第199話

「で、いったい何がどうなったんでぇ?」

「ええっと、発端はロックマン子爵からの異議申し立てだったみたいで――」


 ドルトンに帰ってきた翌日、俺は手早く子爵同士の紛争の顛末、遺跡の発見と崩壊、ラプター島がその遺跡上空に移動してきたことを通信の魔道具で王都に報告した。

 通信の魔道具は電報みたいにテキストを送る魔道具で、いうなればファクスの魔道具だ。

 運用コストがバカ高いから、緊急時以外では定例報告にしか使われていない。今回はその緊急時ということで使わせてもらったんだけど、送って三十分も経たないうちに『可及的速やかに登城して口頭で詳細を報告しろby王様』という、嬉しくない内容の通信が返ってきた。

 拒否るわけにもいかず、獲得した魔道具の整理もそこそこに翌日、王都へとやってきたわけだ。

 俺、この国でもかなりの辺境に住んでるのに、ちょっと気楽に呼び出しすぎだよ、横暴王め。

 で、今はその『口頭にて詳細を報告』ってやつをしているところだ。


「――と、そんな感じかな?」


 全てを説明し終えたら、王様が右肘を机に突き、その掌で額を押さえて俯いてしまった。頭痛か?

 まぁ、いろいろと起こっちゃったからしょうがないか。為政者は大変だね(他人事)。


「……まぁいい、報告ご苦労。それで、いくつか聞きてぇことがあるんだけどよ」

「うん、何?」

「まず、その天候と裁きの神とやらだけどよ、王国うちを滅ぼすようなことは無ぇんだな?」

「うん、多分ね。禁忌に触れなければ大丈夫のはずだよ」


 いくら横暴でも無能じゃないのが王国うちの王様だ。一番に訊ねるのが国家の安全保障っていうところに根の真面目さが表れている。

 まぁ、そうじゃなきゃ手伝ったりしないけどな。

 無能な上司の部下になることほど悲惨なことは無い。前世で最も身に染みた教訓だ。


「その禁忌ってぇのが分からねぇのがいてぇな。まぁ、魔導教国と同じくらい魔法が発達するまでは心配無ぇ……と信じてぇところだな」

「うん。下手に知っちゃうと、逆に研究したくなるかもしれないしね。何もしないのが一番だと思うよ」


 実のところ、俺は何が禁忌であるかを知っている。マクガフィン先生が教えてくれた。

 だから当面、王国が裁かれることはないであろうことも分かっている。


 神の定めた禁忌、それは『新種の生命の創造』と『核開発』だ。

 うん、確かにどちらもヤバい。


 たとえば新種の生命創造。

 まず考えられるのが、最もシンプルな生命の形であるウィルスや細菌だ。そしてそれは非常に強力な病原体となり得る。

 自然発生するウィルスや細菌は、どんなに毒性が凶悪でも、致死率百パーセントという事はないらしい。

 というのも、自然に発生した場合は近似する病原体が過去に発生している可能性が高いので、今生きている生物であればその抗体を持っている可能性が少なからずあるからだという。

 新型インフルエンザウィルスもインフルエンザウィルスであることに違いはないという事だ。

 また、細菌やウィルスは繁殖に宿主が必要になるので、その宿主を確実に殺してしまうような生態だと、繁殖できずに宿主と一緒に死滅してしまう。

 だから百パーセントの致死率などという病原体は、通常ではあり得ないのだそうだ。

 しかし、これが完全な新種の病原体であった場合は違う。

 突然現れたものだから、世界のどこにも、どんな生物も抗体を持っていない。

 また、人工的に生み出されるものであれば宿主の状態を考慮しない可能性も十分あり得る。

 それはつまり、感染したら誰も抵抗することができず、毒性の強さによっては世界中総ての生命が絶滅の危機に曝されるいうことだ。

 この世界を創り出した神様にとって、それは許しがたい蛮行だろう。禁忌指定もうなずける。

 あっ、例外があったな。致死率百パーセントのウイルスがある。

 狂犬病だ。

 アレは感染すると必ず死に至る。回復した例はない。人とワンコの天敵だ。

 この世界では聞いたことがないけど、魔境の何処かには存在しているかもしれない。

 ウーちゃんたちに伝染らないよう気を付けないとな。


 核については言わずもがなだ。

 直接の殺傷力の高さに加えて、長期間に及ぶ放射能の悪影響は筆舌に尽くしがたい。

 世界で唯一の被爆国に生まれた身としては、核を開発、保持するような連中は滅んで当然だと思う。あれは害悪以外の何ものでもない。


 どちらも世界を破滅させるに足る脅威だ。世界の管理者である神が見逃すはずがない。裁きを受けるのは当然だ。

 あの遺跡にどちらの禁忌が残っていたのかは分からない。

 もう稼働はしていなかっただろうけど、資料や設備がまだ残っていたんだろう。それで神様に町ごと消滅させられたのだと思う。

 あるいは、あの町が滅びた原因もそれ・・だったかもしれない。何かの拍子にウィルスか放射能が漏れちゃったとか。

 だとしたら自業自得としか言い様がないな。


 俺は、どちらの技術についても基礎的な知識を持っている。普通に理系の大学へ進学したら、専門課程じゃなくても教わることだからな。

 つまり、今この世界で最も禁忌に近いのが俺だ。

 だからおそらく、俺は常に神様から監視されている。マクガフィンはそのための物でもあるはず。

 便利だけど個人情報は駄々洩れ。中国のネット監視網かよ。

 ある日、何の前触れもなく『おや? 誰か来たようだ』なんてのは御免被る。


 そんなわけで、この知識は誰にも伝えるつもりはない。それがたとえ王様でも例外は無しだ。

 多分サマンサの雷魔法で陽子や中性子も操れるんじゃないか、核分裂や核融合を扱えるんじゃないかと睨んでいるんだけど、それは決して教えない。

 電気だけで十分強力だし、その必要もないだろうしな。


 そういえば、ジャーキンの皇太子も転生者だったな。きっとあいつも監視対象になっているはずだ。

 まだ懲りてなければ、また技術開発を進めて禁忌に触れてしまうかもしれない。

 まぁ、別に隣の国が滅びても俺は困らない。親密な知り合いもいないし。

 王国の上層部は頭を抱えるかもしれないけど。為政者は大変だなぁ(他人事)。

 あっ、米と味噌が無くなると困るな! 今のうちに生産者と種もみ、麹を確保しておくか。


 意外にも、クローン技術については禁忌ではないらしい。

 神様にしてみたら『繁殖でも分裂でも、好きなように増えたら?』という程度の認識なんだろう。

 俺がそれを問題だと感じるのは、現代教育を受けたが故の倫理観があるからなんだろうな。


「それで、そのラプター島は飛竜ワイバーンごと移動してきちまったってぇのも間違いねぇんだな?」

「うん、全部で二十匹くらいかな? しばらくは急な環境変化に警戒して動かないだろうけど、もうそろそろお腹空かせて動き出すんじゃないかと思うよ」

「ちっ、面倒なことになりやがったな……レオン、ダンのところとロックマンのところに騎士団を常駐させられるか?」

「難しいですね。旧ジャーキン領とリュート海沿岸警備に回しておりますので、第二(騎士団)も第三も兵が足りておりません。それに飛竜戦となると装備が特殊になりますし、訓練もできておりません。これまで我が国にはほとんど飛竜がおりませんでしたから」


 報告の場所はいつものように青薔薇の間だ。

 しかし、今日は王様と俺だけじゃなく、内務尚書のレオンさんも同席している。王国のトップツーだ。

 一介の男爵に過ぎない俺が、なんでそんなふたりと話しているんだろう?


「となると冒険者ってことになるんだが、装備が無ぇんだよなぁ」

「訓練もですね。飛竜と戦った経験のある冒険者など、我が国にはほとんどいないでしょう」

「新ワイズマン子爵領には何人かいるけど、ロックマン子爵のほうには居ないかもね。あそこの魔境は小さな森らしいし」


 ラプター島が移動してくるにあたり、当然そこに住む飛竜も一緒に移動してきている。

 正確な数は数えてないから分からないけど、少なくとも二十匹は気配があった。

 今ラプター島が浮いているのは荒野のど真ん中、新ワイズマン子爵領とロックマン子爵領の丁度領境あたりだ。

 周囲は岩ばかりで、近場には手ごろな魔境や森林がないから、エサを求める飛竜が両子爵領深くへ向かう可能性は高い。

 特にロックマン子爵領には小さな魔境の森、そして小さな村があるから、エサ場候補としては有力だ。

 魔境が小さいから常駐している冒険者も中級(星五つ)未満ばかりで、飛竜戦の経験があるようなベテラン冒険者はほとんどいないらしい。襲われても防衛は難しいかもしれないな。


 今回、ロックマン子爵は踏んだり蹴ったりだな。

 確実な儲けが出ると期待して小競り合いを仕掛けたのに、予期せぬアクシデントで成果なし。

 おかげで戦費の回収ができなくて、儲けどころか大幅な赤字。

 呼び出した親類の官吏貴族が死亡して中央とのコネが無くなり、トドメに領内は飛竜襲来の危機と来たもんだ。

 もっとも、そもそもの事の発端はロックマン子爵なわけで、因果応報としか言いようがない。

 新ワイズマン子爵領のほうは、まだ領都であるダンテスの町しかないから、守るのは簡単だ。

 父ちゃんを始めとした飛竜戦経験者も何人かいるから、襲われても撃退できるだろうし。

 いや、むしろ『美味うまそうな肉が来ただ!』とか言って、嬉々として飛竜に襲い掛かりそうだ。あ、リアルに想像できた。


「それじゃ、急ぎで対処しなきゃなんねぇのはロックマン子爵だけだな。レオン、命令を出して対策をさせろ。費用が足りねぇなら貸し付けてやれ」

「承知致しました。村落の防衛に専門の人員と装備を出すよう命令を出します」

「ったく、身の程知らずが欲をかきやがって」


 王様が吐き捨てるように呟いた。どうもロックマン子爵に少々含むところがあるらしい。

 子爵そんちょうの領地を決めたのは王様だから、それに異を唱えたロックマン子爵のことを快く思ってないのかもしれない。

 その証拠に、俺に飛竜討伐の依頼を出そうとはしていない。俺なら楽に倒せることを知っているにも関わらずだ。

 ロックマン子爵には苦労してもらおうってことなんだろう。

 ロックマン子爵は計算高いけど、ちょっと目先の利益に囚われて判断を誤ったようだ。

 ボスバトル(新ワイズマン子爵戦)にも失敗したし、次のステージには進めそうにない。コンティニューできるといいね。


「さてと、それじゃ報告は終わったし、僕はそろそろ……」

「ちょっと待て小僧、まさかもう帰れると思ってねぇだろうな?」

「えーっと?」


 帰ろうとしたら呼び止められた。何か用事か? まさかの飛竜討伐依頼?


「あの街道整備の計画やら旧シーマ王家の残党やら、ついでに大森林に作ったってぇ村のことやら、お前ぇには訊かなきゃなんねぇことが山盛りあんだよ! 逃げれると思うなよ!」

「そうですね。国家の財布を預かる身としては、一切をつまびらかにしていただかないと」

「だいたい、テメエは行く先々で問題を起こしすぎなんだよ! どうやったら只の里帰りが神の裁きなんて話にまで大きくなるんでぇ!? ちっとは大人しくしてろってんだ!!」


 ありゃりゃ、なんかお説教モードに入っちゃったよ。

 きっとストレスが溜まってるんだな。王様って忙しそうだし。

 ああ、俺も原因のひとつか。これは申し訳ない。

 仕方がない、お付き合いしますかね。晩御飯までに終わるといいなぁ。


「おい、聞いてんのか、小僧!」


 これは長くなりそうだ。

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