第196話

 人の頭くらいの大きさの石がゴロゴロと転がる荒れ地を挟み、新ワイズマン子爵軍とロックマン子爵軍が対峙している。双方の距離は五百メートルくらいだろうか。

 太陽はまだ中天にも差し掛かっていない。


 軍と言っても、その規模はかなり小さい。ロックマン子爵軍は約五十名、新ワイズマン子爵軍に至っては僅か七名だ。王国の法律ルールによって、領民の一割までしか動員出来ないためにこの人数になっている。

 人数的には新ワイズマン子爵軍の圧倒的不利だけど、新ワイズマン子爵軍は全員が身体強化を使える。戦力的な差はそれほど絶望的でもない。

 加えて、ロックマン子爵軍は武器防具が不揃いで、中には鎧を着ていなかったり武器が鍬だったりする者がいるのに対し、新ワイズマン子爵軍は全員が揃いの革鎧に身を包み、種類は異なるものの、それぞれが上質な武器を手に持っている。

 装備の充実度は新ワイズマン子爵軍の方が明らかに高い。まぁ、俺がひとっ飛びして買い付けてきたんだけど。

 総合的な戦力差は、若干新ワイズマン子爵軍の不利というところだろうか。数の力は侮れない。

 しかし、子爵そんちょうの差配ならこの戦力差をひっくり返すことも不可能ではないだろう。まぁ、それ以前に、俺が戦いなんてさせないけど。


 お、ロックマン子爵軍からひとり、いやふたりが前に出てくる。どちらも他に比べて豪勢な鎧を身にまとっている。どっちかがロックマン子爵だろうけど、もう片方は誰だ? 〇イト博士か?

 騎乗はしていない。ふたりとも徒歩だ。と言っても、両軍共に騎乗している者はいないんだけど。馬(にそっくりな魔物)は高価だから、戦いで潰すのは惜しいんだろう。数少ない、人に慣れてる魔物だしな。

 行商に必要とはいえ、複数頭所持していたビンセントさんは、実は結構なお金持ちだったのかもしれない。

 同じように、新ワイズマン子爵軍からは子爵そんちょうひとりが進み出る。相変わらずのゴリマッチョだ。

 彼我の距離が百メートルくらいになったところで双方足を止めると、ロックマン子爵側のひとりが声を上げる。


《吾輩は内務庁総務局のワイリー男爵である! この度の争議解決の見届け人として王都より参った次第である! 双方遺恨無きよう、正々堂々の立ち合いを望むものである!》


 まさかのDr.ワイリーが出てきたよ! でも、髪は禿じゃなくてフサフサだ。着ている物も普通の紺の貴族服だし顔も全然似てない。こっちの方が細面で若干男前かも。でもマントだけはそれっぽいかな?


「ワイリー男爵は爵位こそ男爵ですけれど、代々王城に務める由緒ある貴族家ですわ。歴史が長いですから、婚姻政策で各地の領主とも血縁関係がありますの。ロックマン子爵家へは、先々代の当主の正室にワイリー家の女性が嫁いでいたはずですわ。つまり現ロックマン子爵の祖母ですわね」

「なるほど、だから今回の騒動はこんなに急展開だったのか。ロックマン子爵からの働きかけがあったんだろうね。早ければ早いほど、準備の出来ない新ワイズマン子爵家が不利になるから」

「正々堂々が聞いて呆れるわ。ズブズブのベッタベタやん」


 まさかまさかの、Dr.ワイリーがロックマンの身内だった。もうロボットで世界征服をする野望は捨てたんだろうか?

 そういえば、Dr.ワイリーにはミドルネームのある立派な本名があった気がする。実は由緒ある家柄だったのかもしれない。覚えてないけど。

 見届け人と言っても、実際には裁判官のようなものだ。最終的な判断はDr.ワイリーが下すことになるだろう。そして、どんな結果でも子爵そんちょうに不利な判決が下されるのは間違いない。やっぱり戦いが始まる前になんとかしないと。


 そんな会話をしている俺たちは、戦場予定地から少し離れた荒れ地の窪みに身を隠している。俺の平面魔法で偽装してあるから、間近に来ても気づかれることはないだろう。

 子爵そんちょうにも教えてないから、知っているのはここにいる俺、クリステラ、キッカ、ルカ、デイジーの五人だけだ。他の皆は村でお留守番をしてもらっている。

 本当は俺だけで良かったんだけど、どうしてもと言うから連れてきてしまった。女の子の押しに弱いのは前世からの弱点だ。


「ひとりにしたら、また何か魔物連れて帰って来てまうやん?」

「いや、いくらなんでも、そう毎回はやらないよ」

「……ウーちゃん、キッカ、ジョン、ピーちゃん。前科四犯」

「うぐっ!」

「ちょっ、なんでうちも入ってるん!?」


 確かに、どの子も単独行動した時に仲間にしている。ジョンは連れてきたわけじゃないし、ピーちゃんは卵だったから連れて帰ったんじゃなくて持って帰ってきたんだけど。キッカは確かに連れて帰ってきた、間違いない。

 まぁ、この荒野にいるのは野兎と偽岩亀くらいなものだけどな。……どっちも草食で大人しいからペット向きかもしれない。ひとりで来てたら捕まえに行ってた可能性は否定できない。


 おっと、次はもうひとりの貴族服の男が何か言うらしい。三十歳を少し超えたくらいの、口髭を蓄えたどこにでも居そうな中年男だ。こいつがロックマン子爵かな?

 予想と違って青くない。黄色と言うか、からし色の貴族服だ。3P、いや4Pカラー?


《私がチャールズ=ロックマン子爵だ! 先祖代々受け継いだ我が領地から水利権を奪うことは、領地を授けてくださった王国に対する反逆に他ならない! 私は我が全力を持ってこれに抗い、王国への忠誠を誓うものである!》

《私がダンテス=ワイズマンだ! 我が領地は現国王陛下から授かった正統なる王国の財産である! これに付随する水利権を奪わんとするは、王国に対する明らかな叛意である! 王国貴族として、これを放置することはまかりならん! 全力をもってこれを排除する!》


 ロックマン子爵のげん子爵そんちょうが言い返す。これが戦口上ってやつか。初めて見た。


 お互いの主張には一応の筋が通っている。それが過去からの継承か現状の認証かという違いなだけだ。

 こういうものは、双方が納得する案を話し合いで出すのは難しい。新しいものにも古いものにも、どちらも理由があってそうなっているわけだからな。

 こういうときは殴り合いで解決するのが一番手っ取り早い。言葉や主張が平行線で全く交わらないなら、拳を交えて語り合うしかない。最後に立っていた方が意見を押し通すというわけだな。分かりやすい。些か乱暴なようだけど、世の中なんてそんなもんだ。

 ただ、今回はどうやっても子爵そんちょうに勝ち目はない。元より勝ったら不味い戦いなんだけど、裁定を下す見届け人がロックマン子爵の身内だ。子爵そんちょうは100%負ける。引き分けはない。やっぱり俺が何とかするしかないか。


 双方が自陣へと戻っていく。このまま一騎打ちなら子爵そんちょうの勝ちなのにな。


「双方が自陣へ戻ったら合戦開始ですわ。人数差がありますから、おそらく押し包んでの包囲戦になると思いますわ。ロックマン子爵側は小細工は不要と考えるでしょうから」

「だね。でも新ワイズマン子爵軍は皆一騎当千だから、思ったようには行かないだろうけど。まぁ、双方共に何もさせないけどね」

「おっ、そろそろ始まるで」

「……高みの見物。贅沢」

「あらあら、窪みの中からだけど。うふふ」


 ロックマン子爵側で銅鑼のような音が鳴り、兵士たちが広がりながら一斉に駆け出す。多勢に無勢、一気に押し切って勝負をつける気だろう。

 対して、新ワイズマン子爵側は父ちゃんを先頭に魚鱗の陣で待ち構えている。押し寄せるロックマン子爵軍を抑えきり、消耗させて退却させようという狙いかもしれない。身体強化が使えるダンテスの町の面々がいるからこそ選択できる戦術だ。


 互いの先頭の距離が二百メートルくらいになった。それじゃ、そろそろ始めますか。あんまり引き付けても意味がないし。

 戦場に広く深く打ち込んだ多数の平面を、一斉に前後左右へと同時に動かす。最初は小刻みに、そして次第に大きく。それに連られて大地が揺れる。

 そう、局地的な地震の発生だ。

 震度四くらいかな。荒れ地の岩が転がるくらいの揺れだ。


《うおっ!? な、なんだこれは!?》

《ひ、ひぃっ! じ、地面が揺れてる!?》

《う、うわぁっ! 立ってられねぇ!》

《た、祟りだ! 大地の女神さまが怒ってらっしゃるんだ!!》


 双方共にパニックだ。ほとんどの人が両手足を揺れる大地に突き、泣きわめきながらひたすら揺れが収まることを祈っている。阿鼻叫喚ってやつだ。

 たったの震度四程度で情けない、と言うなかれ。日本以外の多くの国の人にとって、地震とはそれくらいあり得ない現象なのだ。


 前世で社畜をしていた頃、3DCGツール技術の更なる向上を目指して技術セミナーを受けたことがある。

 その時の講師は、デジタル先進国であるカナダから来た日系人だった。二世だそうで、日本語が堪能だったのでセミナー終了後にいろいろ話を聞いてみたんだけど、日本に来て何に驚いたかって、『地震』に一番驚いたそうだ。

 それも地震の多さに驚いたわけではなく、地震が起こることそれ自体に驚いたそうだ。四十近い年齢と聞いていたけど、地震に遭ったのは初めてだったそうだ。

 日本では日常……とは言えなくとも、数年に一回くらいは大小の地震を体験する機会がある。住んでる地域にもよるけど、一回も経験したことがないなんていう人はほとんど居ないだろう。

 しかし、世界には一生どころか何世代にも亘って地震を経験したことがないという人も少なくない。いや、むしろそちらの方が多いくらいかもしれない。

 この世界の人もおそらくそうだ。俺は転生して以来この歳になるまで、一度も地震を経験したことがない。母ちゃんに聞いてみても、一度も経験したことがないという話だった。身内でも唯一、サラサが一度経験したことがあるだけだった。そのくらい王国周辺での地震発生率は低いのだ。日本が特殊なだけなのだ。

 そんな人たちが地震に遭うと、少なからずパニックに陥る。不動の信頼を寄せていた大地が不安定に揺れるのだ。その不安感たるやこの世の終わりかと思う程だと、くだんの講師も言っていた。

 ということで、今回の戦闘停止に利用させてもらった。その効果は過去にヒアリング済みで実績ありだ。もう戦いどころではないだろう。

 現に、もう二本の足で立っているのは子爵そんちょうと父ちゃんしかいない。子爵そんちょうはともかく、父ちゃん、やっぱり何気にスペック高いな。


 ビキッ


 おう? なにやら怪しげな音が……


 ビキビキッ!


 あっ、戦場の真ん中に亀裂が! ちょっとやり過ぎたか? そろそろ止めた方が良さそうだ。平面を解除して振動を止める。


 ビキビキビキビキッ! ズゴゴゴゴオォッ!


 いかん、解除したのに収まらない、亀裂が蜘蛛の巣みたいに広がっていく! 中央が陥没して戦場に穴が開く!?

 あっ、やばい、ロックマン子爵軍の兵士が落ちそうだ! さりげなく平面で支えて穴の外へと押し出す。


 ドゴゴゴゴゴゴオォオォッ!!


 穴が広がっていく!

 やばい、新ワイズマン子爵軍は穴から離れてるから大丈夫だけど、押し寄せていたロックマン子爵軍は半分くらいが崩落に巻き込まれそうになっている! 地震に腰を抜かしてまともに動けていない!

 ええい、世話の焼ける! 俺のせいだけどさ!! 平面で尻を支え、穴の外へと兵士たち全員を押し出す! 間接的とはいえ、オッサンのケツなんかを触ることになろうとは! なんか汚染されそうだ!

 子爵そんちょうの敵は俺の敵も同然だけど、この兵士たちのほとんどは、徴兵されただけの近隣の領民だ。本来は兵士ですらない一般市民だ。

 兵士なら死ぬのも仕事のうちだけど、そうじゃないなら死なせるのははばかられる。本当の兵士との区別もつけ難いし、面倒だから全員助けるしかない。

 全く、こんなにオッサンのケツを押させて、変な趣味に目覚めたらどうしてくれるんだ! せめて□ールちゃんを出せ! 癒しを俺に!


 崩落はほんの数十秒で収まった。風が吹いて、舞い上がった土煙が押し流されていく。

 直径二百メートルほどになるだろうか。ほぼ円形の綺麗な穴が戦場に開いている。荒れ地に突然現れた大地のへそというところか。

 両軍とも、例外なく穴を見つめて呆然としている。もう戦いどころじゃないって感じだな。

 予想外の出来事アクシデントはあったけど、概ね俺の計画通り! 結果良ければそれで良し!


「ビート様……やり過ぎですわ」


 あっ、やっぱり? てへぺろっ!

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