第320話

 後期初日はロングホームルームのみ……なのは、一般の生徒だけ。不本意ながら卒業パーティの委員にされてしまった俺は、ホームルームが終わってもまだ帰れない。

 今日は卒業パーティ実行委員会の初会合があるそうで、それに出なければいけない。


 実行委員会の会合は喫茶室で行われる。

 喫茶室には格式があって、今向かっている喫茶室の格式は中の上くらい。広さはそれなりらしい。

 格式が高い喫茶室には名前が付けられているんだけど、その部屋にも名前が付けられていて、『渚』というそうだ。何故この名前なのかは知らない。某カヲル君のことではないはず。

 無駄に長い廊下を歩き、たどり着いたその渚の扉を四回ノックする。ビジネスノックだな。


「どうぞ」


 中から少年の声が聞こえて、扉が内側に開かれる。開けてくれたのは少々年配のメイドさんだ。この部屋付きかな?

 喫茶室のランクに応じて部屋付きメイドさんのランクも変わるって話だから、ベテランっぽいメイドさんの付いてるこの部屋は、やっぱりそこそこランクが高いんだろう。


 部屋の中には数人の少年少女がいて、その視線が一斉に俺へと向く。

 部屋の広さはフットサルコートが一面とれるくらい。そこに柔らかそうな三人掛けのソファとローテーブル、ラウンジチェアがいくつか並べられている。

 広く開け放たれた大きな窓……というか扉だな。その外側は石畳の庭になっており、そこにもテーブルとアームチェアが並べられていてオープンカフェのようになっている。

 広い空間に数人がまばらに座っているものだから、ちょっとガラガラな印象だ。ここまで広い部屋でする必要はない気がするなぁ。


 少年少女たちは、それぞれが思い思いにソファや椅子に腰掛けて、お茶や焼き菓子を口にしていたようだ。その動きが、入ってきた俺を見て一瞬止まる。時間を止めたみたいで、ちょっと面白い。


「こ、これは先生、どうかなさいましたか!?」


 ソファに腰掛けてお茶を飲んでいた男子生徒が慌てた様子で立ち上がり、俺に声をかけてくる。確か、二年一組のフランクリン=レイクサイド君だったかな? 伯爵家の嫡男だったはず。

 あっちのアームチェアでお茶を飲んでるのは、二年二組のシェリー=ヒルトン伯爵令嬢だったっけ? 実家は同格の伯爵家だけど、この場の中心はフランクリン君っぽいな。まぁ、一組だしな。


 学園のクラス編成は一学年に二組と決まっている。伝統的に上級貴族の子女は一組に集められる傾向が強い。

 レイクサイド家とヒルトン家は、爵位こそ同格だけど、家格はレイクサイド家のほうが上なんだろう。だからフランクリン君は一組で、シェリーさんは二組なんだと思う。

 シェリーさんが二組なのは、上級貴族がいないとクラスのまとめ役がいなくなるからだろうな。


 そのフランクリン君は、どうやら俺が教師として来たと勘違いしているみたいだ。


「いや、今は先生じゃありません。卒業パーティの実行委員として来ました。一年一組のビート=フェイスです」

「え? ああ、そうか。そうですよね、先生は辺境伯閣下でもありますし」

「ええ、そういうことです。今日からよろしくお願いします、先輩」

「え? あ、はい。よろしくお願い、します……なんだかやりづらいなぁ」


 後輩らしく頭を下げたら、フランクリン君もそれに応えて、ぎごちなくお辞儀してくれた。

 やりづらいというのはわかる。俺の立場ってややこしいからな。

 辺境伯という上級貴族家の当主で教師だけど、後輩で年下。それも最年少。

 特に貴族家の子女じゃなくて当主というのが、俺の立場を一層ややこしくしているような気がする。


 学園の教師は伝統的に貴族家当主か元当主、あるいはその配偶者や子女がなるものだから、辺境伯家当主の俺が教鞭をとることに問題はない。

 問題なのは生徒というところ。

 学生が在学中に爵位を継いで当主になることは、珍しいけどないわけじゃないらしい。数年に一回くらいはあるそうだ。没落して貴族じゃなくなることも、更に珍しいけど、無いわけではないんだとか。ホットスプリング先生談。

 けど、その生徒が教師になるなんてことはなかった。ベテラン魔法使いが引退して教職に就くのが、これまでの慣例だったみたいだからな。

 生徒兼教師というのは学園史上初。

 どう対応すればいいのか、当の本人ですらまだ正解がわからない。ましてや人生経験の少ない学生であれば、何をか言わんや。

 お互いに、考えながら距離感を作っていこうよ。


「それで先輩、実行委員会というのは、何をすればいいんですか?」

「ああ、それなんですけど、実のところ、僕らがすることは殆どないんですよね」

「は?」


 いや、呼び出し食らって駆けつけたのに、することがないってどういうこと?


「実はですね、この卒業パーティって、ほとんど内容が決まってるんですよ」

「はぁ、そうなんですか?」

「ええ。毎年恒例の行事なので、予算が学園で決められていて、備品も学園から貸与されるんです。場所は学園の大講堂ですし、テーブルの配置まで決まってますからね。ダンスで音楽を奏でる楽団も、毎年同じところに頼んでますし。僕たちが関わるのはパーティで提供される料理と給仕の手配くらいなんです。その手配も、二年生で一番大きい商家出身の生徒に任せるのが通例ですから、僕たち実行委員会がすることはほとんど無いんですよ。提供する料理の味見と承認くらいですかね?」


 なんだそりゃ?

 いや、伝統化されてるなら、内容も伝統化されててもおかしくないか。

 受けを狙いすぎた演出でパーティ自体が台無しになったり、豪華にしようとして大きく予算オーバーするよりは、奇をてらわずに無難にまとめたほうが安心だもんな。


「じゃあ、この実行委員の集まりって何の……ああ、そういうことですか」

「ええ、上級貴族同士の社交の場ということです」


 同学年なら授業や寮で仲良くなれるけど、学年が違うと交流の機会はそう多くない。数少ない交流の機会として、実行委員会が出汁にされているというわけだな?

 各クラスで上位の貴族だけというのも、上級貴族同士の交流が、そのまま将来の王国の重鎮の交流になるからか。

 料理の手配を二年生の大商家出身者ひとりに任せるのは、複数に任せると実家の商家同士の対立になる可能性があるからかな? 競争になるならまだしも、足の引っ張り合いになったら目も当てられないもんな。それなら最初からひとりに任せたほうがいい。

 まぁ、そのひとりに選ばれるための裏工作とかもあるんだろうけどな。上流階級との繋がりを得る格好の機会なんだし。

 学生のうちからそんな駆け引きをしなければならないなんて、大商家の子女も楽じゃないね。


「二年生の人数が多いみたいですけど、これもそういう?」

「ええ。交流の機会を広げるために、二年生から選んだ実行委員たちです」


 つまり、二年生で一番階級の高い貴族の子女と、その取り巻きってわけだ。

 そこへ一年生で一番階級の高い貴族の子女が加わって……そうやって、貴族社会の中でも更に上澄みだけの派閥というか、人間関係が構築されていくわけだな?

 今の在学生には王族や侯爵家の子女はいないけど、先輩という伝手を辿ればそこへのつなぎを得ることも可能だろう。王様とじかにやり取りのできる俺みたいなのは例外とする。

 うーん、よくできたモデルだ。こうして上流社会ってやつが構築されていくわけだな? 一般人だった前世では想像もできなかった世界だ。


「なるほどなるほど、おおよその内容は理解できました。とすると、今日は実行委員全員の顔合わせというところですか?」

「ええ。招集は不定期ですが、次回以降も喫茶室はここになります。王族の方がおられたら『薔薇園』でできたんでしょうけどね。残念です」


 薔薇園っていうのは、王族しか使用許可を取れない喫茶室だったっけ。ここは王立学園、つまり王様の所有物だから、そういうのも許されるんだよな。職権乱用し放題。


「ということは、今ここにいるのが今回の実行委員全員ですか?」

「いえ、まだ商会の嫡男が来ていなかったので、それを呼びにひとり……」


 ココココン!


「ああ、帰ってきたみたいですね」


 なんだか慌てた感じのノックが鳴らされ、メイドのおば……お姉さんがドアを開けた。

 ちょっと服装の乱れた男子生徒が、息を切らせて部屋に転がり込んでくる。えーっと、確か二年一組の……デュラン=カークス君だったかな? 子爵家次男だったっけ?


「どうしたデュラン、そんなに慌てて? トムソンはどうした?」


 やっぱりデュラン君だったか。トムソンっていうのが、まだ来てないっていう商会の嫡男だな? 武術の授業で会ってるはずだけど、あんまり印象が残ってない。どんな子だったっけ?

 けど今回は、ある意味、実行委員会の主役だ。


「フランク、大変だ! トムソンが退学になった! 系列商会の子供たちも軒並みだ!」

「なっ!? どういうことだよ!」


 えっ、主役退場? なんか大変なことになってるっぽい?

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