第232話

≪それで、どういう状況なんだ?≫

≪その口ぶりからすると、ベンはここへは来てないんだな?≫

≪ああ。お前が来るとは思ってなかった。何があった?≫

≪先に村を出て状況を伝えに行った、はずだ。来ていないということは、消されたのかもしれないな≫

≪……まさかと思うが、大森林をひとりで行かせたのか?≫

≪そうだが、不味かったか?≫

≪かなりな。それは消されたんじゃない、魔物に喰われたんだ≫

≪まさか? ああ見えてベンは五つ星の冒険者でもあったし、魔除けの香も持っていたんだぞ?≫

≪五つ星程度じゃあな。最低七つ星、しかも五人以上のパーティを組んでないと、大森林じゃ生き残れないって話だ。あそこは俺たちが知っている魔境じゃない。大魔境だ≫

≪そんな……なんでそんなところに、あんな立派な村が?≫

≪知らんよ。そんなに立派なのか?≫

≪ああ、白い石壁の建物が並んでいてな。ラナの街が貧民街に思えるくらいだ。王都よりも立派なんじゃないか?≫

≪それほどか、信じられんな。男爵はまだ九歳だったか? そんな子供がどうやって……≫

≪分からん。おそらく魔法だろうとは思うんだが、村で男爵以外の魔法使いを見たことが無い。そして男爵は土魔法使いではない≫

≪隠しているのか。凄腕の魔法使いは一軍に匹敵するというしな。慎重なことだ。そうか、だから時間がかかっているのか。近づけないんだな?≫

≪それ以前の問題だ。まず、何処に居るのかが分からん。基本的にドルトンにいるからというのもあるが、村にいるはずのときでも、何処にも寝泊まりしている様子が無い。偶に見かけても、取り巻きが多くて近寄れん。どうにも手詰まりだ≫


 なかなか本題に入ってくれないな。この近況報告が終わってからかな?

 もう結構眠いんだよね、俺。早くして欲しい。

 足元のウーちゃんなんか、もう丸くなることをやめて、仰向けにひっくり返って寝ている。スピースピーと寝息を立てているのが、なんとも幸せそうだ。


≪上はなんて言ってきている?≫

≪いつも通りだ。早く鍵を手に入れろとよ。現場の苦労も知らねぇで、あの爺ぃ共が≫

≪……鍵は今、この街にいる≫

≪本当か!? それはいい情報だ。で、なんとかなりそうか?≫

≪俺だけじゃ無理だ、人手が要る。集められるか?≫

≪むう……鍵はいつまでここに?≫

≪予定では、四日後の朝までだ≫

≪ギリギリだな≫

≪なんでだ? 盗賊ギルドなり傭兵崩れなりに依頼すれば、人なんてすぐ集められるだろう?≫

≪それがな、この街の盗賊ギルドは、ついこの間一斉摘発されてな。どう調べたんだか、末端の末端まで捕まっちまったから、裏社会のまとめ役がいないんだ。話を持って行く相手がいない≫

≪じゃあどうするんだ? また村に戻られたら手が出せなくなるぞ?≫

≪だからギリギリだと言ったんだ。面倒だが、小物連中から細かく人手を集めるしかない。まぁ、そちらは何とかする。お前はなんとか隙をみて、情報を俺に伝えてくれ。それを聞いて計画を立てる≫

≪分かった。任せる≫

≪詳しいことはまた明日の夜に。『叡智の光をあまねく御世に』≫

≪『叡智の光を遍く御世に』。ではまたな≫


 男は来た道を戻って、寄り道をせずに宿の大部屋の寝床へと戻った。今晩はもう動かないみたいだ。


「あまり具体的なことは分かりませんでしたわね」

「そうだね。委員会とやらが意外と大きな組織っぽいのと、仕切っているのがお爺ちゃん連中らしいってくらいかな? あ、裏社会との繋がりもちょっとあるっぽかったね」

「鍵はアタシのことだみゃ? 人手を集めて襲うっぽい事を言ってたみゃ」

「あらあら、何人集めても無理なのにね。うふふ」


 うむ、襲ってきたら返り討ちにするだけだ。そしてお上に突き出して報奨金を貰う。俺の金蔓だな。早く来い。

 そういえば、初めてこの宿に泊まった時も夜中に襲われたな。偶然か? もしかして、何か変な呪いでもかかってるんだろうか? ここに『夜襲の宿』なんて不名誉なふたつ名が付いたら困る、オーナーとして。


「すぐに襲われることは無さそうだけど、念のために明日からはテントを買って牧場で野営しようか。焼き討ちなんてされたらいやだからね」

「まぁ! 野営なんて久しぶりですわね!」

「いつ以来や? エンデでゴブリン退治してた時以来か? ああ、屋敷を魔道具に占拠されてたとき以来やな」

「面白そうね! アタシは久しぶりにBBQをしたいわ!」

「うみゃ! 川で釣りもするみゃ! 魚を焼くみゃ!」

「アタイは坊ちゃんが言ってた『焼マシュマロ』ってやつを食ってみたいぜ」

「あらあら。それじゃ明日のわたしはマシュマロ作りね。うふふ」


 なんかキャンプするっぽい話になってきた。緊張感が無いなぁ。襲撃はレクリエーション、焼き討ちはキャンプファイヤーってか?

 まぁ、それはそれで楽しそうだからいいか。自然の中で食べるご飯は美味しいし、イベントは楽しんだ方がいい。いや、襲撃はイベントじゃないな。油断は禁物。

 牧場はボーダーセッツ郊外にあるだだっ広い草原だけど、小川とちょっとした林もある。それ以外、周りには何もないから、誰かが近付いてきたらすぐに分かる。俺は気配察知があるから、何かあっても分かるけど。

 そんな場所を襲おうと思ったら夜陰に紛れるしかない。つまり、襲撃を夜に限定できる。いつ来るか分かっていれば、万全の対応ができるというものだ。


 撃退するのはいいとして、問題は委員会という組織だ。あの商店の男を調べるしかないんだけど、誰がそれを調べるのかが難しい。

 諜報活動に最適な俺が自分で動くことが一番だけど、アーニャがここに居ると知られた以上、俺たちの周囲に監視の目が付くことは間違いない。当然、俺にも付くだろう。表立っては動けない。動くと不審に思われる。

 さて、どうするか……。


 とりあえず、今夜はもう寝よう。そろそろ限界だ。

 子供の身体は徹夜できるようには出来ていないし、寝ぼけた頭じゃいい考えは浮かばない。寝るのは仕事のためだ。決してサボってるわけじゃないんですよ?

 寝たまま起きないウーちゃんを抱えてベッドルームに移動する。お姫様抱っこだ。ウーちゃんは全く起きない。野生は何処へ置いてきた?

 ウーちゃんをベッド下の毛布の上に寝かせて、バスルームで歯を磨いたら下着だけになってベッドへダイブだ。

 一緒にクリステラとルカがダイブしてくるけど、もう突っ込む気にもなれないくらい眠たい。

 はぁ、今日も良く働いたなぁ。



 今日も冒険者ギルドだ。

 目的は、昨日新規登録させた面々に初歩の依頼を受けさせること。俺も受けた『薬草採取』の依頼をしてもらう。定番だからな。

 というのは表向きの理由で、皆が薬草採取に出かけている間に極秘の依頼をするのが真の目的だ。


「身辺調査ですか。しかも極秘で期間は一か月……少々値が張りますよ?」

「構いません。必要経費も常識的な範囲でなら請求していただいて結構です。前金でいくらかお渡ししておきます」

「分かりました。出来るだけ腕利きの斥候職に当たらせます」

「よろしくお願いします。あ、出来ればふたり以上でお願いします。交代やいざという時の連絡係が必要になるでしょうから」

「そうですね、では最大三人ということにしておきます」

「はい、それで結構です。報告が上がってきたらドルトンの冒険者ギルド宛に転送をお願いします」

「はい、お任せください」


 例の商店の調査という極秘依頼はあっさり引き受けてもらえた。何と言っても、盗賊ギルド摘発の時の貸しがあるからな。

 俺自身、今は男爵でドルトン冒険者ギルドの支配人という肩書もある。断られる心配は全くしていなかった。


 使える物は何でも使う。それが上手く世の中を渡っていくコツだ。全部自分でやろうとすると、どこかに無理が出るからな。前世で懲りたよ。

 ちなみに、例の工作員は買い出し班で、冒険者ギルドには来ていない。買い出し班を率いているのはアーニャとキッカ、クリステラだからな。目的がアーニャである以上、別行動をとっている俺たちに同行する意味は無い。だから簡単に極秘依頼を出せた。


 さて、あとは襲撃を撃退して、冒険者ギルドからの報告を待つだけだ。果報は寝て待て。

 委員会とやらの全貌……とまでは言わないけど、端緒でも掴めればいいなぁ。

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