第236話

「お邪魔しまーす……」


 一応、小声で断りを入れてからカメラを送り込んだ。誰も居ないのは気配察知で確認済みだし、一キロ近く離れてるから居ても聞こえないだろうけど。

 とはいえ、何の気配もないという訳ではない。生き物とは違う、妙な気配がある。多分魔道具だろう。防犯用の罠だったりすると危ないから、念のためにカメラだけを潜入させている。

 まずはその気配の場所へとカメラを移動させる。これは……鷹? 石像だな。二体一組で奥の扉の前、両脇に向かい合わせで設置されている。部屋は北東の隅だから、普通なら台所かトイレだ。けど、それにしては重厚な扉だ。鉄扉で南京錠まで付いてる。今は開錠されてるけど。


「これは警報の魔道具ですわね。よく貴族のお屋敷の周囲に置かれていますわ。石像の間を通ると、詰所の報知器が鳴りますの」

「ああ、アレがそうだったのね! どうして寮を抜け出したのがバレてるのかと思ってたのよ! ずっと『なんであちこちに変な像が置いてあるの?』って思ってたけど、そういうことだったのね! 学園はもっと生徒を信用するべきだと思うわ! 買い食いもできないじゃない!」


 クリステラの補足が入った。なるほど、警報アラームか。

 貴族の屋敷は広いから、そういう装置が無いと警備の人間が大量に必要になってしまうもんな。俺も王都に屋敷を構えるときは、そういう魔道具を揃えなきゃいけないんだろうか。屋敷を買ったらトネリコさんに注文しておかないとな。

 ジャスミン姉ちゃんの場合は自業自得だと思う。怒るのは筋違いだ。寮監さんの苦労が偲ばれる。

 二体の間、つまり扉を通らなければいいということで、カメラを壁抜けさせて奥に侵入させる。魔素の濃い場所じゃなければ、カメラは問題なく透過できる。警報装置は置き損だ。残念でした。

 壁を抜けると暗闇だった。何も見えない。カメラの少し上あたりに点光源を置くと、周囲の様子が明るく照らし出された。

 そこは倉庫だった。全体が分厚い石造りで、広さは十畳くらい。木箱がいくつか積み上げられ、古びた剣や槍が壁に立てかけられている。入口はさっきの扉だけで窓は無い。暗いはずだ。

 箱の中身が何なのかは分からないけど、剣や槍があるのは別に不自然じゃない。偶に山を越えて魔物が侵入してくるって話だから、山に近いこの辺りの住人が自衛のための武器を持っているのは当たり前だ。

 とはいえ、あって当たり前の物を、魔道具を設置してまで厳重に保管するのは不自然だ。すぐに取りにいける場所に無いと意味が無い。やっぱりこの部屋には何かあるんだろう。

 いや、思い込みだけで物事を進めると、予想を外した時に大ダメージを被ることがある。ここは慎重に行かないと。


 企画会議通過間違いなしの企画で、先行して作ってたキャラクターモデルがデザイン全修正でボツになったりとかしたもんな。根回しもしっかり出来てたのに……全部社長の気まぐれが悪い! それでいいって言ってたじゃん! 代替案が無いなら否定するなよ! ゲームやらないくせに!!


 おっと、忌まわしい記憶が掘り起こされてしまった。もう過ぎたことだ。過去は忘却の彼方へ押し流そう。

 というわけで、先に他の部屋も捜索する。

 ひと回りした感じ、極普通の農家って感じだな。農具や鍋、食器なんかもそのまま置かれている。

 家族構成は老夫婦とその息子(あるいは娘)夫婦といったところか。小さな子供はいないっぽい。見た感じ、とりたてて不審な点はない。

 やっぱりあの倉庫が怪しいな。あそこだけ造りが違う。おそらく隠し通路でもあるんだろう。そこから家の外へと出て行ったに違いない。重点的に捜索だ。


 おかしい、何も無いぞ?

 積み上げられた箱の下や剣、槍の裏側、箱の中までチェックしたのに何も見つからなかった。箱の中は干した肉や芋だった。保存食かな?

 点光源を発生源エミッターにして極小パーティクルを撒いてみたけど、壁にも地下にも不審な点は何も見つからなかった。

 隙間や空洞が少しでもあればパーティクルが入り込んで見つけられるはずなのに、積み上げられた石の隙間に浸み込んだだけだった。本当に只の倉庫だ。

 いや、そんなはずはない。きっと何かを見落としている。けど、何を?


「これは、直接行って調べるしかないんちゃう?」

「マジで? 危ないんじゃねぇの?」

「あの警報の魔道具をどうにかしないと忍び込めないみゃ」

「……破壊」

「あの手の魔道具は、壊れた途端に最大級の警報を発しますわよ。でなければ役に立ちませんもの」

「あらあら。これは手詰まりね」


 全くだ。

 調べられる場所は全部調べた。もちろん、カメラ越しの遠隔での作業だから、詳細な調査じゃない。見落としはあるかもしれない。

 けど、直接行って調べるのは最後の手段だ。

 忍び込むと、どんなに注意しても痕跡が残る。警報の魔道具を置くくらい用心深い連中だ。ちょっとでも疑念を抱かれたら警戒させてしまうだろう。


 待てよ?

 ボブさんたちの調査では、例の商店の男が入ったまま出て来ない以外は特に不審な点は無いということだった。だとすれば、この家には商店の男以外、あの食器の分だけの人の出入りがあったはずだ。おそらく一家四人に見せかけた、委員会の構成員。そいつらは何処へ行った?

 普通の農家として活動していたなら、農作業や買い物に出歩くはずだ。しかし、今日はそんな報告を聞いていない。つまり、全員が家の中に居るはずだ。

 なのに、今この家には誰も居ない。そいつらは何処へ消えた?

 リュート海の島を覆っていた光学迷彩のような魔法を使った? あり得なくはないけど、あれは展開した周囲に微妙な違和感を残す。優秀な斥候のボブさんたちがそれに気づかないとは思え……るな。アレはかなり巧妙だった。もしそうならお手上げだな。

 けど、ここしか手がかりがないんだよなぁ。成果が得られるまで張り込むしかない。あんまり時間を掛けたくないんだけどな。

 ボブさんたちの報告通り、本当に不審な点が無かったとすれば、そいつらはそのうち戻ってくるはずだ。出かけていないはずだけど帰ってくるはず。

 『待てよ』と思ったけど、実際、ここは待つのが正解だろう。戻ってくるところを確認できたら、消える仕掛けの種明かしができるかもしれない。



「っ!?」


 小一時間ほど待っただろうか、突然強い気配があの家の中に発生した。これは魔法か? 場所は、やはりあの倉庫……じゃない、その前の廊下!?

 カメラを急いで倉庫前に移動させると、扉が淡く虹色に光を放っている。そして僅かな振動音と共に扉が開き、中から初老の男女と青年男女が出てきた。扉の向こうは虹色の光が渦巻いていて見通せない。


≪ふう、いつもながら『連結門』の移動は気持ち悪くてかなわん≫

≪そうねぇ。歳をとるとキツくなった気がするわねぇ≫

≪次からは俺とエリカだけで行こうか?≫

≪そうじゃな。もう引継ぎは終わったし、これからはお前に任せるとしようか。ワシらはこの家を守ることだけを考えよう≫

≪そうですね、アナタ≫


 こいつら、どこから出てきた? カメラを倉庫側に回して、裏側から確認する。

 閉まってる!? もう一度廊下側にカメラを回して……開いてるよな!? 二重扉……じゃないな、厚みが足りない。どういうこと!?


「これはもしかして、転移の魔道具?」

「まさか! そんなもの、王家も持っていませんわ!」

「けど、確かに扉を開けて人が出てきたぜ?」

「連結門って言うてたな。なんや、メッチャ厄介事の臭いがしてきたで。委員会って、思てたよりヤバい組織なんちゃう?」


 隠し通路じゃなくて、まさか『どこで〇ドア』だったとは。

 警報装置はダミー……じゃないにしても、誤認誘導ミスディレクションの意味はあったんだろう。扉の前にあれば、その扉の奥・・・に何かあると考えちゃうもんな。まさか扉自体が本命だとは考えない。

 実際、動作する直前まであの扉からはなんの気配も感じられなかった。機構的に、動作する直前に外部から魔力を送る仕様なんだろう。よくできてる。すっかり騙された。


 キッカの懸念には俺も同感だ。王家ですら持っていない転移の魔道具、そして商人や農家にまで広がる構成員。

 どうやらこの一件、一筋縄ではいかなそうだ。

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