第九章:秘密結社編
第231話
ふむふむ、なるほど? 委員会?
ふーん、こいつらラナが拠点なのか。上から眺めたことがあるくらいで、立ち寄ったことはないな。
何の話かと言えば、アーニャを狙う例の不審な連中のことだ。俺が武術大会で忙しかった間の報告をジョンから受けていたんだけど、たったひとり拠点の村へ残された男の独り言にそんな単語が出てきていた。
ジョンから送られてくる情報は、映像と音声がそのままだから臨場感が高い。ダンジョンは劇場運営に向いている魔物かもしれない。いや、アクセス出来るのが俺だけだからホームシアターかな?
一か月後には王様と官吏数名がこの大森林の村に視察に来る。
何を見たいのかは知らないけど、俺は一応この村の責任者だから、一行の安全を確保する義務がある。まぁ、剣聖が危機に陥る状況なんてそうそうないだろうというのは置いといて。
その際、一番の懸念点になるのが、例の不審な連中だ。
ジュニアを唆して俺を殺そうとしたり、村に潜入して隙あらばアーニャを攫おうとしたりと、倫理観の欠如した行動を繰り返している。全部失敗してるけど。
ふたり居たうちのひとりは、村から脱出しようとして大森林の大蜘蛛に喰われたし。
視察団の件がなくても、そいつら(もうひとりしか残っていないけど)の排除あるいは拘束をしたいところなんだけど、連中にも犯罪という倫理観は一応あるらしく、表立って行動していないから証拠不十分というのが現状だ。疑わしきは罰せず。小賢しい奴め。
なので、証拠集めのためにジョンに監視させてたんだけど、その男の独り言に『委員会』と『ラナ』という単語が出てきていた。
委員会というのは、奴らの所属する組織のことだろう。
その響きには真面目な学術組織っぽい匂いがあるけど、奴らの倫理観の欠如っぷりから察するに、良識ある知者の集まりではなさそうだ。
ラナというのは、王国の東部にある古都の名前だ。エンデとの国境である山中にあり、学術都市として知られている。
エンデ支援の時に何度か上空を飛んだけど、古い街らしい細い路地の入り組んだ複雑な町並みと、大きな石造りの塔が印象的だった。
王都にある『王立学園』は貴族や豪商の子女が通う学校だけど、ラナにある『国立学院』は主に平民向けの学校で、試験に合格しさえすれば無償で通えるらしい。
そのため、学問の道を志す者が貧富、民族、人種を問わず多く集まり、日夜研鑽を重ねているそうだ。この国における真の最高学府ってわけだな。本当に学問を究めたい貴族が、学園卒業後に入学することもあるとか。
その学術都市に関係する倫理観のない委員会……そこはかとなくマッドなサイエンティストっぽい連中を想像してしまうのは俺だけだろうか?
正直、あの王様がマッドなサイエンティスト程度に害されるとは思えないし、連中の目的がアーニャである以上、王様に危害が及ぶ可能性は低いと思われるけど、最悪というのは常に想定を上回ってくるものだ。
不安要素は排除しておくに限る。ということで、こちらから仕掛けさせてもらう事にした。ここからは俺のターンだ。
◇
「はーい、それじゃ買い出し班はグループ毎に行動開始! 迷子にならないようにねー。冒険者ギルド班は僕についてきてねー。行くよー」
「「「はい!」」」
十数名の村民を率いて国内有数の湊町、ボーダーセッツにやって来た。例の男以外は全員ネコ耳だ。なかなかに壮観だな。
外出の名目は、生活雑貨や日用品の買い出しと希望者の冒険者登録だ。
一応、大森林の村だけで自給自足ができるように環境は整えてある。けど、まだ人口が少なくて職人の絶対数が足りていない。
内部で作成できない物が結構あって、特に生活雑貨なんかは材料からして足りていない物も多い。職人を誘致するか育てるかしないとな。今後の課題だ。
そういった足りないものは随時俺が補充してるんだけど、現地で生活していない俺には気が付かない物もあったりする。そういったものを買い足すために、今回は何人かを村から連れてきている。
また、村の場所が大陸屈指の魔境大森林のど真ん中にあるということで、周囲には魔物という脅威が溢れている。これは逆に言えば、魔物素材の宝庫が塀の外に広がっているということだ。可能であれば村の収益にしたい。
そこで、いずれは村人だけで獲物を狩って周辺の街まで素材販売に行かせられたらなという思惑もあって、とりあえず希望者に冒険者登録をさせることにしたのだ。身体強化だけでも覚えさせておけば、なんとかそのくらいは出来るはず。たぶん。出来たらいいな?
というのは表向きの目的で、真の目的はもちろん委員会とやらを誘い出すための罠だ。
ボーダーセッツにも委員会の構成員がいることは既に分かっている。村に潜入した工作員は、連絡や報告のためにその構成員と接触するに違いない。そこから糸を手繰って委員会という組織の全容を暴こうという目論見だ。
そこまでしなくても、潜入工作員は分かっているんだから、そいつを排除してしまえば当面は解決だとも考えた。
けど、委員会とやらがどの程度の規模なのかがまだ分からない。工作員を送り込んでくる以上、小さな組織ではないはずで、だとすれば、今の工作員を排除しても新たな工作員が送り込まれてくることは十分考えられる。
エンドレスのイタチごっこならともかく、業を煮やして手段が過激化してきたら村に被害が及ぶかもしれない。根本的な解決をしないと安心できない。
当初はもっと時間をかけて工作員を追い詰め、情緒不安定にさせてから自白させるつもりだったんだけど、王様の視察という想定外のイベントが決まっちゃったからな。早めに問題を取り除いておかないと、更に想定外の事態になりかねない。
という訳で、今回のお出かけだ。工作員を囮にして、隠れた組織構成員を誘い出す。名付けて『ネズミの友釣り作戦』! さて、何が掛かるかな?
◇
夜である。
今日は俺がオーナーの湊の仔狗亭に皆で泊まっている。俺と仲間たちは最上階のスイートルーム、村民は大部屋で雑魚寝だ。
昼の間は敢えて単独行動をさせなかった。自由に行動させると、逆に不審がられるかもしれないからな。夜も自由になるのは就寝時間だけにした。だから、動くとすればこの就寝時間だ。
スイートルームのリビングに皆で集まり、巨大モニター平面とサラウンドスピーカー平面で大部屋を監視している。ローテーブルには試作の山盛りポテトチップスと豆茶が並べられている。
「これはクセになりますわね。手が止まりませんわ」
「ホンマや。パリパリサクサクで、ほんのり甘じょっぱいのが絶妙や」
「あらあら、夜中に食べると太るのに、あらあら」
「胸がでかくなればいいんだけどよ、全部腹や二の腕にいっちまうんだよな」
「ボスはヒドイみゃ、太ったら責任とってもらうみゃ」
「食べたら運動すればいいのよ! いくらでも付き合うわよ!」
皆じゃなかった。年少組とタロジロたちはもう寝ている。夜だからな。子供は寝る時間だ。ウーちゃんだけが俺の足元で丸くなっている。どこでもいっしょだ。
俺も年齢的には年少組なんだけどなぁ。成長に悪影響が出なければいいんだけど。
ポテトチップスは、芋がジャガイモじゃなくて甘みのある森芋だからか、なんとなくサツマイモチップスっぽい味がする。これはこれで美味い。レストランのお茶請けメニューに追加だな。
皆、パリパリモグモグと休まず手と口を動かしている。ポテトチップスは食べ始めると止まらなくなるんだよな。
ジャスミン姉ちゃんなどは、もう鷲掴みと言ってもいい量を一度に口へ運んでいる。学園で礼儀作法を教わったはずなんだけどなぁ。唯一の現役貴族令嬢のはずなんだけどなぁ。
「おっ、動いた」
輝度を上げたためにちょっと画質が悪くなった画像の中で、男がひとりゴソゴソと動いている。
例の工作員だ。音を立てないようにベッドから抜け出して、出口へと向かっている。
同室の感覚の鋭敏なネコ族たちの何人かは耳を動かしているけど、起き出したりはしていない。トイレにでも向かったと思ってるんだろう。
男は部屋を出るとそのまま共同トイレに向かい……窓を開けて外へ出て行った。やっぱりな。
カメラを追尾させて男を追う。真っ暗な街の中を、恐る恐る進む男の姿がモニターに映っている。
「動きが素人っぽいみゃ。本職じゃないみゃ?」
「委員会って言ってたから、そもそも肉体労働じゃなくて頭脳労働が役目なのかもね。荒事は、壁を越えて行ったもうひとりの方の担当だったんじゃないかな?」
うちでは俺と同じくらい隠密行動が得意なアーニャが意見を出す。俺も同じ意見だ。まぁ、見た目からして筋肉質じゃないしな。ごく普通の中肉中背だ。
追跡を続けると、やがて男は一軒の店の前で立ち止まった。何かの商店のようだ。
キョロキョロと周囲を見回すと、その商店の横にある細い路地を入って行った。カメラもそれを追う。
平面魔法のカメラには実体が無いから、例え目の前にあっても視認できない。超優秀なスパイツールだ。CIAやKGBなら涎を垂らして欲しがるに違いない。
でも俺ならキ〇グスマンに行く。あそこは犬OKだからな! 圧倒的なアドバンテージだ。
商店の勝手口らしきドアまで来ると、男はドアを四回叩き、間を少し開けて二回叩き、また間を開けて四回叩いた。如何にも合図っぽい。
少し待つと、中から男の声がする。
≪『もう店は閉めたよ。買い物なら明日の朝にしてくれないか』≫
≪『急ぎの買い物なんだ。朝までに山ブドウのワインをひと樽』≫
ドアが開いて、ひげ面の男が顔を出す。どうやらさっきのやり取りも符丁だったみたいだ。もっと簡単な『風』『谷』とかでいいのに。
≪どうした? 目標は確保できたのか?≫
≪いや。想定していた以上に困難だ。報告と今後の対応を相談したい≫
≪……聞こう。入れ≫
≪すまん。『叡智の光を
≪ああ。『叡智の光を遍く御世に』≫
「……何か変な奴が出てきたな」
「ちょっと間諜っぽいですわね。他国の手の者かしら?」
「あり得るのは、やっぱエンデやろか? けど、なんで今更アーニャはんをって感じやな」
「そりゃアレじゃね? シーマ王朝の復活とかじゃね?」
「うみゃあ、女王なんてめんどくさい事したくないみゃ」
「あらあら、お姫様は女の子の憧れなのよ。うふふ」
クリステラは間諜、スパイっぽいって言ったけど、俺的には秘密結社っぽく感じられた。それも悪の秘密結社。委員会とやらが非合法行為に手を染めてるなら、そのほうが実態に即しているだろう。
改造人間とかが出てきたらどうしよう? バッタのお面とデコレーションバイクを用意しておかないと。変身ポーズも考えないとな。おっと、ベルトも必要だった。風車の付いたやつ。
「まぁ、話を聞いてれば、それも分かるんじゃない? ほら、それっぽい地下室に入っていくよ」
燭台を手に、勝手口の床から地下の食料倉庫らしき場所へふたりは降り、突き当りの壁の棚を横へずらす。棚の裏には秘密の入り口があり、更に地下へと続く階段が見えた。いかにもだ。
いよいよ連中の目的と正体が分かるかもしれない。ちょっとドキドキしてきた。
「まだまだ夜は長そうね! となれば、ポテトチップスとお茶のお代わりを要求するわ!」
大皿に山盛りだったポテトチップスは既に空になっていた。ジャスミン姉ちゃんの頬っぺたはリスの様に膨らんでいた。
……マジで太るよ?
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