第240話
カメラでその不審エリアの周りを探ってみる。
そこは湖のほぼ中心に建っている塔で、おそらくは後付けであろう浮桟橋が隣接する水面に作られている。
浮桟橋にはボートが一艘係留されていて、その浮桟橋と塔の入り口、多分窓だった部分の間にはロープが張られ、『関係者以外立ち入り禁止・国立魔道具研究所』と書かれた看板が吊り下げられている。
「魔道具研究所が絡んでるのか。面倒事になりそうだなぁ」
「まさか王家が黒幕ですの?」
「いや、それはないと思うよ。あの王様はああ見えて常識的だから」
「いや、ああ見えてと言われても、うちらよう知らんし」
そういえば王様と直接話したことがあるのは、この中じゃ俺だけだな。クリステラも直接話したことは無いって言ってたし。
あの王様が裏で糸を引いてるなら、もっと巧妙な策を仕掛けてくるはずだ。分かっていても拒否できない形で。
例えば、エンデの混乱を抑えるために元シーマ王家を貴族として復興させ、その初代にするという名目でアーニャを奴隷から解放、エンデへと連れて行く、とか。
国外へ連れて行ってしまえば王国貴族である俺には手が出せないから、拉致するのは簡単だ。もうやりたい放題。
魔道具研究所は知恵と魔法の神の神殿とのつながりが強い。けど、今回の一件に神殿は絡んでないと思う。
だって、神殿なら王家以上にごり押しできる。スパイや隠れ蓑なんて使う必要が無い。神様は王家よりも強い力を持っている。
というわけで、委員会は既存の神殿とは無関係のはず。やってることも、やたら人間臭いしな。
侵入経路になりそうなのはあそこだけか。多分、侵入者を監視するシステムもあるだろうな。内部の様子も分からないし、これはリスクが高そうだ。
内部に入ったらパーティクルをばら撒いて内部構造を把握、気配察知で中枢を特定して一気に侵攻、障害は実力で排除する。これしかないか。
つまり、行き当たりばったりだ。無計画に事を進めるのは嫌なんだけど、今回は仕方がないか。与えられた状況の中でベストを尽くすしかない。
うん? ……ふむ、ということは……行けそうだな。これなら、ちょっとだけリスクを減らせるかもしれない。
「皆、ちょっとだけひとりで行動させてもらうよ。すぐに戻って来るから待ってて」
「それはいいけどよ、ひとりで危ねぇマネしねぇよな?」
「大丈夫、ちょっと突入前の下見をしてくるだけだから」
「分かったわ! 気を付けて行ってくるのよ!」
「また魔物を拾ってこんようにな!」
キッカの念押しは余計な心配……とも言い切れないのが辛い。だって、目が合っちゃうんだもん。
ともあれ、下準備はし過ぎるくらいで丁度いい。ではちょいと行ってきますか。
◇
「この通路の突き当りは右に!」
「そのドアの中には転移装置があるよ! 使えないようにドアを瓦礫で塞いでおくから!」
「階段を上った先に詰所があるよ! 構成員が待ち構えてるから、殺気を当てて眠らせておくね!」
指示を出しながら、塔の中を駆け上がっていく。予想してたより複雑な構造だったけど、下見の甲斐あって順調に進めている。
「本当に完璧ですわね! 全く危なげありませんわ!」
「ビートはんひとり
「順調すぎてヒマよ! 走る以外の事もしたいわ!」
ジャスミン姉ちゃんがあまり穏当じゃない発言をするのはいつもの事だから、今回も華麗にスルーだ。走るだけでいいじゃない。ウーちゃんなんか大喜びで走り回ってるよ?
既にこの塔の内部構造と人員配置は掌握済みだ。
何のことは無い、水中にあった本来の塔の入り口から入って、侵入後にパーティクル散布と遠隔カメラ、気配察知で調べただけだ。
連中も水中までは監視していなかったみたいで、何事もなく侵入できた。魔物の侵入を阻止する鉄格子も水面以上の部分にしか無かったから、俺が水中からアレコレするのを妨げる物は何もなかった。
陸海空、全てを自在に行き来し、不可視の目と耳で暗躍する俺の前では、どんな警備もザル同然だ。どの国の諜報部からも引き抜きのオファーがかかること間違いなし。
行かないけど。だってスパイをするほどの愛国心が無いからなぁ。愛犬心なら世界を覆えるほど溢れてるけど。
「そこの扉の奥は牢屋になってる! ボブさんと斥候姉弟が捕まってるから、救出していくよ!」
あと少しで目的地なんだけど、その前に人質救出だ。いざって時に盾にされてはかなわない。
「ボブさん、助けに来たよ!」
「フェイス男爵!? ありがたい、助かりました!」
「男爵様!」
「時間が無いから、檻を壊すだけにしておくね。まだ犯人を確保できてないんだ。逃走の手助けは出来ないけど勘弁してね」
「分かりました、助けていただいただけでありがたいです。あとは自分たちでなんとかします」
「檻の外に出ちまえばこっちのもんっス!」
ボブさんも斥候姉弟も、ケガや体力の低下は無さそうだ。拷問や虐待はされなかったらしい。
まぁ、連中には奴隷契約っていう手があるからな。その必要は無いと判断されたんだろう。救出する側としても、治療の手間が無くて助かる。
「帰り道が分かるように、床に塩を蒔きながら進んできたから。それを辿れば外へ出られるよ」
「すごい! まだ子供なのに、ちゃんと冒険者だねぇ!」
「姉ちゃん、男爵様は俺たちより星多いから」
「あっ、そうだったね!」
『ははは』と笑う三人を見送ったら、いよいよ最上階、ボスの間へと向かう。
階段を上りきると、そこはツルリとした黒い石材の敷き詰められた広間だった。小さな学校の体育館くらいの広さがある。
その中央では、二十センチくらいの魔石、いや、ダンジョンコアが中空に浮いてゆっくり回っている。天井と床には台座のような円柱が張り出している。
ダンジョンコアの手前には一辺五十センチくらい、高さ一メートルくらいの角柱があり、その傍らにはひとりの初老の男が立っている。
豪奢な貴族服を着た、少々腰の曲がった白髪のお爺ちゃんだ。鷲鼻とこけた頬、ギョロリと大きな青い眼が印象的……というか、俺を睨む顔が怒りに歪んでいて、その凶相のインパクトの方が凄い。
「来たか! 来たかフェイス、ビート=フェイス! 王家のイヌめ! どこまでもワシの邪魔をしおって! 忌々しい奴よ!!」
初めて見る顔だ。なのに、いきなりディスられた。納得いかない。
「あー、お爺ちゃん? 確かに僕はビート=フェイスだけど、お爺ちゃんとは初めましてだと思うよ? 同じ名前の誰かと間違ってない?」
「馬鹿にするでないわ! 灰色の髪、生意気そうな
確かに俺で間違いないらしい。生意気そうってところ以外は心当たりがある。特に犬。ウーちゃんはこの世界でオンリーワン、たったひとつの俺の花だ。
「ビート様、わたくしの記憶が確かであれば、あの方は先々代のユミナ侯爵家の当主、ガラハッド=ユミナ様ですわ」
ほう! あのお爺ちゃんも王国貴族か。それも、世が世なら一国の王様だった人だな。でも今はただのご隠居さんだ。
「へぇ。それで、そのご隠居様は、なんで僕を敵視してるのかな?」
「すっとぼけおってぇっ! 貴様がワイズマンめと結託して王国の革命を邪魔し、今また我らの大望を妨げようとしておること、明々白々だわいっ! この卑しい成り上がり者めが!」
「ああ、ユミナ家はあの革命騒ぎに加担してたんだっけ。でも、よく僕が協力してたことに気が付いたね?」
「ふん、我らの目は何処にでもある! ジャーキンへの反抗で貴様が為した役割も、全てこの耳に入っておるわ!」
『目』なのに『耳』に入るのか。なんて揚げ足を取ったら、更に激高しそうだからやめておこう。お爺ちゃんの血管が切れる。まだ聞きたいことがあるから、今倒れられると不味い。
でも良かった、俺がバカ王子を手にかけたことまでは知られてないみたいだ。
まぁ、証拠や目撃者は皆無、アリバイは完璧だからな。物的証拠も状況証拠も無いなら容疑者になりようがない。
ジャーキンへの報復については、俺が
案外、委員会の目は大したことないみたいだ。ちょっと安心した。
「それで、大望って何のこと? 邪魔っていうけど、俺は仲間を守ってただけだよ?」
「ふん、いいだろう! 無知で下賤な成り上がり者の貴様に聞かせてやろう! それは新たな国の誕生よ! 神をすら支配しうる、神聖ユミナ帝国をこの地より興すのだ!」
「んん? それとジャーキン絡みの王国の革命と、何の関係があるの?」
「ジャーキンと革命は囮よ! 国内の混乱に乗じてユミナを独立させ、そこのメスネコを攫う! そして潮流の神を支配下に置いて旧シーマを併呑、新たな帝国の第一歩とするはずだったのだ!」
「随分と杜撰な計画だね? それって、ちょっと先走り過ぎて失敗しただけじゃない? 僕、関係なくない?」
「違う! 断じて違う! これは我らが神の計画だったのだ! 全ては順調だった! そう、貴様が現れるまでは!」
「やっぱり僕?」
お爺ちゃんが口から泡を飛ばしながら熱弁している。
俺って、周りが興奮しているのを見ると醒める
お爺ちゃんはそれをバカにされてると感じて余計に興奮するという、変なスパイラルが発生してる気がする。
「そうだ! 時折出てくるのだ、貴様のような異質な者が! 予定調和の破壊者が! 綿密に練られた神の計画を狂わせる者が! この二、三年の間に頓挫した計画の全てに貴様が絡んでいる! そこの女、ヒューゴー侯爵家の娘も我らが手に入れるはずだったのだ! 邪魔者のワイズマンも簒奪者のヴェネディクトも死ぬはずだった! しかし、何故か全てが失敗している! その全てに貴様が絡んでる! 何故だ! 貴様は何者だ!?」
お爺ちゃんの血圧は上がりっぱなしだ。あ、もしかしたら時間を稼いで人が集まるのを待ってるのかも? でも全員気絶してるからなぁ。
悪役にありがちな『全部説明してからやられてくれる』パターンっぽいから、もうちょっと話してもらおう。
「何者って言われても、只の冒険者で男爵だよ? それより、さっきから出てくる『神』ってなんなの? その後ろのダンジョンコアのこと?」
一番聞きたかったことを聞いてみる。お爺ちゃんはお喋りモードに入ってるから、きっと話してくれるだろう。
案の定、お爺ちゃんが得意げに語り出す。
「ふん、知りたいか? ならば教えてやろう。これこそは太古の魔法文明が残した大いなる遺産! それを蘇らせし我らが生み出した新しい神! すなわち、これこそが『調停の偽神ユミナ』よ!」
魔法文明の遺産、人工の神!
てっきり、どこかの属神を何らかの方法で従えたのかと思ってた。魔道具研究所ならそんなこともできるかなって。
まさかそれよりも上、神を作り出すことにまで成功していたとは。ちょっと委員会を見縊ってたな。
お爺ちゃんが口元をニヤリと歪める。まだ何かあるようだ。
「皮肉よな。この神の中枢には、確かにダンジョンコアが使われておる。そして、このダンジョンコアこそ、貴様の同胞ワイズマンがかつて持ち帰ったものなのだ!」
な、なんだってーっ!
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