第233話
予め来るのが分かっている襲撃なんて、ただの消化イベントだ。
深夜に襲い掛かってきた四十人ほどの
子供たちを含めると魔法使いが十一人もいるのに、たった四十人程度ではお話にならない。桁がふたつ以上足りない。
まぁ、魔法使いは貴族ばかりで平民とはかかわりが少ないから、実態が知られてないんだろうな。それとも、俺たちが強すぎるだけ?
この衛兵さん、なんか見覚えがあるなぁと思って記憶(ライブラリのテクスチャ)を検索すると、初めてボーダーセッツに来たときに初めて会った衛兵さんのひとりだった。ふたりいたうちの若い方。今日は夜番だったらしい。
随分久しぶりな気がするけど、あれからまだ三年くらいしか経ってないのか。イベントが盛り沢山の人生だからか、もう十年以上昔のような気がする。
「坊主はいつも犯罪者を連れて来るな(笑)」
なんて言われたけど、それじゃ俺が悪党の親玉みたいじゃん。こんなに街と国の治安に貢献してる九歳児、他に居ないよ? いるわけないけど。
まぁ、向こうが俺のことを覚えていてくれたのは、素直に嬉しい。やっぱ、この灰色頭が記憶に残るのかね? 未だに俺以外では見たことが無いんだよねぇ。
破落戸共はすぐに取り調べられて、更に数名が共犯として捕まった。指示役と連絡役だ。
罪状が貴族への襲撃だから、こいつらは全員が問答無用で極刑または終身奴隷になる。今回は全員が終身奴隷になった。死ぬまで過酷な労役が課せられる。やっぱ犯罪は割に合わないな。
しかし、残念ながら依頼主のあの商店の男は捕まらなかった。既に逃亡した後だった。
まぁ、冒険者ギルドに依頼した
一方の工作員の男はというと、俺たちが襲撃者共の引き渡しをしている間に姿を消してしまった。すぐに自分にも追及の手が伸びると考えたんだろう。
まだ潜伏を続けると思っていたから、こいつには尾行をつけていなかった。なので、アッサリ逃げられたのは痛いミスだったかもしれない。
まぁ、村から不安要素が消えたと思えば悪くはない、か?
商店の男を追跡している斥候からの連絡は、冒険者ギルド経由でドルトンに届くことになっている。
まだ数日は連絡は来ないだろうから、ボーダーセッツでの用事はこれで全て終了だ。帰って日常に戻るとしよう。
「オ、オーにゃあ、石鹸とシャンプーの補充、そ、それとレストランの新メニューの確認をお願いしましゅ!」
相変わらず噛み噛みのオーガスタからお願いされて、村、そしてドルトンへの帰還が二日延びたのは余談だ。
◇
俺たちが日常に戻ってからかっきり十日後、ついに斥候から最初の報告がやってきた。
商店の男が逃げた先は、やはりラナだった。船と駅馬車を乗り継ぎ、多少遠回りして、八日かけてラナまで移動したそうだ。追跡を警戒したのかもしれない。振り切れてないけど。
そしてラナに到着すると、少々治安の悪い地域にある一軒家へと足を踏み入れ、以降表に出て来ないということだった。ほとぼりが冷めるまで潜伏するつもりか?
雇った斥候は三人で、まだ交代で見張っているということだった。俺が行くまでもう少し頑張ってもらおう。
「という訳で、次の目的地はラナになりました。明日の早朝に向かうから、大人組は準備しておいてね。見習い組は、今回はお留守番ね」
「古都ですわね! 一度行ってみたいと思っていましたの!」
「魔道具の研究所があるんやったっけ? なんぞ掘り出しモンでもないやろか?」
「何か美味しいものがあればいいわね!」
「食い物は知らねぇけど、確か草木染と焼き物が盛んなんだよな?」
「……独特の古都野菜もあると聞いた」
「あらあら。それはまた、お料理担当としては聞き流せない情報ね。うふふ」
「ちょっとちょっと、遊びに行くんじゃないんだよ? 観光や買い物は全部片付いてからね」
「「「はーい」」」
浮かれてる皆に釘を刺すけど、返事からはまだ浮ついた気配が消えていない。やれやれだ。俺も観光する気満々だけど。
そんな中、大人組の中で唯一浮かれていないのがアーニャだ。むしろ落ち込んでいるように見える。
「……アタシも行っていいみゃ?」
いつになく控えめだな? どうやら、自分が一緒に行くと問題があるかもしれないと考えているようだ。
確かに、相手の本拠地に、相手が強引な手を使ってでも手に入れようとしているアーニャを連れて行くんだから、何が起きてもおかしくはない。
ぶっちゃけ、これまで以上にあからさまで強引な手段に訴えてくる可能性が高い。
でも、だから、それがどうした?
「もちろん。アーニャは『自分のせいで皆に危険が及ぶかも』なんて考えてるのかもしれないけど、アーニャには何の責任も無いよ。悪いのは全部委員会とかいう異常者集団だからね。それに、留守番させるより僕の傍に居てもらったほうが守りやすいし」
誘拐する側とされる側、どちらが悪いかなんて分かりきっている。そのことで被害者が思い悩む必要はない。といっても、まだ被害は出ていないし、今後も出させないけど。
「……分かったみゃ! ボスに全部任せるみゃ!」
「うん、任せられた」
「ラナは渓流の魚が美味しいみゃ! 淡白で塩焼きが最高だみゃ!」
「うん。うん?」
「海の魚より小ぶりだから、骨ごとマルカジリできるみゃ! たくさん食べるみゃ! 支払いはボスに任せるみゃ!」
「うーん?」
控えめなアーニャは幻想だったみたいだ。一瞬で本来の食いしん坊ニャンコに戻ってしまった。
まぁ、いいんだけどね。いつも通りが一番だ。焼き魚の代金くらいは出しますよ。ええ、甘露煮も美味しそうですね。
「それで、残る見習い組には宿題を出します」
「宿題、ですか?」
「そう。難しいことじゃないよ。僕たちがいない間に、冒険者ギルドで下位の依頼を出来るだけ沢山受けてこなしておくってことだけ」
「下位の依頼です? 上位のじゃないです?」
「そう、下位。薬草採取とか街中の雑用とかだね」
見習いの子供組は、戦闘力に関しては、既に中級以上の力があると俺は思っている。魔法も身体強化もあるからな。体術も仕込んでるし。
けど、いかんせん、戦闘以外の経験が少なすぎる。これまで常に俺たちと一緒に行動していたから、普通の冒険者とはかけ離れた経験しかしていないんだよな。
普通の冒険者は野営や移動に馬車を使ったりはしないし、飲み水を魔法で出したりもしない。移動は大荷物を抱えた徒歩で、飲み水は水筒かそこいらの水場の水だ。お肉欲しさに
これではいけない。俺たちが居なければ何もできない、苦労を知らない大人になってしまう。冒険を知らない冒険者になってしまう。
下位の依頼というのは、そういった冒険者の常識を覚えるには打って付けだ。比較的危険も少ないから、今の子供たちなら不安もないし。
そもそも、この子たちを一人前の冒険者に育てることが当面の目標だからな。今回はそのいい機会だ。
「分かり、ました。頑張ります」
「(こくこく)」
「やりますですよ!」
「奮闘」
「ピーッ! よくわからないけど、ピーちゃんもがんばるーっ!」
今回、ピーちゃんは
こうして今後の予定が決まった。準備が出来たら出発だ。
「おやつは大銅貨三枚までですわよ!」
「イワシの焼き干しはおやつに入るみゃ?」
「水筒の中はジュースでいいよな? 水はキッカが出してくれるし」
「あらあら。ジュースだと腐っちゃうかもしれないわよ?」
「それならお酒ね! ワインを入れておきましょ!」
「ウチ、お酒は苦手やわぁ」
「……お茶」
遠足じゃねぇっつうの。皆、浮かれ過ぎだ。
あと、焼き干しをおやつにするのは多分お前だけだ、アーニャ。
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