第197話

 しかし、なんでこんな大穴が空いたんだ? 地下に空洞があったってことなんだろうけど、水脈でも通ってたか? 水流が長い期間をかけて削ったとか。


「ビート様、何か様子が変ですわ! 強い魔力が穴から!?」


 クリステラが大穴を指差す。同時に俺の気配察知が何かを感知する。

 これは……まずい、皆を避難させないと! 普段は地面の下まで気配を探らないから気付かなかった!


≪旧ドルトン伯爵領代官のビート=フェイス男爵だ! 緊急事態発生につき全員の即時退避を命ずる!! 急げ、穴から離れろ!!≫

≪ビート、やっぱりお前か! これはいったい何事なんだ!?≫

子爵そんちょう、話はあとで! 今はここから離れて、早く!!≫


 平面魔法製のスピーカーで双方に注意勧告をする。そのやり取りの間にも大穴からは気配が上がってくる。俺はカモフラージュを解除し、大穴へと疾駆する。


「ビート様!?」

「皆はここで待機! 片付いたら呼ぶから待ってて!」

「……若が慌ててる、これは危険」

「っ! 承知や、気ぃ付けてな!」

「ご武運を!」


 気配はもう大穴の縁まで上がってきている。

 目視できる距離なのに、その『ナニカ』は肉眼ではよく見えない。蜃気楼のように、輪郭がぼんやり揺らいで見えるだけだ。プ〇デターの光学迷彩に似てるけど、これは光が回折してるんじゃなくて透過してるっぽい。

 薄っすら青白く発光してるけど、昼間だからよく分からない。夜ならハッキリ見えるかもしれない。


「な、なんだこれは! 寄るな、私はロックマン子爵だぞ!」

「わ、吾輩はワイりひひひぃいぃっ!?」


 あっ、あっちが早かったか! ロックマン子爵とワイリー男爵がナニカに襲われてる! 止せばいいのに警告を無視して穴の中を覘きに行ってるからだ!

 ナニカに触れられたDr.ワイリーが見る見る干からびていく!? エナジードレインってやつか!

 やばい、このままじゃ死ぬかも! ……別にいいか、死んでも。警告はしたんだから、それで被害に遭っても自己責任だ。

 そもそも子爵そんちょうの敵だし、戦場で死ぬことがあるのは当たり前だ。放っておこう。


「むっ、悪霊ゴーストたぐいか!? 全員退避! こいつらは魔法でなければ倒せん! 触れられると生気を吸い取られるぞ!!」


 さすが元一流冒険者、直ぐにナニカの正体に気付いたらしい。

 父ちゃんを始めとした新ワイズマン子爵軍が全力で後退する。流石は開拓村で鍛えられた面々、指示に対する反応が早い。

 そう、マクガフィン先生によるとこいつらは、


 ・虚霊(レイス)

 アンデッド。無念を抱いて死んだヒト種の怨讐が魔素に籠って生み出される魔物。ゴーストの上位種。生物から魔素と水分を吸い取る。実体が希薄なため、物理的干渉をほとんど受け付けない。稀に言語を発するが思考しているわけではなく、怨讐が漏れているだけである。


 だそうだ。非実体系のアンデッドで、魔法による攻撃しか受け付けない、非常に厄介な魔物だ。

 さすがにこれを連れ帰るのは無いな。エサが大変そうだ。言う事聞かなそうだし。なによりモフモフしてないし! これ重要!!


「そ、総員退避! 急ぎ後退せよ!!」


 遅まきながら、ロックマン子爵軍も後退する。お、ロックマン子爵、逃げ切ってるじゃん。なかなかしぶといな。腐っても辺境の領主ってことか。生き残るサバイバルスキルは高いっぽい。

 新ワイズマン子爵軍ほどじゃないけど、ロックマン子爵軍もなかなかの速さで後退していく。

 少人数だと命令が伝わりやすくていいよな。これが大軍だと、すぐには後ろまで伝わらなくて混乱しているところだ。


 さて、これで大穴の近くにいるのは俺だけだ。干からびたDr.ワイリーはもう死んでるだろうから気にしなくていい。心置きなく暴れられる。

 最も近くにいる生者である俺に、レイス共が群がってくる。ものすごい数だ、多分千を超えている。しかも、どんどん穴から次のが湧いて出てくる。総数は万に近いかもしれない。

 レイスには物理攻撃が効かないらしい。剣で切ろうがハンマーで叩こうが、少し拡散するだけで倒すことはできないようだ。

 でも、だからどうした。俺には平面魔法がある!

 一番近くのレイスを平面魔法製の刃で細切れにする。


「――――――っ!」


 声にならない叫びをあげてレイスが消滅する。うむ、やっぱりな。物理攻撃が効かなくても、物理攻撃であり魔法攻撃でもある平面魔法製の刃なら切り裂けるようだ。

 近づいてくるレイスを片っ端から斬る、切る、KILL!! あ、もう死んでたか。アンデッドだもんな。


 しかし、斬っても斬っても数が減らない。細切れだと消失するけど、真っ二つ程度では再生してしまうみたいだ。更に、穴からは後続が続々と押し寄せてきている。刃を増やして乱れ斬りしても、まさに付け焼刃という感じだ。埒が明かない。

 ちょっと戦法を変えるか。まだ製作途中だから使いたくないんだけど、別に壊れるわけでなし、出し惜しみしてもしょうがない。


「あれは、船かいな?」

「帆がありませんわね? 手漕ぎにしては大きすぎますし」

「……青黒い」

「あらあら? 船の逆立ちなんて初めて見たわ」


 大穴の上空に、船首を真下に向けた巨大な軍艦が出現する。元になった第二次大戦で沈んだ奴じゃなくて、それをモチーフにした宇宙そらを飛ぶ戦艦の方だ。それも昭和版。

 ただし、まだ完成してはいない。第三艦橋は無いし、各所の作り込みディテールもカクカクで粗い。内部の〇動エンジンの作り込みを先にやってたからなぁ。

 そもそも、戦艦のたぐいは曲線と細かいパーツが多過ぎる。モデラー泣かせだ。

 素早くスカイウォークで主艦橋の横まで移動する。レイス共の動きは遅く、俺に追いつけない。この間に準備を最終段階まで進める。


≪総員、対ショック、対閃光防御!!≫


「むっ!? これは!」

「ビートの魔法だべ?」


「な、なんだこれは!? 板!?」

「ま、魔法!?」


「ああ、きっと光るんやな?」

「あらあら、耳もふさいだほうがいいかしら?」


 退避した子爵そんちょうたちやロックマン子爵軍、クリステラたちの前に、半透明の黒い平面を展開する。

 ついでに用途不明の歯車型メーターも並べておく。別に必要ないけど、様式美というやつだ。

 俺の頭にはゴーグル型のサングラス、目の前には銃型の引き金装置が現れる。うん、この引き金も本当は必要ない。様式美だ。


《エネルギー充填120%!! 誤差修正、照準良し! 三、二、一、波〇砲発射!》


 全部ひとりでやるのはイマイチだな。完成したら引き金は誰かに引いてもらって、俺は発射の合図だけしよう。艦長役だ。何もかも皆懐かしい。

 ちょっと時間を端折って、巻き気味に引き金を引く。悠長にテンカウントしてる余裕はない。レイスが間近に迫ってる。

 最下部のシリンダーから、大量のパーティクルが超高速で噴出される。今回のパーティクルは発光設定のみで重力設定と衝突判定は付けていない。

 周囲に強烈な光が溢れ、全ての物が光の白と影の黒に色分けされる。音も衝撃もない、ただ、光が全てを飲み込んでいく。


「ひぃっ!?」

「お、お天道様が、お天道様がっ!?」


 ロックマン子爵軍はちょっと混乱しているみたいだ。魔法への馴染みが薄いんだろう。


 このパーティクル、少量短時間ならただ眩しいだけなんだけど、大量に浴びるとちょっと面白い現象が起きる。なんと、対象が持っている魔素を減少させてしまうのだ。

 どうやら、パーティクル自体に衝突判定がなくても、それを構成する魔素に衝突判定が残っていることが原因らしい。


 魔素自体は極微細な粒子なので、通常は魔素同士が衝突するなんて事態はほとんど起こり得ない。

 しかし、魔法によって高密度に纏められた魔素が移動した場合、その移動経路にある魔素は弾き飛ばされ、あるいは巻き込まれて移動してしまうらしい。

 結果、その物から魔素が失われてしまう。


 ヒトであれば、その体内にある魔素を一定以上失うと気を失ってしまう。いわゆる魔力切れという症状だ。

 魔物であれば、より高密度の魔素の塊である魔石を持っているため、全ての魔素が弾き飛ばされることはない。

 ただし、魔石以外の魔素は弾き飛ばされるため、一時的に能力や身体機能の低下が発生する。例えば、スライムなら身体が小さくなるという感じだ。

 ゴースト系のアンデッドの場合、体内に魔石はない。これは、身体を構成する魔素が魔石の代わりになっているためだと思われる。ゴースト系アンデッドは微細な魔石、つまり魔素の集合体なのだ。そのゴースト系アンデッドに大量の魔素を浴びせるとどうなるか? その答えがコレだ。


「「「――――ッ!?」」」


 波〇砲を浴びたレイス共が拡散、消滅する。

 光を浴びただけに見えても、実際には身体を構成する魔素が弾き飛ばされているのだ。その弾き飛ばされた魔素が更に周囲の魔素を弾き飛ばし――そして、きれいさっぱりレイス共は消し飛んだ。穴から出てきた奴らも、穴から出て来ようとしていた奴らも、全て纏めてだ。ゴースト系アンデッドに魔法が効くというのは、つまりこういう事だろう。


 気配察知でも、もう周囲に魔物の気配は感じられない。ここまで魔素が拡散されてしまっては、もうレイスとしての再生は不可能だろう。


「終わったな」


 誰も『ああ』と答えてくれないのが少し寂しい。

 八月も終盤だけど、まだ暑さは厳しい。タライに水を張って足でも浸けておこうかな?

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