第234話

 黒山脈の中の盆地にある古都ラナへドルトンから向かう場合、通常の旅路だとふた通りのルートが考えられる。

 まず船で王都へ、王都から運河を東へ向かい、パーカーを過ぎて黒山脈北端から陸路を南下する北回りルート。

 このルートは比較的高低差が小さく、街道が整備されていて安全性も高めなため、大きな荷を運ぶ商人とか観光客なんかの利用が多いらしい。駅馬車も走っている一般的なルートだ。

 もうひとつは、ボーダーセッツから河を遡って黒山脈へ入り、そこから陸路でエンデへと向かう街道を北へ逸れる南回りルート。

 こちらは急峻で曲がりくねった山道を通ることもあり、道中で魔物と遭遇することも少なくないらしい。腕に覚えのある冒険者や、エンデへ向かう、あるいはエンデから来た商人がちょっと寄り道して小遣い程度を稼ぐために利用するルートだそうだ。

 例の商店の男は、ボーダーセッツから最短の南回りルートではなく、わざわざ北回りのルートを通ってラナへと入ったそうだ。

 俺たちが使ったのは、どちらでもない第三のルート。ぶっちゃけ、空路だ。

 ドルトンから暗闇の森もボーダーセッツ河も黒山脈も、全部すっ飛ばしてラナ近縁の山中へ降り、さも『街道を使いました』という顔をして関所を通過した。

 直接ラナへ降りるのは、委員会とやらの組織規模が不明な以上、目立つのは得策ではないと判断してやめた。

 まぁ、このメンバーで目立たないっていうのは無理なんだけど。いずれ気付かれるとしても、それはなるべく未来の方がいいと思って。


「大通りは比較的広いですわね。一本脇道へ入ると狭いですけど」

「街の中も、微妙に坂道やねんな。よう石畳を敷けたな」

「武器を下げた連中がチラホラいるな。冒険者か?」

「南の方に遺跡群があるみゃ。まだ発掘されてない遺跡があるかもしれないから、一攫千金を狙った冒険者がここを拠点にしてるみゃ」

「……それより、今夜の宿」

「そうね、お料理の美味しい宿を探さないとね。うふふ」

「そうよ、古都の美味しい料理を食べなきゃね! そのために来たんだから!」

「いや、それが目的じゃないからね、ジャスミン姉ちゃん?」


 どこの街へ来ても、俺たちはいつも通りだ。ワイワイおしゃべりをしながら、俺を先頭にゾロゾロと連れ立って通りを歩いている。

 美女、美少女と可愛いワンコの集団だ。目立たない理由がない。通りを行き交う人たちの視線を集めるのは必然で、よこしまな連中を刺激するのもいつものことだ。


「へへへ、おい坊主、いいおんふぅっ」

「お、おい!? てめぇ、なにしやがはぁんっ」

「ほう、珍しい従魔だな。ワタシがもらってへぇ?」


 俺たちが通り過ぎた跡には点々と狼藉者の屍が残される。いや、死んでないけど。気絶してるだけだけど。


「坊ちゃん、容赦ねぇな。最近ますます『殺気』に磨きがかかったんじゃね?」

「もう面倒くさくて。いちいち相手していられないからね」


 魔力に殺意を乗せて相手にぶつける『殺気』こと『魔力フラッシュバン』だけど、魔力に関する理解が深まったおかげで、より効率的かつ効果的な運用ができるようになった。


 この『魔力フラッシュバン』、運用の要点は『具体性』と『魔力量』だ。

 以前は魔力というものを漠然と捉えていたけど、現在いまは色々と経験を積んだことで『自分のコントロール下に置いた魔素のこと』という理解に落ち着いている。

 この世界の至る所に存在している魔素には情報を保持する性質があり、体内に取り込んでコントロール下に置いた魔素へは自在に命令という情報を与えることができるようになる。これが魔力というわけだ。

 魔力に状態変化や変質、運動などの命令を与えてやると魔法として発現する。命令が実行されて終了すると、魔力は魔素へと回帰し、大気中へ霧散する。

 この理解は概ね間違ってないと思うんだけど、この理論だと適性についての問題が解決できないんだよなぁ。的確な命令を与えられるなら、誰でもどんな魔法でも使えるはず。けど、実際には適性のある魔法しか使うことはできない。このあたりの理由の解明が今後の課題だ。

 更に、魔素が何なのかという点については、謎過ぎて仮説しか出て来ない。

 多分、ナノマシンよりさらに小さなピコマシンではないかと予想してるんだけど。素粒子で構成された超小型の機械。

 そこまで小さいと量子物理の領域だから、分子や原子に作用するような超常的な現象も起こせると思うんだよね。

 まぁ、証明も検証もできないしする気もないから、それは後世の学者に任せよう。


 『魔力フラッシュバン』は魔力に『殺意』を込めてぶつけることで、相手の恐怖心を暴走させる技だ。いや、だった。

 最近では、魔力に込める命令を『殺意』ではなく『対象の脳血管を十秒間萎縮させろ』という命令に変えている。脳への血流を滞らせ、酸欠と栄養不足で失神させているのだ。

 このように具体的な命令を魔力に与えることで、より効果的に意識を奪うことが出来るようになった。つまり、効果は同じだけど別技になったわけだ。面倒だから名前は変えていないけど。

 ただ、この技にも制限はある。それは相手の持っている魔力量だ。

 この世界の全ての生物は、大小はあれど、皆魔力を持っている。

 そして、この魔力は魔法を発動させるために使われるだけでなく、他者からの魔力による干渉を阻害する防壁の役目も果たしているようなのだ。

 考えてみたら当然で、そこいらに漂っている魔素が持っている雑多な情報を四六時中受信していたら気が変になってしまう。それを、自己の命令しか受け付けない魔力を纏うことで防御しているのだ。生命が獲得した自己防衛機能ということだな。

 魔力フラッシュバンを発動させるときにも、この保有魔力を考慮しなければならない。相手の持つ魔力量よりも多くの魔力をぶつけなければならないわけだ。じゃないと、防御を突破できない。

 しかし通常、鑑定もステータス閲覧もできないこの世界では、対象の保有する魔力を知ることはできない。正確に知れるのは、天秤魔法を持つクリステラくらいだ。だから魔力フラッシュバンを使おうと思ったら、常に全力に近い魔力を込めて発する必要がある。多い分には問題ないけど、足りなかったら効果なしだからな。

 なので、一回使ったらしばらくは魔法も使えなくなる。これでは効率が悪すぎる。

 俺も正確に知ることはできないんだけど、気配察知でなんとなく察することは出来る。加えて、俺には規格外の魔力量があるから、大抵の相手の防御を突破できる。何しろ、乳児期から鍛えてきたからな。結構無茶もしてきたし。

 なので、俺はなんとなく効率的に魔力フラッシュバンを使えてしまうのだ。なんとなくなのに効率的。我ながらチートだなぁ。


 大通りに面したちょっと高級な宿に部屋を取り、荷物を置いてから冒険者ギルドへと向かう。貴族家当主としては最高級なホテルに泊まるべきなんだろうけど、そこは従魔お断りだったから仕方がない。ウーちゃんと一緒じゃなきゃ嫌だ。

 ちなみに、タロジロは子供組に任せてきた。あの二匹は自分たちが家中で一番下の立場だと理解しているから、子供たちの指示にも素直に従う。預けても心配ない。

 冒険者ギルドへ向かう道すがら、古都の雑多な町並みを楽しむ。


「あそこに見えるのが領主の館か。ちょっとしたお城だね」


 曲がりくねった大通りの先、緩やかな上り坂の上にある建物を見ながら俺が呟く。

 ドイツの田舎っぽい木と石の家々の向こうに見える領主館は、これまたドイツのお城っぽい石造りの建物だ。

 ぶっちゃけカリオスト〇の城みたいで、お姫様が捕らえられていそうな尖塔もある。あの屋根から駆け降りて飛び移るのか……できそうだな! 今晩内緒でやってみるか。


「元々ラナは独立国の首都だったのですわ。それが王国に組み込まれて、元王族は侯爵家になったんですの。その時の居城が今も侯爵家のお住まいになっておられるそうですから、あれがきっとそうですわ」

「へぇ。三侯爵家のひとつがここを治めているのか。何家?」

「ユミナ侯爵家ですわ。前当主は何やら問題があって引退、現在は前当主の嫡子であった弱冠四歳のハインツ=ド=ユミナ様が当主のはずですわ」

「若いね」

「王城から補佐官が派遣されているそうですから、領地運営に問題はないという話ですわね」


 苦笑いを浮かべるクリステラ。さすが、貴族関連の情報は抜かりが無い。どうやって集めてるんだろうか? 秘密のネットワークとか持ってたり?

 前当主の『何やら問題』というのは、きっと第二王子のクーデター未遂事件絡みだな。たしか第二王子に味方した侯爵家があったはずで、それがこのユミナ家だったんだろう。

 事件後の調査でそれが明るみに出て、前当主は責任を取って辞任、後継の幼い当主には王城から監視が付いて、実質的にユミナ家は領主を降ろされた……そんなところか。

 さすがに侯爵家を改易するのは混乱が大きいと考えたんだろう。だから実権だけを取り上げた、と。

 表向きの情報だけでも、内情を知っている俺たちならその実態を推し量ることができる。クリステラの苦笑いもそれが理由だ。政治って後ろ暗いよなぁ。


「あの塔が『知識と魔法の神』の神殿か。高いなぁ」

「あの塔の下に国立学院と国立魔道具研究所があるそうですわ。ジャーキンの開発した魔道具もあそこへ運ばれているとか。研究がどれだけ進んでいるかは部外秘だそうですけど」


 またクリステラが含みを持たせた発言をする。普通に聞いていると『ふーん』で終わる情報なんだけど、俺たちはいろいろと知り過ぎてるからな。

 クリステラが言いたいのは『研究所には銃も持ち込まれているはずで、その管理がどうなっているかは外部から伺い知ることができない。先の国王銃撃事件に使われた可能性もある』ということだ。

 なるほど、ここには現国王に恨み(逆恨みだけど)を持つ貴族と、暗殺に使用できる凶器があるわけだ。武術大会のときの暗殺未遂事件……かなり濃厚な容疑臭が漂ってるな。

 さらにこの街には、謎の犯罪組織(委員会)なんてものまである。


 どうやら、この綺麗な石畳と古色蒼然とした街並みの裏には黒い陰謀が広がっているらしい。

 ちょっと背筋を悪寒が走ったのは、山から吹き下ろす冷たさを含んだ三月の風のせい、だと思いたい。

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