第198話

 結局、今回の戦いは引き分けということに落ち着いた。

 裁定を下すはずだったDr.ワイリーが死んでしまったので、代わりに俺が裁定を下した。一応部外者で貴族なので、代理としての問題はない。

 ロックマン子爵はちょっと不満そうな顔をしたけど何も言わなかった。俺が子爵そんちょうの身内なのは知っているだろうけど、Dr.ワイリーもロックマン子爵の親戚だからな。ブーメランが刺さって状況を悪化させる愚を犯さなかったあたり、やっぱりロックマン子爵は計算高い。せこいとも言う。


 これで万事解決、現状維持だ。川の権利は基本的に新ワイズマン子爵が持つけど、当面使用料は取らないことに決まった。

 この結果なら誰も損をしない……わけじゃないか。戦費は各々の負担だ。人数を揃えて準備万端調ととのえてきたロックマン子爵側の出費は結構な額になっているだろう。辺境の貧乏子爵には相当な痛手のはずだ。

 一方、子爵そんちょうの方は人数が少なくて予算は潤沢にある。大きな損失がない分、新ワイズマン子爵側の判定勝ちと言ってもいいかもしれない。


 ぶっちゃけると、俺としては子爵そんちょうの勝ちか引き分けじゃないと困る事態になってたかもしれないから、この結果にはほっとしてる。

 何故って、今進めている街道整備に影響が出る可能性があったからだ。


 ドルトンとダンテスの町を結ぶ街道整備は、全長約四百キロにも及ぶ巨大プロジェクトだけど、ほとんどの土地は領主がいない国有地だ。

 だから、国の許可さえ下りれば問題なく工事を進められる。領主が居る土地も当事者である新ワイズマン子爵のものなので、工事を進めることに何も問題はない。森を切り開こうが川に橋を渡そうが、好きにできる。

 ところが、川の権利をロックマン子爵に奪われてしまうと、やれ『川の流れが変わると領地に影響が出るかもしれないからルートを変更しろ』だの『水量の変化によって作物への影響が予想されるから賠償しろ』だの、とても面倒な調整が必要になる可能性があったのだ。

 ことある毎に苦情を出されて、そのたびに工事が中断されてしまうなんてことは、前世でもよく聞いた話だ。


 勿論、なるべく下流に影響が出ないよう注意して工事を進めるつもりではいるけど、いつも完璧な仕事ができるとは限らない。不測の事態は往々にして発生するものだ。

 締め切り間際に致命的なバグが見つかるとかマジ勘弁してほしいけど、実によくある話なのだ。

 そんなとき、関係者が少ないと調整と修正が楽でいい。

 現状であれば、俺と子爵そんちょうの話し合いだけで済む。意思決定が早ければ、全てが迅速に進む。なるべく余人を交えたくはない。

 そういう意味では、今回の結果は俺にとって最善に近い形でまとまった。めでたしめでたしだ。


 双方の兵が帰還の準備を進める中、俺と仲間たちは大穴の調査へと向かう。地面が崩れ落ちてアンデッドが湧くだなんて、尋常の事態ではないからな。調べないわけにはいかない。

 穴の深さはそれほどでもない。せいぜい百メートルというところだろうか。そしてその穴の底には……


「何か見えます?」

「あれは遺跡、かいな? あんま見かけん作りやな。なんや、カエルの卵みたいや」

「……マズそう」

「あらあら、うふふ」


 高いところが苦手なクリステラは、いつものように目隠しをして俺に抱き着いている。まだ残暑厳しい季節だから暑くて敵わない。


 穴の底にあったのは、お椀を伏せたような半球状の建築物の集まりだった。半球と半球の間をまた別の半球が埋める様は、確かに何かの卵か泡の塊を連想させる。

 色が赤茶けてるから、俺的にはカエルの卵と言うよりもイクラっぽく見えるけど。熱々どんぶり飯に山盛りにして食いたい。サーモンの刺身も乗せて海鮮親子丼でもいいな。

 ああっ、なんてこった! そういえば醤油がなかった、なんたる不覚! いや、味噌があるから、たまり醤油なら手に入るかもしれない。あとで聞き込みだな。

 一部は崩落した土砂で半壊してるけど、かなりの数がその形を留めているように見える。遺跡だとしたら、相当に貴重な文化財だろう。学者が喜びそうだ。

 一応の確認でマクガフィン先生に尋ねてみたところ、


 魔導教国後期様式の住居。魔法を用いて建設されている。その土地の地質によって外壁の色は異なるが、形状はドーム型であるのが同様式共通の特徴。


という事らしい。ドーム状だからなんとなく避難所か研究施設っぽいなぁと思ってたんだけど、普通に住居だったようだ。何を考えてあんな形にしたのやら。

 カエル好きの町だったとか? それともバブルの真っただ中だった? 泡状だし。


 魔導教国は、今のウエストミッドランド王国が成立する前にこの大陸で栄えていた大国だ。優れた魔法文明で大陸全土を支配したけど、禁忌に触れて約二千年前に神によって滅ぼされたらしい。

 詳しい記録は残ってないそうだけど、その神ってやっぱり『天候と裁きの神』なんだろうなぁ。

 魔導教国時代の遺跡は今でも各地で見つかることがあり、そこから発掘された魔道具は今のものより高品質で重宝されているらしい。二千年以上前の道具がまだ動くってところが凄いな。


「どうやら魔導教国時代の遺跡っぽいね。もうアンデッドは居ないっぽいし、降りて探索してみようか」

「天秤魔法によると、穴の中に有毒な物質は無いようですわ」

「よっしゃ、古代遺跡や! お宝の匂いがするでぇ!」

「あらあら、アンデッドの腐った肉の臭いでなければいいけど。うふふ」


 何はともあれ、古代遺跡なのは間違いない。ならば探索するしかないでしょう! 俄然、冒険っぽくなってきた!

 やっぱファンタジーはこうでなくっちゃな!



 平面魔法の板に乗って皆で穴の底、半壊した建物の上まで降りる。

 その際に崩れた建物の壁を間近に見ることができたんだけど、思ってたより厚くなかった。五センチくらいしかないし、芯材も通ってない。ドーム型は圧力が分散して頑丈だからか、それとも魔法で強化してたのか。なんとも不思議な建築方法だ。

 地下の遺跡はそれほど広くなかった。直径五百メートルくらいの円形で、俺たちが降りてきたのは丁度その中心くらいだ。


「うん?」

「どうかなされまして? ビート様」

「いや、土砂に埋もれてるのはここだけなんだなと思って」

「それがどないしたん? 上の地面が陥没してきたんやから、当たり前ちゃうん?」

「それはそうなんだけど、それって、上の地面が落ちてくるまで、ここは土に埋もれてなかったってことだよね?」

「っ! 分かりましたわ! つまりこの遺跡は地面に埋まったのではなく、最初から地面の下に作られていた可能性が高いという事ですわね!?」

「うん、それが一番説得力があるかなと思って」

「ああ、なるほどやな」

「……地底人?」

「あらあら、こんな地面の下じゃお洗濯物が乾かないでしょうに」


 いや、多分魔導教国人だと思うし、洗濯物は魔法でなんとかしてたんじゃないかな? 知らんけど。

 まぁ地底人なら、それはそれで浪漫があるからアリだ。某ネズミ遊園地のアトラクションっぽくていい。

 残念ながら、太古の自然や恐竜どころか、ネズミ一匹生きてなかったけど。皆アンデッドになってたみたいだけど。

 しかしまぁ、なんで地下なんかに町を作っちゃったのかね? 高層化に限界が来て地下へ向かわざるを得なかったとかか?

 そのわりには低層のドーム型住宅なんだよな。

 うむ、分からん! きっと、そういうムーブメントがあったんだろう。そういう事にしておこう。難しいことは学者に任せればいい。


「そういえば、うちの国には研究所ってあるの? こんな古代遺跡を発掘したりするところ」

「王都に王立学術魔法魔導院がありますわ。院にはいくつもの研究室があるそうですけれど、遺跡の発掘をしそうなのは魔道具開発と歴史の研究室でしょうか。魔導教国時代の遺跡からは有益なものが得られることがありますから」


 さすがクリステラ、打てば響くように答えが返ってくる。まだ目隠しを取ってないのが残念過ぎるくらい有能だ。早く取りなさい。

 研究機関があるなら問題はない。先に遺物を回収して、後で高く売りつけてやろう。思いがけず良い金策に巡り合えたかもしれない。


 早速、天井が崩れた建物から家探ししていく。家の中には光が届かないから、俺が平面魔法のライトで全体を照らす。

 ふむ、ここは寝室か? 家自体の広さは三百平方メートルくらいあるけど、内部はいくつかの部屋に区切られていたみたいだ。その区切りの壁部分が崩れ落ちて二部屋がひと続きになってしまっている。隣はリビングっぽい。

 目の前には二つの白い直方体が並べて置かれている。どう見ても石造りで堅そうなんだけど、直方体の大きさが丁度シングルベッドくらいだから、どうしても寝室っぽく見えてしまう。ひび割れたりはしていないけど、経年劣化か、ところどころ黄色味がかっている。まぁ、元々そういうデザインだった可能性もあるけど。

 ……まさか棺桶じゃないよな? アンデッド繋がりでヴァンパイアが出てきたりは……うん、大丈夫だ。魔物の気配はどこにもない。フラグが立ちそうで立たないのが俺という人生だ。

 さて、目の前に正体不明の物体がある、そんなときは信頼のマクガフィン先生の出番だ。先生、お願いします!


 魔導教国時代の寝台。魔法で身体を宙に浮かべて眠る。重力の負荷がかからないので身体への負担が少ない。


 やっぱりベッドだった。しかも超ハイテク(?)エアーベッドだ。すげぇ、是非欲しい! あっ、でも毛布が掛けられないかも? 冬場は寝袋が必要そうだ。


「魔導教国時代の寝台みたいだけど、動力が切れてるね。持って帰って調べてみよう」

「こないなデカいもんどうやって……いや、ビートはんやったら問題ないか」


 平面を貼り付けてベッドを浮かしていると、キッカのつぶやきが耳に入ってきた。うん、問題ないね。

 文化財っぽいものだけ残して、それ以外の役に立ちそうな魔道具は根こそぎだ。冒険者だからな!


 リビングっぽい部屋には、一見目ぼしいものは見当たらなかった。現代日本ならテレビくらいはありそうなものなんだけど、魔導教国には存在しなかったんだろうか? いや、地底じゃ電波が届かないか。

 魔法で情報をやり取りしてた可能性もあるけど、魔素は地中じゃほとんど移動しないからな。俺の気配察知も、地下方向はかなり分かりづらい。

 多分、雨や地下水なんかで運ばれた魔素が高密度に堆積しているためだと思う。実際、地中には大気中の数百倍もの魔素が存在している。そのせいで魔素同士がぶつかって移動が制限されているんだろう。

 ……あっ、この町が地下に作られた理由もそれか? 外部に魔素を漏らしたくなかったから地下に町を作った……遮断せざるを得ない理由があった……禁忌に触れて滅ぼされた魔導教国……そして、今は天井が崩落して外部に繋がっている……。


 って、もしかしてヤバいんじゃないか、ここ!?


「探索は早めに切り上げるよ! クリステラ、魔法で価値がありそうで持ち出せそうなものを探して!」

「わ、分かりましたわ! 少々お待ちくださいませ!」

「なんやの、いきなり! なんかあったん?」

「分からない、でも、想像通りならここに長居するのはヤバいかもしれない。そうだデイジー、何か『先読み』で分からない?」

「……待って、集中する。……っ、見えた! 若、早く逃げよう! ここは今日明日中に消えて無くなる!」

「あらあら、それは大変ね」


 やっぱりか! デイジーの『先読み』は確度が高い。おそらくその通りになるだろう。

 まったく、本当に当たって欲しくない予想は当たるんだよな。予想の斜め上にフラグを立てるのはやめてくれよ、俺の人生。

 大急ぎでよく用途の分からない魔道具らしきものを掻き集め、マクガフィン先生に問題ないものである事の確認をとってから遺跡を脱出する。

 一応、内部の様子は全てカメラで録画してあるから、後で資料にまとめることは可能だ。学者先生にはそれで我慢してもらおう。



 そして俺たちが遺跡を脱出したその日の夜遅く、轟音と共に遺跡はその姿を永遠に消した。

 巨大な縦穴のみとなったその跡地の上空には巨大な島が浮かんでいた。

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