第321話

「どういうことだよ、トムソンが退学って!?」

「なんでも、トムソンの親父さんの商会がヤバいものを扱ってたらしい。それが国にバレて商会はお取り潰し、系列の商会も軒並みお取り潰しか営業停止だそうだ。子息連中も連座で捕縛されたらしい。除籍じゃなくて退学なのは学園長の温情だそうだ」


 あー、そういうことか。

 トムソン君のお父さんの商会がゴブリンの盲薬に一枚噛んでたんだな?

 そこに捜査の手が入って取り押さえられたってことか。

 元締めの商会は夏休み前に処分されたはずだし、この時期に処分されたってことは、末端に近い売人だったのかな?

 で、この国では重罪には一族にまで累が及ぶ『連座』が適用されるから、息子のトムソン君まで捕まっちゃったと。

 けど、学園長は彼を除籍じゃなくて退学にしたと。

 除籍と退学で何が違うかというと、除籍は会社で言うところの懲戒解雇で、退学は辞職だ。『辞めさせられた』か『辞めた』か。履歴書に書かれたときのこの差は大きい。

 重罪の連座捕縛だから無罪放免ってことはないだろうけど、復帰の際にはこの温情措置が活きてくるかもしれない。学園長もいいところがあるじゃないか。


 いやぁ、見事なまでに俺の活躍の影響だな。

 と言っても、俺が悪いわけじゃない。ゴブリンの盲薬あんなものに手を出す奴が悪い。自業自得だ。

 巻き添えになった子供たちには申し訳ないけど、恨むなら自分の親兄弟を恨んでくれ。


「これは参ったな……トムソンの次に大きい商会の子女は誰だったかな?」

「多分、二組のシスコさんですわ」


 これまでお茶を飲むだけだったシェリーさんが口を開いた。流石にフランクリン君に任せっぱなしにはできないと思ったのかな? まだティーカップを手に持ったままなあたり、本格的な口出しをするつもりはなさそうだけど。


「シスコというと、ブリッグ商会か。けど、あそこは確か主に軍需物資を取り扱う商会だったろう? いけるのか?」

「できなくはないでしょうけど、卒業パーティのテーブルに乾パンや干しいもが並ぶことになるかもしれませんわね。ホホホ」


 授業じゃ真面目な印象だったけど、シェリーさんはジョークがお好きなようだ。教壇ごしでは見えない一面が知れたな。


「いや、笑い事じゃないし! じゃあ、その次は……ホルトか?」

「あいつもトムソンの商会と同じ系列だよ。一緒に退学になってる」

「だったら次は……二組のグレッグか?」

「グレッグの商会はそこまで規模が大きくありませんわ。そこに権利を取られたとなったら、シスコさんが反発するかもしれませんわね」

「ぐぅ……あーもう! どうすればいいんだよ!」


 フランクリン君がキレた。頭を掻きむしっている。貴族子女にあるまじき振る舞いだけど責められない。

 こういう権力や利権の話というのは、調整が非常に面倒くさい。実利や慣例、メンツの問題が絡んでくるからな。

 俺もドルトン周辺の開発に関連した株式会社を運営してるけど、そのあたりの調整はトネリコさんとビンセントさんに丸投げしている。あの二人は頼りになる。任せておけば安心だ。


「っ! こういうとき、先輩たちはどうしたんだろう? 似たような事態はなかったのかな? 何か記録が残ってるかも!」

「学園史に何か残っているかもしれませんわね。けれど、まずは学園長に尋ねてみませんこと? 過去に同様の事態があったのなら、何か覚えておられるかもしれませんわ」

「それだ、シェリー! よし、学園長に会いに行こう!」


 おっ、フランクリン君は冴えてる。過去の例に学ぶのは定石だ。賢人は歴史に学び、凡人は体験に学び、そして愚者は何も学ばないっていうからな。

 そしてそれをサポートするシェリーさん。

 シェリーさんは、既に過去の事例について考えが及んでいたっぽいな。自分から言い出さなかったのは、委員長であるフランクリン君を立てたんだろう。地頭はシェリーさんのほうが上かもな。

 その上で、あくまでも補佐という制限を自分に課しているっぽい。

 実質的なこの委員会の中心はシェリーさんだな。



「……どうしよう」


 『渚』に戻ってきたフランクリン君が、テーブルに両肘をついて頭を抱えている。

 学園長も今回のような事例は未経験だそうで、結局、対応は委員会に一任されることになった。つまり丸投げだな。逃げたともいう。


「どこの商会を選んでも遺恨が残るなら、一番問題が小さいところを選ぶしかないよね」

「第一に優先すべきは卒業パーティの成功ですわ。そこはブレないように致しましょう」


 デュラン君とシェリーさんが意見を述べる。

 議論の場において、論点の整理は必須だ。それをしないと、四方八方に話が飛んで収集がつかなくなる。

 この二人はフランクリン君のいいサポート役だな。


 部屋付きのメイドさんが、各自の前に紅茶を置いていく。

 今度はバラバラじゃなくて、大きなローテーブルの周りに全員が集まって座っている。

 ようやく『委員会』という感じがしてきたと思うのは俺だけだろうか?


「……そうだな。よし! それでは、今回の問題の解決策について話をしよう! それに際して、僕から皆にひとつ提案させてもらいたい!」


 おっ、フランクリン君が復活した。二人の意見に腹を据えたか? この切り替えの早さは良い資質だな。将来は良い領主になりそうだ。


「提案って?」

「うん、今回の問題は、慣例通りの商会選定ではどうしても遺恨や問題が残るという点だ。だったらいっそ、この場ではその慣例を一切無視して話を進めたいと思う。どうかな?」

「ええ!? いや、確かにその通りだけど、いいのそれ?」


 ほほう、思い切ったな。確かに、問題なのは慣例だ。それがなければ選択肢は大いに増えるだろう。


「いいさ。学園長にも『委員会に任せる』って言われたんだし」

「それはそうかもしれないけどさ、後で文句言われないかな?」


 フランクリン君は自信満々で言ったけど、デュラン君の懸念ももっともだ。そしておそらく、デュランくんのその懸念は正しい。後で文句を言われる可能性は大だ。組織、そして上司というのはそういうものだからな。


 前世の仕事でも『ここは好きにデザインしていいから』と言われたから、一応世界観やマシンスペックを考慮してデザインしたのに、出来上がったものを見たプロデューサーの『何か違う』という曖昧な主観で突き返されたことが何度あったことか。

 思い出したら腹が立ってきた。あの薄毛野郎、今度会ったらその残り少ない儚毛はかなげを毟り取ってやる! 異世界に転生してこないかな!


「学園からの文句は私が引き受けましょう。先輩方は思うようにやってください」


 気がついたら挙手して意見を言っていた。思い出したくもない薄毛デブの顔がちらついたからかもしれない。


「先生! 助かります!」

「ありがとうございます。頼りにさせていただきますわ」


 うむ、若者に挑戦する機会をあたえるのは大人の役目だ。

 ここには生徒として来ているけど、教師という立場を捨てているわけじゃない。俺が防波堤になれるのであれば、生徒を守るために波を被るくらいはしてもいいだろう。


「これで思い切った議論ができるな! 皆、何か案があれば遠慮なく意見を出してくれ!」

「まずは学園の生徒に関係する商家の洗い出しですわね」

「学年は無視しよう。一年生と三年生も対象で」

「僕が学園長に名簿を借りてくるよ!」


 フランクリン君が声を上げると、それまで置物のようだった委員たちが動き出した。

 うんうん、これでこそ委員会だよな。

 でも、俺は聴衆に徹するとしよう。先生が意見したらそっちに引っ張られちゃうからな。学生の自主性を削いではいけない。

 口を出すのは暴走しそうになったときだけ。それが大人の役目だ。この中では俺が最年少だということは棚に上げておく。


 ……うんうん。なるほど。

 ……うんうん、うん?

 ……んん? んん〜?


「ということで、賛成多数で、今年度の卒業パーティの料理と給仕の手配はドルトン商会株式会社にお願いしたいと思います! 先生、よろしくお願いします!」

「「「お願いします!」」」


 いや、どういうことだよ。

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