第十三章:王立学園一年目後期編
第319話
学園の新学期というか、後期が始まった。
「先生、おはようございます!」
「おはよう。なんだかちょっと眠そうだね。まだホームルームには時間があるから、軽く仮眠をとっておくといいよ」
「教官、おはようございます!」
「おはよう。朝から鍛錬? 熱心だね。汗をかいたら、水分だけじゃなくて塩分を摂ることも忘れずにね?」
学園内を教員控室へ向かって歩いていると、すでに登校していた学生たちから声をかけられる。
まだホームルームが始まるには早い時間なんだけど、もう寮を出てきたらしい。真面目か。
けど、学校が好きっていうのはいいことだ。教師としては、自分の仕事を肯定されているようで嬉しい。
……まさか、寮でいじめられてて居づらいとかはないよな? ちょっと気をつけて観察しておこう。
「ふん、人気があるようで何よりですな」
「これはワイリー主任、おはようございます。後期もよろしくお願いします」
「……おはようございます、フェイス先生」
中庭から学舎内へ入ったところで、主任のワイリー先生に声をかけられた。相変わらず、俺に向ける言葉にはトゲがある。俺には刺さらないけどな。
まぁ、絶賛転落中の貴族派所属だからな。対立する王家派の実力者と思われている俺への対応がキツくなるのはしょうがない。そんな事実はないんだけどな。俺は俺派所属です。
「慕ってもらえるのはありがたいですね。嫌われ者の言葉は心に届かないでしょうから。教師と生徒の関係としては上々でしょう」
ちょっと社会人スキルを発動させて、主任の嫌味を受け流す。言外に若干の『お前は嫌われてるんだろうけどな』という嫌味を含ませて。
主任としては、若造をムキにさせてマウントを取ろうって感じだったんだろうけど、残念ながら俺の中身はもうオッサンなんだよね。その程度じゃ煽られない。
「む……しかし、仲が良すぎるのもどうかと思いますがね。我々は教え導く立場です。一段上から、毅然とした態度で、一線を引いて、生徒たちとは接するべきではありませんかな?」
ちょっと鼻白んだ主任だったけど、直ぐに返してくるのは流石だ。けど、やっぱり俺には刺さらない。
「そうですね。そこは常々難しいと思っているところです。なにせ、私自身が学生という立場でもありますので。一緒に講義を受ける仲間という意識もありますから、線引きは難しく感じております。何か良い方策はありませんか、主任?」
「むっ、そ、それは……」
社会人スキル『相談』発動! このカードは相手の行動を一時的に制限する! 相手が自分より上位の立場であった場合、これを回避することは不可能!
ぶっちゃけ、投げられた問題をブーメランにして返しただけなんだけど。主任は、立場上は俺の上司だから、部下からの相談を無視できない。しかも自分の発言は何一つ否定されていないから、無下にもできない。完璧。
「むぅ、フェイス先生のような立場は前例がありませんからな。過去の例はあまり参考にならないでしょう。ご自身で模索するしかないのではないですかな?」
「そうですか。そうですね。では問題があれば適宜変えていくということで、当面はこのままでいこうと思います。ご教授ありがとうございました」
「いやいや、大した役に立てず申し訳ない」
特に対案なしで返ってきたので、受け取ったものを棚に上げて終了とする。つまり現状維持、何も変更なしだ。
単なる時間の無駄だったわけだけど、大人の世界ではよくある話だ。特に政治の世界とか。
自治体の主流派主導で進んでいた公共事業に革新派が異を唱えて、事業は一時休止。自治体議会の解散出直し選挙にまでもつれ込んだけど、結局選挙後に公共事業は再開。その間の時間と選挙費用を浪費しただけ、なんて話はいくらでもある。
けど、物事の正当性を確保するには、そういった無駄も必要だったりする。無駄なのに必要。矛盾してるけどしょうがない。
そんな会話をしていると、教員控室のドアが目前になっていた。
さぁ、それでは後期を始めますか。
◇
後期になって、いくつか変わったことがある。
まず、前期開始直後に落馬して怪我を負っていた馬術のカスケード先生が回復し、職場へ復帰することになった。後遺症もトラウマも無いようでなによりだ。
これに伴い、前期で馬術を教えていたアームストロング教官は武術の教官へ戻ることになり、武術を教えていた俺はお役御免となった。
俺の担当科目は魔術のみとなり、ようやく本来の形になったわけだ。武術と魔法の二教科担当で忙しかった日々ともおさらば。やったね!
「というわけで、後期からの武術教官はアームストロング先生に、馬術はカスケード先生になる。教官が変わっても変わらず励むように」
ホットスプリング先生の太い声が、静かな生徒控室によく通る。
後期初日の講義はロングホームルームだけだ。前期からの変更点や後期の行事、注意事項なんかを伝えて終わり。始業式はない。
たまに後期で時間割りの変更があるらしいんだけど、今年の一年生はなし。授業に関する伝達事項は、教師陣の配置変更だけだ。
武術教官変更ということで、俺に向かってチラチラ視線が飛んできたけど、俺としては特に言うべきことはない。ホットスプリング先生の言ったことが全てだ。
そもそも、武術の教官は一時的に引き受けてただけだからな。最初からそのつもりだったから、授業内容も基礎の体力づくり中心にしてたわけで。
これでやっと過重労働から解放されて、魔法の講義に集中できるってものだ。めでたい。
いや、しばらくは領地の書類仕事に追われそうだな。夏休みの間に大分溜まってたし。開発中の地域の視察とか、止まってる公共事業再開とかもあるし、学園に注力できるようになるのは、まだもう少し先の話になりそうだ。やれやれ。
「次に行事についてだが、九月の末に卒業パーティがある。一年生は会場設営を担当するのが通例だ。近日中に実行委員会が立ち上げられる。一年生は各クラス一名が委員になるわけだが、このクラスの委員はフェイス、お前だ」
「はぁ?」
おっと、思わず声がでてしまった。いや、だってしょうがないじゃん?
「先生、何故僕なのでしょうか?」
挙手して質問する。こういうことはその場で確認しなければ。
「あー、伝統があってな。そのクラスで最も高位の貴族家から選出するのが習わしなんだ。今年は王家からも公爵家からも、侯爵家からすらも入学者がいなかったからな。その次となると、今までなら伯爵家からになるんだが、今年からは新しく辺境伯家ができたからな。つまりそういうことだ。了承してくれ」
出たよ、根拠不明の伝統! 学園とか辺境の村とか、閉鎖的なコミュニティによくあるやつ! 逆らったら爪弾きにされるんだろう? 最悪は名探偵案件(連続殺人事件)だ。勘弁してよ!
まぁ、この学園にはイベントが少ないからなぁ。数少ないイベントを仕切って、優越感を得たかった上級貴族がいたんだろう。それが受け継がれて伝統化しちゃったんだろうな、きっと。迷惑な話だ。
「まぁ、委員と言っても、一年生は委員会で決まったことをクラスに通達して、上級生の指示に従って動くだけだ。仕事を覚えるのが目的だな」
ふむ、なるほど。
つまり、来年は俺が主導して取り仕切らなければならないと。仕事を覚えてこいと。
やだもう、これって何かのいじめ? なんで俺がそんな面倒くさいことしなきゃなんないのさ!
俺は平穏無事に学園を卒業アンド教師の引き継ぎさえできれば、それ以上は何も望まないのに!
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