第175話
魚や海藻の乾物をそこそこ買い込んだ俺たちは、早速街道へ向かうことにした。北山道を北上だ。
「随分と急ぎますのね。何か理由がおありですの?」
「あるけど、それほどの理由じゃないよ。盗賊もゴブリンも、時間が経つほど被害が広がるから早ければ早いほどいいだろうってだけ」
「なるほど、確かにそうですわね。不埒な狼藉者共は即刻成敗ですわ!」
こうしている今この瞬間もワンコとニャンコが虐待されているのだ。一刻も早く保護しなければ。マスターモフリストとしては全てに優先する案件だ。
そう、俺は静かに激しく怒りを燃やしている。モフモフは全人類の宝だ。それを不当に略取虐待するだなんて、全世界に対する宣戦布告に等しい暴挙だ。少なくとも、俺に対する挑発であることは間違いない。
よろしい、ならば
この世界の銃に火蓋はないんだけど。
◇
「半月……まだ半月ですよ? もう終わったというのですか?」
ミニョーラの領主屋敷、その執務室のひとつに俺は通されている。その部屋の主であるドーソンさんが目を丸くして俺を見る。うん、ワンコらしい表情だ。おもちゃの犬が突然動いた時の小型犬っぽい。好感が持てる。
あれから半月。ちょっと張り切って駆除したら終わってしまった。討ち漏らしは多少あるかもしれないけど、盗賊もゴブリンも、勢力を盛り返すことは難しいだろう。北山道近辺から脅威は取り除かれた。
「ええ。それで事後報告になるんですが、フェザーンの領主が盗賊と結託していましたので、令状の権利を行使して拘束して参りました。身柄は衛兵に引き渡し済みです。こちらは証拠の品になります」
フェザーンは、ミニョーラから国境までの丁度中間くらいにある街で、周辺の村々では昔から度々盗賊被害の報告があがっていたそうだ。
しかし討伐隊を出しても空振りばかりで、成果があがっていなかったという。
いくら周辺が山ばかりだと言ってもそれはおかしいということで、俺は気配察知で突き止めた盗賊のアジトを強襲、そこにあった契約書や連絡の書簡から領主との結託が判明したという次第だ。お互いの情報交換の書簡と利益の分配についての契約書だった。
盗賊の頭目が慎重な男で助かった。自分たちが切り捨てられるのを警戒して、正式な神殿の契約書を領主と結んでいたのが幸いした。この契約書に違反すると、死ぬほどの激痛が全身に走るらしいからな。焼いたり刻んだりしようとしても同じ。契約期限が来るまでは大事に保管するしかない。
そもそもこの契約書、発効した瞬間に焼くことも切ることも出来なくなる不思議アイテムなんだけど。
これを盾に領主の館を捜索した結果、同じ契約書が隠し部屋から出て来た。針でその契約書を突いたら領主がもがき苦しんでいたから間違いない。
ちなみに、この領主とその家族は皆ヒト族だった。小さな子供もいないし、俺が同情する要素は何一つない。連座で全員お縄だ。
その契約書や書簡をドーソンさんに渡す。国家反逆の動かぬ証拠だ。
「これは……どうやら間違いないようですね。我が国の恥部をお見せして汗顔の至りですが、国の膿を吐きだすことができたようです。ご助力、感謝いたします」
「どういたしまして。捕らえた盗賊共も衛兵に引き渡し済みです。処分はお任せしますので、あとはよろしくお願いいたします。何人かはジャーキンから潜入した工作員のようです。大した情報は持っていないと思いますが、尋問してみるのも良いでしょう。それと、こちらが討伐したゴブリンの魔石です。何匹かはホブゴブリンになっておりました。もう少し遅れていたら危なかったですね」
やっぱり居ましたよ、ジャーキンの工作員。盗賊団に銃と弾薬を供与して支援してたらしい。あらかじめカメラで偵察しててよかった。
まぁ、撃たれても平面魔法で防げるんだけど。俺を倒したかったらイワシかイナゴを連れてこい。
ちなみに、盗賊討伐の報酬は貰わない。アジトにあったお宝もエンデに提出している。今回は冒険者じゃなくて救援部隊としての活動だからな。これが冒険者としての活動だったら正当な報酬を要求するんだけど。
貰わないと他の冒険者が困るからな。『あいつは只でやってくれたのに』なんて言われて、タダ働きさせられてしまう。
俺もタダ働きは今回だけだ。その点はドーソンさんにも念を押しておいた。
ゴブリンも結構大きな群れができていた。周囲に強力な魔物が多くなかったためだろう。一部はホブゴブリンにまで進化していた。放置しておくと更にホブゴブリンが増えて、一般兵じゃ手が付けられなくなるところだった。
まぁ、俺たちにとっては雑魚でしかない。バジルたちの練習相手くらいにしかならなかった。
今回は報酬なしの仕事だけど、成果はあった。バジルたち四人が魔力操作を会得したのだ。うむ、順調順調。
現在は身体強化を練習中で、バジルとリリーはさすが獣人というべきか、既にそれなりの制御ができるようになっている。ホブゴブリン程度なら互角以上に戦える。ウエイト差で三倍はあるだろうに、大したものだ。
キララとサラサは維持しながらの戦闘に少し苦戦している。動くと魔力が霧散してしまうようだ。これについては同じ苦労をしたサマンサが親切に教えているから、すぐに解決するだろう。子供の成長は早いしな。
魔法の発動に関しては、今のところキララだけが成功している。やはり先達(この場合は同じ火魔法使いのルカ)がいると覚えが早いみたいだ。そういう点では土魔法に適性のあるサラサはちょっと不利かもしれない。ウーちゃんとジョンが土魔法使いだけど、教えられるわけじゃないからなぁ。
そんな感じで、子供たちの教育は順調だ。実戦も経験できたし、それだけで今回の旅は有意義だったと言える。いや、まだ終わってないけど。家に帰るまでが遠足……じゃない、PKOです。
「いやはや、まだお若いのに、実に優秀だ。ウエストミッドランド王国は良い人材が育っておりますな」
「恐縮です。それで、手が空きましたので他にお手伝いできることがあればと思いまして」
「いえいえ、とんでもない! 外国の方ばかり働かせたとあっては、我が国の役人は無能の集まりと言われてしまいます! そうですね、今は少々不穏なので遠出は難しいですが、わが国の観光などをされてはいかがですか? 近場でも風光明媚なところはいくつかありますよ。案内をお付けしましょう」
「そうですか? 確かに、こちらの方の仕事を奪ったと言われるのも良くありませんね。ではお言葉に甘えて、しばらくのんびりさせていただきます」
俺とドーソンさんはにこやかに笑い合う。
ふむ、確かに観光はアリだな。仕事の途中で街道沿いの街や村は廻ったけど、似たような山村ばかりであまり見所はなかった。海沿いの街なら、また違った風情があるかもしれない。飛竜の情報も集めたいし。
ここでドーソンさんが言う『案内』がただ
それをこちらが理解していることはあちらも理解しているだろうし、隠すつもりもないだろう。俺たちに危害を加えるとは思えないし、気にしても意味はない。外交というのはそういうものだ。普通にガイドとして使わせてもらおう。
◇
「というわけで、しばらくは休暇だってさ。観光でもしてきたらって言われたよ」
皆が待つ控室に戻ってきて報告する。相変わらず皆イヌ耳だ。不思議な光景だなぁ。
ちなみに、騎士ふたりは別行動だ。国境近くの村まで、警備兵の一隊を案内してもらっている。そのまま村に残っている騎士や人足たちと一緒に帰国する予定だから、もうエンデで会うことはないだろう。王国も兵を遊ばせておく余裕はないからな。
俺たちとしても、魔法や身体強化の秘密を部外者に知られるのはできるだけ避けたいし、これが最良の選択だと思う。これでいいのだ。
「そうですのね。ではどちらへ参ります? お気になられている場所はおありですの?」
「うーん、場所っていうなら、バジルやキララたちの故郷かな。案内人は嫌がるかもだけど」
「っ!」
俺の言葉に、バジルたちが揃って身を硬くする。そうだよな、緊張しちゃうよな。
果たして故郷は残っているのか、生き残りは居るのか、その中に肉親は居るのか、あるいは、全てが失われてしまって無残な廃墟が広がっているのか……期待はもちろん、そんな救いのない現実の可能性まで考えれば怖くなって当たり前だ。
でも、確認しないわけにもいかない。もし肉親が生きていれば、それに越したことはないんだから。その後のことはそのとき考えればいい。もし俺たちと別れることになっても、既に生きるための手段は与えてあげたんだし、どうにかなるだろう。
「それと、場所じゃないけど、アーニャのご家族にも挨拶しておかないとね」
「み゛ゃっ!?」
イヌ耳アーニャが変な声で鳴いた。新生物か?
「そ、そんなのは必要ないみゃっ! アタシの村は山奥だし、お、親はきっともう死んでるみゃっ!」
「いやいや、それならなおさら行かなきゃでしょ。ちゃんと墓前に報告しないと。それに、弟妹がいるって
「ひ、必要ないみゃっ! アタシらは個人主義だから、みんな自分勝手に生きてるみゃっ! 今更家族に会う必要はないみゃっ!」
なんかアーニャが必死だ。これは何か隠してるっぽいな。そんなに知られたくない秘密があるのか。ふうん。
よしっ、まずはアーニャの故郷へ行こう! そしてアーニャの家族に会うのだ!
「あ、坊ちゃんがまた悪い笑顔してるぜ」
「これは、アーニャはんの故郷へ行く気満々やな」
「あらあら、お土産に干物を沢山用意しないといけないわね。うふふ」
「ふみゃあぁ~……最悪だみゃぁ」
「……大丈夫、本当の最悪は予想の更に下を行く」
「デイジーさん、それはなんの慰めにもなっておりませんわ」
いやぁ、楽しみだなぁ!
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