと皆まで守り切れる自信が無いんだよ。だから今回は残ってもらいたいんだ」

「それなら尚更ですわ! ビート様がそこまで追い込まれるということは、ビート様の御命に関わる危険があるということ。奴隷であるわたくしたちがそれを見過ごせるわけがありませんわ!」

「せや! うちらにはビートはんの命を守る義務があるんや! これは奴隷の制約だけやないで、うちらの本心からの願いでもあるんや!」


 キッカの言葉に皆が頷く。理を説いて説明してるんだけど、感情がそれを拒絶しているらしい。暗に足手まといだと言っていることは理解しているみたいだ。

 その気持ちはありがたいけど、俺の気持ちも分かって欲しい。家族同然、いや、もう家族と言ってもいい皆を死地に同行させることはできない。相手が神だとすれば、本当に何が起きるか分からない。

 いつになく激しい俺と皆のやり取りに、ウーちゃんが困った顔をして俺を見ている。ごめんね。でもケンカじゃないんだよ?


「これは『命令』だよ。皆はジョンの所で待っていて」

「っ! ひぐぅっ!?」

「ぐうぅっ!?」

「み゛や゛ぁっ!?」

「……っ!?」

「んぎぃっ!!」

「んくぅっ!?」

「ちょ、ちょっとみんな!? ビート、アンタみんなに何したの!?」


 皆が全身を痙攣させて地面を転がり始める。それを見たジャスミン姉ちゃんが慌てて俺に詰め寄る。

 これは俺が何かしたわけじゃない。奴隷契約の制約のひとつ『命令順守』に違反したから、罰則が発動しているだけだ。今の皆には、全身に耐えがたい激痛が走っているはずだ。


 怪我や病気の痛みは、脳内麻薬の分泌によってある程度緩和される。

 しかし、魔法の契約を違反したことによるこの痛みは決して緩和されることが無い。

 おそらく、脳内の魔素が脳内麻薬の分泌を抑制しているんだと思う。だからいつまでも激痛が続き、しかもショック死することさえ許されない。正に地獄の苦しみだ。

 痛みから解放される方法は簡単だ。命令を受け入れればいい。それだけだ。

 それだけなのに。


「い、嫌です、わぁっ! 絶対に、一緒にぃ、行くのですわぁ!!」

「絶対にっ、坊ちゃんひとりで、行かせねぇ、からなっ!」

「這ってでも、ついていきます、からね! うふふっ!」


 どうしてそこまで耐えるんだよ! お留守番しててって言ってるだけなのに!


「アタシの問題だみゃっ! ボスだけ、危険にさらせないみゃっ!」

「もう、残されるのは、嫌やねんっ! 最期まで、一緒に、おりたいんやっ!」

「……家族は、一緒っ!」


 っ!

 ……参った。そういうことか。それじゃ譲れないよな。


「……負けた。命令は取り消すよ」

「ビート!」


 皆の身体が弛緩して、痛みから解放されたことが分かる。時間的には二分ほどだったけど、体力の消耗はかなり激しかっただろう。俺も武術大会で経験したからよく分かる。まだ皆立ち上がれず、荒い息を繰り返している。

 皆、涙や鼻水やらで酷い顔だ。地面を転げまわったから、髪も服も砂まみれになってる。けど、その顔には一様に笑みが浮かんでいる。


 彼女たちの境遇を考えれば、受け入れられる命令じゃなかった。皆、家族と引き裂かれたり、家族のために自ら袂をわかった者ばかりだ。家族との絆を何よりも欲して、大切にしている者ばかりだ。なのに、俺って奴は。

 男って奴は、しばしば理屈や道理が絶対だと勘違いしてしまう。

 けど、世の中は理屈や道理だけで回っているわけじゃない。それ以外にも重要な物は沢山ある。それが分からない者は人の上に立つ資格が無い。


 今回の件が終わったら、一度ドルトンの政務を見直そう。再開発の合理性と利便性の陰で、見捨てられている感情がどこかにあるはずだ。

 それは小さなことかもしれないけど、大事なことかもしれない。置き去りにしてはいけない事かもしれない。

 はぁっ。前世と合わせて四十年近く生きてるのに、まだこんなに分かってないことがあるんだな。人生は死ぬまで勉強か。生きるって大変だ。


「それじゃ、しばらく休んだら突入するよ。きっと戦闘になるから、しっかり準備しておいて」

「「「はいっ!」」」


 皆の元気な返事が返ってくる。

 人は守るものがあった方が強くなれるっていうよな。なら、俺もそうなろう。何があっても皆を守れるくらい強くなる。例え神相手でも。


「それじゃ、戦いの前に腹ごしらえね! アタシが腕によりをかけて作ってあげるわ!」

「いや、それはやめて! 戦う前に死んじゃうから!」

「なによ! 酷いわね!」


 先ずはジャスミン姉ちゃんの魔の手メシマズから皆を守らなければいけないみたいだ。やれやれ。



 遺跡群の一角に、全く魔力を感じない箇所がある。魔物も人も、大気中の僅かな魔素すら感じられない一角だ。俺のカメラも入り込めない。

 その不自然過ぎる感覚には心当たりがある。

 パーカー、そしてラプター島。二柱の神の神殿で体験したのと同じものだ。

 あれは強烈すぎる神の魔力を外部に漏らさないための措置だった。あまりに濃い魔力は周囲に悪影響を与えてしまうため、それを封じ込める魔道具によるものだった。

 つまり、あそこにはそれだけの魔力を放出する何かがいる。周囲に悪影響を与えてしまう程の強力な魔力を持つ何かが。

 俺が知る限り、それは神だけだ。

 ダンジョンコアも強い魔力を持ってるけど、ダンジョンの場合は自身の成長に魔力を使うから、外部に漏れる魔力はそれほど多くない。そんな魔道具は必要ない。

 そもそも、魔力の多いところにダンジョンが発生するのであって、その逆ではない。


 それに気づいた理由は、委員会の構成員に施されていたあの契約紋だ。

 契約紋を刻めるのは神とそれに仕える神官だけ。つまり、神と神官が委員会の背後にいることの証明。


「というのが、僕の推理だよ。状況証拠ばかりだけど、大きく外れてはいないと思う」

「なるほどなぁ。確かに辻褄はうてるわ」

「神を詐称するのは禁忌中の禁忌ですわ。なのに天罰がくだってないなら、確かにその線が一番濃厚ですわね」

「かーっ、とうとう坊ちゃんが神と戦う日が来ちまったか! いつか来るんじゃねぇかと思ってたんだよ!」

「あらあら、そんな場面に立ち会えるなんて光栄ね。一生の自慢に出来るわ。うふふ」

「……英雄譚」

「アタシたちもその登場人物ね! 題名は『ジャスミン=ワイズマンと邪神の一味』ね!」


 時刻は昼前。早めの昼食を摂りながら、俺の推理を披露する。コナ〇くんじゃないから、麻酔針や変声機は使わない。ジャスミン姉ちゃんの戯言は華麗にスルーだ。

 皆の雰囲気は明るい。というより、無理に明るく振舞っている感じがする。そりゃそうだよな。俺もまさか神と戦うことになるとは思わなかった。

 例えるなら、ただの街の力自慢が絶対皇帝ヒョー〇ルとガチバトルするようなものだ。しかも全盛期のヒョード〇。

 勝ち目が全くないわけじゃないだろうけど、ケージバトルルールでは絶対に戦いたくない。相手の土俵に上がるのは無謀過ぎる。やるならストリートで何でもアリがいい。

 けど、今回は相手の懐に飛び込んでいこうって話だ。完全に相手の土俵に上がることになる。皆が不安に思わないわけがない。

 唯一の希望は奇襲であるという一点のみ。それゆえのカラ元気なんだろう。

 そんな中で、ひとりだけ黙り込んでいるのがアーニャだ。


「どうしたの、アーニャ? 元気ないね?」

「どうしてアタシなんだみゃ? 神様がアタシに何の用なんだみゃ?」

「それはアーニャが姫巫女だからだよ。多分ね」


 アーニャと姫巫女という組み合わせに、未だに違和感がある。モテないイケメンというくらい不自然な感じだ。けど、多分それが理由。


「アーニャは元王族で、潮流の神の姫巫女でもある。正確には姫巫女候補だけどね。委員会は、アーニャを手に入れて潮流の神を手に入れようとしてるんだと思うよ。新たな力を欲してるんだと思う。なんで力を欲しているのかは分からないけど」


 真意は直接聞かないと分からないけど、多分ろくでもない理由だろう。碌でもない組織だからな。


「うみゃぁ、また王家の血だみゃ! 何処までもこの黒髪が憑いて回るみゃ! もう剃ってしまいたいみゃ!」


 それを捨てるなんてとんでもない! 毛のないネコはスフィンクスだけで十分。アレはアレで可愛いけど、モフリストとしては物足りない。

 それに黒猫は船の守り神ですよ。中世の船乗りは大事にしていたらしいし。

 あっ、だから黒髪が潮流の神の姫巫女なのか? 有り得るな。


「まぁ、それも今回で終わりだよ。サクッと片付けて、明日からいつもの日常に戻ろう!」

「「「はいっ」」」


 皆が勢いよく立ち上がる。俺の平面魔法で作ったテーブルと椅子、食器類をまとめて消す。後には何も残らない。洗い物は出ない。俺の平面魔法、やっぱり便利だよな。

 それをデイジーがジッと見つめながらボソッと呟いた。


「……非日常が若の日常」


 そうかもね! 言い返せないね! 今日もいつもの一日かもね!

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