第235話

 二人掛けのソファの右側に座り、足元に寝転ぶウーちゃんの背中を撫でながら待つことしばし。

 それなりに豪奢なラナ冒険者ギルドの応接室にノックの音が四回響いて、ふたりの男が入ってくる。

 ビジネスノック、か。二回はトイレノックだから失礼に当たるんだよな、確か。三回は親しい間柄や家庭でのノックだったっけ?

 こんなところが前世と同じっていうのはどういうことなんだろう? やっぱ、俺と同じような前世の記憶持ちが過去に居たってことかな?

 マナーになってるってことは、上流階級に居たってことだよな。まさか、王家の先祖とか? あり得そうで嫌だな。


「どうもお待たせして申し訳ありません。私が当冒険者ギルドの支配人、ダイスです」

「こちらこそ、お忙しいところを申し訳ないです。僕がビート=フェイスです。ボブさんもお疲れ様です」

「いえいえ、この程度、楽なものでしたよ」


 立ち上がってふたりと握手する。ダイスさんは事務畑らしく、骨張ってはいても柔らかい手だ。一方のボブさんは、硬く厚い皮に覆われた手をしている。武器を握り続けている現役冒険者の手だ。

 俺の手は……プニプニだ。おかしい、俺も現役冒険者のはずなのに。

 そういえば最近、冒険らしい冒険をしてないなぁ。この一件が終わったら、本格的に大森林と竜哭山脈の探検をしてみようかな。まだドラゴンを間近で見てないことだし。


 ボブさんは斥候職で三十路の中堅冒険者だ。ボーダーセッツの盗賊ギルド殲滅作戦のときに面識がある。確か、そのときも盗賊ギルドのアジト監視をしてもらったはず。腕前は信用できる。その縁で今回の追跡任務を引き受けてもらった。

 ボブさんは斥候だけあって、気配を隠したり潜伏したりがとても上手い。今回のような追跡任務には打って付けだ。

 特に、目立たないことにかけては今まで会った中でも一、二を争うレベルだ。王都の冒険者ギルドの受付、ロバートさんといい勝負だと思う。地味顔だし。

 俺の左隣にはジャスミン姉ちゃんが座ってるけど、我関せずといった感じで座ったまま出されたお茶を飲んでいる。いや、ちょっとは社交というか、一般常識的な行動をだね。立って挨拶くらいしようよ。

 他の皆はいつも通り、俺の後ろに立って待機中だ。実際の扱いがどうであれ、身分的には奴隷ということになっているからしょうがない。しょうがないんだけど……後ろに立たれると気になって仕方がないんだよなぁ。なまじ気配が分かってしまうが故の弊害か。むう。


 冒険者ギルドへ来た理由は、追跡依頼の現状確認と引継ぎだ。

 ボブさんの腕は信用しているけど、俺たちがここへ来た以上、もう監視の必要はない。あとは捜査と証拠固めだけだ。

 それに、非合法行為に躊躇しない謎組織が相手だからな。何かの拍子に追跡がバレて、ボブさんの身に危険が及ぶことも考えられる。優秀な斥候の損失は冒険者全体の損失だ。それは避けなければならない。


「それじゃボブさん。この後、対象の潜伏場所まで案内してください。そこで引き継いだら依頼は完了ということで」

「承知致しました」

「で、ダイスさん、引き継ぐ前にお伺いしたいことがあるんですが」

「はい、なんなりと」


 ダイスさんの口調が丁寧なのは、俺が貴族でダイスさんが平民だからだ。支配人ともなると、さすがにその辺の礼儀はちゃんとわきまえている。多分、就任するまでの実務で学んだんだろう。下積みって大事だよな。


「委員会という組織に心当たりはありませんか?」

「委員会、ですか。さて、この街で委員会というと……やはり『十三人委員会』ですかね?」

「十三人委員会?」

「はい。まぁ、都市伝説なんですけどね」


 ダイスさんは苦笑しながらそう話してくれた。

 なんでも、この街がまだ独立国だった頃からある組織で、裏から街を操っている秘密結社なのだそうだ。ようは盗賊ギルドのデカい版だな。

 その全容は不明だけど、国が無くなって王国に吸収されてからも連綿とその組織は継続しているのだという。


「私がこの街に赴任してきてからもう十年ほどになりますけど、何度かそのような噂を聞いたことがあります。が、実際にその構成員と会ったことはないですね。街の運営も領主と代官が行ってますし、そんな組織が入り込む余地はありません。所詮、都市伝説の域を出ない話ですよ」


 そう言ってダイスさんが苦笑いする。

 なるほど、確かに『内閣調査室』や『ナチスの残党』と同レベルの都市伝説だ。『徳川埋蔵金』よりちょっとマシなくらい?


「ふむ。その十三人委員会って、目的は何なんでしょうね?」

「さて、都市伝説ですからねぇ? 一時期は王国からの独立なんて説もありましたけど、先のジャーキン侵攻でも、この辺りでは特に変わりありませんでしたよ。この街の支配だけで手いっぱいなんじゃないですか?」


 ダイスさんが冗談めかして笑い飛ばす。

 そうなんだよなぁ。戦争中も戦争後も、反乱の動きは無かった。いや、実際はクーデターに加担しようとしてたみたいなんだけど、それは表の動きであって、裏での暗躍じゃなかった。

 それにあいつら、街を裏から支配って感じじゃなかった。叡智の光がどうのという合言葉を使ってたから、支配とか独立とかの政治組織じゃなくて、学術系か宗教系の組織じゃないかと思う。


「あとは……学院の生徒活動くらいですかね? 図書委員会とか風紀委員会とか。うちの息子も入ってますよ、学院祭りの実行委員ですけど……」

「なるほど、ありがとうございました」


 長い息子自慢が始まりそうだったので、話題をバッサリと切らせてもらった。

 さすがに、生徒活動という線は無いだろう。学生にそんな組織力があるとは思えない。資金力も無いだろうしな。

 候補としては、まだ十三人委員会の方が有力か。

 けど、都市伝説ねぇ。これは思ったより面倒そうだ。


 それから二、三の事務的な話をして、俺たちは引継ぎのために現場へ向かった。ターゲットを追えば組織の全容も見えてくるだろう、たぶん。


 ◇


 ラナの街は盆地の中にある。というか、盆地全体がラナの街だ。周囲を囲う山々の稜線にそって魔物除けの柵が設けられ、その内側の魔物はほぼ駆逐されている。

 とはいえ、時折柵を壊して魔物が侵入してくるので、外縁の山近くにはそれなりの危険がある。

 ボーダーセッツから逃げた商店の男が潜伏しているという家は、そんな外縁山にほど近い、街の郊外にあった。周囲に畑の広がる農地の一角だ。

 報告では『少々治安の悪い地区』って話だったけど、魔物が出るかもしれない地域って意味だったのね。


「マリー、ジョン、戻ったぞ」

「お帰り、ボブ。対象は今日も動かずよ」

「まったく、退屈過ぎて身体がなまっちまうよ。で、そちらが依頼主の?」


 ボブさんたちが外縁山に作った簡易なテントへと赴くと、三十台前半くらいの茶髪ショートの女性と二十台後半くらいの総髪男が待っていた。総髪男の返事はあくび交じりだった。


「そうだ。閣下、こちらが今回の依頼を共に受けた斥候姉弟のマリーとジョンです」

「ども」

「よろしくっす」


 ふーん、姉弟で斥候なのか。珍しい。

 いや、冒険者をやっていれば、自然と斥候の技術は身につくものだ。索敵、潜伏、調査。斥候の技術って、生き残りの技術とイコールだもんな。

 多分、この姉弟はずっとふたりだけで仕事をしてきたんだろう。その結果として、ふたりとも斥候の技術が磨かれたんじゃなかろうか。

 まぁ、言葉遣いが出来てないのは仕方がない。この国じゃ、平民は学校なんて行かないもんな。一部の金持ちが学園や学院に通うことがあるくらいだ。

 とはいえ、ランクが上がれば貴族の護衛依頼なんかを受けることもあるだろう。礼儀作法は覚えておいて損は無い。やっぱり来年開校予定の冒険者学校のカリキュラムに組み込んでおく必要があるな。


「閣下、あそこに見える柵に囲まれた家が奴の潜伏先です。あそこに入ってからこれまで、一歩も外へ出ておりません」

「一歩も? 既に逃亡してるってことはありませんか?」

「ありませんね。三人が夜中も交代で見回ってましたから。あそこは他の家から少し離れてますし、逃げだしたら目につくはずです」

「なるほど。分かりました、ではこれにて依頼は終了です。報酬はラナの冒険者ギルドで受け取れるよう手配してありますから、そこで受け取ってください」

「ありがとうございます。では私どもはこれで」

「いい仕事だったよ。何かあれば指名しておくれ」

「さて、久しぶりの酒を楽しみに行くとしますかねー。それじゃー」


 斥候らしくはないけど、冒険者らしい軽いノリで三人はテントを後にした。

 酒かぁ……。この子供の身体じゃまだ無理かな。早く大人になりたいよ。ビール飲みたい。

 三人の後ろ姿が山林の蔭に消えてから、ターゲットがいるらしい家屋へと視線を向ける。

 周辺の家と比べても特に特徴のない、極普通の農村の家だ。山の中の高い位置から見下ろしているから、こちらからは板葺き屋根も含めて家の全体がよく見える。

 逆に、こちらはギリースーツのように木の枝で偽装しているから、あちらからは見えないだろう。


「動かず、ねぇ」

「どうなさいましたの、ビート様?」

「うん、多分、あの家には誰も居ないよ」

「えっ?」


 ここからターゲットの家までは約一キロ、十分に気配察知の射程圏内だ。けど、あの家からは何の気配も感じられない。


「なんや? ほんなら、あの三人は追跡失敗したんかいな?」

「うみゃあ、本職の面目丸つぶれだみゃ」

「なんだよ、ベテランの斥候ってのも、案外大したことねぇんだな」

「いや、ボブさんがそんな初歩的なミスをするとは思えないよ。多分、何か仕掛けがあるんじゃないかな?」

「あらあら、どういう事です?」

「それは、あそこに行ってみないことには分からないけどね」

「……強行突入?」

「うーん、どっちかっていうと家宅捜索かな?」


 逮捕状も捜索令状も無いけど。

 いざとなれば貴族の身分でごり押しだ。多分通じないだろうけど。だって相手は悪の秘密結社(?)だもんな。

 その場合は武力行使だ。ライダーキックで蹴散らそう。

 まぁ、あそこには怪人や戦闘員どころか、人っ子一人居ないんだけど。

 これで委員会について何か分かるといいなぁ。

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