第173話

 小一時間程待っただろうか。使用人と思しき中年女性が俺たちを呼びに来た。服装は普通のメイド服だ。日本建築にメイド服ってどうなの?

 そして、やっぱりイヌ耳だ。ただし、本物ではない。


「皆様、申し訳ありませんが、こちらをお召しくださいませ」

「ナニコレ? エンデではこれが流行ってるの?」


 そう言って手渡されたのは、女性も身に着けているイヌ耳カチューシャだった。中年でメイド服でイヌ耳カチューシャ……いや、何も言うまい。睨まないで。


「そういうわけではありませんが……いえ、そのようなものとご理解いただけるとありがたく存じます」


 歯切れが悪いな。何か事情がありそうだ。まぁ、本人も好きで着けてるわけじゃなさそうだし、そういう趣向だと思って、ここは素直に着けるとしよう。無用の軋轢を生む必要はない。

 そういえば、この屋敷に入ってからはイヌ耳の人しか見てない気がする。皆、このカチューシャを着けてたのかもしれない。ひょっとして、エンデの王様はかなりのイヌ贔屓? 俺もイヌまみれだと幸せだけど、国王としてはどうなんだろう? 種族間の軋轢とか格差とか、そういうのを助長しちゃわないか?


「うみゃ~、耳が良く聞こえないみゃ~」

「ピーッ? ママと一緒? ちょっと違う?」


 天然イヌ耳のバジルとリリー、ウーちゃんを除いた皆がイヌ耳カチューシャを着け終わる。うむ、なかなかいいじゃないか。毎日エブリデイカチューシャ、略してエビカツもアリだな。

 ピーちゃんはセイレーンなのにイヌ耳が生えて、なんだか良く分からない生物になっている。魔改造されたフィギュアのようだ。幼女でセイレーンでイヌ耳……属性盛りすぎだな。

 アーニャは元々のネコ耳を押さえつける形になっているから、少々着け心地が良くないようだ。しかしこれも国家の安寧のため、しばらくの間我慢してくれ。二国間の平和は君のイヌ耳にかかっているのだ。たぶん。


 女性の先導で中庭に面した回廊や襖がズラリと並んだ廊下を歩いていると、まるで高級な温泉旅館へ来たような錯覚を覚える。ほんのり香る木の匂いのせいもあるかもしれない。仲居さん、大浴場はどこですか?

 板張りの廊下を靴を履いたまま移動するっていうのは新鮮だけど、なんとなく悪い事をしてる気がする。靴を脱いで浴衣とスリッパになりたい。浴衣は吉原繋ぎか団扇柄でお願いします。手拭いは豆絞りで。


 今、俺は王国正式の礼装を着ている。叙爵の時に着て行った緑のヤツと同じデザインの、別のヤツだ。あの時の服は王様にところどころ切られちゃったから、入手できる限りの高級素材でサマンサが仕立て直してくれたのだ。

 厳選素材のオートクチュールと考えると、かなりの高級品と言えよう。でも家族の手縫いと考えると、とても安上がりに思えるから不思議。まぁ、どっちにしてもサマンサには感謝だ。

 他の皆はお揃いの従者っぽい恰好になっている。黒のスーツっぽい服に白いシャツ、首には緑の紐タイだ。ウーちゃんは緑の蝶ネクタイで、ピーちゃんも同じく緑の蝶ネクタイに黒いベストを着ている。皆のタイが緑色なのは、俺の衣装に合わせたかららしい。子供たちはちょっとコスプレっぽい感じだけど、可愛いから問題ない。そもそも、一番コスプレっぽいのは俺だ。


「こちらでございます」


 そう言って通されたのは、やはり温泉宿の大宴会場のような広間だった。ただし板間で、でっかいテーブルと無数の椅子が並んでいる。畳にお膳じゃないのね。

 テーブルの上には洋風の燭台が乗っていることもあって、内装と調度の違和感が半端ない。奥の床の間には水墨画の掛け軸まで飾ってあるのに……あ、雲龍図かと思ったら雲図だ。翼が生えてるよ。やっぱ異世界だな。

 長いテーブルの一番奥、上座にはヨボヨボのお爺ちゃんワンコが座っている。髪と長く伸ばした髭が真っ白だ。眉毛も長くて顔がほとんどわからない。なんとなくオールドイングリッシュシープドッグっぽい。トリミングとブラッシングが大変そうだ。

 これがエンデの王様、グランツ=デラ=エンディミオンみたいだな。たしか七十手前のはずなんだけど、聞いてたより老けて見える。苦労したんだろう。やっぱり為政者になんてなるもんじゃない。

 王様の隣には中年の男性(やっぱりイヌ耳)が立っている。この人も苦労が多いのか、眉間には深い皺が刻まれていて目の下の隈も濃い。濃い茶色の髪に走る白いメッシュも、お洒落で入れてるわけじゃないんだろうなぁ。


「従者の方々はこちらへ」


 そう言って女性は隣の部屋へ続く襖を開ける。さすがに、国家元首と大使の会食に従者が同席するのは憚られる。隣室に別席が用意されているようだ。ウーちゃんとクリステラを除く皆がそちらへ移動する。

 クリステラは俺の護衛として残っている。そもそも俺に護衛が必要とは思えないんだけど、居ないのも形式として問題があるらしい。なので、クリステラがその貧乏くじを引いたわけだ。もっとも、クリステラ自身は俺と一緒にいる必然性が出来て喜んでたんだけど。

 ウーちゃんは俺の傍に居たかっただけだと思われる。いつもながら愛いやつよ。



 グランツ爺ちゃんの向かいに当たる席に俺が座り、クリステラがその左側に立つ。ここって下座じゃないの? なんて考えたけど、食事をするのは俺とグランツ爺ちゃんだけだ。国王を下座に座らせるわけにはいかないから、これで正解だろう。


「この度の我が国への多大なる援助、感謝の念に堪えません。国のまつりごとを担うひとりとして、深く御礼申し上げます。申し遅れました。わたくしは内務官房長官の役職をたまわっておりますドーソン=メサ=エンディミオンと申します。以後お見知りおきを。そしてこちらが我らがエンデ連邦王国国王、グランツ=デラ=エンディミオン陛下にございます。陛下は老齢にて大きな声が出せませんので、僭越ながらわたくしがお言葉を伝えさせていただきます。ご了承ください」

「これはご丁寧に。わたくしはこの度の支援物資輸送と貴国の復興支援の任を我が王より賜りました、ウエストミッドランド王国準男爵ビート=フェイスと申します。よろしくお願い致します」


 あちらの挨拶にこちらも応じる。やっぱりお爺ちゃんはグランツ陛下か。

 エンディミオン姓を名乗っているということはドーソンさんも王族っぽいな。もしかしたらグランツ爺さんの息子かも。そう思って見ると、面影に血の繋がりが感じられなくもない。

 あ、深々と下げた頭のてっぺん付近に十円ハゲ発見。やっぱストレスかな? 苦労してんだろうなぁ。


「本日はせめてものおもてなしをと、この席を設けさせていただいたわけですが、お恥ずかしい限りですが、ご存知の通り我が国は災難続きでして、あまり大したものをお出しすることが出来ません。が、幸いこの街は海がちこうございますので、そちらで獲れましたさちをお楽しみいただければと思います」


 山や畑がイナゴにやられても、海には影響がなかったってことか。とはいえ、海の幸だけで国民すべての腹を満たすのは難しい。近海で獲れる魚介類の量には限りがあるし、遠洋には大型海棲魔獣の危険がある。

 そもそも魚介類は長期保存ができないから、山間部への輸送も問題になる。やっぱり長期保存の出来る穀類や豆類が必要だ。今回俺が運んできたのも、そういったものがほとんどだったりする。

 更に言うと、今年をなんとか乗り切ってもそれで解決ではない。蝗害こうがいは一度発生すると数年続けて発生するからだ。大発生したイナゴが卵を産み、翌年に孵化してまた大発生する。そして周囲を食い荒らしてまた卵を産む。数年これを繰り返すのだ。

 対処しない限り、来年も再来年も食料不足は続く。それは為政者にとっては絶望以外の何物でもないだろう。そりゃハゲるわ。

 更には、繁殖したゴブリン共だ。早急に対処しないと被害が拡大し続ける。こちらはイナゴ以上に早い対処が求められる。

 その辺りの解決のために俺が送られてきたわけだけど、正直、起きてしまった蝗害にはあまり打つ手がない。被害に遭った農地周辺の土をかき集めて卵ごと焼く、くらいしか思いつかない。

 まだゴブリンの方が対処しやすいかもしれない。いつもの魔物や盗賊狩りの要領で問題ないだろうから。

 今回のこの会食は、その辺りの話をするために開かれたのだと思う。ランチミーティングならぬディナーミーティング。貴族の公務は食事ですら仕事だ。


 やがて、皿に盛られた海の幸が運ばれてきた。海藻と茹でエビのサワーソースサラダ、刻んだ香草が散らされた潮汁、鰈っぽい魚と小さな蛸のオイル煮、鰤っぽいのと鯛っぽいのの御造りなどなど。確かに、海の幸は豊富そうだ。

 っと、グランツ爺ちゃんがなにやらドーソンさんにつぶやく。


「陛下は『海の幸は鮮度が要ゆえ、積もる話は後にしてまずはお召し上がりいただきたい』と申しております。では両国の友好と海の恵みに感謝して。乾杯」

「乾杯」


 ドーソンさんはそういっておそらく水であろう液体の入ったグラスを掲げる。俺もそれに倣って自分のグラスを持ち上げた。

 俺の方に入っているのは水だった。お仕事だからお酒は飲めないっていうのもあるだろうけど、俺が子供だから配慮してくれたんだろう、きっと。グランツ爺ちゃんは既にフガフガ言いながら料理を口に運んでいる。

 あ、お箸が置いてある。ここは和風なのかよ、異世界、意味わからん。

 ふむ、海に近いだけあって素材の鮮度が高い。御造りのコリコリとした食感が堪らない。軽く振った藻塩の旨味と塩気が甘みを引き立てている。

 潮汁からは仄かに香ばしい香りがする。アラを一旦焙ってから出汁にしているんだろう。多分、御造りの鯛っぽい魚のアラだ。パセリっぽい香草の青い香りも上品で、シンプルな塩味だけど美味い。

 オイル煮に使われているこの油は……オリーブか? この国にはヤシじゃない植物性の油があるみたいだ。これは是非欲しいな。ケチャップとの相性が良さそうだ。お土産に持って帰ろう。出来れば苗木も。

 サラダに使われている緑と白の海藻はワカメの仲間っぽい。茎ワカメのようなサクサクコリコリとした不思議な食感に、エビの甘さとソースの酸味がマッチしている。

 予想外に美味いな、エンデ料理。魚介中心っていうところはロングアイランドの人魚族と同じだけど、こちらはより手間をかけてある感じがする。


 食事をしていると、グランツ爺ちゃんがなにやらフガフガとドーソンさんに話しかけている。盗み聞きじゃないけど、身体強化を使って聞き耳を立ててみよう。何気ない会話の中に重要な情報があったりするからな。


「(パパ、ボクおサカナあきたよ。おニクが食べたい)フガフガ」

「(父上、私はパパではありません。お肉はもうしばらく辛抱してください)フェイス殿、陛下は道中盗賊を退治いただいた事に非常に感謝しているとのことです。聞けば、その若さで既に上級冒険者と呼ばれるほどの腕前だとか。やはり特別な訓練などをなされたのですか?」

「いえ、育ったのが辺境でしたので、自然と身に付いただけで……」


 んん? なんだ?


「(え~、じゃあおまんじゅうが食べたい。おまんじゅう!)フガフガ」

「(御飯を食べ終わったら食べさせてあげますから、今はご飯を食べてください)陛下は若くて才能のあるフェイス殿を大変頼もしく思っているそうです。お力添えのほど、よろしくお願い致します」

「……はい、微力を尽くしたいと思います」


 話してる内容と俺に伝えてる内容が全然違うじゃん。っていうか……。


「(わかったー。それでパパ、ごはんはまだ?)フガフガ」

「(今食べてるでしょう、父上)陛下は大変喜ばしいと申しておられます」


 お爺ちゃん、ボケてた。

 苦労してるな、ドーソンさん。そりゃハゲるわ。

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