第174話

 夕食に飽きて料理で遊び始めたグランツ爺ちゃんは、『体調不良』で退席させられた。今頃お饅頭を食べていることだろう。


「……驚かれましたか?」

「そうですね、素材の味を活かした素晴らしい料理の数々には驚かされました」

「……左様ですか、お喜びいただけたならなによりです」


 残った俺とドーソンさんは別室に移り、ようやく本題である実務者協議だ。その冒頭に、ドーソンさんから用件をぼかした問いかけがあった。他でもない、グランツ爺ちゃんについてだ。それ以外にあり得ない。

 国王が認知症だなんて、国の弱点を晒してるようなものだ。たとえ友好国といえども、他国の使節に知られるのは不味い。それを理由に交易や軍事で不利な条件を突きつけられる、なんてことも無きにしも非ずだ。国家に真の友人は存在しないっていうし。

 なのに今日の食事に同席させたのは、国の誠意を見せる必要があったからだ。国王自らが友好国からの使節をもてなす必要があったからだ。それだけエンデは追い詰められているのだ。

 それに対し、俺は何も見てないし聞いてないという姿勢を取った。それは『このことを大げさに喧伝するつもりはないですよ。誠意は伝わりましたよ』という意思表示に他ならない。国の使節としては問題かもしれないけど、外交は俺の仕事じゃないし。

 そもそも、弱ったワンコをいじめるなんてとんでもない。ワンコに十円ハゲができるなんて、とんでもないストレスがかかってる証拠だ。そんなワンコをいじめるなんて、モフリスト資格の永久剥奪でも生ぬるい。万死に値する。

 ドーソンさんにはその意思がちゃんと伝わったようだ。張りつめていた気配が少し和らいだ気がする。


 ウーちゃんとクリステラは別室で食事中だ。俺の護衛には、入れ替わりで騎士団のふたりがいた。盗賊の引き渡しで別行動してたんだけど、どうやら既に処理を終えて屋敷に到着していたようだ。すっかり忘れてたよ、ごめん。


 今回、俺が王様から与えられた任務は、救援物資の輸送と盗賊討伐、期間限定でのエンデ国内における救援活動だ。救援活動というのは、所謂PKOだな。異世界で自衛隊の真似事をすることになろうとは。自衛隊の皆さんほど技術も経験もないけど。

 他国への協力に派遣されるのが子供ひとりとその御付き、騎士十人に人足というのはかなり少ないような気がするけど、魔法使いというのは相当な戦力と考えられているようで、ひとりにつき兵士五十人相当という換算がされるらしい。俺とクリステラが魔法使いというのは知られているから、今回は百名超が派遣されたという勘定になっている。救援活動には十分な戦力だ。

 もっとも、本当は従魔を含めて九人の魔法使いがいるから、実質四百五十人相当ということになる。騎士団ひとつ分くらいだ。ちょっと過剰戦力かもしれない。


 派遣期間は約二か月。エンデとの交渉は必要だけど、状況に応じて早めたり延ばしたりしてもいいらしい。自分でスケジュールを決められるなんて、前世では考えられない厚遇だ。

 具体的な活動内容は現地で相談、つまりこの実務者協議で決定することになっている。連絡手段が発達していないこの世界では事前の打ち合わせにも時間と手間がかかってしまうから、それならいっそ現場で決めてしまおうというわけだ。

 仕事の内容まで自分で決めさせてもらえるなんて、なんという好待遇! もう元の世界には戻りたくない。碌に法整備されてない異世界の方がホワイトな労働環境だった件について。

 ちなみに、今回の任務は無報酬ではない。当面の滞在費なんかは持ち出しになるけど、後日王国から経費と報酬が支払われることになっている。領収書というシステムはないから、上限はあるものの、申告しただけ出してもらえるらしい。水増しし放題だ。しないけど。


「では、フェイス殿とその御付きの方々には、北山道周辺の治安回復をお願い致します。周辺領主への令状は、明朝お部屋までお届け致します。それをみせれば協力を渋ることはないと思います。よろしくお願いします」


 俺たちへの要請は治安回復、つまりゴブリンと盗賊の討伐だ。概ね予想通りだな。

 魔物狩りは冒険者の十八番だし、盗賊に関しても既に一団を駆除済みの実績があるから、安心して任せられるってことだろう。

 予想と違うのは、街道沿いを治める領主たちへの根回しが済んでないってことだ。令状を持って行って協力させるところからが仕事らしい。

 もし協力を拒否する領主がいた場合は、武力による解決も許可するそうだ。むしろ、それを期待しての要請かもしれない。

 反抗的な領主を合法的に駆除できれば、エンデ政府の求心力が増す。しかも嫌われるのは王国ってわけだ。よく考えてるわ。

 まぁ、穏便に片付けられれば問題はない。手堅く進めるとしよう。


 蝗害に関しては、俺たちへの要請はないらしい。幸いにも(?)エンデは山がちの国なので、被害は山で食い止められて大きく広がることはないだろうというのがその理由だ。

 とはいえ、エンデ国内の穀倉地帯が被害を受けているのは間違いないので、ウエストミッドランド王国からの援助は継続してお願いしたいそうだ。その輸送のためにも、障害となる盗賊とゴブリン、ついでに反抗的な領主を駆除して欲しいのだろう。駆除は引き受けるけど、援助に関してはうちの王様と相談してね。


 なぜエンデの軍隊が盗賊やゴブリンを駆除をしないのかというと、その余力がないからだそうだ。バツの悪そうな表情でドーソンさんがこぼしていた。

 現在、蝗害の発生した各地では深刻な食糧不足が発生しており、飢えた住民による略奪や暴動が頻発しているらしい。一部では領主が討たれる事態にまで陥っているそうだ。

 軍はその鎮圧にかかりっきりで、他にまで手が回らない状態だという。もはや暴動の域を越えて内乱だな。

 他国の貴族が内乱鎮圧などの軍事行動に関わると、良きにつけ悪しきにつけ、国家関係に影響を及ぼす可能性がある。救った地域の住民が親ウエストミッドランド王国派になったり反ウエストミッドランド王国派になったり、領地や褒賞問題になったりとかだな。

 それはエンデとしては避けたいだろうから、出来るだけ関わらせないように配慮したんだろう。自衛隊のPKOも軍事行動は極力避けるし。

 それじゃあ『飢えた暴徒が盗賊化したのを討伐するのはいいのか』って話だけど、こちらは軍事行動じゃなくて治安維持活動だから問題ないって判断らしい。

 あからさまなすり替えだけど、政治の話になるとそれが通ってしまうから不思議だ。『自衛隊は軍隊じゃないから、派兵じゃなくて派遣ですよ』っていうのと同じだな。


「貴国の援助には感謝しております。こちらでも可能な限り協力させていただきますので、どうかよろしくお願い致します」

「いえいえ、マーガレット妃殿下の心痛を考えればお安い御用ですよ」


 ウエストミッドランド王国がエンデを支援する理由。そのひとつが前国王の第二夫人であるマーガレット妃殿下だ。現国王にとっては義理の姉ということになる。

 妃殿下はグランツ爺ちゃんの末の妹で、国家間の安定のためにエンデから嫁いできている。前国王との仲も悪くなかったようで、ふたりの娘を生んでいる。ちなみに全員イヌ耳だそうだ。セレブワンコだ、モフりたい。

 以前のクーデター騒ぎのときは、全員女性で継承権がないため、運よく第二王子ブランドンの魔の手からは逃れられた。三人とも王都郊外の離宮でご存命だ。

 妃殿下、そしてふたりの姫がご存命である以上、エンデとの友好は疎かにできない。また、戦時中である今、同盟国が崩壊して火種が拡散するのを放置することもできない。

 それ以外にもいくつかの小さな理由が重なり、今回の救援が送られることになったそうだ。

 とはいえ、王国にもそれほどの余裕はない。ジャーキン、ノランの二方面で戦端が開かれているのだから、物資はともかく、人材は常に逼迫している。村長もドルトン伯爵も戦場に張り付きっぱなしだし。派遣するのは、できるだけ最小限の人員で収めたい。そこで白羽の矢が立ったのが俺というわけだ。

 成りたての準男爵だから役職も領地も持っていないし、子供だから軍務も免除されている。実際にはノラン、ジャーキン両国の首脳陣や軍施設を壊滅させるとか、ものすごく戦争に関わってるけど。

 ……壊滅させたのにまだ戦争が続いてるというこの不思議。いや、壊滅させちゃったから決定できる人がいなくなって、逆に収拾がつかなくなってるのかも。何事もやりすぎは良くないね。

 魔法使いだから戦力はあるし、冒険者だから現場での対応力も期待できる。野営は苦にならないし、獣人に対する偏見も無い。ついでに、当面の費用を自費で賄えるだけの資産もある。実に都合のいい駒だ。使わない手はない。俺がこの任務を与えられたのは必然だったというわけだ。

 便利な男、ビート君です。



 翌朝、昨日と同じ女性が昨日と同じイヌ耳カチューシャで令状を持ってきてくれた。『何も言うな』という無言の圧力が強い。

 その令状を持ってすぐに任務へと赴きたいところだけど、まずは食料を調達しなければならない。多少は自前の馬車に積んであるけど、何日野営することになるか分からないから、食料は出来るだけ補充しておきたい。エンデの特産品なんかも興味あるし。

 まぁ、買い過ぎて品薄になると住民の皆様が困るから、ほどほどに買い込むとしよう。


 この街の市場は港近くにあった。ぶっちゃけ、昨日積み荷を降ろしたあたりだ。

 昨日は何もなかった広場に、今朝はいくつもの露店が並んでいる。魚介類が多い。海産物に関してだけなら、ミニョーラ近郊の物資不足は深刻ではないようだ。

 そして、ワンコとニャンコが溢れている。天国はここにあった。


「うみゃ~、ボスはアタシには冷たいのに、他のネコ族やイヌ族を見る目は優しいみゃ。納得できないみゃ!」

「そんなことはないよ? たまにウーちゃんと一緒にモフってあげてるでしょ?」

「いつもウーちゃんのついでだみゃ! 待遇の改善を要求するみゃ!」


 いつも寝てるか食べてるかしかしてないアーニャが、珍しく俺に絡んでくる。よくあるヤキモチだろうか? ネコだしな。勝手気ままなのは仕方がない。


「わかったわかった、時間のあるときなら耳と尻尾をモフってあげるよ」

「背中もだみゃ! 逆撫ではナシだみゃ! それなら許してあげるみゃ!」

「はいはい」


 妙に上から目線なのはなんでだ? 俺がご主人様なのに。まぁ、モフるのは俺も楽しいから問題ないか。


「アーニャばかりずるいですわ! ビート様、わたくしたちも撫でてくださいまし!」

「せやな、うちらにも権利はあるはずや! 改善を要求するで!」

「いや、君らにはモフる耳もシッポもないでしょ!?」

「お尻とムネを撫でていただければ問題ありませんわ!」

「むしろ問題しかないよねソレ!?」


 アーニャに釣られて、クリステラとキッカが妙なことを言い出した。

 キッカのエルフ耳はともかく、それ以外はどこを触ってもセクハラだ。ホワイト企業を標榜するうちとしては、それは看過できない。

 いや、本人が望んだことならセクハラにはならないのか? いやいや、この場合は俺がセクハラされてるのか。


「あらあら、それじゃあ私はビート様の頭を撫でさせてもらおうかしら? お尻もいいわね」

「旦那様の、撫でるのは、すごく、優しいです。安心、します」

「(こくこく)」

「ピーッ! パパはパパだからやさしいの! はづくろいもじょうずなの!」


 ルカとバジルまで。まぁ、精神年齢的にはバジルやリリーの父親でもおかしくない。ピーちゃんも俺をパパって呼ぶくらいだし、そのつもりで撫でてるから安心してもらえるんだろう。ワンコやモフモフが幸せなら俺も幸せだ。尻は撫でないで。


「……好きな人に揉まれると大きくなるらしい(フニフニ)」

「マジか。アタイも揉んでもらおうかな……(フニフニ)」

「それは興味深いです! アタシも揉んでもらいたいですよ!(フニフニ)」

「同意|(フニフニ)」


 デイジー、サマンサ、キララ、サラサ! 街中で自分のムネを見つめながら揉むんじゃありません! 騎士のオジサン方が困ってるでしょ!

 えっ、微笑ましい? そうですか。大人だなぁ。

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