第029話

「書けたよ」

「うむ、ではこれで頼む」

「はい、では手続き完了までの間に当ギルドの規約について説明させていただきます」

「おい」

「大体の事はオレが説明したんだがな。もしかしたら変わっている所もあるかもしれん。説明してもらうか」

「うん、分かった」

「おい!」

「ではまずギルドメンバーの義務についてですが……」

「おいこら、てめぇら! 何ガン無視してくれてんだこらぁっ!!」


 髭男がキレた。受付嬢と村長の間に割って入って、カウンターに手を叩きつける。結構硬い材質だったらしく、テーブルを叩いたときのような『バンッ!』という音ではなく、石の表面を叩いた時のような『ベチッ』という音だった。締まらねぇな。


「はぁ……オレに何か用か?」


 村長が心底面倒くさそうな様子で、ため息を吐きながら対応する。


「用があるからここに来てんだよ! てめぇ、舐めてんのか!?」


 顔を真っ赤にして精一杯の虚勢を張る髭男だけど、残念ながら役者が違い過ぎる。オスカー俳優と学芸会の幼稚園児以上の差があるように感じるのは俺だけではあるまい。この世界にはオスカーも幼稚園も無いだろうけど。

 受付嬢も半笑いだ。彼女はさっきの用紙とタグを見ているから、村長が誰だか既に知っているもんな。


「そうか、なら手短かに頼む。それほど暇ではないのでな」


 『昼間からギルドで駄弁って新人登録の邪魔しに来てるお前たちと違ってな』という皮肉が込められてる事に、こいつらは気付いてるんだろうか? ……ないだろうな。


「冒険者ってのはお子様がやっていける程甘い仕事じゃねぇんだ! てめぇの星がいくつだか知らねぇが、ホイホイ推薦されちゃ俺らの沽券に係わるっつってんだよ!」


 あれ? 意外に言ってることはまともっぽい。


 確かに、碌に仕事も出来ないような只の子供が冒険者をしていたら、冒険者全体が低く見られてしまう。そしてそれは、その後の冒険者への依頼の質が下がるという事に繋がりかねない。それは依頼料の低下にも繋がり兼ねず、既存の冒険者にとっては死活問題になる。そういう意味では髭男の言い分にも一理ある。


「その程度の事が分からないとでも? その上で問題ないと判断したから推薦しているのだがな」


 むう、結構俺の事を買ってくれているんだな。これでは下手な事は出来ない。する気もないけど。


 ここで話題になってる『ギルドへの推薦』というのは、大学の推薦入学のようなものだ。

 冒険者ギルドという組織は、登録しても直ぐに冒険者になれるわけではない。暫くは見習い期間があり、その間に仕事の仕方を覚えるのだ。この見習い期間はギルドの査定で問題無しとみなされるまで続くんだけど、合格するまで平均で約一年程かかるらしい。

 見習いの間はお使い程度の依頼しか受けられず、報酬も大した額はもらえない。はっきり言って子供の小遣い稼ぎ程度だ。

 しかし、実力がある者に一年間も雑用をさせておく事は人材の無駄遣いだ。それを回避するための推薦制度なのだ。

 推薦された冒険者は見習い期間無しで、すぐに冒険者として活動できる。

 無論、誰でも推薦してもらえるわけではない。ある程度の実績がある冒険者でなければ推薦人になれない。

 その点では、俺は非常についている。村長の冒険者時代の実績は、十年以上経ってなお、尊敬の対象になる程のものだ。ある種の英雄と言ってもいいだろう。そんな人物からの推薦なんて、望んでも得られるものではない。

 更に付け加えるなら、本来冒険者ギルドへの登録は十歳にならないと出来ない。俺は今七歳だから本当なら登録出来ないんだけど、推薦をしてもらうと特例として登録できるのだ。大学に飛び級で入るようなものだな。


「こんなガキが? まだボケるには早すぎんじゃねぇか、オッサン?」

「「ゲハハハッ!」」


 髭男の挑発に重ねるように、脇に居る仲間の男ふたりが笑い声を上げる。スキンヘッドの大男とぼさぼさ頭のやや小太り男だ。

 ってか『ゲハハハ』なんて笑い声は初めて聞いたな。世の中色々な人がいるもんだ。


「ふむ、確かに見た目は只の子供だな。だが実力はオレの折り紙付きだ。なんなら試してみるか?」

「おいおい、本気かよ? こんなガキが俺の相手になるわけねぇじゃねぇか。てめぇらは大人しく迷惑料を俺たちに払って、黙って家に帰ればいいだけの事なんだよ!」


 あれ、結局はカツアゲ目的なのか。ちょっとはマシな奴らかと思ったんだけどな。

 まあ、そういう事なら遠慮は要らないか。村長に加勢しよう。


「え〜っ? 僕、弱い者いじめなんてしたくないよ。村長、こんな奴ら放っておこうよ」

「おい小僧、今なんつった? あぁんっ!?」

「ガキでも聞き捨てなんねぇぞ、コラァッ!!」


 おお、見事に食いついた。髭男の額には血管が浮いてるし、脇のふたりも顔を真っ赤にしている。なんてお約束な奴らだ。しかし、念の為にもう少し煽っておこう。


「だって森のオークより全然弱そうだし、狩っても魔石やお肉が取れるわけでもないからなぁ。お互い時間の無駄でしょ? 邪魔だから向こうに行っててよ」

「こ、このクソガキィ~っ!!」


 もう三人とも顔が真っ赤になっている。あまりの激昂で言葉も出ないようだ。ギリギリで武器を抜いてない事を褒めてあげてもいいかもしれない。


「まあ待て、ここで暴れると周りの迷惑になる。お嬢さん、ここに訓練場はあるか?」


 村長が話しかけると、ちょっと展開に着いていけてなかったのか、ぼーっとしていた受付嬢が動き出した。


「は、はい、待合の奥の通路から中庭を抜けてまっすぐ行くと訓練場があります!」

「ありがとう。ではオレたちはそちらに行く。登録が終わったら呼びに来てくれ」

「その前にこっちが終わって戻ってくると思うけどね」

「なんだとこのガキ! もう手加減しねぇからな! 大人の怖さを体に叩き込んでやる!」


 そんな訳で訓練場に行くことになった。一時はどうなるかと思ったけど、ちゃんとテンプレイベントが発生して一安心だ。

 無理やり発生させたような気もするけど気にしない。



 訓練場の中の様子を端的に表現すると、小さめの武道館かな? ちゃんと屋根がある。

 客席は訓練エリアの周りに前後三列しかない。そもそも観客を入れる施設ではないんだろう。

 その分訓練エリアは広く取ってあり、バレーコートが二面は軽く取れそうな広さがある。

 その訓練エリアでは、冒険者と思しき男女が銘々に打ち合いをしていた。全部で十名だ。はっきりと三つの集団に分かれているので、それぞれがパーティーなんだろう。


「おらぁっ!」

「おっと」


 踏み硬められた訓練エリアの土に足を踏み入れた途端、後ろからついてきていた髭男が切り付けてきた。訓練用の木剣ではなく、自分の腰に吊るしていた真剣だ。完全に殺すつもりだな。なかなかの外道っぷりだ。いっそ清々しくさえある。

 何か仕掛けて来るだろう事は予想していたので、俺は余裕をもって横に避ける。気配察知があれば、見えてなくても動きが分かるからな。……実際のところ、俺の一番のチートはこの気配察知かもしれない。

 村長は一番前を歩いていたので、既に訓練場の中に居る。そのまま腕を組んで距離を取ったところを見ると、手伝う気は無いようだ。『ちょっと冷たくない?』なんて思ったりはしない。俺ひとりでも大丈夫と判断しただけなんだろう。実際、不意打ちを余裕で躱してるしな。


「ふん!」


 なんてことを考えてたら、ハゲ男が髭男の左側から槍で突いてきた。思ったより鋭い。でもまだまだ予想の範囲内だ。見てから余裕でした。

 連続で繰り出される突きを左右に細かく動いて躱す。別にその場でスウェーやダッキングして躱してもいいんだけど、少し離れたところで小太り男が弓を構えてるからな。立ち止まって的になってやるつもりは無い。全く見当違いの所へ矢を放ってるのは、牽制のつもりなんだろうか?

 こうして見ると、前衛の髭男、中衛のハゲ男、後衛の小太り男と、こいつら、結構バランス取れてる。後は盾役タンクが居れば、パーティ的にはばっちりなんだけどな。連携は全然ダメダメだけど。


「ほらほら、不意打ちまでしたのに掠ってさえいないよ? 大人の怖さってそんなもの?」

「黙れクソガキィッ!」


 煽ってやると頭に血が上ったのか、髭男もハゲ男も大振りになって余計に当たらなくなった。滅茶苦茶に動くふたりが邪魔で、後衛の小太り男も矢を放てないでいる。


「くそう、なんで当たらねぇんだ!?」

「なんなんだ、このガキィ!?」


 ふっ。木剣だろうが真剣だろうが、当たらなければ同じことだ。『当たらなければどうということはない』と、赤い人も言っている。

 大振りで疲れたのだろう、髭男とハゲ男の動きが大分鈍くなってきた。

 それから更に五分ほどマタドールよろしく躱しまくっていると、訓練場に居た他の冒険者たちがこちらの異様な状況に気付き集まってきはじめた。

 不要に目立つのは良くないかもしれない。そろそろケリを付けるか。


「もう飽きたから終わらせるね」

「え?」


 俺は身体強化を使って一瞬でハゲ男の左後ろへ移動すると、延髄へ手刀を叩き込んで意識を刈り取る。ハゲ男はゆっくりと前のめりに倒れこむ。その顔は呆けた表情で固まっている。自分が何をされたかも分かっていないだろう。

 倒れこむハゲ男の下に潜り込む事で髭男の死角へと入りこんだ俺は、その低い姿勢のまま髭男の懐へと飛び込む。


「なっ!? グエッ!!」


 突然目の前に現れた(ように見えた)俺に狼狽した髭男の、無防備な鳩尾に左アッパーを叩き込む。髭男の両足が一瞬浮き、ハゲ男と同じように前のめりに倒れこんでいく。

 大抵の場合、ボディへの一撃は苦しいだけで気を失う事は出来ない。髭男の目には、ゆっくり近づいてくる訓練場の土が見えている事だろう。

 けど、俺はこの程度で許してなんてやらない。崩れ落ちる髭男を下から担ぎ上げると、そのまま小太り男へ向かって突っ込む。人間の盾作戦だな、文字通りの。

 小太り男は避けようとしているけど、少々動きが遅い。偶に居る『素早いデブ』ではないようだ。だから武器が弓なんだろう。


「それっ!」


 シンプルに、髭男を小太り男に投げつける。避けきれなかった小太り男は髭男と一緒に五メートル程転がり、訓練場の壁に叩きつけられて止まった。ふたりとも気を失ったようだ。


「ごめん村長、ちょっと時間かかっちゃった。もうそろそろ手続き終わってるんじゃないかな?」

「そうだな、では戻るか」


 めんどくさいので、三バカトリオ(今勝手に命名した)は放っておいて戻ることにした。見物の冒険者たちが信じられないものを見たような目で俺たちを見てたけど、それも無視。

 こういうのは、何でも無い風を装うのが一番目立たない。はず。

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