第318話

「――ということで、暗部に協力してもらって、テイマーだった男はこちらで排除、女領主は暗部に引き取ってもらったから。そっちの報告はもう上がってきてる?」


 王城のいつもの青薔薇の間で、王様と内務尚書レオンさんに今回の件の報告を上げている。

 と言っても、既に報告書は提出済みで、今日はその口頭説明をしにきただけだ。

 既に日付は八月の末日。明日からは学園の後期が始まってしまう。授業が始まれば、もう依頼に費やす時間はとれない。つまり、今日が依頼の期限、締め切り日だ。

 本来俺は、締め切り間際まで仕事を延ばすのは可能な限り避けたいと思っている派だ。何か不備やイレギュラーがあったときに対処できないからな。前世で、何度それで痛い目を見たことか。

 けど、努力の甲斐なく、今回はギリギリになってしまった。反省してもどうにもならないことはあるものだ。主にクライアントの都合とかな。

 今回もそうだ。王様とレオンさんの都合で、口頭説明がこの日になってしまった。


「ああ、おぇの報告書と照らし合わせたけどよ、齟齬はなかったな」

「そう。なら、この件はこれで完了ってことでいい?」

「そうだな。レオン、お前ぇの意見は?」

「領主の失踪については、目撃者や証拠が残っていないことを確認済みです。事後処理に少々外連味が強すぎる感はありますが、概ね問題はないでしょう」

「なら、この件はこれでおしめぇだな。お疲れさん」


 ふぅ、やっと終わったか。

 丸々一ヶ月か。かかった日数はそれほどでもないけど、とにかくメンタルにくる仕事だったな。

 しばらく冒険者としての仕事はしたくない。長期休暇をとろう。具体的には半年くらい。

 事後処理の外連味っていうのは、あの天誅池のことかな? 確かに、ちょっとお遊びが過ぎたかもしれない。

 けど、後々観光資源にできるかもしれないし、そうなればワッキーの人たちの救けになるかもしれない。あの人たちも被害者なんだし、少々援助してもバチは当たらないんじゃないかな?


「だがよぅ、また面倒なことが分かっちまったなぁオイ。暗部の親玉がノランに潜伏ってぇのは、嫌な想像しかでてこねぇよ」

「今のあの国は、上層部は未だ混乱しておりますが、市民層は不自然なほどに平静です。これがあの元左大臣によるものだとすれば、地下で何らかの準備をしている可能性があります。近々大きな動きがあるかもしれません」

「……革命か?」

「分かりません。ですが、あり得なくはないかと」


 王様とレオンさんが物騒な話をしているけど、規模が国家レベルだ。一介の冒険者である俺には関係ない。

 いや、一応は俺も辺境伯という上級貴族ではあるけど……国境を接しているわけじゃないし、関係ないよね?


「小僧の予測じゃ、奴がノランを掌握したら次は外征ってことだったけどよ、有り得そうか?」

「否定できる要素はありません。打てる手は打っておくべきかと」

「だよなぁ。まったく、小僧が絡むと、どうしてこう話がデカくなるんだ? お前ぇ、何か変な呪いでもかけられてるんじゃねぇのか?」

「やめてよ! 僕は真面目に仕事してるだけだから! 呪われてるのは王様じゃないの!?」

「オレじゃねぇよ! 呪われてるとしたら国だろうよ! 何百年も続いてりゃ、恨みの百や二百は抱えててもおかしくねぇからな!」

「陛下、フェイス殿、外でそのような発言は決してなさりませんように」

「わぁってるよ!」

「はーい」


 こんな会話も、この青薔薇の間だからできることだ。この部屋以外でやったら、不敬罪やら反逆罪やらで処罰されちゃうからな。

 流石に王様は処罰されないだろうけど、政情不安の火種になることはあるかもしれない。ノランの革命が起きる前に王国が転覆とか、洒落にならない。


「それじゃ、あとは小僧への報酬の話だな。討伐数に応じた規定報酬と指名依頼料が基本の報酬だったな。もちろん魔石もイロを付けて買い取るとして、他に何が欲しいよ? 無茶過ぎなけりゃ応じるぜ?」


 今回の依頼は王様からの指名依頼だったけど、報酬については後日相談ということになっていた。依頼内容がただの討伐じゃなかったからな。場合によっては再びジャーキンとの戦争になることもあり得た、際どい依頼だった。

 なので、依頼の報酬も達成後に応相談ということになっていた。成果次第ってわけだ。

 普通ならこんな不確定な依頼は絶対に受けないんだけど、今回は依頼者が王様だったからな。国家元首に逆らうわけにはいかない。

 それに、王様にも見栄があるから、報酬がしょぼいということだけは考えられなかった。普通じゃ手に入らないものがゲットできるチャンスでもあったわけだ。なら、受けない理由はない。


「まず、保護した奴隷たちの所有権は認めてもらうよ。冒険者としての当然の権利だからね」

「それは問題ねぇ。……分かってるとは思うが、くれぐれも外に出すうるんじゃねぇぞ?」

「もちろん」


 この世界では、奴隷は人ではなく資産として扱われる。そして、冒険者が依頼の中で獲得した資産は冒険者のものになるというのが、この国の法律だ。

 それに倣うと、今回得た奴隷たちは俺のものということになる。けど外国で保護してきたから、それに王国の法を照らし合わせるというのは微妙な線だった。

 今、それにお墨付きをもらったから、何か問題があれば王様が責任を持ってくれることが確約されたわけだ。これで一安心。

 まぁ、彼らにしても、以前よりも快適で健康的で文化的な最低限度の生活を保証するから、不平不満が出ることは多分ないだろう。そう思いたい。


「それ以外での報酬というと……うーん……あっ、魔導具の研究開発の権利、なんてどうかな?」

「っ! そいつぁ……レオン、どうだ?」

「……研究開発だけでしょうか? 量産販売は?」

「んー、できたらしたいけど、無理ならいいよ? 自分と周りの人が使うくらいだと思うし、作って使う権利さえ貰えたらそれで」


 王様とレオンさんが慎重だ。まぁ、当然の反応だとは思う。


 現在、魔導具の研究開発と量産販売は、国が全権を握っている。新たに魔導具を作ることもそれを売ることも、王国の研究所と認可商会以外には許されていない。例外は遺跡で発見された古代の魔導具や中古の魔導具だけだ。違反すれば処罰の対象になる。

 その王国の専有権の一部をよこせという要求だ。慎重になるのも頷ける。


「であれば、依頼報酬としては不可能ですが、研究所の分室を辺境伯領に作り、その管理監督を辺境伯に任せるという名目でなら可能かと」

「なるほどな。小僧、それでどうだ? 研究所での成果次第で追加の褒美が出るかもしれねぇぜ?」


 研究所分室の責任者か。まぁ、その辺が落とし所かな。

 また仕事が増えるけど、例によって誰かに丸投げしちゃえばいいか。


「うん、それでいいよ。敷地は確保するから、初期の人員と研究所の建設は王国でやってね?」

「かぁーっ、ちゃっかりしてやがんな! わかったわかった、それぐれぇはこっちでやってやるよ。いいな、レオン?」

「承知致しました。手配致します」


 はぁ、これで全部片付いたかな? ようやく、だな。


 この夏は全然遊べなかったなぁ。来年は遊べるかな? 遊びたいなぁ。

 どこかリゾート地にでも行って、のんびりしたい。



 王城を辞して王都の別宅へ帰ると、女性陣から思いもよらない報酬をいただいた。


「わたくしたち、反省致しましたの。もしかしたら、わたくしたちもあのゴブリンと同じなんじゃないかって……」

「せやから、夜伽の回数を減らそうかって話になってな。十の付く日はオツトメなし、お相手は一晩にひとりだけにしようってことにしたんや」

「気持ちいいことを我慢するのは嫌だけど、あんな臭い奴らと一緒にされるのはもっと嫌だしね! しょうがないから我慢するけど、その分いっぱい気持ちよくしなさいよね!」


 これまでは毎夜ふたりずつ、休みなしだった夜のオツトメが、一晩にひとりのみ、十日に一回休みがもらえることになった。

 どうやら、ゴブリンの繁殖を見て思うところがあったらしい。


 いつ腎虚で果てるかと思っていたから、この提案は正直ありがたい。もしかしたら、今回の件で一番の報酬かもしれない。


 明日からの新学期は、寝不足になることなく登校できそうだ。

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